キューブリック作品のロケーション

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DSC01479 - Trinity Road - Swandon Way
アレックスたちが浮浪者を襲った通路「TRINITY ROAD SWANDON WAY」

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「TRINITY ROAD SWANDON WAY」の内側。(以上2点 photo by www.ispeaksoquietly.net

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映画での登場シーン。

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撮影時のスチール。奥左側の入口らしき構造物と上り坂の道、右側に向かう道が一致。

 『時計じかけのオレンジ』でアレックスたちドルーグが浮浪者を襲った通路は、ロンドン西部のテムズ川にかかるウォンズワース橋の南側、ラウンドアバウト下にある4つの通路のうち、一番南側の通路が撮影場所になります。その4つの通路にはそれぞれ

西に伸びる通路:「WANDSWORTH BRIDGE ROAD SWANDON WAY」
北に伸びる通路:「WANDSWORTH BRIDGE ROAD YORK ROAD」
東に伸びる通路:「TRINITY ROAD YORK ROAD」
南に伸びる通路:「TRINITY ROAD SWANDON WAY」

と名前がありますので南側、つまり「TRINITY ROAD SWANDON WAY」が撮影場所になります。

 この場所を「聖地巡礼」でご訪問されたK様によると

実際に現地に行ってみると、同じような形状の通路があり、どれがどれなのか正確に把握できないまま撮影しました。

とのことで、かなり戸惑われたそうです。

 私もその事実をGoogle Mapで把握はしていたのですが、私自身は現地へ赴いたことはなく、しかも海外のファンも間違った通路で記念撮影しているなど、特定には慎重にも慎重を期しました。その結果、映画の登場シーンとK様の写真、Google Map、ネット情報などを総合して南側通路、すなわち「TRINITY ROAD SWANDON WAY」と特定させていただきました。

 もし今後、当地に聖地巡礼に赴くファンがいらっしゃいましらたら、せっかくの訪問なのに間違った通路で記念撮影しないよう、くれぐれもご注意を。

▼この記事の執筆に当たり、以下の記事を参考にいたしました。
Google Street View
MOVIE-LOCATION.com : A Clockwork Orange

初出:2014年5月2日
加筆・修正:2021年5月24日
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B12_0021
かつてのカルシノ・ホテルのパームコート・パビリオンの内装。

 『時計じかけのオレンジ』で、ビリーボーイ一派との乱闘シーンのロケ地だったのは、ロンドン近郊ハンプトン近くにあるテムズ川中流の小島、タッグス島に建っていたカルシノ・ホテルのパームコート・パビリオンです。原作小説や映画では廃墟のカジノとなっていましたが、実際にはカジノではなくコンサートホールでした。往時は、映画では女の子がレイプされそうになっていた舞台に楽団が並び、音楽を奏でていたんでしょう。

 もともとタッグ家所有だったこの島を、興行師フレッド・カルノは1912年に買収、カルシノ・ホテルを建設しました。カルノは劇団を所有していて、劇団員にはかのチャーリー・チャップリンも在籍していました。チャップリンは夏をタッグス島で過ごし、アストリアというボートハウスに住んでいたそうです。(ちなみにこのアリストリア、現在はピンクフロイドのギタリスト、デヴィッド・ギルモアの個人所有のスタジオとして使用されています。チャップリンピンクフロイド・・・キューブリックとの奇縁を感じます)。その後カルノは1914年にロケ地になったパビリオンを増設しますが、カルノ破産後は引き取り手もなく廃墟になり、キューブリックがロケした2年後の1972年に取り壊されました。

 現在タッグス島にはボートハウスが立ち並び(浮かび並び?)、ちょっとした名所になっているそうです。Googleマップはこちら。島の少し上流にギルモア所有のスタジオ「Fred Karno's Houseboat Astoria」があります。フロイドやギルモアファンの聖地巡礼地になっているようですが、川に浮かんでいるため近づくことはできないようです。

▼この記事の執筆に当たり、以下の記事を参考にいたしました。
Richmond.gov.uk/Ffred karno and the Karsino
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120 East 56th Street
かつてポラリス社があった「120 East 56th Streetビル」(Googleマップ

 『2001年宇宙の旅』の製作開始はニューヨークの地で、1964年4月23日に業界人御用達レストラン「トレイダー・ヴィックス」(現在は閉店)でキューブリックとアーサー・C・クラークが会い、意気投合したことから始まったことはよく知られています。それ以前からキューブリックは「語り草になるいいSF映画」を作るためにポラリス社(Poralis Production)を設立、コロンビアの宣伝担当だったロジャー・カラスを製作補佐に抜擢し、そこで製作準備を始めていました。クラークをキューブリックに紹介したのはそのカラスになります。

