EWS1「イルミナティ」「フリーメイソン」など何かと話題の的になる『アイズ ワイド シャット』の儀式シーン。

エロティックな表現の限界点を探るのに参考にしたイギリスのTVドラマ『レッド・シューズ・ダイアリー』のオープニング。

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参考にと推奨されたフェリシアン・ロップスの『Le Mannequin(ル・マネキン)』と題された作品。『アイズ…』の世界感に近い。

儀式シーンで使用されたジョセリン・プークの『Masked Ball - Backwards Priests』。

●儀式シーンのリサーチについて

ブライアン・クック(助監督):私はスタンリーによく言ったんだ。「エイドリアン・ラインかトニー・スコット監督を呼んでこのシーンを撮るべきだ。彼らなら撮り方を知ってるよ、スタンリー。でも君は違う!」ってね。それでよく笑いあったものさ。でもね、乱交シーンの撮影日は押しに押したんだ。スタンリーは全然撮ろうという意欲がなかったんだ。ここだけの話、彼の得意分野じゃなかった。複雑で、撮る場所を決めるのも難しかった。しかし、そのためにたくさんのリサーチをした。

アンソニー・フリューイン (キューブリックのアシスタント):G・レグマンという南フランスに住む友人がいた。彼は我々にシュニッツラーの頃のウィーンの秘密結社と性の慣行について多くの情報をくれた。秘密結社の儀式と黒ミサについてのイラストも送ってくれたね、主に19世紀のものを。沢山の儀式のイラストを集めた。現代のものから古代のものまで。レグマンはフェリシアン・ロップスというとても有名ないろんな種類の春画に長けたアーティストを推薦してくれた。

ブライアン・クック:ニコールが海兵といちゃつくシーンでは、焼き増しの写真を使って、彼女にシーンに何を望んでいるか聞いたんだ。「どういう風にしたい?」って。 彼女は(訳者注:写真を見ながら)「いいえ。絶対だめ。これなら。そう。ダメ。それならOK。」 て答えてくれた。

レオン・ヴィタリ (キューブリックのアシスタント):私たちは超えることのできない障害を探してたんだ。ソフトコア・ポルノや『レッド・シューズ・ダイアリー』を見た。どれだけのものを映画で見せられるかを知るためにね。そしてもちろん、シーンに喜んで出てくれる人を探さなきゃならなかった。全てのモデル事務所とダンス教室を当たったよ。問題は彼らが完全に自然でなければならなかったことだ。ボトックス(注射)、豊胸手術は絶対ダメ。これは全ての事務所に明確に伝えた。でも何回か事務所に豊胸手術を受けさせることに同意したこともあった。 ヨランデ・スナイスのダンス会社にも連絡をとった。彼らを何ヶ月も週に1、2回呼んでビデオに撮り、いろんなことを試した。

ヨランデ・スナイス (振付師):モデルたちと多くの時間をリハーサルで過ごしました。スタンリーはエロティックなヴィネットと状況を欲していました。彼が使った言葉は「超現実的」と「挑発的」です。でも「あからさま」は使いませんでした。秘密の大きな豪邸にいる秘密結社の男達とその娼婦たちのシーンだと説明してくれました。

アビゲイル・グッド(謎の美女役):セント・パンクラスにある今は美しいホテルになっている場所を使いました。 荘厳な建物で大きな階段がありました。現実とは思えませんでした。なぜなら奇妙な儀式の動きを何ヶ月もしたからです。 リハーサルのために集まって、アイデアを出し合いました。レオンがそれをビデオに録ってくれて、そのあとスタンリーがフィードバックをくれました。

ジュリエンヌ・デイビス(マンディ役):スタンリーは「こんなものにはならないから」と言って、「突く」ジェスチャーをしました。代わりに、ある種の性的なモダンダンスのようなものになると言っていました。(注:この約束は守られず、のちにより過激なものになった)

ラッセル・トリガー(ダンサー):ヨランデの練習は接触と即興によって成り立っていました。意図的な動きでした。彼女は感覚的なアプローチをしていました。ある時など、他の人と練習している時になど壁と一緒に動いたり、対になったりなどしないといけませんでした。ベッドやソファーを使ったシーンもありました。 プレッシャーと、身体に重なる身体の反発。身体に対するテーブル、壁、小道具などなどです。

ヨランデ・スナイス:スタンリーは自分が欲しいものを全てわかっていたとは確信が持てません。 リサーチ期間中、アイデアと格闘してそれを彼に提示し、彼がそれを見て、フィードバックをくれました。ジョセリン・プークは私の知っているコンポーザーで「Backwards Priests」という曲リハーサルに使いました。なぜならシーンに最適な気がしたから。スタンリーがリハーサルのテープを見てこう聞いたんです、「この音楽は何だ?」ってね。

ジョセリン・プーク(作曲家):スタンリーはこう言ったの。「君のアルバムからこの曲を聞いたことがある。もっと他のを聞かせてくれないか?」って。それから数時間後には車が来て私の作ったカセットを持って行ったのを覚えている。次の日にはその車が私を迎えに来たの。それでパインウッド・スタジオにいる彼に会った。聞いたばかりの曲に興奮していて、私に改良して欲しいセクションを教えてくれた。映画の音楽を担当したことがなかったから、とても緊張したわ。最初の頃は彼は舞踏会と乱交シーンの音楽を色々作って欲しいと頼まれた。それから映画の残りの音楽も全て作ってくれと頼まれたの。

