2021年01月

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アンソニー・バージェス財団の『時計じかけのオレンジ』のページはこちら

 キューブリックが映画化した『時計じかけのオレンジ』について、原作者のアンソニー・バージェスが小説版の最終章を採用しなかったことについて批判していたことは知られていますが、逆に全く知られていない事実があります。それはバージェスはキューブリックの映画版を「当初は」支持していたという事実です。このことは以前こちらでも記事にしていますが、バージェス財団のサイトにも同様の記述があります。

 バージェスは『リスナー』誌上で公開時に本作を熱烈に評価し、公開後もキューブリックと友好的な創作関係を築いた。キューブリックはバージェスにナポレオン・ボナパルトの生涯を描いた映画の計画について話し、バージェスはこのアイデアを小説『ナポレオン交響曲』(1974年)で使用していたが、完成することはなかった。近年では、キューブリックのナポレオンの脚本をHBOのミニシリーズ化するという話が出ている。

 なのに突然バージェスはキューブリックに反旗を翻し、批判を始めます。同サイトはこう続きます。

 キューブリックとは友好的な関係を保っていたが、バージェスは『スタンリー・キューブリックの時計じかけのオレンジ』という脚本のイラスト版が出版されたことに憤慨していた。バージェスはこれを自分の作品の流用とみなし、『Library Journal』誌でこの本を酷評した。この間、彼は他の小説を無視したジャーナリストたちに不満を抱いていたが、引きこもりのキューブリックは自分の代わりにバージェスとマクダウェルに映画の弁護を依頼した。

 キューブリックの脚本出版を自著の剽窃と考えたバージェスがキューブリックを批判する。これならキューブリックとバージェスの仲違いの原因として納得がいくものです。しかしこの記述だとキューブリック本人への批判であって、映画版への批判ではありません。

 同様に、もう一つ重要な事実が知られていません。アレックスが暴力行為を辞めることを示唆する最終章は「削除された」のではなく、いったん最終章なしで完成していた小説に「付け加えられたもの」という事実です。同サイトには以下の記述があります。

 バージェスのタイプ原稿を調べてみると、彼は常に小説の終わり方について迷っていたことがわかる。第三部第六章の最後に彼はこう書いている「オプションのエピローグが続く」。最終章はアレックスが成長し、自らの意思で暴力を放棄するという贖罪的な内容になっている。アメリカ版の本とキューブリックの映画の締めくくりに使われている最後章では、アレックスが明らかな喜びを持って犯罪の人生に戻っていく。

オプションのエピローグ・・・。この件についてはこの記事でも採り上げた通り、キューブリックとマルコム・マクダウェルの証言があります。両者の証言は「編集者に要求されて最終章を付け足した」で一致しています。

 キューブリックを語るなら絶対外せない評伝『映画監督スタンリー・キューブリック』には映画公開時、当初バージェスやマルコムは映画版を支持、擁護していた事実がはっきりと記載されています。それはこのバージェス財団のサイトでも確認できます。ですので、問題は「なぜバージェスは突如として映画版を批判するに至ったのか?」なのですが、生半可な知識で『時計…』を解説する自称映画評論家、識者、ライター、YouTuberはこの事実を無視(知らない?)し、バージェスが最初からキューブリックの映画版を批判していた、最終章はキューブリックが勝手に削除したかのように解説、拡散させ、個人のブロガーの力ではそれを覆せない状況に陥っています。

 では改めて、なぜバージェスは編集者に要求され、付け足しのオプション程度の扱いだった最終章を映画で採用しなかったことについて、或る日突然それを持ち出してキューブリックを激しく批判し始めたのか、管理人個人の見解はこうです。

キューブリックが最終章のない米国版をベースに映画化、公開したところ、各方面から暴力賛美だと批判が集中した。当初映画版を擁護していた原作者のバージェスも、批判はおろか脅迫までされる事態に発展したため急遽方針転換。脅迫の矛先を自分からそらすために、実際はオプション程度だった最終章を持ち出し、その意味と重要性を事あるたびに主張し、自分は暴力主義者でない事を世間にアピールしつつ、それを映像化しなかったキューブリックを激しく批判した。

