2019年12月

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トム・クルーズの窮地を救った謎の美女。演じたのはアビゲイル・グッドというモデルの女性で、声はケイト・ブランシェットが担当した。

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謎の美女の声を担当したケイト・ブランシェット。キャステングはキューブリックの逝去後だったため、レオン・ヴィタリが行った。

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アメリカではR指定を得るためにデジタル修正された乱交シーン。日本ではオリジナルのままで公開された。

撮影しながら性行為の振り付けをする

レオン・ヴィタリ (キューブリックのアシスタント): 乱交シーンでスタンリーはあることをしたかった。『時計じかけのオレンジ』へのオマージュのようなことをだ。男が手と膝をついて、女が男の背中にいて、後ろからさらに別の男にファックされているというものだ。撮影中に振り付けした。スタンリーが突然思いついたからだ。簡単なものではなかった。誰もポルノ俳優じゃない。彼らはモデルとダンサーだ。そして根性があった。

ジュリエンヌ・デイビス(マンディ役): スタッフが来てこう言ったんです。「計画の変更があった」って。これからはTバックを身に付けないこと、そして男たちは股間の上のカップを除いて完全に裸になること。私ともう一人の女性は参加しないことにしました。他の女の人たちに「もしこれをやるなら、完全に話は違ってくるわよ。私があなたならギャラの増額を要求するわ」と言いました。

アビゲイル・グッド(謎の美女役):スタッフはこう言うだけです。「そう。腰をかがめて。あれみたいに。そこに寝て。そうあれみたいに。」って。仮面を付けてるから誰にも自分のことはわからないし、匿名性は保たれ、友達家族に言わなければ、誰にも自分がしたことはバレないけど、簡単なことではなかったわね。

ヨランデ・スナイス (振付師):乱交シーンの振り付けを始めた時には、会社の仕事もあったの。最初はそこまで振り付けが必要とは思わなかったけど、それは間違いだった。シーンを見てみたら、スタジオでのリハーサルがシーンの撮影に影響されていることがわかりました。カウチ、ベッド、アームチェアー、私たちが家具の周りでした2、3、4人組の振り付けの全てがそこにありました。エロチックだけれど、本物の性交は行われていません。

レオン・ヴィタリ:冒涜的であり優美なことだと思う。テーブルの上で優美なポーズをする、そして同時に不快なことも起こっているという。スタンリーは限界まで行きたかったんだ。もちろん上品さと猥褻についてとなると多くの限界があったけど。

アビゲイル・グッド :全ての女性たちが去った後も、2人の素晴らしいアーティストと働くことができました。トムとスタンリーです。素晴らしい仕事ぶりでした。スタンリーは私に何度も意見を聞いてくれました。私とトムは彼が撮った中で最後の人々の一員でした。吹き替えが行われる前に亡くなってしまいました。映画が公開される前、いつも誰が私の吹き替えをしたのか不思議に思っていました。だって私はアメリカのアクセントがありませんから。

レオン・ヴィタリ:ケイト・ブランシェットだよ! あれは彼女の声だ。温かみがあって、官能的で、同時に儀式の一部にもなれる声を探していたんだ。スタンリーはそういう声と質を探すように言っていた。彼が亡くなってから、私がその人物を探すために動いたんだ。実はケイトを起用するアイデアを思いついたのはトムとニコールなんだ。その時ちょうど彼女はイギリスにいたので、パインウッド・スタジオまで来てもらい、セリフを録音したんだ。

R指定騒動

パディー・イーソン (デジタル合成監督):キューブリックの死からすぐ、私のプロデューサー レイチェル・ペンフォールドと私はキューブリック邸に呼ばれ、映画を完成させるための陣容が変わったと伝えられました。多くの問題を抱えていたのです。彼が亡くなった時、カットは封印されていました。彼は実地の編集者でした。でも彼とワーナーとの契約でR指定の映画を出すことが決められていました。スタンリーにどうやってR指定ではない乱交シーンをR指定にするのかという話をした人は誰もいませんでした。

