1999年のチェチェン共和国を舞台にした「あの日の声を探して」の特別映像と監督のコメントが届いた。

〈中略〉

 監督のアザナヴィシウスはコーリャの人物造形のヒントを、スタンリー・キューブリックが軍隊の狂気を描いた「フルメタル・ジャケット」から得たという。そして「人間は順応する生きものです。心に傷を負った9歳のハジが悲しみを乗り越え成長していく様子と、コーリャが人を虐殺する人間になってしまうプロセスは表裏一体ですが、立場が逆であれば同じ道をたどることもある」と、境遇が人を容易く変化させる空しさについて真摯に語っている。

(以下リンク先へ:映画ナタリー/2015年4月26日




 人物造形は観ないとわかりませんが、特別映像の最初の歩兵のシークエンスはモロに『フルメタル…』の影響を感じさせますね。まあそれよりもスピルバーグの『プライベート・ライアン』が、良くも悪くもそれまでの戦争映画の「穏当な」描写を覆してしまったので、その影響からは免れようがない、と言ったところでしょうか。

 『フルメタル…』はこの記事のように「普通の青年を殺人マシーンに変える」という文脈で語られる事が多いのですが、正直違和感を感じています。『フルメタル…』は「普通の青年が殺人マシーンに変わらなければ生き残れない現実」を描いているのであって、「普通の青年を殺人マシーンに変えてしまう非道」を描いているものではないと考えています。『フルメタル…』の論評の多くはこの前提から間違っているものが多いので、プロ・アマ問わずほとんど参考になりません。単純な「戦争悪玉論」なんかにキューブリックが惹かれるはずがないんですが・・・。

 チェチェン紛争については語るべき知識はないですが、題材が現在進行形の宗教・政治問題だけに、どう描いているのか興味はあります。ただ個人的には政治的主張をフィクションで心象操作されたり押し付けられるのは好きではないので、「戦争とは」「人間とは」「生命とは」といった普遍的なメッセージが感じられる作品になっていれば嬉しいですね。