2022年08月

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 イギリスの国民的バンドMUSE(ミューズ)の新曲『YOU MAKE ME FEEL LIKE IT'S HALLOWEEN』のMVがとっても『シャイニング』(その他のホラー映画要素も)だったのでご紹介。

 ミューズは過去にも『博士の異常な愛情』『2001年宇宙の旅』『フルメタル・ジャケット』をMVで引用していますが、ついに『シャイニング』にも手を出しましたか。こうなったらキューブリック作品コンプリートを目指して欲しいですね。

 曲調はとっても1980年代風でどこか懐かしい感じ。嫌いじゃないんですが、リアルタイムな私としてはとってもムズムズしてしまうのですが・・・まあそれはあえて触れないでおきます(笑。
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 愛の行為として、私はキューブリック映画の再構築を決意し、この煽情的なアプローチを核心まで推し進めることにした。私は、キューブリック映画を分解し、混ぜ合わせ、接ぎ木し、再び組み立てるという自由を手に入れた。私は自分の創造的な手法にこだわり、これらの映画を手に入れ、類似化し、私の服で埋め尽くしたのです。スポーツウェアとしての地位を失い、ヴィクトリア朝の衣装となったアディダスのガウンが、バリー・リンドンの脚本の中で新しいキャラクターとして登場するというショート・サーキットを作ろうとしたのです。90年代にマドンナが着てニューヨークのスポットライトを浴びたローラ・ホイットコムのデザインしたドレスは、『シャイニング』のゴシックなシーンにフィットする。アイズ ワイド シャット』の謎めいた儀式のミステリアスな闇は、官能的なブルジョワパールで飾られた毛皮のヴィーナスを抱擁する。さらに『時計じかけのオレンジ』のフレームの中で、フェティッシュな香りのする90年代の靴が爆発しています。そして『2001年宇宙の旅』のディスカバリー号の無菌空間とディストピア空間に、柔らかなチュール編みの夢のイブニングドレスが飛び込んでくる。この状況主義のゲームは、歴史的な計画、参照、経験をミックスしています。過去は現在に爆発する。すべてが何にでも、あるいは他の何にでもなりうるのです。キューブリックの傑作の、骨が宇宙船に変わるあの有名なシーンのように。人生のように。

(引用:インスタグラム alessandro_michele




 メイキングの動画を見る限り、かなりお金をかけて本格的に作り込んでいるようです。その首謀者であるグッチのデザイナー、アレッサンドロ・ミケーレのコメントはキューブリック愛に溢れ、なかなか微笑ましいものがありますね。もちろん「分解し、混ぜ合わせ、接ぎ木し、再び組み立てるという自由」は、キューブリック作品の権利を管理するキューブリック財団の許可がない限りは不可能なわけですが、その許可が下りたミケーレの喜びはPVにも、このコメントにも感じることができます。

 このようにキューブリックの影響力は映画の枠を飛び出し、ありとあらゆるクリエイティブのジャンルへ飛び火しているのですが、それを改めて思い知ることができました。また、キューブリックを知らない層にもアプローチできるという意味でも、このキャンペーンには非常に意義を感じます。

 ただ、こういった「キューブリックの大衆化」を好まなかったり、その扱いを「冒涜」と感じてしまう方もいらっしゃると思います。私もその気持ちは痛いほどわかりますし、苦言の一言でも呈したくなるのも理解できます。ですが、1999年のキューブリックの逝去後の『アイズ ワイド シャット』の公開や関連書籍の出版ラッシュが終わった2000年代中頃から、キューブリック作品の商品化権が解放される2010年代中頃の約10年間、キューブリックが話題になることは「ほとんど」ありませんでした(海外では『スタンリー・キューブリック展』の開催など、それなりに話題は続いていた)。「映画」というメディアに一番触れる機会が多い現在の20代は、「キューブリック作品はアパレルで知った」という方はかなり多いのではないかと予想します。それほど、アパレル(ファッション)アイコンとして採り上げられることの影響力は大きいのです。

 私は単純にキューブリックが「いまだに現役の映画監督」のように扱われいる現状をとても嬉しく感じています。それは「キューブリック作品は時代や世代を超えたパワーを持ち続けいている」と実感できるからです。長い間このブログを続けていて、一時期「キューブリックはもうすでに過去の人なのかもしれない」と思ったこともありました。ですがそれは杞憂に終わりました。上記のような「リスペクト」の形には色々言いたいこともあるのですが、それよりも採り上げていただいた嬉しさの方が勝るのはそういう理由です。もう新作が世にでることはないキューブリックですが、願わくば「永遠に(キューブリック作品で)遊んで」欲しいと思っています。
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「私はいつも映画に魅了されてきました。人間の冒険とその漂流を探る物語を語る力があるからです」とアレッサンドロ・ミケーレが語るように、この新しい『Exquisite Gucci』キャンペーンは、ジャンルの芸術家として名高い故スタンリー・キューブリックの一連のアイコン的映画からインスピレーションを得たものです。このキャンペーンでは、クリエイティブ・ディレクターが映画のシーンを再現し、グッチの最新コレクションのルックに取り入れることで、過去へのオマージュと現在へのイマジネーションを融合させています。「私はいつも自分のコレクションを、現在の映像撮影技術を伝えるフィルムとして想像してきました。それは、折衷的で不協和な物語のスコアであり、人間とその変容能力を神聖化することができます」。