レオン・ヴィタリ:カットはトムとニコールにニューヨークで見せた一週間前に封印されていた。そして彼はそれが彼のファイナルカットだと言ったんだ。しかし彼はそれが危険な領域に踏み込むことだと知っていた。彼が亡くなっていてよかったよ。アメリカ映画協会のことに振り回されずに済んだんだから。本当に馬鹿げていた。だって同じアメリカ映画協会があのサウスパークの映画にOKを出したんだから!あの映画覚えてるかい? 卑猥で、ほのめかしていて、もしくは本物の性的用語にまみれた映画だよ。

パディー・イーソン:彼のカットは神聖なものだった。彼らは誰も1フレーム足りとも変えようとしなかった。「あのショットをカットしただろ!」とかなんとか言われるのが嫌だったのだと思う。ショットを見て、問題になりそうな攻撃的、侮辱的と思われるような性的シーンを取り上げてみて、それからどうやって観客を刺激しないようにするか考えて、カバーしただけだ。あとは黒いマントの男たちと女性たちのCGをあるフレームのエリアを隠すために付け加えた。何人かの人がネガティヴにそのことを指して、シーンのある人物に「あれはCGだ。すぐわかる。なぜこんなことをした?」というのは本当におかしかった。ある時など、間違った人物を指して言っていたから。つまりシーンの本物の人間に対してだった。ドラマティックに照明されていたから助けになりました。多くのキャラが棒立ちだったことも。それがシーンのスタイルだった。しかし全てのCGキャラは少し動いている。我々のアニメーターの一人、 サリー・ゴールドバーグは人間の棒立ちをアニメーション化する方法は、バランスを少し変えるのだと言っていたよ。

アビゲイル・グッド :プレミアはとても興味深かったです。撮影期間の長さが話題になりましたね。トムとニコールが出演していることも。「ハリウッドの2大スターが裸で歩き回っている!」と。そしてスタンリーの監督作だと言うことと、彼が死去してしまったことも。

レオン・ヴィタリ:私は何年もイルミナティのファンたちから電話をかけてこられたよ。いつもこう切り出してくる。「どこにそんな力があるんだ?どこに?イルミナティについての映画なんだろ?カトリック教会の隠蔽なんだろ、違うかい?」とね。そしたら私はこう返すんだ「ほう、なんでそう思うんだ?」って。それからはもう切るだけになったよ。どうやらロスには「アイズ・ワイド・シャット・クラブ」なるものがあるらしい。女性たちはマスクを付けて、男はイブニング・スーツでその女性を囲む。行ったことはないけどね。ハリウッド・ヒルズの上かその近くにあると聞いたな。そういえば撮影中に誰かが、たぶんトムだ、こう言った「本当にこんな場所があるのかな?」と。そしたらスタンリーがこう返したんだ「なければ、すぐにできるだろう」

(引用元:VULTURE:An Oral History of an Orgy Staging that scene from Eyes Wide Shut, Stanley Kubrick’s divisive final film./2019年6月27日




 前々回の記事「【考察・検証】『アイズ ワイド シャット』の儀式・乱交シーンについてのスタッフの証言集[その1]儀式シーンのリサーチについて」と前回の記事「[その2]さらに本物に近くなる乱交シーン」の続きで、今回が最終回です。乱交シーンの過激さはついに行き着くところまで行ってしまい、結局は行為そのものを見せるという結果に。もちろんマネだけですが、結合しているかのように見える腰の部分まで見せるという判断は、公開当時観ていた観客も驚いたはずです。

 脚本を共同で執筆したフレデリック・ラファエルによると、キューブリックは世界中のあらゆるポルノ産業のカタログにアクセスできるソフトを入手し、ごきげんだったとか。脚本は1994年末にスタートしたので、この頃はまだインターネットが一般化する前。撮影はそれから2年後の1996年11月から始まったので、この頃になるとインターネットが急速に普及し始めていました。ポルノ産業もそれに合わせて拡大・過激化の一途をたどっていたのをキューブリックは知っていたはず。であれば、生半可なシーンでは観客にショックを与えられない。だからこそのこの「過激化」ではないかと思います。

