2014年07月

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 『時計…』のルドビコ療法で、映画を強制的に見せるためにまぶたを閉じさせないように固定する器具。専門的には開瞼器 (かいけんき)という。

 このシーンの撮影時、マルコム・マクダウェルはこのリドロックで角膜を傷つけてしまうという災難に遭っている。マルコムはその他に肋骨を折ったり窒息しかけたりと、撮影は災難続きだったようだ。

 
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2001kd
※まさかStanley Kubrick Archivesがネットで画像収集していたとは・・・画像をアップした本人もビックリ。(クリックで拡大)


 Stanley Kubrick Archivesが配信した『2001年…』のプロモーションで1968年5月4日にキア・デュリアが来日した際の記事の切り抜きです。飛行機嫌いのキューブリックは世界各地のプロモーションには絶対出かけませんでした。しょうがないのでそういった役割は出演俳優や原作者にお鉢が回ってくるのですが、『ロリータ』では主演のスー・リオンが1962年9月に来日しています。しかしこの『2001年…』以降プロモーション来日は途絶えてしまい、1999年7月15日に『アイズ…』でクルーズとキッドマンが来日するまで日本での大々的なプロモーション・イベントは実現しませんでした。

 ところでこの切り抜き記事、出典はここで記事にした星新一の『2001年…』批判記事が掲載されていた号と同じスクリーン1968年7月号です。なぜそんな事が分かるのかというと、この切り抜きをスキャンしてネットにアップしたのは私、KUBRICK.blog.jp管理人だからです(笑。2013年6月7日にタンブラーのここにアップしたものをStanley Kubrick Archivesが収集したようです。ネットへのスキャンアップは厳密には著作権や肖像権が絡んでくるのですが、こういった過去記事は埋もれてしまえばただのゴミにしかなりません。しかし、しかるべき組織がしかるべき形で保存するのなら、それでだけで立派な資料になります。キューブリックに関して言えばStanley Kubrick Archivesはそれを担える世界で唯一の機関です。近代映画社さんにはそういった大局的な見地をもって・・・えーと、要するに大目に見てくださいませ。
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 「ストップモーション・アニメーション」いわゆる人形などを細かく動かして1コマずつ撮影し、連続再生する事によって動いているかのように見せる技法。日本では「コマ撮りアニメ」という呼称が一般的。映画黎明期には特撮の常套手段でしたが、今はすっかりCGに置き換わっています。でもその独特の味わいを好むクリエイターも多く、古くはハリー・ハウゼン、現在ではティム・バートンがその代表格でしょうか。

 そんな「コマ撮りアニメ」で再現した『2001年…』の予告編がありましたのでご紹介。ただ人形の造形や動きのぎこちなさ等、やや残念なレベル。背景やセットなど、一部映画から流用しているようですが、合成は違和感なくまとめているだけにちょっともったいないですね。

 元ネタのオリジナル予告編はこちら。

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Tod_des_Spartacus_by_Hermann_Vogel
『スパルタクスの最期』(ヘルマン・フォーゲル画、1882年)出展:スパルタクス(wikipedia)

 現在『スパルカタス』を観ても「奴隷の反乱とその挫折を、様々な登場人物の愛憎を交えて描いた一大スペクタル史劇」という認識しか得られないであろうし、それはまさしく正しい。だが何故か『スパルタカス』は共産主義と関連づけられて語られる事が多く、それに疑問を抱いた方も多いのではないだろうか。実はそれには以下のような事情がある。



 『資本論』の著者で科学的社会主義の創始者となったカール・マルクスは最も尊敬する歴史上の人物としてスパルタクスの名を挙げ、エンゲルスへの書簡でスパルタクスを「全古代史の中でもっとも素晴らしい人物」、「ガリバルディも比べ物にならない偉大な将軍、高潔な人格」と絶賛し、「古代プロレタリアートの真の代表者」と評した。近代以降、スパルタクスの名は解放を求める労働者階級の象徴となり、社会主義者・共産主義者の偶像的存在となっていった。

