スパルタカス

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Hearst Castle
『スパルタカス』でクラッススの別荘として登場したハースト城。

〈前略〉

【Vol.7】サンタバーバラ→サンシメオン(ハーストキャッスル)

 古き良きカリフォルニアの空気が漂うセントラルコースト。サンルイス・オビスポ・カウンティはその中心に位置する、風光明媚(めいび)な景観と広大なワインカントリーに囲まれたエリアです。そこで今回は、その中にあるサンシメオンという美しい海岸線の街を目指します。

 ここはかつて新聞王と呼ばれ、メディアコングロマリット「ハースト・コーポレーション」の創業者でもあるウィリアム・ルドルフ・ハーストが育った町。彼はこの美しい海岸線を見下ろす丘の上に、膨大な資金を投じて豪華絢爛(けんらん)な城を建設しました。それが「Hearst Castle(ハーストキャッスル)」です。完成後は妻と別居してここで愛人と暮らし、ハリウッドスターや政財界の要人をここでもてなし、まさにメディア王としての生活を謳歌(おうか)したのでした。

〈中略〉

 映画のロケなどの商業撮影はほとんど許可されていませんが、なぜか以下の次の二つのプロジェクトにだけは撮影許可が出ています。一つはカーク・ダグラス製作総指揮、スタンリー・キューブリック監督の1960年公開の映画『スパルタカス』。ローレンス・オリヴィエ扮(ふん)するクラッススの別荘として、ハーストキャッスルがスクリーンに登場しています。もう一つは2014年のレディ・ガガの『G.U.Y.』のミュージックビデオです。ネプチューン・プールとローマン・プールで撮影されました。

(全文はリンク先へ:エスクアィア日本版/2023年7月13日




 メディア王ハーストは、映画ファンなら誰もが知るオーソン・ウェルズの傑作『市民ケーン』のモデルとして有名ですが、その邸宅であるハースト城が商業撮影を許可していないとは知りませんでした。確かにロケにはおあつらえ向きの施設なのに、頻繁に映画に登場しているという印象はなかったですね。

 その希少なロケ作品に『スパルタカス』が含まれるわけですが、キューブリックは『市民ケーン』を高く評価していたので、そのモデルとなったハーストの居城でのロケ撮影に感慨深いものがあった・・・のかどうかは証言がないので不明です。ただ、キューブリックが思い通りに作れなかった(不満タラタラだった)本作であっても、ほぼ全編においてキューブリックの判断と指示によって製作されていることは事実として知っておくべきでしょう。特に後半のローマ軍との大規模戦闘シーンは、キューブリックの判断によってスペインでロケ撮影されました。もっともそのロケにカーク・ダグラスは参加せず、ロングのシーンはスペインロケ、カークのアップ等はハリウッドで撮影されたものを巧みに編集で組み合わせています。「死屍累々」のシーンの撮影もハリウッドです。

 そんな本作ですが、キューブリック作品で大作にもかかわらずなかなか映画館にかかりません。管理人も映画館では未視聴です。ぜひ『午前十時の映画祭』あたりで上映してほしいものですね。
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〈前略〉

 スパルタカスを演じた俳優カーク・ダグラスは、その3年前にキューブリック監督の『突撃』に主演し、『スパルタカス』の監督としてキューブリックを起用したのだが、100歳の誕生日を迎えた2016年のインタビューで、監督との仕事の経験を語っている。有名な「私がスパルタカスだ!」というシーンを撮影するとき、ダグラスはキューブリックにどう思うかと尋ね、キューブリックは「バカなアイデアだ」と答え、それをキャストとスタッフが耳打ちしたそうだ。ダグラスがキューブリック監督を説得して撮影にこぎつけたのは、執拗な口論(そしてダグラスの妻が勧めたキューブリックとのセラピー)の末のことであった。

 結局、キューブリックが『スパルタカス』に不満を抱いたのは、「私がスパルタカスだ!」という瞬間だけではなく、主人公を完璧な道徳的人物として描いた脚本や、彼がコントロールできなかった製作の様々な要素もあり、そのすべてが『スパルタカス』を彼がこれまでに作った最悪の映画と評するに至ったのである。