 ストーリー上では「マンディ=謎の女」ということに(一応)なっていますが、実際はマンディをジュリエンヌ・デイビス、謎の女をアビゲイル・グッドと別人が演じています。証言によるとそれはジュリエンヌ・デイビスが乱交シーンへの参加を拒否したためだということがわかりますが、スタントシーンなど、俳優が代役を使って撮影するということはよくあるので、この事実をして「マンディ≠謎の女」と(ストーリー上の)判断をするのは早計かと思います。原作でもそれは曖昧になっているし、キューブリックもやはり曖昧にしておきたかった(謎として残しておきたかった)のではないかと思います。

 その謎の女の声を吹き替えたのはあのオスカー女優、ケイト・ブランシェットだということを初めて知りました。アンクレジットでの参加だったので、今まで知られていませんでしたが、IMDbにはすでに掲載されていますね。

 レオンによると極秘試写でトムとニコールに見せたものが「ファイナルカットだ」と言ったそうですが、キューブリックは試写で観客の反応を見てカットすることが常なので、この「ファイナルカット」という言葉は「その時点で」という注釈が必要でしょう。もしキューブリックが存命だったら、『アイズ…』が今ある形と異なっていた可能性はかなり高いと思います。

 この証言集で多くの証言をしているのは振付師のヨランデ・スナイス、謎の女役のアビゲイル・グッド、サントラを担当したジョセリン・プークですが、やはり他作品のスタッフや俳優と同じ話をしています。すなわち「キューブリックにアイデアや意見をその場で求められた」ということです。キューブリックあらかじめ台本や絵コンテなどで台詞やシチュエーションを決めておいて、それをそのまま撮影するという手法は採りませんでした。「どうやって撮るかは難しくないけど、何を撮るかは難しい」「いかに撮影に値することを起こし得るかの挑戦だ」と常々語っていた通り、周りにいる俳優やスタッフの意見やアイデアによく耳を傾け、より良いシーンを貪欲に求め続けました。そうしてリハーサルを繰り返すことによりそのシーンを磨き上げ、「これがベストだ」と判断してやっとカメラを回すのです。

 キューブリックはたびたび「マエストロ(指揮者)」に例えられます。優秀な演奏者から素晴らしい演奏を引き出し、一つにまとめ上げるマエストロにです。最終的な決定権はマエストロにありますが、それをいかに充実させた演奏(映画)にするかは演奏者(俳優やスタッフ)次第です。キューブリックが優秀なスタッフばかり身の回りに置いたのも、また、初参加であってもその後優秀さが認められて活躍する人が多いのも、キューブリックの審美眼がいかにシビアで正確であったかを証明していると言えるでしょう(キューブリックに厳しい要求を突きつけられ、「できない」「無理だ」と応える俳優やスタッフに対して「できるかできないかなんて、やってみるまで君自身にもわからないじゃないか」と諭していた)。

 乱交シーンのデジタル修正については日本ではオリジナルで公開されたこともあり、あまり話題になりませんでしたが、公開当時、アメリカのファンの間でのブーイングはかなりのものがありました。どう修正されたかはこちらの記事でご確認ください(閲覧注意)。

 3回に渡ってお届けしました「【考察・検証】『アイズ ワイド シャット』の儀式・乱交シーンについてのスタッフの証言集」いかがでしたでしょうか。こうしてみると、結局は「映画」という「フィクション」の制作現場でしかなく、何か特別な思惑や陰謀が渦巻いていた訳ではないとこがよく理解できるかと思います。キューブリックの制作現場は独特だとよく言われますが、それでもやはり「映画制作」という現実の範疇でしかありません。「フリーメイソンやユダヤの陰謀」や「鬼畜キューブリックの超絶ブラック現場」という「おはなし」は人の耳目を集めるには手っ取り早い方法ですが、実際はこの証言の通りで、何か特別なことがあるとすれば「より良い映画を作ろう」という気概、モチベーションが他の現場よりかなり高かったというだけです。もちろんそれには多大なる苦労や犠牲が(本人、周囲の人間問わず)伴いますが、それはキューブリック作品がより長く語り継がれている要因であるし、私たちファンはそれを感謝しなければなない立場でしょう。それに俳優やスタッフたちにとっても、キューブリックの現場から得られるものは大きかったのではないでしょうか。

