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 1972年、キューブリックの次回作は『バリー・リンドン(Barry Lyndon)』と発表される。

 1973年の秋、アイルランド・ロケを含んだ撮影が開始される。歴史的に貴重な絵画や建物を使っての撮影に、さすがのキューブリックも発疹ができるほど神経質になったようだ。また政情不安のアイルランドでは、常にテロの危険にも晒されていた。

 1974年7月、『バリー・リンドン』撮影終了。

 1975年12月、『バリー・リンドン』が一般公開される。貴族社会の繁栄と没落を扱ったこの作品は、 見事に再現された18世紀の映像美は評価されたものの、感情移入を伴わない淡々としたストーリー進行のため、評価も芳しくなく、興行的にも失敗する。(現在では再評価の動きがある)

 1978年、 キューブリックの言うところの「正真正銘のコマーシャル・フィルム」、スティーブン・キング原作によるホラー、『シャイニング(The Shinning)』の製作が発表される。

 1980年5月、 『シャイニング』が一般公開される。リアルタイムには理解されにくいキューブリック作品らしく、「ホラーのわりにはあまり怖くない」とあまり評判は良くなかった。だが、興行的には一応の成功を収め、『バリー・リンドン』興行的失敗を取り戻した。

 1984年、 グスタフ・ハスフォード原作のベトナム戦争小説、『ショート・タイマーズ (The Short-Timers)』の映画化を発表する。タイトルは 『フルメタル・ジャケット(Full Metal Jacket)』と決定された。

 1985年9月、 ロケを嫌がるキューブリックは、ロンドン郊外にベトナムの戦場を再現し、撮影を開始する。

 1986年8月、撮影は終了する。しかし同年12月、オリバー・ストーン監督によるベトナム戦争映画、『プラトーン』が公開され、アカデミー賞作品賞を獲得してしまう。このことが、『フルメタル・ジャケット』の評価に若干の影響を及ぼしてしまうことになる。

 1987年6月、 『フルメタル・ジャケット』が公開される。キューブリック独特の冷徹な世界観は、『プラトーン』の過剰な演出と鮮かな対比を見せるが、一般的には『プラトーン』の方が評価が高かった。『フルメタル・ジャケット』に対する辛口の評価は、すでに伝説的な存在であるキューブリックに対する、期待の大きさの証明でもあるのだが。

 1993年4月、『50年間の嘘』の映画化、『アーリアン・ペーパーズ』の製作が発表されるが、同じユダヤ人の迫害を扱ったスピルバーグの『シンドラーのリスト』が先行していたため、これを中止する。

 同年11月に、1977年に映画化権を買ったブライアン・オールディーズのSF小説『Super Toys Last All Summer Long』の映画化、『A.I.』が製作発表される。

 1996年夏、アーサー・シュニツラーが1926年に出版した小説『ラプソディ:夢の小説(Rhapsody: A Dream Novel)』を 映画化することに決定、 タイトルを『アイズ ワイド シャット(Eyes Wide Shut)』し、撮影を開始する。先に製作発表された『A.I.』は、『アイズ…』完成、公開後に製作に着手することになる。

 1997年3月、その長年の輝かしい業績に対して、キューブリックは D.W. グリフィス賞を受賞、また同年9月に、ベニス国際映画祭において「金のライオン賞」を受賞した。

 1998年2月、『アイズ ワイド シャット』撮影終了。 だが同年5月、キューブリックお得意の再撮影により、若干キャストが変更になる。

 1999年3月7日、世界に衝撃が走った。キューブリックは『アイズ ワイド シャット』の公開を待たずして、ロンドン郊外のハートフォードシャーの自宅で急逝したのだ。70歳の若さで…。 葬儀には親族の他、トム・クルーズ夫妻やスピルバーグ夫妻も参列した。死因はどうやら心臓発作のようだ。

 1999年7月、遺作となってしまった『アイズ ワイド シャット』公開。自ら「最高傑作だ」と語っていた通り、緻密に、二重三重構築された妄想の世界は、それまでの自作の集大成ともいえる映像表現とも相まって、すさまじい完成度と緊張感ある作品に仕上がっていた。しかし、一般的にはあまり評価が良くなかった。

 2000年8月、キューブリックの急逝により、中ぶらりんになった『A.I.』を、ワーナーブラザーズ配給、スティーブン・スピルバーグ監督により製作することに決定し、2001年夏公開に向けて撮影を開始する。

 2001年6月、スピルバーグ監督作品として『A.I.』公開。