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※『現金…(The Killing)』のタイトルの横に記載された『Harris-Kubrick Pictures Corporation』の表記

 キューブリックがそのキャリアをスタートさせた『恐怖と欲望』と二作目の『非情の罠』は実質的にキューブリックがプロデューサーも兼ねていた。この時代、プロデューサーの最大の仕事は資金集めで、キューブリックはその負担も強いられていたのだ。そこに高校時代の級友であるアレグサンダー・シンガーを介して知り合ったのがジェームズ・B・ハリスだ。ハリスは映画とTVの配給会社フラミンゴ・フィルムズという会社を起こし、自らも映画のプロデューサーを目指して有望な監督を探していたところだった。

 キューブリックの劇場用映画二作目である『非情…』を観たハリスはその才能に着目、キューブリックと組む事にし、その際に設立されたのが「ハリス=キューブリック・プロ」だ。そして意気揚々とハリウッドに乗り込んだ二人が製作したのが『現金に体を張れ』で、その後『突撃』『ロリータ』と製作(『スパルタカス』は実質カーク・ダグラスの個人プロダクション「ブライナ・プロ」が仕切っていたので、会社からキューブリックを監督として貸し出す形で製作された)した。

 『博士の異常な愛情』の製作に入った頃、ハリスも監督を目指す事になり「ハリス=キューブリック・プロ」は友好的に解消したが、その後も二人は交流があったそうだ。

 会社の詳細な略歴は不明だが、ハリスとキューブリックが出会ったのが1954年、コンピ解消が1962年なので、実質8年間の活動期間であった。キューブリックはその後、自身の製作会社としてホーク・フィルムズ、ペレグリン・プロダクション、ハリアー・フィルムズ(何故か猛禽類の名前を好んで使っている)を設立し、自身で監督と製作を兼任するが、実質はスタンリー・キューブリック・プロダクションで、映画製作の様々な状況によってこれらの名称を使い分けていたようだ。