〈中略〉

 「すべての社会の歴史は階級闘争の歴史である」との史観を持つ共産主義陣営はスパルタクスの蜂起をこれに組み込んでいった。十月革命でロシアにボリシェヴィキ権力を確立したレーニンはスパルタクスの蜂起を「抑圧された階級を擁護するために起こした正義の戦争であり、非難することのできない戦争である」と語り、被抑圧者が解放を求める最大の内乱であったと評価した。スターリン体制下のソビエト連邦では知識人による研究が集中的に進められ、スパルタクスの蜂起は抑圧階級である「奴隷所有者」と被抑圧階級である「政治的に覚醒した奴隷」との階級闘争であり、スパルタクスは支配階級を打倒しようとする革命闘争を行ったとされた。

 古代社会の階級闘争の代表的研究者がA・W・ミシューリンであり、彼は1936年にマルクス主義に立脚した研究集成である『スパルタクス−大奴隷反乱史概要−』を公刊し、第三次奴隷戦争の時期を「奴隷革命」の第一段階と定義し、スパルタクスを歴史における「プロメテウス」に比定している。ミシューリンはこの反乱は奴隷制と奴隷所有者的「所有」の廃棄を目指した階級闘争・解放闘争であり、この反乱に自らの弱体性を痛感させられた支配階層は奴隷所有者体制の堅持のために古い民主体制を除去してカエサルの軍事独裁体制を現出させるに至ったと論じた。S・L・ウトチェンコがこの議論を引き継いで反乱の奴隷制社会に対する影響を指摘し、反乱がより温和なコロヌス制(小作農制)への変化をもたらし、「大奴隷反乱は最初の一突きとなり、ローマの奴隷制経済に決定的な変革を招いた」と評価した。文化方面でも第三次奴隷戦争が題材となり、1954年にレーニン賞を受賞したバレエ作品『スパルタクス』が制作された。

〈中略〉

 共産圏でスパルタクスが高く評価されたために冷戦時代のアメリカでは逆に警戒されるようになり、赤狩りが吹き荒れていた1951年にハワード・ファストが著した小説『スパルタカス(英語版)』は商業出版社から出版拒否をされ、自費出版を余儀なくされている。この小説はベストセラーになり、これを原作にした大作映画『スパルタカス』(監督:スタンリー・キューブリック、主演:カーク・ダグラス)が1960年に公開され、脚本は赤狩りでハリウッドを追放されたダルトン・トランボが務めている。この映画はアカデミー賞4部門を受賞した。

(引用先:wikipedia/第三次奴隷戦争




 共産主義が過去の遺物となってしまった現在からすれば、まったくもって信じられないような話だ。歴史的事実の精査や学術的研究とは全く関係なく、イデオロギーによって都合良く歴史を解釈しようとするのはコミュニストの常套手段だが、こんなくだらない事が大真面目にこの『スパルタカス』という物語に付いて回っていたのである。すなわち、スパルタカスの反乱を映画化するという事は、それ自体が共産主義の宣伝であり、それに関わったもの全てがコミュニスト、もしくはその支持者と認識されていたのだ。

 『スパルタカス』が製作、公開された1950年代後半という時代は、40年代後半から50年代前半に吹き荒れたマッカーシー赤狩り(実際は根拠薄弱な魔女狩り)の反省から、時代の風向きが右から左に変わりつつあった時代だ。不当に職を追われ、ハリウッドから追放されていたハリウッド・テンに対し、世間が同情的になって来たのもこの頃で、『スパルタカス』の脚本を担当したダルトン・トランボは本作でやっと実名での復帰を果たした。原作小説もベストセラーとなり、左派こそ時代の先端といった空気の中でこの『スパルタカス』は製作された。むしろ、そういった空気だったからこそ「反権力」、「反人種差別」、「革命精神」を描いたこのお話はヒットすると皮算用を企てたスタジオが大金を出資し、製作・公開に踏み切ったのだろう。その博打は功を奏し、当時のケネディ大統領が鑑賞、好意的な感想を述べた事もあって、世界中で大ヒットした。(ただ当初より製作費が高騰したため、思ったようには稼げなかったようだ)

