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破滅への二時間 (1964年) (ハヤカワSFシリーズ)(amazon)


 ピーター・ブライアント(本名ピーター・ジョージ)作の『博士の…』の原作。1964年出版とかなり古い本ですがアマゾンにも古本として在庫があり、入手はかなり容易です。読んでみて感じたのはキューブリックはほとんど忠実にこの原作に倣って映画化しているという点。変更点はブラック・コメディ化した点を除けば、作中の人名と結末の改変、ストレンジラブ博士というキャラクターの追加くらいになります。

 冷戦時代をご存知の方には秘密主義の旧ソ連の不気味さと、それに伴う共産主義の過大評価と反共主義者の暴走はリアルに感じられるかと思います。現在で言えば北朝鮮を巨大にしたようなイメージでしょうか。こういった小説がフィクションで済まされなかった事実は、キューバ危機を挙げるまでもなく、日本近海でも大韓航空機撃墜事件として記憶されています。刻一刻と差し迫る世界滅亡へのカウントダウンというストーリーに、人一倍核戦争の危機を「心配して爆弾を愛するように」なっていたキューブリックが惹かれるというのもよく理解できます。

 現在では全面核戦争で人類全滅という可能性は低くなり、こういったプロットは時代遅れですが、フェイルセーフというシステムが、いざその危機が訪れてみれば逆に障害になるという視点は今でも十分に有効で、特に震災と原発事故を経験した日本人には身に染みて感じられる筈です。『博士…』はブラック・コメディとピーター・セラーズの怪演ぶりに目がいきがちですが、フェイルセーフという名の安全神話に頼り切る危険性を一度考え直してみるという意味では、『博士…』もこの原作もかなり有用ではないかと感じました。

 しかし本当に真面目な小説です。作者のピーター・ジョージは元イギリス空軍中尉だったそうですから、B-52爆撃機のクルー達には思い入れがあったのでしょう。彼らの軍人としての献身的な働きと大量殺戮への葛藤、そして国への、ひいては家族や故郷に対する痛切な想いを、登場人物中で一番丁寧に描き込んでいます。そんな思い入れには一瞥もくれず、核爆弾に跨がらせてICBMサイロに叩き込んだキューブリックの黒さと言ったら・・・アレックスを演じたマルコム・マクドウェルが「炭のように黒い」と評したそのブラックさと好対照を成す原作小説だと言えるでしょう。