 キューブリック存命中は俳優やスタッフには守秘義務があったため、制作現場は謎に包まれていましたが、近年になってこのように知る機会が増えてきました。存命中の数少ない情報で「想像(予想)」されていた情報は、新しく知り得た「正しい」情報で上書きされなければなりません。それを怠っている「自称評論家・解説者」(誰とは言いませんが)が語るキューブリック像など価値はないし、聞く耳を持つべきではないでしょう。当ブログの読者の皆様には、賢明で聡明なご判断をお願いしたいと思っております。

翻訳協力:Shinさま
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1963年10月28日 ミスマロヤ

親愛なるスタンリー

 あなたのことを気にしているということを伝えたくて、この手紙を書きました。あまりに長い時が経って、まるでもうお互い会わないことにしたみたい。でも言わせて。あなたは一年に一本の映画を作るのだから、ぜひぜひ次の映画に出させてください。

 今、私演技の勉強をしてるの。知っていた?どうか反対なさらないで。ハリウッドでエリック・モリスという演技指導の中でも特に有名な人の元で、とても楽しく学んでいます。私がジョン・ヒューストンと映画を作っているのはすでにご存じでしょう。もちろん『ロリータ』の時みたいな撮影とは違うけれど、みんな親切で撮影は順調です。『博士の異常な愛情』を見るのを躊躇してます。どうかあなたの住所を送ってください。私、あなたの住所知らないの。この手紙を読んだら、ぜひ送ってね。

 クリスティアーヌさんとお子さんたちの健康を祈って。アメリカに帰る予定はあるかしら?お返事お待ちしています。

愛をこめて、スー




 実に少女らしい手紙ですが、それもそのはず、この時スーは17歳でした。文章中にある「ジョン・ヒューストンの映画」とは1964年の映画『イグアナの夜』(メキシコのミスマロヤでロケが行われた)のことですが、撮影に母親とボーイフレンド(後に結婚するハンプトン・ファンチャー)と同伴していたため、手紙の内容とは裏腹に共演者とはトラブルが絶えなかったそうです。それに比べれば『ロリータ』の撮影は(彼女にとっては)順調だったのでしょう。そんな理由から「ぜひ次の映画に出させてください」などという殊勝な手紙を書いたのかも知れませんね。

 スーの詳しい経歴はこちらの記事に譲るとして、後のインタビューでスーは「私の人格崩壊はこの映画(『ロリータ』)から始まった」と語っています。しかしその後『ロリータ』のビデオ化で大金が舞い込んだのか、1994年に再び感謝の手紙をキューブリックに送っています。おそらくこの頃のラドマン氏との結婚生活が一番充実していたのではないでしょうか。ですがそれも2002年になって破局、結局独り身のまま健康悪化により2019年12月26日に死去してしまいました。

 スーの不幸な生い立ちを考えれば、彼女の「破滅型人生」は避けられなかったのかも知れません。しかもショー・ビジネスの世界がそれを更に加速させてしまった面はあるでしょう。ですが女優引退後は過去作の出演料などで悠々自適で穏やかな生活が送れたはず。しかし生まれながらの不幸体質の彼女はそれをよしとせず、伴侶もなく一人で旅立ってしまいました。彼女の死を発表した長年の友人であるフィル・シラコポロスという人物が、せめてスーと懇意であったことを願うばかりです。

翻訳協力:Shinさま
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DJシャドウ/『ロケット・フューエル feat. デ・ラ・ソウル』(DJ Shadow - Rocket Fuel feat. De La Soul)

 この「アポロ月面着陸はNASAに依頼されたキューブリックが密かに撮影したもの」というネタは、もう何度もあちこちで採り上げられているし、映画のネタにも使われたりもしています。まあでも、このMVは1969年当時の映像を上手くミックスしたり、コミカルなシーンも多いので、とても笑わせていただきました。しかもエンドクレジットは例のアレですね(笑。