 このポラリス社ですが、キューブリックがクラークに宛てた手紙や、書籍『2001:キューブリック、クラーク』から住所が「120 East 56th Street New York」であることはわかっていたので今回調べてみると、まだそのオフィスビルは現存していました。その名もズバリ「120 East 56th Streetビル」。こちらの不動産情報によると築年は1926年なので相当古いビルです。しかしおそらく内装はリフォームされているでしょう。

 どの部屋を借りていたかまではわかりませんでしたが、「ニューヨークに行ったら訪れるべき聖地巡礼ポイント」であることは間違いないでしょう。その他の聖地巡礼ポイントを以下にまとめてみましたので、映像博物館で2020年1月18日〜7月19日の期間で開催される『2001宇宙の旅』展(Envisioning 2001: Stanley Kubrick’s Space Odyssey)を観にニューヨークに行かれる機会がありましたら、ぜひ立ち寄ってみてください。

・クラークが小説『2001年…』を執筆した「チェルシー・ホテル」

・キューブリックが『2001年…』製作時に住んでいたマンション

・キューブリックが生まれた病院とその頃家族が住んでいたアパート

・キューブリックの母校「タフト高校」
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Domme01
フランス南西部、ドンム(Domme)の風景(wikipediaより)

 以前この記事でご紹介した通り、キューブリックはフランス南西部の村「ドンム」に別荘を持っていました。この事実を知った時、「旅行嫌いのキューブリックがまさか!」と思ったのですが、調べてみるとこのドンムの地を別荘に選んだ理由が見えてきて、納得できました。

 おそらくキューブリックの家族(特にクリスティアーヌ)はバケーションのひとつもしたがらない旅行嫌いのキューブリックを、なんとか説き伏せようと色々腐心したのでしょう。ですが、旅先ではホテル住まいになり、プライバシーもなく、狭い部屋に長期間家族が押し込められる事態をキューブリックが了承するとは思えません。そうなると別荘ということになりますが、飛行機嫌いのキューブリックを納得させる候補地はロンドンから1日で車で行ける範囲でなければなりません。治安も気候も良いところで、人目につきやすい大都市はNGとなると候補地は結構絞られます。家族はヨーロッパでバケーションと言えばだれもが憧れるプロヴァンスやコート・ダ・ジュールなどの南仏を希望したかもしれませんが、車で行くには遠すぎます。結果、南仏に近いフランス南西部のこじんまりとした、しかし大変美しい村であるドンムに別荘を持つことを決めたのではないでしょうか。

 Googleによるとロンドン〜ドンム間は現在では車で約9時間。当時はユーロトンネルはないのでドーバー海峡はフェリー移動だとすると、乗り換えや休憩を加味して約10〜12時間。朝6時に出発しても夜6時に到着ですので、移動のためのホテル泊を拒否したのなら、これがギリギリキューブリックが了承する範囲でしょう。

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当初ハートフォードシャーの自宅の庭かと思いましたが、あきらかに植物がイギリスっぽくありません。

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赤ちゃんを抱き上げるキューブリック。次女アンヤの長男サムではないかと思われる。

 写真が残っていますので、キューブリックは少なくとも一回はここを訪れています。赤ちゃんを抱き上げていますが、これは次女アンヤの長男サムだと思われます。となると、時期は1990年代前半くらいでしょうか? 作品で言えば『アーリアン・ペーパーズ』『A.I.』の頃ですので、『アーリアン…』で東ヨーロッパでロケ(おそらく撮影中は家を借りるなど長期滞在するつもりだったはず)をする予定だったのが中止され、その代替にこの地をバケーションとして訪れたのかもしれません。

 どちらにしても記事にある通り、売りに出されて随分と時間が経っていますから、すでに他人の手に渡っていると考えるのが自然です。キューブリックファンの「聖地」とするにはちょっと根拠薄弱ですが「フランスで最も美しい村の一つ」だそうですので、近くに赴くことがあれば立ち寄ってみるのも良いかと思います。
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Albert_Bridge
Albert bridge(wikipedia)

 『時計じかけのオレンジ』で、家を追い出されたアレックスがホームレスに襲撃されたシーンなどが撮影された、ロンドンのテームズ川に掛かる橋。アレックスが思いつめて水面を見つめるシーンや、ホームレスが集まっていた橋の下の通路もここがロケ地。

 アレックスが佇んでいた川のほとりはGoogleマップによるとこちら。当時も今もそんなに変わっていないようです。
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