2021年07月

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クリスマスを祝うキューブリック夫妻。キューブリックはユダヤ教の一切の宗教的行事には関心がなかった。妻のクリスティアーヌはナチスに近い家系のドイツ人なので、普通にキリスト教徒だったと思われる。

●宗教観について

 キューブリックはユダヤ人でありながら、宗教には関心がなかったことが知られていて、「たまたま両親がユダヤ人だっただけ」と語っていたという話さえあります。上記のクリスマスを祝うキューブリック夫妻の写真は1980年代に撮られたもので、長女カタリーナが公開したものです。ただ、クリスマスを祝っているからといって、キューブリックがキリスト教に改宗したわけではないと思います。フレデリック・ラファエル著『アイズ・ワイド・オープン』によると、キューブリックは「キリスト教徒たちがどう感じるかなんて、私たち(ユダヤ人)に何がわかる?」というキューブリックの発言の記述があります。また有名な話として『シャイニング』の原作者、スティーブン・キングとの電話での会話で「地獄を信じない」「死後の世界があるなんて楽天的な考え方」」と発言したそうです。端的に言えば「一切の宗教を信じないリアリスト」と言えるでしょう。とはいえ、クリスマスプレゼントの風習を非常に楽しんでいたそうなので、クリスマスを「単なる季節行事」として捉えていたのだと思います。

●ユダヤ人差別について

 宗教としてのユダヤ教には無頓着でも、人種としてのユダヤ人差別には敏感に反応していたようです。前述の『…オープン』にも反ユダヤ主義に関する記事に憤る姿の記述があったり、ハリウッド時代には「ユダヤ野郎」などの蔑視の言葉を投げかけられることもあったようです。また、妻のクリスティアーヌによると「彼はタフだった。ニューヨーク時代のひどい仕打ち(人種差別のこと)に慣れていたのかも」と発言しています。この件についてはナチスによるユダヤ人迫害を扱った『アーリアン・ペーパーズ』の企画が実現していれば知ることができたのですが、残念ながら中止になってしまいました。最近になって「ユダヤ人としてのキューブリックとその作品」というアプローチがなされるようになり、2016年にサンフランシスコで開催された『スタンリー・キューブリック展』は現代ユダヤ博物館で開催されました。また『Stanley Kubrick: New York Jewish Intellectual』(amazon)という考察本も上梓されていますが、レビューを読む限りでは本書は矛盾に満ちた分析で、あまり説得力はないようです。

●家族について

 キューブリックは一家の家長として過干渉にふるまうこともありましたが、それは家族を愛するが上(ユダヤ人らしい「家族第一主義」と言えるかも知れない)だということは、家族もよく理解していたそうです。長女のカタリーナはボーイフレンドをキューブリックに紹介したときのことについて「冗談だろ!あんなやつ!」と憤慨したと語っていましたが、それは彼氏がハンサムだったことを心配したのではないか、とのこと。また愛妻家としても有名で、義弟でプロデューサーのヤン・ハーランによると、キューブリックからの電話の半分は「クリスティアーヌは今どこにいる?」という問い合わせの電話だったそうです。

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1990年代半ば頃のキューブリック一家。

●動物好きについて

 キューブリックの動物好きはよく知られていて、広大な邸内で犬や猫をはじめとして鳥や家畜などさまざまな動物を飼い、ゴールデンレトリーバーと戯れる写真が残っていたりしていますが、特に猫が好きだったようです。長女のカタリーナによると、言われていた18匹ではなく実際は6匹くらいで、去勢手術を嫌ったキューブリックの指示で、猫が交尾しないようにお互いを離しておかなければならず、それは難しいことだったと証言しています。

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二匹のゴールデンレトリーバーと戯れるキューブリック。

●スポーツ好きについて

 キューブリックが卓球をしている写真が残っていますが、運動不足解消のためか自宅でもゲームをしていたそうです。『時計じかけのオレンジ』のマルコム・マクダウェルも相手をしたことがあるそうですが、マルコムは「いつも自分が勝った」と発言しています。また、スポーツ鑑賞では特にアメリカン・フットボール好きで、オンエアのないイギリスに住んでいたキューブリックは、当時フロリダに住んでいた妹のバーバラに試合のビデオを送ってもらっていたそうです。カタリーナによると、そのほかにサッカーやテニス、ボクシング、カムダンシング(社交ダンス)を好んで観ていたとのこと。ラファエルの『…オープン』によるとアンドレ・アガシのファンであることをうかがわせる発言の記述もあります。

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卓球をするキューブリック。おそらく『バリー・リンドン』の頃ではないかと思われる。相手はヤン・ハーラン?

