キューブリックがジェーム・B・ハリスと組んで「ハリス・キューブリック・ピクチャーズ」を設立し、最初に映画化権を取得したのはライオネル・ホワイトの小説『強奪(The Snatch)』でした。しかしこの小説は幼児誘拐を題材としていて、アメリカ映画制作配給協会(Motion Picture Producers and Distributors Association)は制作を許可しませんでした。キューブリックはユナイトにホワイトの別の小説の映画化権を買うことを要求し、フランク・シナトラ主演で企画が進んでいた『見事な結末(Clean Break)』の映画化権を獲得、『現金に体を貼れ(The Killing)』として制作・公開しました。
ちなみに『The Snatch』は1969年にキューブリックとは何かと因縁深いマーロン・ブランド主演、ヒューバート・コーンフィールド監督で『私は誘惑されたい(The Night of the Following Day)』として映画化されました。ただし、無用なレイティングを避けるためか、幼児誘拐は女性へと改変されていて、その予告編が上記になります。
以上の経緯から、この作品は「キューブリックが映画化を企画した作品」としてリストアップされるべきですが、なぜかこの件に関してはIMDdにある『The Night of the Following Day』のトリビアの項目に紹介があるのみです。つまりハリスやキューブリックが語っていた「たまたま書店で『見事な結末』を見つけて気に入り、それを映画化した」のではなく、「『強奪』の映画化が不可能になったハリスとキューブリックは書店でライオネル・ホワイトの別の小説を探し、気に入ったのが『見事な結末』だった」ということになります。なぜ『強奪』の経緯を伏せていたのかはわかりませんが、この小説の映画化権を巡って何らかのトラブルがあったとしたら、1969年公開というフィルム・ノワールものとしては遅きに失した映画化も、なんとなく納得できますね。