kubrick_Gorme
1960年代前半頃のキューブリックとゴーメ。この頃キューブリックは『ロリータ』で、ゴーメは『恋はボサノバ』で知名度を上げた。

イーディ・ゴーメ(1928年8月16日〜2013年8月10日)

●生涯

 ニューヨーク市ブロンクス区で生まれる。父親はユダヤ系イタリア人で、母親はユダヤ系トルコ人である。生まれた時の名前は、イーディス・ゴーメザーノ(Edith Gormezano)である。高校卒業後に、国際連合の機関で通訳の仕事に従事する。

 1950年に、トミー・タッカー楽団で、デビューを果たす。そこそこ、ヒットを飛ばす。1951年に、テックス・ベネケ楽団に所属する。1957年に、歌手のスティーブ・ローレンス(Steve Lawrence)と結婚する。後に、夫のローレンスとのデュエット(Steve and Eydie)の録音やステージも、注目を集めている。1963年に、邦題『恋はボサノバ』(Blame It on the Bossa Nova)で大ヒットとなる。この曲のレコードが、全米レコード協会よりゴールドディスクと認定される。ブラジルのポップスであるボサノヴァの曲 "Recado" に英語の歌をつけた『ザ・ギフト』(The Gift) も、1963年発表のゴーメの歌のレコード録音より好評を得ていて、ジャズのスタンダードナンバーとして定着している。1980年まで、新作シングルを発表していた。YouTube で、よく登場している。1964年より、トリオ・ロス・パンチョスとの共演などで、『ある恋の物語』や『キエン・セラ』などのスペイン語の歌のパフォーマンスおよびレコード録音も、積極的に展開する。ゴーメは、スペイン語が流暢であった。

 1995年、ソングライターズ・ホール・オブ・フェイム(Songwriters Hall of Fame) に、夫のスティーブ・ローレンスと共に、殿堂入りを果たす。

 2013年8月10日、病気のためラスベガスの病院で死去。84歳没。

●受賞

1961年/グラミー賞 Best Performance by a Vocal Group(夫スティーブと)「We Got Us」
1967年/グラミー賞 Best Vocal Performance, Female「If He Walked Into My Life」
1988年/第2回日本ゴールドディスク大賞THE Best Album of the year(ジャズ・フュージョン部門)「ギフト」
1995年/エラ・アワード(夫スティーブと)

(引用元:wikipedia/イーディ・ゴーメ




 キューブリックがニューヨーク・ブロンクスのウィリアム・ハワード・タフト高校在籍時、同級生に「イーディ・ゴーメ」という歌手がいた、というのは知っていたのですが、世代が全く違うためによく存じ上げておりませんでした。そんな折、実はキューブリックは高校時代、このゴーメのバックでドラムを叩いていたことがあったということを知り、俄然興味が湧いて調べてみたのです。すると、アメリカではグラミー賞を受賞するなど、実力・人気共に当時の大スターであったことを知ってちょっと驚いています。では、日本ではどうだったのかというと、やはりアメリカン・ポップス好きには名の知れた存在だったようで、代表曲『恋はボサノヴァ(Blame It The Bossa Nova)』は日本でもヒットしたんだそう。



 この曲、個人的には聴いたことあるような、ないような・・・といった感じだったのですが、タバコのセブンスターEXのCMにも使われた『ギフト』も有名とのことで、そのCMの動画を探したところ・・・あるんですね(笑。さすがYouTube。



 これを観て、「ああ、この曲かあ!」と納得した次第です。

 それにしても世界に名を馳せた映画監督と歌手が同級生だったなんて、ものすごい話なんですが、双方とも相手のことについて何かコメントしている、という資料は見つかりませんでした。日本だったらどこぞのTV局が飛びつきそうなおいしい話なんですけどね。ゴーメはタフト高校の「最も美しく、最も元気なチアリーダー」に選ばれ、学校のほとんどのミュージカルに出演、週末には友人のケン・グリーングラス・バンドで歌手をしていたそうです。キューブリックはおそらく学校のバンド(スクールバンド)でゴーメと共演したんでしょう。評伝『映画監督スタンリー・キューブリック』には、キューブリックが写したチア・リーダー姿のゴーメを含む集合写真が掲載されていますが、満面の笑みで写るゴーメは今でいうまさに「リア充」。社交性ゼロのカメラヲタ、キューブリックにはゴーメはさぞかし眩しく見えていた・・・のかも知れません(笑。

 このお二方、有名になった後お互いのことをどう思っていたのか、とても興味あります。もし、資料が発掘できればまたその時に記事にしたいと思います。