むしろ、これ以外の説明を考えることが難しいでしょう。同様の脅迫は主演のマルコム・マクダウェルにもおよび、マルコムもバージェスと同様に、擁護派から一転『時計…』を厳しく批判し始めました(現在は「誰が見ても傑作」と再び擁護派に戻っている)。キューブリックは脅迫に屈して映画を1974年に封印(一般公開は1972年1月から)、英国で上映が許可されたのはキューブリック逝去後でした。つまり3人とも「映画を否定」してしまったのです。それだけ3人の元に届く脅迫はすさまじかったのだと想像できます。

 公開差し止めは家族思いのキューブリックにとって、自宅まで脅迫が届く事態を憂慮したのは間違いないですが、擁護派から一転批判派に鞍替えし、キューブリックを裏切ったバージェスとマルコムについてキューブリックは生涯没交渉を貫きました。マルコムはその後のインタビューによるとキューブリックとの関係修復を望んでいたようですが、キューブリックは相手にしませんでした。『ナポレオン』の脚本を依頼していたバージェスとも縁を切り、結局関係修復はなされませんでした。キューブリックは執念深いのです。

 さて、もう一つの事案「A Clockwork Orange」という言葉の出典についてです。これはバージェス自身が「東ロンドンのコックニー訛りで、時計じかけのオレンジのように奇妙な」と解説しています。しかし財団のサイトでは以下の記述があります。

「時計じかけのオレンジ」の由来は裏付けが難しい。ロンドンのスラングの辞書には記録されておらず、一部の言語学者は、このフレーズの起源はリバプールにあると考えている。この小説が出版された1962年以前にこのフレーズの引用が記録されていないことは明らかであり、その使用法についての唯一の権威はバージェス自身である。バージェスが本物のコックニー訛りのフレーズ「All Lombard Street to a china orange(十中八九という意味)」を記憶違いで覚えているか、あるいは単に作り話をしている可能性もある。

 つまり「All Lombard Street to a china orange」を「A Clockwork Orange」と間違えて記憶し、その語感からバージェス自身が

 明らかに私はそれに新たな意味を与えなければならない。新しい次元を暗示した有機的なもの、生き生きとしたもの、甘いもの、つまり生命であるオレンジと、機械的なもの、冷たいもの、規則正しいものの融合を示唆している。私はそれらを一種の撞着語法のようなものとしてまとめた。

可能性があるのです。つまりインスパイアはされつつも、完全にバージェスの造語ということです。個人的にはこの説が一番説得力を持っていると思っています。また自身は後年に突然

私自身、6年近くマレー語に親しんでいたので、マレー語は私の英語に影響を与え、今でも私の思考に影響を与えている。私が『時計じかけのオレンジ』という小説を書いたとき、マレー語で「人」を表す言葉である「オラン」がタイトルに含まれていることを、ヨーロッパ人の読者は誰も気づいていなかった(マレー語の英語学習者は必ず「オラン・スカッシュ」と書く)
(引用:Why not Catch-21? : the stories behind the titles


と言い出しました。どうも後付けくさいこのコメントに長い間違和感を感じていたのですが、記憶間違いに気がついたバージェスの後付け説明だと考えれば納得できます。言語学者のバージェスが「All Lombard Street to a china orange」を「A Clockwork Orange」と間違えていたなんてかっこ悪いですからね。そもそもこの記述はアンソニー・バージェス財団のサイトに記述がありません。財団も「違和感」を感じて採用しなかったのかもしれません。

