『アイズ ワイド シャット』のグリニッジビレッジのセット模型を覗くキューブリック
●スケジュール
キューブリックは映画製作のスケジュール感について「プリプロダクションに1年、撮影に1年、ポストプロダクションに1年だから最低でも3年はかかる」と発言している。実際はそれよりも長くかかることも多く、『アイズ…』では撮影に2年近くを費やしている。
●映画化権の入手
常に読書を欠かさず、映画化できそうな気に入った小説が見つかると、その小説の映画化権を獲得することになるが、慎重でしたたかなキューブリックは、自分の名前を出して相手が値段を釣り上げてくるのを恐れ、偽名を使ってアプローチすることもある。唯一の例外は『シャイニング』で、これはワーナーが映画化権をすでに取得していた小説を映画化したものだ。
●リサーチ
プロジェクトはまず徹底したリサーチから始まる。手に入れられる資料は全て手に入れようとし、場合によっては専門家を雇い入れてアドバイザーを担当させる場合もある。『フルメタル・ジャケット』のR・リー・アーメイはアドバイザーとして参加し、後に訓練教官として出演が決まった例。
●脚本化
小説を脚本化する作業は自身でも行うが、小説家と共に作業する場合が多い。ウラジミール・ナボコフやピーター・ジョージ、グスタス・ハスフォードなど原作の小説家に依頼する場合もあるが、テリー・サザーン、ダイアン・ジョンソン、マイケル・ハー、フレデリック・ラファエルなど他の小説家に依頼する場合もある。どちらにしても職業脚本家に依頼したことは一度もない。キューブリックは脚本を「想像力を刺激しないもの」と嫌っていて、ストーリーを映画サイズにまとめつつ、セリフも含め様々なアイデアの余地を残そうとする。すなわち脚本とは「映像化のためのたたき台」ということだ。キューブリック本人は「脚本が完成するのは撮影が終わった後」と語っている。
●キャスティング
キューブリックはリサーチ目的で数多くの映画を観ていたので、キャスティングはその俳優の出演映画の印象で決める場合が多い。主役級はほとんどがそれでオーディションもなくいきなり抜擢されている(例外は『ロリータ』のスー・リオン、『シャイニング』のダニー・ロイドなど)。脇役はオーディションをするが、キューブリックはオーディションをプロセスを嫌っていて『フルメタル・ジャケット』では俳優自身が撮影し、応募したビデオでオーディションするという方法が採られた。過去作から引き続きキャスティングされる例も多い(フィリップ・ストーン、アンソニー・シャープ、ジョー・ターケルなど)。
●ロケーション・ハンティング
ロケーション撮影にしろ、セット撮影にしろ、キューブリックはロケハンで大量の写真を撮らせたりテスト撮影を行う。現代に存在しないものはイメージボードやスケッチを大量に描かせる。そうして作品のビジュアルイメージを検討し、決定していくのだが、キューブリックは絵コンテを使っての映画製作をしていない。あらかじめそのシーンの構図やカメラの動きを決定しておき、その通りに撮影するという手法を好まなかったためだと思われるが、そもそも撮影現場で様々なアイデアを試すので、撮影前にいくら緻密な絵コンテを切っても意味はない。ただ、CG使用が前提だった『A.I.』では絵コンテに頼らざるを得なかった可能性がある。
●セット製作
イメージボードや写真資料を元にセット製作に入るが、高い再現度はもちろん、照明の位置やカメラの動かしやすさも細かく計算してセットの設計をする。紙で作ったセットの模型に懐中電灯を当て、影の落ち具合を確認することもしている。また、実際の忠実な再現より美的センスを優先させる場合もある。『フルメタル・ジャケット』で左右に便器が並ぶトイレはその一例。
そして長い長い撮影が始まる・・・。