(引用:動画説明文




 ファッションブランドのグッチがキューブリック作品『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』『バリー・リンドン』『シャイニング』『アイズ ワイド シャット』にインスパイアされたコレクションを発表し、そのPVが公開されました。個人的には『バリー…』と『アイズ…』のピックアップが嬉しいですね。現在までこの両作品は公式に商品化が許可されていませんでしたが、グッチが引用したということは、いよいよ権利がクリアになったのかもしれません。

 ハイブランドには縁がない、という方もいらっしゃると思いますし管理人もそうなのですが、店舗のディスプレイや広告展開がどうなるか非常に興味がありますので、今後記事にしていきたいと思います。それにしてもこの映像、CMとしてオンエアされるんでしょうか?もしそうだとしたら、今から心の準備(何の?笑)をしておいた方が良いかもしれませんね。
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画像引用:wikipedia - Leon Vitali

 2022年8月19日(現地時間)、レオン・ヴィタリがロサンゼルスで逝去いたしました。享年74歳でした。キューブリックのアシスタント兼俳優として、またキューブリックの死後はキューブリック作品のオブザーバーやスポークスマンとして果たしたその役割は、非常に大きいものがありました。以下は2008年3月17日にシネマトゥデイに掲載された、(私が知る限り)唯一の日本のメディアによるレオンのインタビュー記事です。そのポイントとなる部分だけ引用して解説してみたいと思います。



スタンリーは、撮影前に僕を呼んで座らせ「これからストーリーを大幅に変更し、君が出演するシーンをもっと書き加えるから、クランク・アップまで居ることになる」と言ったんだ。当時26歳だったわたしにとって、とんでもない出来事だったよ。本当に素晴らしことだった。

 『バリー・リンドン』は、小説よりもレオンが演じたブリンドン卿が果たす役割が大きくなりました。なぜそうなったかの考察はこちら

スタンリーはセットに来る前は、決してこれからどうやってシーン撮るか決めていなかったんだ。だからいつでもレンズを変えられるようにしていたよ。最初は35ミリから始めて、俳優たちに「このシーンで何をすべきか演じてみなさい、ただリアルじゃなきゃ駄目だ。その演技によって、どうやってわたしがシーンを撮るか決めるから」と言ってくる。当然、自分が思い付いた発想を順番に演じてみて、その間スタンリーは、カメラの回りを動き回って、レンズを変えたりしている。そして最後に「これがこのシーンのファースト・ショットだ」と言ってくるんだよ。でも、撮り始めたシーンに俳優たちが何か気に入らなかったり、うまくいかなかったりすると「このシーンに問題があるみたいだが、ほかの言い方もできるかい?」と問いかけてくる。俳優たちが難色を示したときには、俳優たちとともにシーンを考えるんだ。

 当ブログでも何度も繰り返して説明している「キューブリックは俳優やスタッフとのコラボレーションでシーンを作る」のレオンの証言です。キューブリックはトップダウンではなく、コラボレーションを好みました。ただ、キューブリックのOKラインが非常に高かったので、そのコラボレーションは苦労が多いものになりがちでした。なぜなら延々と「ああでもない、こうでもない」を繰り返すのですから。

結果的にスタンリーは、しばらくかなり意気消沈していたし、この映画を彼が再び観ようとするのに何年も掛かったくらいだ。

 『バリー・リンドン』の挫折がキューブリックを当時の人気ジャンル、ホラーへと向かわせたのでは?と管理人が考える根拠です。もう失敗はできませんから、確実にヒットを狙いに行ったのではないでしょうか。

彼は、ADR(Automatic Dialogue Replacement)を毛嫌いしていた。それは、撮影の際に描写される雰囲気が決してADRでは、醸し出すことができないからだと思う。〈中略〉例えばせりふが「I love you very much」だとしたら、15種類の「I」、15種類の「Love」というように単語をひとつずつマッチさせ、一番ドラマティックな音を選択していたね。だけどいつも使っていたのは、オリジナルのレコーディングとして使用されたせりふだった。

 ADRとはすなわちアフレコのことですが、撮影時の音源を使って一音ずつ切り貼りしていたら、とんでもなく時間がかかってしまいます。もちろん当時はデジタルではありませんので文字通り磁気テープを「切って貼って」いたのです。ここまで細かく自作にこだわる監督はキューブリック以外に知りません。

スタンリーが音楽の編集もしていて、いつも聴いていたしね。〈中略〉そこでシーンの編集をし始めてから、シューベルトやビバルディなどの曲を試し、シーンにぴったり合うだけでなく、その後に来るシーンのペースと感情の表現にしっくりくるような曲を選んでいたよ。〈中略〉彼はいつも「これほどたくさんの曲があるんだから、いろいろと使ってみないといけない」と言っていて、彼の家(正確に言うと城だが)に図書館分ほどのレコードが保管されていた。だからいつも編集しながら選択をしていたよ。