 「私がスパルタカスだ!」のシーンの撮影は、カーク・ダグラスとスタンリー・キューブリックの共同作業の歴史の中の一つの衝突に過ぎない。ダグラスはキューブリックを『スパルタカス』に雇い入れただけでなく、監督の前作『現金に体を張れ』を見た後、1957年の『突撃』にキューブリックを起用(注:これは正しくなく、キューブリックが立ち上げた企画の主役にとダグラスへオファーをした)したのだ。キューブリックは、主人公と悪役が仲直りする商業的な、論争の余地のない結末を好み、ダグラスは、部下の将校を死刑から救おうとする英雄的な大佐として、自分のキャラクターを前面に出した物語を好んだ。

 『スパルタカス』の製作中、二人の争いは喧嘩腰にさえなった。ダグラス自身の証言によると、映画の最後に十字架に磔にされたスパルタカスのクローズアップを削除しようとしたキューブリック監督に激怒し、逃げようとする監督に向かって折りたたみ椅子を投げつけ、「くそったれ、キューブリック出て行け!」と怒鳴ったというのである。

 『スパルタカス』製作中の確執で、その後一緒に仕事をすることはなかったものの、ダグラスはキューブリックとのコラボレーションを前向きに捉えているようで、「気難しい?キューブリックはその言葉を発明したんだ・・・。でも、彼は才能があった。だから、喧嘩もたくさんしたけど、彼の才能にはいつも感謝しているよ」。キューブリックが100歳の誕生日を迎えていたら、『スパルタカス』に対する考えがどう変わっていたのか興味深いところだ。しかし、彼がこの映画に満足していたかどうかは別として、キューブリックとダグラスが共に作り上げたこの不朽の名作は賞賛に値する。

(引用元:SlashFilm - Kirk Douglas Had To Force Stanley Kubrick To Film Spartacus' Most Famous Scene/2022年9月19日




 『スパルタカス』が不朽の名作か否かはともかく、このように『スパルタカス』の製作過程においてキューブリックとカーク・ダグラスの関係は最悪なものとなりました。特に「私がスパルタカスだ!」のシーンを「バカなアイデア」と酷評したにも関わらず、それを撮影せざるを得なかったキューブリックの屈辱感は察して余りあるものがあります。

 公開当時、この二人の確執は知られていなかったので、キューブリックが積極的にこの映画を演出していたと思われてしまい、「反体制派の映画監督」という誤解を生んでしまったのは仕方がないことでしょう。前作の反戦映画(と言われてしまった)『突撃』も、その誤解を補強してしまった可能性も否定できません。ですが、ファンならご存知の通りキューブリックは「反体制派」でも「共産主義者」(当時は理想主義者的なニュアンスでも語られていた)でもありません。冷徹でシニカルで皮肉屋の現実主義者です。そんなキューブリックが理想主義が横溢する「私がスパルタカスだ!」のシークエンスを「バカなアイデア」と酷評したのは当然と言えば当然ですね。
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Spartacus
画像引用:IMDb - Spartacus

9月は劇場公開もプレミアムシネマも話題作が続々!
セントラル・ステーション ほか 【渡辺祥子のシネマ温故知新】

プレミアムシネマ「スパルタカス」
9月15日(木)[BSプレミアム]後1:00〜4:16

 はじめはアンソニー・マンの監督で始まったが、ダグラスと衝突して降板、スタンリー・キューブリックに代わった。脚本は赤狩りでハリウッドを追放されたダルトン・トランボがダグラスの依頼で13年ぶりに執筆にあたったが、右派グループや軍人を中心に批判の声が上がっていたそうだ。そんな折の劇場公開に際して、なんの予告もなしにケネディ大統領が劇場に現れて鑑賞、良い感想をもらしたことがヒットにつながったといわれている。監督のキューブリックはトランボの脚本が気に入らず、現場で書き換えて自分の名前をクレジットするように求めたが、最終的にはトランボの名が残ることになった。実際にはダグラスが各キャストの出演承諾を得るためにトランボの脚本を都合よく書き換え、それぞれの相手に渡したという話が残っている。

(引用元:NHKホームページ:プレミアムシネマ9月の注目作品/2022年9月1日




 「ダグラスと衝突して降板」は違いますね。アンソニー・マンが俳優の言いなりになっているのを見たカーク・ダグラスが危機感を覚えてクビにし、当初から監督にと推していたキューブリックにオファーした、というのが事実です。そのキューブリックを見た俳優やスタッフは、あまりの若さに「どうせこいつもカークの言いなりだろう」と思われていたのですが、キューブリックはカークにも誰にも遠慮せず、堂々と自流を貫き通しました。そうなれば当然のようにキューブリックは誰からも孤立してしまうのですが、ストーリーボードとオープニング・シークエンスを担当したソール・バスと、年齢が近かったアントナイナス役のトニー・カーティスとはウマが合ったそうです。