 財団のサイトはバージェスと『時計じかけのオレンジ』の関係についてこう総括しています。

 バージェスは彼の最も有名な小説と複雑な関係を持っていた。彼はこう書いている。「私はこの本が他の本よりも好きではない。最近まで未開封の瓶に入れて保管していた」。しかし、バージェスがこの本を積極的に嫌っていたと言うのは大げさではないか。バージェスの態度は人生の様々な時期に変化したが、彼は何度も『時計じかけのオレンジ』に戻ってきて、舞台化したり、記事を書いたり、さらには映画『時計じかけの遺言』や『エンダービーの果て』の制作を基にした小説を書いたりしている。後者では、バージェスの名を冠した詩人に「『時計じかけのオレンジ』を『黄色い老犬』のように見せている」と、脚本の翻案によって与えられた不名誉に対応するように求めている。

 このようにバージェスの『時計じかけのオレンジ』に対する思いは一方的に肯定でも否定でもなく、その時々で複雑でした。1960年代半ばまでにたった3872部しか売れなかったとこのサイトには書かれています。イギリスより暴力が身近にあるアメリカなら、最終章がない方が受けがいいかも知れない・・・本売りたいバージェスがそう考えたとしても不思議ではありません。もしバージェスが最終章がない方が自分の真意だと考えていたなら、映画公開当初の擁護も理解できます。そしてその後の脅迫行為に屈して批判に転じる際、実はオプションでしかない最終章をキューブリックが採用しなかったことを好都合とばかりに利用する・・・それもありうる話です。バージェスの場合、財団のサイトでさえ「バージェスの態度は人生の様々な時期に変化した」と書かれる始末です。表出したその時々のコメントは重要ですが、それを短絡的に鵜呑みにはできないということです。バージェスの発言は、その時々のバージェスの置かれた状況をよく勘案しなければならないと考えています。
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ATrasistorizedCarrot
このシーンの元ネタは「デュランゴ95」ですね。

 イギリスのコメディ番組『ザ・グッディーズ』で1973年にオンエアされた『時計じかけのオレンンジ』のパロディ『A Trasistorized Carrot』がアップされていましたのでご紹介。

 タイトルの「A Trasistorized Carrot」は「A Clockwork Orange」のもじりで「電子じかけのニンジン」とでも訳せばいいのでしょうか。「ザ・グッディーズ」はビル・オディ、ティム・ブルック=テイラー、グレアム・ガーデンの3人のコンビ名で、番組名はそれを冠したものです。オンエアは1970年から1982年、2005年から2006年。放送局はBBCです。見ての通り、チャップリンばりのスラップスティック・コメディで、実にわかりやすいギャグを連発しています。うさぎのキャラを演じているビルとティム、メガネのグレアムの掛け合いはもはや「古典的」と言えますね。

 『ザ・グッディーズ』は人気番組だったそうなので、そんな番組でパロディにされるぐらい、当時のイギリスで『時計…』が話題になっていたと考えると感慨深いものがありますが、現実は翌年にキューブリックの要請によってイギリスでの上映が禁止されてしまいました。それは「暴力を助長する」と批判され、挙げ句の果てに脅迫されたからですが、このパロディの暴力シーンもその時代の「空気」を感じます。日本でもこの時代のテレビ番組のお笑いは暴力(金だらいを頭に落とすとか、ハリセンで思いっきり顔をはたくとか)にあふれていました。ですので今の感覚でこれを「過激」と決めつけるのは違うと思います。個人的にはこれは「笑える暴力」だと思いますが、もし不快に感じる可能性がある方がいらっしゃいましたら、視聴しないことをおすすめいたします。

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 日本では未発売の4K版『博士の異常な愛情』ですが、販売元のソニーが冒頭10分間を無料で公開しています。画質はHDですが、ソースは4Kですので非常にクリアですね。

 予想どうりスタンダート&ビスタのマルチアスペクトではありません。マルチアスペクトで『博士…』を楽しみたい方は旧版のDVDを入手するしかなく、それについてはこちらでまとめておりますので参考にどうぞ。
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 最近モノクロ映像をカラー化する技術が発達し、そうした映像をよく見かけるようになりました。最近ではピーター・ジャクソン監督の第1次世界大戦の記録映像をカラー化したドキュメンタリー『彼らは生きていた』が記憶に新しいところです。当時の記録映像などは、カラー化によってリアリティが増してより身近にその時代を感じることができるなど、メリットもありますが、映画などモノクロを前提に制作されている創作物を、制作者に許可なく勝手にカラー化するのは問題があると思います。この『博士…』のカラー化は確かに目を見張る成果ではありますが、この作業ができるのはキューブリック本人だけです。その本人がすでに故人である以上、やはりモノクロ作品はモノクロで楽しみたいですね。
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SSV_1