●音楽好きについて

 キューブリックは高校時代、ジャズドラマーだったのは有名な話で、『スタンリー・キューブリック展』には、キューブリック所有のスネアドラムとスティックが展示されています。若い頃の一時期は本気でプロを目指そうとしたらしいですが、ミュージシャンのハードなツアー生活を知るに至り、「目指さなくてよかった」と発言しています。キューブリックの撮影時のアドリブ好きや、編集のリズム感はジャズ(インプロビゼーション)好きが影響しているのでは?という分析もあります。一方音楽鑑賞ではジャズはもちろん、特にクラシックを好みました。これについてカタリーナは「彼は驚くほどカトリック的な音楽趣味を持っていた」と証言しています。

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1950年、ルックの取材で訪れたニューオリンズでジョージ・ルイス・ラグタイム・ジャズバンドとセッションをするキューブリック。ただしポーズをとっただけの可能性も。

●チェスについて

 父親から手ほどきを受けたチェスの腕前はかなりのもので、全財産を映画制作につぎ込んでいたニューヨーク時代は、ワシントン・スクエアの賭けチェスで日銭を稼いていたのはもはや伝説です。なにかと時間を持て余す撮影現場では、俳優を相手によくチェスをしていたようですが、それも『シャイニング』の頃までで、ラファエルの『…オープン』によると「最近はパソコンを相手にやっている」とのこと。チェスをする上での思考はキューブリックの映画制作のプロセスに影響を与えていて、「全ての選択肢を提示してから判断する」「一見よく見える選択肢にすぐさま飛びつかない」はチェスの影響と言えるでしょう。キューブリックはギャンブル好きはチェスにとどまらず、『スパルタカス』のヒットで経済的に潤う以前のハリウッドでの不遇時代は賭けポーカーで生活費を捻出したり、株投資も盛んに行っていたそうです。

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『博士の異常な愛情』のセットでジョージ・C・スコットとチェスをするキューブリック。

●カメラについて

 カメラを持つ写真が数多く残されていることでわかる通り、キューブリックは大のカメラ好きでした。少年時代、父親からスピードグラフィックスを譲り受けて以来、ローライフレックスなど数々のカメラを使ってきましたが、映画監督になってからはポラロイドのパスファインダーを撮影時の照明の確認や画像メモに使い始め(現在のデジカメやスマホカメラに近い使い方)、そのポラロイド写真が大量に現存しているそうです。ムービーカメラではアリフレックスがお気に入りで、レンズもいわゆる「レンズ沼」と言えるほど大量に所有していました。これらは『スタンリー・キューブリック展』の展示物として現在世界を巡回中です。

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アリフレックスを使って『時計じかけのオレンジ』を撮影中のキューブリック。レンズは広角でも歪みが少ないテゲア。

●読書について

 キューブリックは元々本好きではあったようですが、読書は次回作の原作を探す目的もありました。また職業脚本家を好まず、ストーリーメーカーとしての小説家を高く評価していた関係から、自作の脚本(翻案)は小説家に依頼するのが常でした。キューブリックは自身をストーリーテラー(語り部)として捉えており、ストーリーメーカーとしては「そんな才能はない」「自分でストーリーを考えると客観的な善し悪しの判断ができなくなる」と考えていたようです。

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ハートフォードシャーの自宅庭で読書をするキューブリック。

●パソコンについて

 キューブリックの新しもの好き、機械好きは広く知られていて、何か目新しい機械を現場に持ち込みと夢中になって撮影が中断するほど。パソコンもWindows以前のDOS時代にはすでに自宅で仕事に利用していました(詳細はこちら)。『フルメタル…』公開の頃には東芝のラップトップPCを所有していたそうです(詳細はこちら)。妻のクリスティアーヌによると、キューブリックにとってPCとは「彼が生まれてこのかたずうっと登場を待ち望んでいたものが実現したようなもの」だそうです。