 キューブリックは本作を忌み嫌っていたというのはファンなら常識ですが、そうであってもやはり愛着はあったようで、大々的にリバイバル公開された際には、友人で監督のグレゴリー・ナバに公開の状況を写真に撮って送ってくれとお願いしています(詳細はこちら)。

 『スパルタカス』は思い通りにならなかっただけで、かなりの部分をキューブリックが関与しています。例えば後半の大規模戦闘シーンの追加撮影はキューブリックの提案ですし、ラストシーンのアッピア街道への磔もキリストへの言及を避けようとしています。ですがカークや脚本のダルトン・トランボの横槍がしょっちゅう入り、有名な「私がスパルタカスだ!」のシーンはキューブリックが嫌ったにも関わらず、ダルトン・トランボが入れろと主張して譲らなかった部分です。おそらく赤狩りの公聴会で仲間の名前を言わず、裏切らなかった自分自身の姿と重ね合わせたのだと思いますが、そういった「赤臭さ」が記事にある「右派グループや軍人を中心に批判の声が上がっていた」理由です。このあたりは当時の時代背景を知らないとなかなか理解できない部分ですね。

 また、照明についてもキューブリックが嫌った三点照明が多用されています(詳細はこちら)。まるで舞台照明のようなわざとらしくて不自然な照明を嫌ったキューブリックは、自然光照明(自然光に見えるように被写体に照明を当てる方法。ライトなどの人工照明を一切使わないという意味ではない)にこだわり続けました。ですが結局これもキューブリックが折れることになり、そういった経緯がキューブリックが本作を嫌った原因なのだと思います。

 小ネタとしては、前述のスペインロケに新妻(三人目ですが・・・)であるクリスティアーヌを連れて行ったのですが(おそらく新婚旅行でもあったのでは?)、マドリードとロサンゼルスの往復がキューブリックが飛行機に乗った最後となりました(それまでは必要があれば乗っていた)。ですので、スペインロケが敢行された1959年秋以前の作品や製作において、「キューブリックの飛行機嫌い」を絡めて語ると間違いになりますのでご注意ください。

 記事にもある通り、キューブリックは撮影時にトランボの脚本を変えようとし、また実際変えてしまったのですが、そのことが「脚本のクレジットは自分の名前にすればいい」発言につながります。カークの言う通りキューブリックは(撮影前に完成していた)脚本を一行も書いていないのですから、図々しいと言うのは当たってはいるのですが、当時無名のキューブリックにしてみれば、なんとかして自分を売り込もうと躍起になっていた(そのために数々の屈辱にも耐えた)わけですから、このくらいの図々しさがないとハリウッドでやっていけないという意味において、大目に見てあげて欲しいと思っています。
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スタンへ

 便りがないのは良い便りだということを願っています。すべてが順調に進んでいると信じています。こちらでできることがあれば何でも言ってください。

 その間、私に手紙を送って、何を作っているのかを知らせてください。

 こちらではすべてがいつも通りに進んでいます。キムはヒステリックに、ディック・クワインは感情的に動揺していますが、もちろん私はどうということではないだろうと知っているので、そのまま進めています。

 アーヴィンからフットボールの試合のサウンドトラックを手に入れたことを聞いたでしょう。どうやら彼らは非常に上手くやったようです。

 もし何かの助けになるのなら。私はあなたとあなたの軍隊のことをしょっちゅう考えています。

カーク・ダグラス




 カーク・ダグラスがスペインで『スパルタカス』の戦闘シーンを撮影中のキューブリックに宛てた手紙がありましたのでご紹介。ずいぶんと心配しているようですが、カークはスペインのロケには行っていないんですね。戦闘シーンを見るとスペインで撮ったロングの画と、ハリウッドで撮った寄りの画を上手く編集でつないでいます。改めてこのシーンを見ると、キューブリックは『ナポレオン』でこれがやりたかったんだろうなあ・・・としみじみ思ったり。当のキューブリックは妻のクリスティアーヌと一緒だし、うるさいカークもいないことから新婚旅行気分だったかも知れませんが、スペインから帰りの飛行機が生涯最後の飛行機搭乗になってしまいました。ひょっとしたらかなり揺れて酷い目に遭ったのでは?と想像していますが、情報が見つかればまた記事にしたいと思います。
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ビル・エヴァンスによる『スパルタカス愛のテーマ』。アルバム『自己との対話』(1963)より。

