映画監督 スタンリー・キューブリック(amazon)


 キューブリックの生涯(正確には死去直前まで)を関係者のインタビューや証言を交え、丁寧に追った評伝であり、第一級のドキュメンタリー。まずはこれでキューブリックの生涯を俯瞰すれば、キューブリックの性格・個性から、映画制作における状況判断と対応能力、その異常なまでの「こだわり主義者」(あえて「完全主義者」とは言わない)っぷりがよく理解できます。つくづく思うのはキューブリックは社会や人間に対しての認識力、理解力、洞察力などがかなり早い段階で形成され、それはほとんど変わることなく晩年まで持ち続けていたということです。早熟という一言で片付ければそうですが、その早熟さを発揮できるクリエイティブな手段を早くから持ち、「ルック社の有望な若手カメラマン」という一般人であれば満足しそうな地位をあっさりと捨て去り、徒手空拳で堂々とハリウッドに乗り込んでゆくその自信と傲慢さは、カーク・ダグラスが「才能ある」クソッタレと評さざるを得ないほどの強烈な個性と豊かな才能の持ち主だったことがよく理解できます。キューブリックを知るためには必ず読まなければならない書として、まず本書を強くお勧めいたします。



ザ・コンプリート キューブリック全書(amazon)


 記事の乱雑さや訳の雑さもあってamazonのレビュー欄では評価が低いようですが、この本が出版された2001年当時は書籍はもちろん、ネット上にもキューブリックに関するまとまった情報がなかったため、大変重宝した記憶があります。日本に関して言えば現在もそれは大きく変わらず、海外に比べて日本語で読めるキューブリックの情報は決して多いとは言えません。そういう意味ではやはり本書は貴重で、データーベースとして持っておくべき書であることは間違いないでしょう。



EYES WIDE OPEN―スタンリー・キューブリックと「アイズワイドシャット」(amazon)


 『アイズ ワイド シャット』で『夢小説』の脚本化を担当したフレデリック・ラファエルの恨み節満載の、『アイズ…』製作時におけるラファエル側から見たドキュメンタリー。『シャイニング』で同じく脚本化に協力した小説家のダイアン・ジョンソンは、本書のラファエルを「パラノイア」と評していますが、ラファエルのブライドをズタズタに引き裂くキューブリックの執拗な「ダメ出し」に疲弊しきったラファエルが立ち直るためには、こんな本でも書かなければやってられなかったのではないでしょうか。ここでのキューブリックはいかにもキューブリックで、この強烈な個性と圧倒的な支配力に疲労困憊したのはラファエルだけでなく、クラークも全く同じ体験をしています。キューブリック自身が語る自作のエピソードも他のソースと大きな齟齬はなく、掲載されている情報はかなり正確だと思われます。

 キューブリックの未亡人、クリスティアーヌは本書を「嘘ばかり」と批判し、訴訟も辞さないと強硬な姿勢でしたが、その後具体的な動きはないようです。実はこのクリスティアーヌの反応こそ、本書がいかに正しいかの証明になっているのではないかと思うのです。本書にはキューブリック邸の様子も描写されていますが、食事が粗末だったり、雑然としいている邸内の様子も暴露されています。家を預かる主婦として、そんな恥部を晒されてはたまったものではありません。だからこそ「嘘ばかり」「訴訟も辞さない」という態度に出たのだと考えています。しかし、クリスティアーヌが危惧したほど本書が大きな影響を及ぼさなかったため、この話は立ち消えになったのではないでしょうか。そういう意味ではキューブリック作品制作の裏側を知る重要な書としてお勧めできると思います。

 以上の3冊ですが、どれも10年以上前に出版された古い本ばかりです。海外では最新の情報に基づいたキューブリック本が次々と出版されています。それらを邦訳した新しいキューブリック本の出版を心から希望いたします。