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IBM XTを導入してご満悦のキューブリック。

●仕事について

 キューブリックは自宅にオフィスを構えていたので、プリプロダクションやポストプロダクションなどの作業も自宅で行なっていました。そのため外出することは稀で、撮影時にロケ先や撮影スタジオに出向く程度だったそうです。俳優や脚本家、関係者も自宅に呼びたがり、トム・クルーズとニコール・キッドマンはへリコプターで自宅を訪問しました。映画もよく観ていた(リサーチ目的も兼ねて)そうですが、自宅に上映設備が整っていたので、映画館に足を運ばなくても取り寄せたフィルムを自宅で上映、鑑賞していました。晩年の頃はビデオが普及していたので、もっぱらビデオ鑑賞で済ませることが多かったそう。

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『バリー・リンドン』を編集中のキューブリック。場所は事務所にしてしまったアボッツミードの自宅ガレージ。

●旅行について

 アメリカ在住時代は飛行機で飛び回っていたキューブリックですが、イギリス移住後は極端な飛行機嫌い(「飛行機がどんな原理で飛んでいるか知っているだけに怖い」とのこと)になり、くわえて「自宅大好き!」なキューブリックにとって、旅行は苦痛以外の何物でもなかったようです。それでも『バリー・リンドン』のアイルランドロケ(家族を引き連れた家族旅行でもあったようだ)や東ヨーロッパへの旅行、1990年代にはフランスの別荘に旅行に出かけています(おそらく家族の強い要望に屈したものだと思われます。詳細はこちら)。ですので「キューブリックはイギリス移住後一歩もイギリスを出ていない」という情報は間違いです。

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フランスのドンム村にあった別荘で休暇を楽しむキューブリック一家。

●服装について

 とっても「無頓着」だったことが知られています。服装には機能性を重視したそうで、ポケットがたくさんあるアーミージャケットのような服装の写真ばかり残っています。カメラ好きやメモ魔だったキューブリックの立場で考えると、メモやペン、カメラのフィルムやフィルムケース、レンズキャップやその他もろもろの小物を収納するのに、ポケットの多いアーミージャケットは確かに有用です。加えて「締め付けられるのが嫌だった」そうで、ゆるゆるの動きやすい服ばかり好んで着ていましたが、残された写真もそんな服装ばかりで写っています。クリスティアーヌはそんなキューブリックの服装を、「風船売りのおじさん」と呼んでいたそうです(キューブリックのファッションを検証した記事はこちら)。

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キューブリックといえばアーミージャケット。よっぽど気に入ったのか、晩年までこのファッションで通した。

 以上のように、キューブリックのプライベートは、仕事場が自宅だったこともあり、非常に穏やかで充実したものだったことがわかります(『時計じかけのオレンジ』での脅迫騒ぎを除く)。その一方で撮影現場での厳しい態度が一人歩きし、プライベートでも「気難しくて近寄りがたい狂気と孤高の芸術家」として報じられていた時期もありました。それに対しキューブリックは何も反論しなかったので、それがあたかも事実のように捉えられていましたが、死後は家族を始め近しい関係者から実像が語られはじめ、それは現在は払拭されつつあります(過去の情報から全くアップグレードしていない、一部の映画評論家や解説者の事実誤認は除く)。そもそも「その人の作品=その人の人格」であるはずがありません。確かにキューブリックはシニカルで皮肉屋ではありましたが、情に厚く、面倒見が良く、穏やかで人や動物に優しい面も持ち合わせていました。

 キューブリックはその生涯を映画制作に捧げましたが、プライベートや趣味の時間も映画制作に何らかの関係や影響があるものばかりでした。存命時、新作発表のスパンが長すぎてファンをやきもきさせたものですが、その間も映画制作を休むことなく続けていたことを逝去後に知り、大変驚いたものです。キューブリックにとって「人生=映画(A Life in Pictures)」だったのです。キューブリックは骨の髄まで「映画大好き人間」でした(自身曰く「映画製作を休めと言われるのは、子どもに遊ばずに休めと言うようなものだ」)。そんなキューブリックの実像の一端を、この記事でご理解いただければ幸いです。

▼この記事の執筆に当たり、以下の記事を参考にいたしました。
Reddit.com:Really love this one of my P&M . Taken one Christmas
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Kylie_Minogue