 このネタをさらに発展させ、よくツイートされるジョークに「アポロ11号の月面着陸の映像は、NASAの依頼を受けたスタンリー・キューブリック監督が作ったものだが、完璧を目指すキューブリック監督の強い意向により、捏造映像を作るため月面でのロケを敢行した」というものがあります。ですが、大の飛行機嫌いでアメリカに渡航するときでさえ船を使ったキューブリックが月面ロケをした、という時点でこのジョークは破綻しているということはファンなら既にお気づきのことでしょう。言うなら「捏造映像の制作に時間がかかり過ぎてしまい、しびれを切らしたNASAが先に月に行ってしまった」とか「捏造映像の制作にお金がかかり過ぎてしまい、NASAが実際に月に行くほうが安上がりだった」とかの方がよっぽどキューブリックらしくて「ニヤリ」とできます。ですので、全然面白くもなんともないのですが、まあ、そっとしておきましょう(笑。

 ところで、キューブリックもどことなく(本当にどことなくですが)似ていますが、参考にした写真はおそらくこれです。

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 カーキー色のジャケットは『フルメタル・ジャケット』の頃に着ていますので、それと合わせたんでしょうか。凝ってますね。

情報提供:フランケンさま


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 アメリカ海兵隊制作の新兵勧誘広報映画『これがパリス・アイランドだ!(This is Parris Island)』がYouTubeにありましたのでご紹介。

 『フルメタル・ジャケット』は1968年のテト攻勢が描かれていますので、パリス・アイランドでの訓練シーンはそれより前の1967年の設定だと思います。ですので、この動画は3年のズレがありますが、だいたい同じような雰囲気だったのではないでしょうか。

 キューブリックがこの広報映画を観たか否かは証言がありませんので不明ですが、訓練シーンなどは映画で描かれた風景とそっくりです。特に4:17からのバリカンで頭を刈るシーンは印象的ですので、『フルメタル・ジャケット』のオープニング・シークエンスはこれにインスパイアされたもの(原作には登場せず)かもしれませんね。



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会場のエジプシアン・シアター。赤いマントを着た人も。

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登壇したレオン・ヴィタリ。手にしているのは映写技師への指示書。

 私の後ろの席は全て埋まっていたので300人以上入っていたと思います。会場にはマスクとマントを着たファンが数人いました(笑。さらに劇場の係員もマスクをつけていて面白かったです。まず最初にレオン氏が登壇。約15分ほど『アイズ…』について話されました。写真で彼が持っている紙はA4ほどのサイズで、ページ全体に映写技師への彼の指示が書かれているとのことです。以下はレオンの発言で興味深かったところを抜粋したものです。

「ハーヴェイ・カイテルは最初の3シーンを撮影していたが、契約があったため、帰らないといけなくなった。それでシドニーを起用した。それが功を奏した。なぜなら、ハーヴェイはインチキ臭く、怪しい奴であるという雰囲気があるが、シドニーにはそれがない。どこにでもいそうな男だが、全てはバックグラウンドで起こっているから」

「私たちはこの撮影を〈ミッション・インポッシブル〉と呼んでいた(笑」

「シドニーがキューブリックの死後「あの撮影では学生映画の撮影ほどのクルーしかいなかったことは驚きに値する」と言っていた」

「私は赤マントの男だけでなく、豪邸にいるあらゆる人物を演じた。500人のマスクの人たちの中の一人、玄関でビルを迎える男、バルコニーにいる男、階上でおっぱい丸出しの女性と一緒にいる男。奇妙なことだった(笑。キューブリックに言われるがままだった。「レオン、マントをつけろ」と(笑」

「キューブリックはクリスマス映画は好きではなかった」

「(最後に)ところで、この映画は異端審問やどのカルト宗教とも関係がありません。本当に」

 最初の数分はかなりフィルムが傷ついていて、汚れて見えましたが、途中からそれもなくなりザラザラした質感とクリアな映像に圧倒されました。やはり大画面で見る35mmフィルムの映画は違いました。特に赤マントの男の儀式のシーンの迫力は凄かったです。大音量で響き渡る不気味な音楽と男の持つ杖が床を打つ音。それに合わせて男たちの元へと向かう女性たち。まるで異次元、ファンタジーの世界にいるような気分にさせてくれました。最近はPCの小さな画面で映画を見ることが多かったのですが、これには圧倒されました。やはりキューブリックはすごい。映画の力はすごい。そう思いました。

