Shining
本当は怯えていないと透けて見えてしまう「Here's Johnny!」シーンのシェリーの演技。これを採用せざるえを得なかったのなら没テイクはもっと酷かったのでは?と想像できる。

 キューブリックは撮影時、俳優とともにシーンを作り上げていくことを旨としていました。キューブリックがいかに俳優に優しく、敬意を持って接していたかは『ロリータ』のスー・リオン、『博士の異常な愛情』のスターリング・ヘイドン(心温まるエピソードはこちら)、『アイズ ワイド シャット』のニコール・キッドマンなどの証言があります。また、主役の俳優は口を揃えて撮影期間の長さやテイクの多さに疲弊し、愚痴りつつもキューブリックと一緒にシーンを作り上げていったことには一様に満足感を語っています。ですが、そういつもうまくいくとは限りません。特に女優には苦労していて、『ロリータ』のシェリー・ウィンタース(恥ずかしがってベッドシーンでガウンを脱がなかった→仕方がないのでそのままベッドインさせた)、『バリー・リンドン』のマリサ・ベレンソン(クイーンズ・イングリッシュが喋れなかった→仕方がないので大幅にセリフを削った)、そしてこのシェリー・デュバルの3人にはさんざん苦労させられています。

 シェリーはアパートのシーンなど通常のシーンは比較的ナチュラルに演じていますが、怯える演技については全くダメで、それは本編を観ても「明らかに怯えていないな」というのがわかるシーンがあります。つまり「わざとらしい演技的演技」ということです。それは有名な「Here's Johnny!」シーンや、「雪上車を見に行ってみろ!」のシーンなどで観てとれます。対して「階段シーン」はとても素晴らしい演技をしています。このシーンについてシェリーは最近のインタビュー(詳細はこちら)で「ジャックがとても怖かった」と回想しています。

 キューブリックは、なんとかシェリーから「わざとらしくない、本当に怯えているような」演技を引き出そうと、現在ならパワハラと言われかねない手段を採りました。すなわち「シェリーに同情するな」とシェリーをスタッフから孤立させ、「(怯え方が)ワザとらしく見える」などの強い調子での演技指導です。実はキューブリックがこのように俳優に対し、一方的に高圧な態度で接したのは知られている限りではシェリーだけです(キューブリックが俳優全員に対して常に高圧的だったと勘違いしている人が多い)。おそらくキューブリックもこんなことはしたくなかったはず。ですがそれをせざるを得なかったほど、シェリーは「怯える演技」が下手だったのです。

 また、シェリーの「気の強さ」にもキューブリックは苦労しています。シェリーはその見た目の「神経質でいじめられやすそうな人」という印象とは真逆の気の強さをもっていました。キューブリックが「皆の時間をムダにするな」と言えば「このクソドア」と、シェリーもキューブリックに食ってかかるという気の強さです(『メイキング・ザ・シャイニング』参照)。「本当は怖がっていない」「気が強い」そんなシェリーの本性が透けて見える瞬間は『シャイニング』にはいくつかあります。オーディションなしでシェリーをキャスティングしたキューブリックにとって、これは大誤算でした。しかし、それを補って余りあるほどの「視覚的インパクト」がシェリーにはあったのです。「狂ったジャックよりヒステリックに叫ぶシェリーの方が怖い」という評が示す通り、キューブリックにとってシェリーの持つ「視覚的インパクト」は是が非でも『シャイニング』に取り入れたい要素でした。だからこそキューブリックは我慢してシェリーを使い続けたのだと思います。

 キューブリックが「本当に怯えているような演技」が欲しくてシェリーに対し、パワハラまがいの高圧的な態度で接したのは事実です。ですが、そうせざるを得ない事情があったことを合わせて解説している自称映画評論家、解説者、識者はほとんど、いや皆無と言っていいと思います。当のシェリーもインタビューで「(キューブリックは)ジャック・トランスのようだったか」と訊かれ、「いいえ、彼はとても温かくて親切でした」と語っています。つまり「普段は高圧的ではなかった」ということです。もちろん演技指導の方法論としての是非は問われるべきだとは思いますが、この時代には「そんなにめずらしいことでもなかった」というのもまた事実です。フレデリック・ラファエル著の『アイズ・ワイド・オープン』によるとキューブリックは撮影時のこういった苦労について、「手持ちの材料でなんとかするしかない」と語っています。これもまた、映画制作の現場の現実なのです。その現実の中で、少しでも高い妥協点を見つけ出そうとするキューブリックの姿勢が、この「パワハラまがい」の行為につながっているのであれば、個人的にはキューブリックを一方的に責める気には到底なれないし、もし責めるとしても、その理由もちゃんと説明すべきだと私は思います。