〈前略〉

映画の悲劇的なラストシーンで流れるのがこのメロディです。映画を観た方なら、このメロディとシーンは不可分ですよね? それこそが優れた映画音楽の条件といえるでしょう。今では映画のストーリーとこの「愛のテーマ」の結びつきを感じる人は少ないでしょうが、当時はヒット映画ゆえ、きっと多かったはず。当時多くのジャズ・ミュージシャンは、これが優れた映画音楽ということを知っていたからレパートリーとして取り上げなかったのではないか、というのが今回の考察のテーマ。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:サライ/2021年11月9日




 うーん、ちょっと公開当時の『スパルタカス』人気を過大に評価している気がします。1960年の初公開時、キューブリックは全くの無名監督で、この『スパルタカス』はカーク・ダグラス製作、ローレンス・オリヴィエ、ジーン・シモンズ、チャールズ・ロートン、ピーター・ユスティノフなどの大スター共演と大々的に宣伝され、キューブリックの「キュ」の字もありませんでした。もちろん管理人は当時をリアルタイムで知っているわけではありませんので、正確な「空気感」を知ることはできないのですが、残された資料で調べる限りは『スパルタカス』は大ヒット映画・超有名映画とは言えず、当時盛んに上映されていた『ベン・ハー』(1959)『十戒』(1956)『クレオパトラ』(1963)などの後世に語り継がれている作品には及ばない、「歴史スペクタクルもの」のひとつ、という立ち位置だと思います。ですので、

(映画だけではありませんが)音楽以外の特定のイメージが強くくっついている楽曲はジャズ・スタンダードになりにくいのではないか、と思うのです。なぜなら名曲であっても、演奏以外にリスナーの気が向いてしまうから。

 と断言できるほと、この『スパルタカス愛のテーマ』が大衆に知られ、愛されていたとは思えません。ジャズメンがこの曲をあまり採り上げなかったのは単に「大衆に知られていなかったから」ということだと思います。

 逆に、さほど多くないにせよ、ジャズメンが「隠れた名曲」と言わんばかりに採り上げてくれたからこそ、この曲が知られるようになったという方が正しいと思います。そこには映画の影響はほぼないでしょう。むしろ「あれ、この曲『スパルタカス』の曲だったの?」という受け取り方の方が一般的だと思います。当時カーク・ダグラスという俳優は現在でいうトム・クルーズのようなスター俳優です。スターであるがゆえに出演作も多く、粗製濫造されたということもあります。トム・クルーズ主演作で映画の主題曲をすぐ思い出せるのは何曲あるでしょう? まず『ミッション・インポッシブル』がその筆頭でしょうけど、これはTVシリーズのリメイクで、主題曲はそのテーマ曲としてすでに有名でした。では他には・・・? まあ当時はその程度の受け取られ方だったと思います。

 この曲はメロディの強さが魅力ですが、(あえて言えば)そのくり返しだけで構成されるこの曲の単調さは、ジャズのアドリブ演奏の素材にするには弱いかもしれません。

 この指摘の方がまだ的を射ていると思います。『スパルタカス』は公開当時、よくある歴史スペクタクルものの一つとしてそこそヒットしただけで、大衆にはすぐ忘れられてしまいました。日本でもそれは同じで、『スパルタカス』がキューブリック作品として認知されるのは『2001年宇宙の旅』公開後の1968年に大々的にリバイバル公開されてからでした。それでも「歴史的名作」「超有名作」といえるほどの評価はなく、熱心な映画ファンやキューブリックファンに認知されている程度で、一般的には前述した『ベン・ハー』『十戒』『クレオパトラ』などの超有名作の影に隠れてしまっています。

 このように記事を書いたり、解説をするのなら、知識を知識として調べるだけでなく、「当時の空気感(時代背景)」を正しく認識していないと、ピントのずれた底の浅い論考になりかねません。現在の日本史ブーム(城ブーム)で、この「当時の空気感」を踏まえた論考は現在主流となっています(織田信長の比叡山焼き討ちの真意とか)。この記事は当時『スパルタカス』が『スター・ウォーズ』並みの認知度を得ていたと言わんばかりの前提で書かれていますが、それは正しくないと声を大にして言いたいですね。
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