 キューブリックが既存曲使用(ニードルドロップ)を好んだ理由の一つです。「映画で重要なのは映像、音楽、編集、俳優の感情、その次が言葉」とも語っています。

結構頻繁に自分でやっていたよ。少なくともこの映画の中では、決闘シーンは彼が撮っていた。〈中略〉けれど映画『シャイニング』からは、ビデオのプレイバックができるようになり、少し状況が変わってしまったんだよ。それでも『アイズ・ワイド・シャット』までずっと自分で撮影することもあった。もっとも長いショットやズームを使ったショットは、カメラ・オペレーターに任せていたけれどね。

 カタリーナによると「老眼でカメラが見にくくなったから」とのことです。

スタンリーにとって重要だったのはリサーチで、プリ・プロダクション(撮影に入る前の準備期間)でいつも1年くらいの期間をそれに当て、詳細なリサーチをしていた。〈中略〉従って多くのシーンの形成は、彼の絵画を出発点として始められていたんだ。それから俳優を使って徐々に言及していくんだ。〈中略〉そういう形で、何か絵画や写真を基に始めることが多く、彼は決して絵コンテを使ったりはしなかった。

 キューブリックに関する誤解の多くが「キューブリックは完璧主義者なので、自分の頭の中にあるイメージになるまで執拗にテイクを繰り返す」というものですが、実際はこのように絵コンテどころか脚本にも固執することはありませんでした。『メイキング・ザ・シャイニング』には撮影現場でセリフを書き直し、数枚の紙でセリフを練習しているジャック・ニコルソンが映っています。シェリー・デュバルは「(毎日セリフが変わるので)脚本を見なくなった」と話しています。

彼は、ジャンル別に区分するようなこともなかったし、限界に挑戦しようという意図ではなかったと思う。ただわたしにいつも「すべてのジャンルはこれまでに一度は作られてきている。われわれがしなければならないことは、それらよりも良いものを作ることだ」と言っていたよ。

 つまり、映画は長い時間をかけてフォーマット(形)はある程度決まってきてしまっているので、斬新で画期的な表現を求めてもしょうがない。それより、より良いもの(より良い表現)を目指すべきという趣旨です。リサーチマニアでありとあらゆる映画を観てきたからこそ言えることで、これは他のインタビューでも同じ趣旨のことを話しています。

(引用元:シネマトゥデイ「スタンリー・キューブリック監督の右腕として25年仕事をしてきたレオン・ヴィタリ」/2008年3月17日



 以上のように、旧来的なキューブリック像を覆す重要な証言ばかりのインタビューですが、なぜか誰にも知られることもなく、ネットの海に埋もれたままになっています。幸いなことにシネマトゥデイは記事のバックナンバーを削除することなく、掲載から14年経過した現在でも残してくれていますが、いつ削除されるかわかりません。ですので、レオンの逝去というタイミングではありますが、より多くのキューブリックファンの皆様に読んでいただきたく、今回あらためて記事にいたしました。

 レオン・ヴィタリが逝去した今、氏の功績を正しく伝えることは、すなわちキューブリックの実像を正しく伝えることでもあります。当ブログでもレオンの証言やインタビューを数多く採り上げておりますので、機会があれば検索窓から「レオン・ヴィタリ」で検索し、当ブログのバックナンバーをご一読ください。

 そして何よりも、レオン・ヴィタリ氏のご冥福をお祈りいたします。
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Moloko Molotov
視聴制限がかかっているので視聴はYouTubeのサイトからどうぞ。

 以前この記事で「1980年代はニュー・ウェイヴ全盛で、パンクはすでに時代遅れとされた」と書きましたが、そのニュー・ウェイヴは1980年代後半には失速、1990年代にはパンク・リバイバルが起こり、それ以降「パンク」というジャンルは音楽シーンに完全に定着しました。今の若い世代に「パンク」と言っても通じると思いますが、「ニュー・ウェイヴ」と言ってもおそらく通じないでしょう。ニュー・ウェイヴはあまりにもその範囲が拡大しすぎて、もはやカオス状態で説明不能。映画で「ヌーベルバーグ」や「アメリカンニューシネマ」を説明しろというようなものです。それもあってか死語化してしまい現在では「オルタネイティブ」などと言い換えられておりますが・・・これもまた漠然とした定義です。

 そんな「定着したパンクシーン」において、現在でも『時計じかけのオレンジ』は引用され続けていて、このthe Washed Up Has Beensというアーティストにおいても同様です。曲名からMVまで完全に『時計じかけ』仕様となっています。そういえばスピルバーグが『時計…』を「史上初のパンク映画」と評していましたが、それが事実かどうかは精査が必要にせよ、パンクムーブメントに与えた影響はもう自明と言っていいでしょう。なぜなら2020年代になっても『モロコ・モロトフ』なんて曲がリリースされるのですから。
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