『アイズ ワイズ シャット』DVD/BDの特典映像として収録されているトム・クルーズのインタビューのノーカット版。 イギリスのテレビ番組で放映された。

 脚本を読み妻(ニコール・キッドマン)は撮影中だった。スタンリーは本を持っててくれと言った。その気があれば数日後に会おうと言われた。でも僕は彼に信頼してもらいたかった。誰にも話さないって。だから読んですぐに彼の所へ飛んだ。ヘリで彼の屋敷に行ったんだ。彼に謝ったよ車だと6時間もかかるから。子供のために短時間で往復したかった。彼は着陸パッドを用意しヘリでそこへ降りた。パイロットに渡す座標を教えてくれ、どこに着陸すればいいか指示してくれた。まだ覚えているよ。彼は着陸を待っていた。たった独りで庭から見てた。着陸後彼とヘリの話をした。機種とか何時間乗っているとか。彼が敷地内を案内してくれた時、なんて魅力的ですばらしい人なんだろうと思った。緊張していた僕はシドニー(・ポラック)に聞いた。気に入らないセリフがあったら監督になんと言うべきか。彼を怒らせたくないと。シドニーはちょっと考えて答えた。「彼も人間なんだ、素直に話せばいいさ」そんな簡単なら苦労はないよね。

 僕らは何でもやる気だったけど新婚時代じゃなくて本当に良かったと思うよ。対処しきれなかっただろう。当時から僕らの絆はとても強かったとはいえ、この役はつらかったと思う。離婚してたとは言わないがとにかく難しかったと思う。撮影中でもつらい時はあったしね。役の上でいさかいが起きた時は、いろんな生の感情が、なんというか・・・出てきたんだ。でもスタンリーの映画でシーンの途中で演技を止め妻に相談はできない。礼節をわきまえ自制が必要だ。それでも私生活に影響する。つらかったね毎日毎日演じたから。数日を除けばいつも監督と一緒。監督と僕とニコールの3人。かなりの時間でその時もつらかった。僕の心の葛藤をスタンリーは知っていたはずだ。

 撮影中、あるところまで来てしまった時、同じ役を長く演じることにいらだつようになった。一つ一つのシーンで発見が必要だった。スタンリーはいつもこう言っていた。「どのシーンもこの役を生かせ。どの瞬間もこの役で生かすんだ」彼には分かっていた。僕が自分にいらだっていることや、うまくできないこと。そんな時は・・・クソッ! とにかく・・・調子の出ない日や疲労困憊している日もある。でも自分に厳しいから僕は自分を責める。帰国の時期も問題だった。僕は会社を持っているから予定が気になる。それで監督に聞いた。「スタンリー、長くかかるのはかまわない。とにかく教えてくれ、撮影終了は半年後?すでに半年経った」。スタッフも脚本家も待っていたから、知る必要があった。さらにあと2年かかるのかと聞くと、彼は「バカ言うな」と答えた。「そんなにかかってしまったら、噂が本当になるじゃないか」と。笑ったよ。それであきらめた。仕方ない。

 撮影最後の日は、長い間待っていた日であり、恐れていた日だった。ビル役に飽き飽きしていたから待ち望んでいた一方で、スタンリーとの仕事を終わらせたくなかった。出てゆく時、彼にキスし抱擁して言った。「愛しているよ、分かってるだろ」。すると彼は僕を見た。深夜で静かな瞬間だった。彼は「私もだ」と。お互いに礼を言った。あれが彼と僕の・・・最後の会話だった。

 僕の人生の3年間を彼と過ごし・・・

── 映画が完成した直後に彼が亡くなったと聞き、信じられなかったでしょう。聞いた時の気持ちは?

