Kubrick By Kubrick

 このドキュメンタリー『キューブリックが語るキューブリック(Kubrick By Kubrick)』は、キューブリックと懇意だったフランスの映画評論家、ミシェル・シマンのインタビューテープを中心に構成されたもので、そのインタビューの多くはシマンの著書『キューブリック』に掲載されています。ですので、こちらはそのダイジェスト版的な位置付けになりますが、『キューブリック』に掲載されていないコメントもあり、ファンにとってはとても興味深いドキュメンタリーでした。

 意外に思われるかもしれませんが、キューブリックは自作に関しては割と雄弁に語る監督です。その最たるものは『メイキング・オブ・2001年宇宙の旅』に掲載されたプレイボーイ誌のインタビューで、例のラストシーンについても「説明」しています。そしてもちろんシマンの『キューブリック』にもある程度の「説明」はされていて(意図の解説や解釈は語りたがらなかった)、それらはキューブリック作品を読み解くヒントになり得るものです。それに加えて自身の思想や思考、スタンス、認識、政治、人生観まで幅広く語っています(これらは他のインタビューでもそう)。

 ですので、このドキュメンタリーに期待していたのですが、構成が時系列や作品別ではなく、インタビューで飛び出したキーワードをつなぎ合わせていくというものだったので、キューブリック本人や作品にある程度触れている中級者以上の内容だと感じました。それに加えてNHKの放映枠の関係からかオリジナルの70分から50分にカットされてしまっていたのが残念です。

 NHKさんのことですからいつかはノーカットでのOAがあることを信じておりますし、また、ソフト化の可能性もあると考えています。ですので現時点では不完全で、なんとなく消化不良なモヤモヤ感はありますが、とりあえずこのドキュメンタリー内で管理人が個人的に気になったキューブリックのコメントをピックアップし、解説してみたいと思います。

(1)私が考える映像美学について語る意味があるとは思えないし、それが可能だとも思わない。それに映画を作った理由を問われ、気の利いたことを言わなければと思うことも面倒なんだ。

 キューブリックは以前は(自身を売り込む目的もあって)自分や自作についてよく語る監督でした。それが一転するのは『時計じかけのオレンジ』でマスコミに暴力主義者と批判され、脅迫されるようになってからです。インタビュアーのミシェル・シマンがキューブリックに初めてインタビューしたのは、キューブリックがそうなる直前の『時計…』公開時でした。(1)のコメントはキューブリックの本音でもありますが、マスコミを避けるようになってからも(1)の理由をたびたび持ち出しています。

(2)自分以外の誰かが書いたストーリーだからこそ初読の喜びがある。物語への期待感や心を動かされるような感覚は、自分が書いたものからは得られない。

 キューブリックは自分でストーリーを書く(ストーリーメーカー)ことはせず、小説を映像化する「ストーリーテラー」でした。その理由が(2)なのですが、本人は「そんな才能はない」「小説家じゃないので(ストーリーメイク)は手伝えない」と度々語っています。

(3)確かに私は探偵のように細かな調査でヒントを探す。『バリー・リンドン』では何千ものスケッチや絵画を集めた。書店で美術書を買い集め、バラバラにして分類した。映画の衣装はデザインではなく当時の絵画から忠実にコピーしたんだ。

 キューブリックはいわゆる「ソース主義者」で、どんな細かいことでも「ソース」を求めました。過去の物語なら歴史書などの資料、未来の物語なら予測の根拠、まったくのでっちあげである『アイズ…』の儀式でさえソースを欲しがりました。それは「デザイナーに〈18世紀風〉の服を作らせるのは愚かなことだ」のコメントにも表れています。そしてその理由は(4)になります。

(4)すべての作品が直面するのは見る側に映像は本物だと思わせることだ。時代設定が現代でない場合は、特にリアルな雰囲気を作るのが出発点だ。

 キューブリックは「リアルな雰囲気」にこだわりました。それは「昔から歴史物の映画の照明はウソくさいと思っていた」と語るように、ウソくささが見えると観客をストーリーに引き込む力を弱めてしまうと考えていたからでしょう。現在は撮影技術の向上によりキューブリックの時代よりはるかに簡単にリアルな映像が手に入るようになりました。ただ、CG臭さ全開のような映像をキューブリックがどう思ったかはわかりません。

(5)映画に何かしら意図を盛り込む点では、(『恐怖と欲望』は)その後の作品にも通じている。中身のない単なる娯楽映画にはしたくなかった。

 これはもう解説の必要はないですね。これがあるからこそ、キューブリック作品は多くの人を惹きつけるのでしょう。

以降、各作品に対するキューブリックのコメントが続きますが、それは番組でお楽しみください。

(6)人類が存続できるかは機械の「超知性」次第とも言える。知性というのは良いものだと私には思えるからだ。超知性の機械が人間よりタチが悪いはずがない。

 ここで言う「超知性」は、スピルバーグが監督した『A.I.』のラストシーンを思い起こさせます。クラークも機械については「申し分なく進歩すれば実質人間と変わらない」という考えの持ち主でした。

(7)20世紀のあらゆる芸術で失敗を招いた原因の1つは独創性に固執しすぎたことだ。「革新」は前進を意味するが、古典的な形式や現行の手法を捨て去るわけじゃない。だが、真の意味での芸術の爆発は物語の構造から解放されたときに訪れるだろう。

 至言ですね。