 カイリー・ミノーグといえば1980年代にポップ・アイドルとして『ラッキー・ラヴ(I Should Be So Lucky)』の大ヒットでとある世代には有名ですが、その世代の硬派なロックファンからはクソミソにけなされてました(同じくデビー・ギブソンやバナナラマも)。YouTubeなどなかった当時、好きなアーティストやバンドのMVを観るためにはMVを流すTV番組(ソニー・ミュージック〜とか)を視聴するしかなかったのですが、当然そういう番組は、その頃全盛だった洋楽女性アイドルのMVがヘビロテされていて、見たくもない小便臭いガキの(笑、馬鹿丸出しの楽曲とMV(笑・・・まあこちらでもご覧ください・・・)を強制的に見させられるハメになったロックファンは激怒!「早くロックを聴かせろ!!」と、とってもうるさかったわけです(笑。

 そんなカイリー・ミノーグも1990年代に入ると失速。久しぶりにその名前を聞いたのは、2000年シドニー・オリンピックの閉会式でした。どうやらその後「歌姫」として復活したらしく、この『フィーヴァー』はその復活のツアーだったらしいです。「アイドル」ではなく「歌姫」となるとマドンナリアーナなどの例に漏れず、『時計じかけのオレンジ』を取り入れるのはもうお約束というか、まあ通過儀礼的なものかも知れません。カイリー・ミノーグもこの通り思いっきり『時計じかけ』していますね。その後カイリーは乳癌を克服し、現在も元気に活躍中だそうです。

『時計じかけのオレンジ』的演出は21:38から。
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 現在「午前十時の映画祭11」において、全国規模で『2001年宇宙の旅』『シャイニング』〈北米公開版〉が上映中です。そんなちょうどのタイミングで、今年もキューブリック生誕の日がやってきました。まさか事務局がこの日に合わせて、キューブリック作品上映日を決めたわけではないと思いますが(もしそうなら英断ですね)、Twitterを見ているとキューブリック作品初見の方もいらっしゃるようですし、単なる「お誕生日おめでとう動画」ではなく、キューブリックの生涯とその人となりを紹介した動画にしました。長さが2分20秒なのは、Twitterにアップロードできる動画の長さの最長時間がこの長さだからです(Twitter版はこちら)。ですので、字幕の切り替えが少し早いと感じる方もいらっしゃるかも知れません。もし、読みづらいようでしたら一時停止をしながらお楽しみください。

 ところで、だいぶ前に「故人なのに誕生日を祝うという行為には違和感を感じる」みたいな記事を書いたことについてですが、それは今現在もなんとなく感じております。そのため「誕生日」とはせずに「生誕日」という表記にしました。ただ、多少慣れてきたこともあり、動画内では誕生日を「祝福(Ode to Joy)」しております。とはいえ、やはりキューブリックはすでに故人ですので、今後も「誕生日」とはせず「生誕日」、もしくは「生誕の日」という表記で統一したいと思います。もちろんこれは個人的な取り決めであって、他者に強要するものではありませんので、ファンの方にはそれぞれの表現で誕生日を祝っていただけたら、と思います。
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画像引用:IMDb - The Shining

 スティーブン・キング原作の映画は数多くありますが、どちらかといえばB級ホラー作品が多い。ところが監督が違うと、ここまで格調の高いホラー映画になるのかという、一番のいい例がこの『シャイニング』です。名匠・スタンリー・キューブリックの手にかかったことで、すべてがグレードアップされたという気がしますね。

 僕は、映画というのは、結局は監督のものだと思っています。もちろん、原作や脚本も重要な要素ではありますが、映画は監督によって180度違うものになる。僕の漫画も何度か映画化されていますが、その度にまったく違った作品として生まれ変わるのです。ですから、原作者が出来上がった映画を観て後から文句を言っても仕方がないと思いますね。

 僕は、自分の漫画を映画化したいと言われたら、承諾した以上はそれから先は一切口を挟みません。原作という素材をシェフである監督に渡して、「あとはどうにでも調理してください」という感じです。映画は監督のものなのですからね。

 でも、スティーブン・キングはそういうタイプではないようで、この映画の出来がまったく気に食わずに随分と文句を言った挙句、結局自分の製作総指揮・脚本によるテレビ映画を1997年に撮っています。

 キングは、キューブリックによって自分の原作が格調高い「A級ホラー」になってしまったことが気に食わなかったのだと思います。彼はきっと、ジョン・カーペンターのようなB級ホラー専門の監督に撮ってもらったほうが良かったのでしょうね。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:cinemaplus/2021年7月25日




