デ・ワイルド(編集アシスタント)は、これは見ものだ、と思いながらキューブリックの姿を眺めていた。キューブリックの髭面が『2001年』のヘルメットのひとつに収まっているのはそれが初めてだったからだ。作品の作り手が、作品の一部になっている。防音構造のシアターはしんと静まり返っていた。一度マイク経由でどうなっているのかたずねようとしたあと、「スタンリーはヘルメットを持ちあげて、なにが渋滞してるんだとわたしにたずねた」とデ・ワイルドは回想している。「わたしは、J・Bは耳が聞こえないんだ、と答えた。耳が聞こえないサウンドミキサーという発想を、彼は面白がってはくれなかったよ」

 やっとJ・B・スミスの準備が整って、キューブリックはヘルメットをかぶりなおし、小編成のチームは三十分にわたって彼の呼吸音を録音した。その後、『2001年』の音響編集者ウィストン・ライダーが編集に使うためにテープ・ループを作った。

(引用元:『2001年:キューブリック クラーク』/P.492)




 『2001年…』の呼吸音がキューブリックのものであるこいとは以前から言われていましたが、『2001年:キューブリック クラーク』に、その録音状況の詳細が載っていたのでご紹介。

 何事にもこだわるキューブリックは、律儀にもマイクをセットしたヘルメットをかぶって録音したんですね。それに録音素材は30分もあったとか。いろんな呼吸音のバリエーションを録音したと思いますが、どういう呼吸音が欲しいのかは自分が一番よく知っているので、効率を考えれば自分で演るのが一番早いと思ったのでしょう。

 キューブリックがどうやってこの「呼吸音SE」を思いついたのかは想像するしかないのですが、当時盛んにテレビで放送されていた宇宙開発関係の番組やニュースを見て思いついた、と考えるのが一番自然だと思います。キューブリックはアレックス・ノースのサントラ依頼をキャンセルする際、「あとは呼吸音でいくので曲はいらない」と語ったそうです。そんな言い訳に使うぐらい「呼吸音SE」が気に入ってたんでしょうね。