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「Reddit」に投稿された『2001年宇宙の旅』宇宙ステーションVのドッキングベイのモデル。撮影場所は所有者の自宅か作業場に見える。

動画版。投稿者は「トム・スピナ・デザインズ」の依頼で修復作業、スタンドの設計と製作、ライト機能をオリジナルを損なわない程度に追加したとコメントしている。

 上記の動画の書き込みにはこのモデルが本物であると証言するコメントばかりです。中でもBallsarama氏のコメントは大変興味深い内容になっています。

・宇宙ステーションVは2.5mメートルの全体モデルと、1.2mのドッキングベイのみのモデルが制作された。これは前者のドッキングベイ部分で約40cm、本体と分離して取り外せるようになっていた。

・ワシントンD.C.にある博物館に展示するために、1966年からすべての小道具、セット、モデルを保存する努力が行われ、それらは撮影終了後にアメリカに送るため木箱に収められていた。

・キューブリックはこの取り組みに賛成していたが、やがて考えを変えた。理由は映画の「夢」を壊すと考えたから。

・この路線変更に博物館はキューブリックやMGMを100万ドルで提訴した。訴訟は1973年にMGMが6万ドルを支払い和解した。

・1974年、保管されていた大型のディスカバリー号やスペースポッドのモデルは、ボアハムウッド近くのスティーブナージのゴミ捨て場に運ばれた(詳細はこちら。廃棄された宇宙ステーションの全体モデルはドッキングベイ部分がない)。

・キューブリックがそれに気づき、回収を命じた(だがすでに子供たちによって破壊されていた)。

・オリオン宇宙船、アリエスIB宇宙船、ムーンバスのモデルやその他のモデルは、製作後にキューブリックの自宅に置かれ、最終的にそこで保管されたり、他の人に譲渡されたりした。

・ボアハムウッドのMGMスタジオが閉鎖されると、英国の他のプロップハウスに移され、『謎の円盤UFO』『スペース1999』『ブレイクス7』『ドクター・フー』などの他のSF作品に流用された。

・他のプロップは制作関係者に持ち去られてしまった。残った他のセットの材料や技術的なアイテムはMGMに譲渡された。

実物大のディスカバリー号のアンテナのようないくつかの大型アイテムはスタジオの建物の外に置かれていたため、他の古い作品のプロップと一緒に風雨にさらされて劣化してしまった。

・以上のように「『2001年…』のプロップやモデルは全て廃棄された」という話は誤り(キューブリックが事実を秘匿した)で、散逸してしまいつつもいくつかは現存している。


 以上の内容は、ここ数年『2001年…』のプロップやモデルがあちこちから発見され、オークションにかけられているという事実とも符合しています。ハリウッドに今秋に開館予定のアカデミー博物館に展示予定のアリエスIB宇宙船のモデルは、キューブリックが娘の美術教師に譲渡したものでした。この宇宙ステーションVのドッキングベイのモデルも、現存する経緯は不明ですが本物だということです。作り込みが細かいですが、70mmで撮影されていた『2001年…』は現在で言えば8Kレベルの解像度があります。キューブリックがモデルのクオリティにこだわるのは当然と言えば当然ですね。

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1966年8月31日の時点でのドッキングベイのモデル制作風景。

 上記の経緯から、ディスカバリー号やスペース・ポッドなどの大型モデルの現存は難しいと思いますが、小型のプロップなら今後も発見の可能性があります。期待したですね。

訂正:記事初出時はこのモデルをドッキングベイ内部のモデルとしていましたが、サイズ的に全体モデルのドッキングベイ部分だと思われますので訂正いたします。
 
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