 キューブリックは『2001年…』のインタビューで、「小説は映画よりもずっとはっきり説明しようとする。それは言語媒体では避けれない」「非常に散文的なことは、印刷物でなら上手くいける」と語っています。つまり、言語媒体である小説と映像媒体である映画との違いをはっきりと認識し、小説をそのまま映像化しても良い映画にはならないと考えていたのでしょう。スティーブン・キングは映像制作の経験は(『シャイニング』の時点では)ありませんので、その違いを実感としてよく理解していなかったのだと思います。

 ただ、この『シャイニング』に関してはキューブリックは根本から「作り直し」をしています。そのことがキングの逆鱗に触れたのですが、小説と映画の違いは、以前こちらの記事で詳細に書き出して考察しています。端的にいえば「キューブリックは善悪を誰にでもある曖昧なものと考え、キングは勧善懲悪を好んだ」ということなのですが、弘兼氏の言う「B級ホラー」とは、この「勧善懲悪(善と悪との戦いで善が勝つ)」の部分を含んだ「テイスト」を指しているのでしょう。

 そうなると一つの疑問が浮かび上がってきます。つまり、キューブリックが好むはずがない「勧善懲悪のお化け屋敷ホラー」である小説『シャイニング』を、なぜキューブリックは映画化したか?という疑問です(キューブリックは一応小説を「気に入った」とは語っています)。これについては様々な要因が考えられるのですが、それは今後考察記事としてまとめたいと思います。

 ちなみに弘兼氏は記事で『シャイニング』の監督にジョン・カーペンターの名前を挙げていますが、もしそうなったらあんな感じになるな、というのは想像ができますね。あとスピルバーグだったら、とか、バーホーベンだったら、とか想像してみるのも楽しい。でも、もしマイケル・ベイなら「シャイニング」能力でダニーが呼んだ米空軍が、ミサイルでホテルを吹っ飛ばしていたことでしょう(笑。
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timebokan_2001

タイトル:『タイムボカン24』第22話「アメリカの月面着陸はヤラセだった!!」
遭遇者:トキオとカレン
状況:月面着陸のヤラセ映像を撮影中のハリウッドのスタジオに、モノリスと猿を描いた書割が登場。ちなみに監督の名前は「ジューブリック」


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タイトル:『とある科学の超電磁砲 』第13話『ビキニは目線が上下に分かれますけどワンピースは身体のラインが出ますから細い方しか似合わないんですよ』
遭遇者:御坂美琴、白井黒子、湾内絹保、泡浮万彬、婚后光子、初春飾利、佐天涙子、固法美偉
状況:水着モデル撮影用のバーチャルスタジオで遭遇


abenobashi_monolith

タイトル:『アベノ橋魔法☆商店街』第3話 『合体! アベノ橋☆大銀河商店街』
遭遇者:サッシとあるみ
状況:サッシがロボットにモノリスを売りつけられ、さすったサッシが猿人に「退化」する
※『2001年…』をはじめ、SF、特撮、ロボットアニメネタが満載の回


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タイトル:『新世紀エヴァンゲリオン』第21話 『ネルフ、誕生』
遭遇者:冬月コウゾウ
状況:冬月がゼーレに拉致された際、それまでは人類補完委員会の姿として登場していたが、この回から「ゼーレのモノリス」の姿で登場
※その後旧劇場版、新劇場版にも登場



 『2001年宇宙の旅』が日本のアニメ界に与えた影響は今更語るべくもないかもしれませんが、その多くは「何か偉大なものが登場した時のBGMとしての『ツァラトゥストラはかく語りき』」や、「宇宙空間や無重力シーンのBGMとしての『美しき青きドナウ』などの優雅なクラシック』や、「異次元や別世界に向けて通り抜ける光のトンネル」や、「やたらディテールが細かいゴテゴテとした宇宙船」など、映像的・音楽的演出がほとんどです。そのせいか、思ったほどモノリスがモノリスとして登場した例が多くないのに驚きました。なお「ゼーレのモノリス」は『2001年…』のモノリスとして登場したのではなく、モノリスをベースにエヴァ仕様でデザインされたものなので、正確にはこの記事の主旨と少し異なりますが、ないとやっぱり寂しいので採り上げさせていただきました。

 また、例によって例のごとく「これ以外にもあるよ」という方がいらっしゃいましたら、ぜひ掲示板Twitterに情報をお寄せください。
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