レオン・ヴィタリ:とても時間がかかって、使っている場所の賃貸契約が切れたこともあった。女性達を繋ぎ止めるのに苦慮したこともあった。彼らにも他の仕事があったから。もっと多くの女性がいることに気付いて大変だったこともあった。スタンリーにはよくあることだ。

(引用元:VULTURE:An Oral History of an Orgy Staging that scene from Eyes Wide Shut, Stanley Kubrick’s divisive final film./2019年6月27日




 VULTURE誌が掲載した『アイズ ワイド シャット』のスッタフに行ったインタビューの「An Oral History of an Orgy Staging that scene from Eyes Wide Shut, Stanley Kubrick’s divisive final film.」の「Researching the Perverse」の部分を訳出したものです。元の記事はニューヨークマガジン2019年6月24日号に掲載されました。

 キューブリックは脚本制作の段階から「このシーンには苦労するぞ」と発言していて、やはりそれは予想通りだったようです。助監督のブライアン・クックが「エイドリアン・ラインかトニー・スコットを呼んだ方がいい」と助言したという話は面白いですね。助監督が監督に向かって、しかも世界的巨匠に向かってそんなことを言うなんて縦社会の日本じゃ考えられませんが、このことは、いかにキューブリック作品の制作現場が自由で平等な雰囲気にあったかということを示しています。キューブリックは相手が誰であれ、良いアイデアには貪欲でした。それはヨランデ・スナイスが「Backwards Priests」(この曲は「Masked Ball」として映画で使用された)をシーンに使うというアイデアに即反応したことでも伺えます。

 この証言集から読み取れるのは、キューブリックが「エロ表現の(レイティングにおける)限界」と「秘密結社のリアリティ」をどこに求めたら良いか?という点に苦労していたということです。前者はTVドラマ『レッド・シューズ・ダイアリー』を参考にしたという証言が、後者は画家のフェリシアン・ロップスの名前が挙がっています。フェリシアン・ロップスはフリーメイソンの一員だったそうなので、また陰謀論者が湧きそうですが、管理人がこの記事を書いた以前(2019年12月8日以前)にフェリシアン・ロップスを名前を挙げている陰謀論者は皆無です。ですので、もし今後フェリシアン・ロップスを論拠にしている陰謀論を見かけましたら「ああ、この記事をパクったのね」と思っていただければよいかと思います(笑。

 リハーサルにたっぷり時間をかけ、撮影時にもテイクを重ねながらアイデアを練り上げるキューブリックのやり方は、とても時間がかかり拘束時間も長くなりますが、それだけ俳優やスタッフにもやりがいがあった(ニコール・キッドマンのインタビュー参照)はずです。多くの関係者が証言している通り、キューブリック作品の制作現場は「創造性に満ちていた」のです。これについて出資者のワーナーはキューブリックを完全に信頼していて、制作期間も予算も全て一任していました。キューブリックは厳選した少数の優秀なスタッフしか身辺に置かなかったので「かかった時間の割には驚くほどお金はかからなかった」そうです。

 一般の映画制作では映画会社(日本ではメディア企業が共同で出資した製作委員会方式の場合も多い)の発言力が強く、いくら監督といえどもその意向は守らなければなりません。監督に求められるのは「スケジュールの遵守と予算内での制作」がまず第一です。映画の出来・不出来は「二の次」と言ってもいいでしょう。そしてそれは「言い訳しやすい環境」でもあります。評価が悪ければ監督は「予算がない」、脚本家は「キャスティングが悪い」、俳優やスタッフは「時間がない」と言えるからです。しかしキューブリックの場合は違います。映画制作における全ての権限はキューブリックが握っているので思い通り(と言ってもレイティングや俳優のスケジュールなど物理的な制限はある)の映画づくりができますが、その代わり出来上がった作品の評価も興行成績も全て自分が背負うことになります。この重責の中だからこそ、キューブリックは「細部までとことんこだわって」映画を作ったのです。

 こういった「キューブリック独自の映画制作の方法論とその制作環境」を知らずに、一般の映画監督と同じと思い込んでいる人ほど、「リテイクが多いのは監督が無能だから」とか「スケジュール管理ができていないなんて監督失格」とか、トンチンカンな批判をするのです。無知を晒け出しながら「批判ありきの批判」をするこういった方々に、いちいち説明する義務はこちらありませんので放置していますが、もしそういった方々を見かけましたら、生暖かくスルーすることを推奨いたします。

 なお、原文の記事ではさらに「さらに本物に近くなる乱交シーン」「撮影しながら性行為の振り付けをする」「R指定騒動」と続きますが、これらについても今後記事にする予定です(※記事にしました[その2][その3])。しかし、先にネタバレをしておきます。例の「イルミナティ」についてです。それは以下のレオン・ヴィタリの証言が全てです。

レオン・ヴィタリ:私は何年もイルミナティのファンたちから電話をかけてこられたよ。いつもこう切り出してくる。「どこにそんな力があるんだ?どこに?イルミナティについての映画なんだろ?カトリック教会の隠蔽なんだろ、違うかい?」とね。そしたら私はこう返すんだ「ほう、なんでそう思うんだ?」って。それからはもう切るだけになったよ。どうやらロスには「アイズ・ワイド・シャット・クラブ」なるものがあるらしい。女性たちはマスクを付けて、男はイブニング・スーツでその女性を囲む。行ったことはないけどね。ハリウッド・ヒルズの上かその近くにあると聞いたな。そういえば撮影中に誰かが、たぶんトムだ、こう言った「本当にこんな場所があるのかな?」と。そしたらスタンリーがこう返したんだ「なければ、すぐにできるだろう」

翻訳協力:Shinさま