 もちろん儀式のシーンや乱交のシーンだけでなく、あらゆるシーンが息を飲む瞬間の連続でした。例えばジーグラーが「私もそこにいた」と衝撃の告白をするシーンは劇場中がハッと静まり返りました。ファンと一緒に見る『アイズ…』は楽しかったです。アメリカ人は反応が大きくて面白いです(うるさい時もありますが)。貸衣装店の男のシーンなどはみんな笑っていました。キューブリックの映画はどれも何回見ても面白いし、新しい発見があります。全てのキャラに裏があるんですね。大画面のおかげで海兵が妻と情事をする場面を想像するシーンでは、トムと共に自分までニコール・キッドマン演じる妻を寝取られた気分になり、苦悩しました(笑。豪邸に赴き手紙を受け取るシーンも最高です。ニック・ネイチンゲールは果たして妻子の元へ帰れたのか。それとも殺されたのか。とても心配になりました。トムを尾行する男も大画面で見ると怖かったです。映画の最後、エンドクレジットにレオン氏の名前が出たところで、私も含めてみんなが拍手喝采するという微笑ましい場面がありました。結論、やはりキューブリックは偉大です。キューブリック万歳。





 2019年12月21日(土)の午後7時30分から、ハリウッドのエジプシアン・シアターで開催された『アイズ ワイド シャット』公開20周年記念35mm上映イベントの素晴らしいレポートが、ロサンゼルス在住のShinさまより届きました。当日は特別ゲストとしてレオン・ヴィタリが登壇し、その様子もレポしていただきました。

 日本でフィルム上映できる施設はもうほとんど残っていないでしょうし、こういったイベントができるアメリカはやはり映画が生活に根ざしているんだな、と痛感させられます。レポートにはありませんが、今回の上映は乱交シーンを修正したバージョン(日本ではオリジナルバージョンが上映された)だったそうです。

 キューブリックが少数精鋭で映画制作をしていたことはよく知られていますが、逆に言えば細かく分業制が確立しているハリウッドが人が多すぎるのだと思います。レオンのような「何でも屋」なんてハリウッドでは考えられないでしょう。それはキューブリックの信任がいかに厚かったのかの証左でもあると思います。それに全身全霊で応えたレオンの姿はドキュメンタリー映画『キューブリックに魅せられた男』で描かれていた通りです。

 キューブリックはクリスマス映画は好きではなかったというのは、なんとなくわかるような気がします。常に普遍的なテーマを追求していたキューブリックがシーズンイベントを狙った映画なんて作ろうとは思わないでしょう。ですが『アイズ…』ではクリスマスシーズンが舞台に選ばれました。その理由は、夜のシーンが多くなるので自然光照明の光源としてクリスマスイルミネーションを使いたかった、クリスマスの妖しい雰囲気が作品の雰囲気とマッチしていた、パーティーが自然に行われている時期としてクリスマスシーズンが最適だった、などの理由があったと考えています。

 この作品をリアルタイムでご覧になった方はご存知だと思いますが、例のイルミナティやらフリーメイソンなどの「陰謀論」は上映時には全く話題になっていなかったのはご記憶だと思います。これらが話題になり始めたのは、2003年にフランスのTV局が制作したジョーク番組『オペレーション・ルーン』が話題になってからで、それに目をつけたプロデューサーが「これは金になる」と『Room 273』(これは『シャイニング』をダシに陰謀論で遊ぶホームページが元になっている。当時はDVDのリリース前だったので、『シャイニング』のビデオを逆再生すると謎のメッセージが聞こえてきた!などとやっていた)を制作、これも話題になり「次のドジョウはいないか?」と目をつけられたのが『アイズ…』という時系列です。レオンもいいかげん辟易としているんでしょう、毎回のようにこの「陰謀論の否定」をせざるを得ない状況のようです。

 まあそんな雑音はともかく、日本でもぜひこの35mmフィルムを輸入して上映イベントを開催してほしいものです。可能性としては国立映画アーカイブさんが一番高いですが・・・この企画、いかがでしょうか?

 最後になりましたが、Shinさん、素敵なレポートをありがとうございました!

写真提供・レポート:LA在住 Shin様
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