※昨年末に公開されたキューブリックがアポロ月面着陸を撮影した?という陰謀論を基にした映画『ムーン・ウォーカーズ』でもCCRの『フォーチュネート・サン』が使用された。当時のサイケデリック・カルチャーも劇中に再現されている。
〈前略〉
60年代後半におけるアメリカ西部のロック
言うまでもなく、アメリカは広い。それだけに、場所が変われば言葉のイントネーションや音楽もかなり違ったものになる。日本でも沖縄発祥の琉球音楽、青森の津軽三味線、南大阪の河内音頭など、地域によって独特の音楽や文化がある。日本程度の大きさでも言葉が通じなかったりするのだから、広い北アメリカでは尚更で、大きい境界線を引くだけでは意味をなさないが、便宜上ここでは、西部と南部という区切りで音楽について説明する。
アメリカ西海岸(カリフォルニアのサンフランシスコやロスアンジェルスを指す)は文字通り西部で、60年代後半からヒッピーが登場し、“ラブ&ピース”を合言葉に、ベトナム戦争反対を唱えコミューン(1)を作っていた。また、マリファナやLSDを使用しながらコンサートにも参加、その頃はグレイトフル・デッド、ジェファーソン・エアプレイン、イッツ・ア・ビューティフルデイ、モビー・グレープらに代表されるサイケデリックロック(2)に人気が集まっていた。サイケデリックロックは、サウンド的にはゆったりしたリズムで、1曲あたりの時間が長いといった特徴を持つ。これは音楽の特徴というよりは、当時流行していたLSDやマリファナでトリップするための、補助的役割とみなすほうが妥当かもしれない。スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』(‘68)をご覧になった方はご存知だと思うが、後半部分に色彩が飛び回るサイケなシーンが延々と続くのだが、その部分もトリップ用だと言われている。この映画、僕は高校生になって初めて観たのだが、このシーンは当時意味不明で、頭が痛くなったことはしっかり覚えている。
〈以下略〉
(全文はリンク先へ: music.jpニュース/2016年2月26日)
『2001年…』のスターゲート・シークエンスは、この記事にあるように「トリップ(麻薬による幻覚作用)」を意図したものではなく、クラークの小説版にあるように異次元と異世界の描写をリアリティあるものにしようとしたが、CGのない当時の映像技術では満足する結果が得られず、やむなく抽象的な色彩の乱舞による映像で「ごまかした」だけなのですが、それが結果として観客にトリップシーンと受け取られ、劇場でマリファナを吸う連中が後を絶たず、挙句にクラークに「お礼です」と言って怪しい粉末を渡す奴まで現れるという状態でした。(クラークは全部トイレに捨ててしまったそうですが。笑)
この1960年代後半から70年代前半にかけて世界中のファッション・音楽・映画・文学・演劇などのアートシーンを覆い尽くした(日本も例外ではない)「サイケデリック・カルチャー」のムーブメントにキューブリックも無縁ではありませんでした。キューブリック作品では『2001年…』よりも『時計…』の方がその影響が顕著です。
このCCRの『コスモズ・ファクトリー』に使用されているグニャっとしたフォントは、一見すれば『時計…』のコロバ・ミルクバーに使用されたフォントとそっくりで、これだけを見て「キューブリックがパクった(あるいはパクられた)」と騒ぎだす連中がいるかも知れません。しかし、サイケデリック・カルチャーをよく知る人にとって、このフォントは当時のトレンドとして非常に馴染みのあるもので、CCRや『時計…』に限らず、ありとあらゆるアートで使用されていたものです。(例えばこんな感じ)
『時計…』では他に、当時の最先端アートを採用しようとしたり、サントラをピンクフロイドにオファーしたりとキューブリックでさえもサイケデリック・カルチャーに毒されていました。それほど当時は絶大な影響力を誇っていたのです。
しかし現在、このサイケデリック・カルチャーを知る機会は(よほどの物好きでない限り)ほとんどありません。そのせいか『時計…』劇中の世界観を当時のトレンドと結びつけて考えることができず、キューブリック独自に創作した物と受け取ってしまい、『時計…』をカルト映画扱いにしたり、同じサイケデリックカルチャーの影響下で制作された『薔薇の葬列』との共通項を見つけては「キューブリックが影響された」と騒いでみたりと的外れな論評や記事をたびたび目にします。
映画であれ音楽であれ、制作された当時のトレンドと無縁ではいられません。キューブリック作品はその普遍性からそういった影響を感じさせる部分は少ないですが、『バリー…』にしろ『シャイニング』にしろその制作年を感じさせる要素は少なからずあります。それは物を創作するにあたって避けられない「現実」です。だとすればその作品を深く論じようとすればするほど、その作品の制作時のトレンドや社会的背景を考慮しなければならなくなります。それを調べる努力もせず、ただその作品の表層をなぞっただけの論評(とさえも言えない読書感想文レベル)に、いくばくの価値もないでしょう。
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