 とにかくショックで・・・耳を疑った。葬儀に行った時はとてもつらかった。ニコールやご遺族が心配だったし、映画のことも心配だった。彼にも僕にも大きな意味があった。共演者でもある妻にとってもね。葬儀に行く途中ずっと考えていたんだ。どこかで・・・本当にバカげているけど、僕らの気持ちのどこかで嘘だと思っていた。彼は死んでいないと思いたかった。彼の家に行けばそこにいると。本気でそう思っていたわけじゃないけど、心のどこかで願っていたんだ。ご夫妻と食事をして酒を飲んだ部屋に入った。あの時は暖炉があり、スタンリーと奥さんがいた。でもそこには棺があり不条理に思えた。

(1999年7月12日、ハリウッド・フォーシーズンズホテルにて)




 『アイズ ワイズ シャット』DVDやBDに特典映像として収録されているトム・クルーズのインタビュー動画の訳をテキスト化したものです。2020年11月26日(木)23時からNHK BS1でオンエアされた(その後何度か再放送されている)『トム・クルーズ〜永遠の若さを追求して〜』でも一部が採り上げられていました。その番組で語られるトム・クルーズ像は「単なるイケメン俳優がハリウッドを代表する俳優に登りつめたものの、複雑なパーソナリティーやトラウマとなった出自、新興宗教の影響などのによって、結婚と離婚を繰り返すトラブルメーカーに成り下がる姿」と、やや批判的な視点で紹介したものでした。実際のトム・クルーズがどういう人物であるかはその番組を観ただけで語れるものではないのでここでは触れませんが、番組で引用されたインタビュー動画の訳文を読んでいただければわかるように、トムとキューブリックの関係は決して否定的なものばかりではなかったことが伺えます。

 キューブリックのファンだったクルーズがキューブリックのオファーを喜んでで引き受け、その際に約束された「キューブリックへの全面的な献身」を3年(撮影は1年半)もの間果たし続けたわけですが、それはクルーズにとって想像以上の困難な体験だったことはこのインタビューからも伺えますし、他のインタビューでも語られています。クルーズはこの頃絶頂期で、自身も映画制作者として出演作では大きな影響力と責任を持っていました。そのクルーズがいくら相手がキューブリックとはいえ、完全に他者の支配下に入るわけですから、そのストレスは相当のものだったことが伺えます。

 キューブリックはすでにある脚本や台本に固執せず、撮影現場でのアドリブでどんどんシーンをより良く変えていくという手法を採ります(キューブリックはそれを「撮影もひとつの創造」と話している)。上記にある「一つ一つのシーンで発見が必要だった」はまさにそれで、常に作品の中心にいるクルーズにとっては「正解のない底なし沼」に放り出されるようなものだったでしょう。しかもクルーズには「映画制作者としてのプレッシャー」も抱えていたのです。しかし、ここで思い出して欲しいのはキューブリックも、クルーズとは比べ物にならないほどの「映画制作者としてのプレッシャー」を抱え込んでいたことです。キューブリックは映画ファンなら名前を知らないものはいない世界に名だたる映画監督・映画作家で、その新作は常に世界中の映画ファンの注目と期待を集めていました。そんなキューブリックにとってみれば「自作に徹底的にこだわる」というのは当然と言えることであって、それはクルーズも頭では理解していたでしょう。ですがクルーズにも映画制作者としての予定と責任があります。その苦悩とジレンマが滲み出たインタビューと言えると思います。

 追加情報として、『アイズ…』撮影時の裏話を集めたスタッフのインタビュー記事『【考察・検証】『アイズ ワイド シャット』の儀式・乱交シーンについてのスタッフの証言集』を併せて読んでいただければ、キューブリック独自の映画制作の現場の空気を感じ取っていただけるかと思います。また、同時期(キューブリック逝去後数ヶ月)に行われたニコール・キッドマンレオン・ヴィタリのインタビューもぜひご覧ください。

 余談として、作品自体の感想や論評は作品を観て自由に語ればいいものだとは思いますが、「解説」は違います。他者にその作品を「解説」するには、その作品を鑑賞したという事実だけでなく、その作品の制作者や制作環境、制作された時期など膨大な「背景情報」を理解しておく必要があります。ですが残念ながらその知識も理解もない人が安易に解説記事や解説動画をネットに上げる(その多くは広告収入が目的)という事例が後を絶ちません。しかも悪いことに、その中には知名度がある「評論家」も含まれています。知名度がある方がする解説が常に正しいとは限りません(知ったかぶる評論家は数知れず存在します)。ソースもないままに「その人の単なる一方的な思い込み」を、「解説」と称して語る内容を鵜呑みにしない程度のネットリテラシーは、このネット時代には必携のスキルだと思います。