 以来、ハリウッドでは伝統的に中道左派・民主党支持がスタンダードになっている。自由な表現を信条とするハリウッドだが、実際は民主党の支持母体である組合の力が強いため、映画制作に関する業務が細分化・分業化して縄張り意識が横行、結果、創造的かつ芸術的な表現が生まれるを阻害しているとうのは皮肉としか言いようがない。まだ無駄な製作費の高騰もそれが一因と言われている。映画製作に関する権限の全て掌握し、自由な創造性を最大限発揮できる環境を望んだキューブリックが、ハリウッドの分業性による非効率や非生産性、その思想性を嫌ったのは当然であろう。(ただしキューブリックが保守的・右派的だとは思わない。キューブリックは映画制作でも家庭でも支配的だったが、この家族主義はむしろユダヤ人的だ)また、そういった風潮に対して次作『ロリータ』で、左派知識人に対する当てこすり(キルティのキャラクターはまさに当時の「進歩的知識人」そのもの)をしたくなるのも良く理解できる。そして何よりも、キューブリックの映画界に於ける偉大な功績に対して、ハリウッド(アカデミー会員)がいつまで経っても冷淡なのも分かろうというものだ。

 現在のハリウッドは興行価値がより重視、絶対視されるようになり、作品自体にあまり思想性は感じない。しかし未だにアカデミー賞の選考などで、左派的傾向の作品が好まれる状況は続いているように感じられる。共産主義という理想は瓦解したが、その残滓はハリウッドのあちこちにこびり付いたままなのだ。

 今日ハリウッド・テンの名誉は回復しているが、実際はその多くが共産主義者であった事がベノナ計画によって判明している。そう、赤狩りは事実無根の魔女狩りでもなんでもなく、まさしく事実だったのだ。しかしそれを始めた当のマッカーシー自身が政敵を追い落とすための魔女狩りとして赤狩りを利用したため、その信憑性を貶めてしまっていたという過程に歴史の皮肉を感じる。「イデオロギーを振りかざした者が、そのイデオロギーによって自滅する」。キューブリックがイデオロギーから距離を置きたがったのは、こういう事態を見越しての事だったのかも知れない。

 因にキューブリックは自身の思想について

 「私は議会制民主主義を強く信じているし、国家の権力と権威は、ものごとを文明的に保つために必要な範囲の内でのみ最大限に活用され、実践されなければならないという意見を持っている。歴史は、社会を過度に文明的にしようとしたり、望ましくない要素を排除する作業を過度にやろうとした時、何が起きるかを教えている。歴史はまた、民主主義制度の崩壊がより良い制度をもたらすという信仰が、悲劇的な誤診であることも教えている」

『ミシェル・シマン キューブリック』より)


と、『時計…』の頃のインタビューで答えている。これを見る限り、自由や民主主義を信じるごく一般的なアメリカ人の範疇でしかなかったようだ。
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ソ連映画『第一軍用列車』で『ワルツ2』が使用されたシークエンス。

 『アイズ…』のオープニングとエンディングで印象的に流れるショスタコーヴィチの『ワルツ2』が含まれる組曲は「ジャズ組曲」ではなく、過去の曲を寄せ集めるなどした「舞台管弦楽のための組曲」だった事はここで記事にしましたが、その中の一曲『ワルツ2』は本来1955年のソ連映画『第一軍用列車』のために作曲されたものでした。その映画での使用シークエンスがアップされていたのでご紹介。

 ショスタコーヴィチは表面上はソ連の共産主義体制に迎合しつつ、その実は反ソ連で、当時ソ連が反ユダヤ主義を標榜していたのに反発し、ユダヤ音楽的な音階を曲に忍ばせていたそうです。この『ワルツ2』も本来陽気であるワルツのメロディに短音階のメロディを奏でていて、それがユダヤ音楽的哀愁をそそるものとなっています。

 キューブリックがこの事実を知っていたかどうかは定かではありませんが、元々映画音楽用に書かれたユダヤ音楽的な楽曲を、ワルツ好きのユダヤ人であるキューブリックがチョイスしたというのは当然の帰結のように思えます。映画『第一軍用列車』では劇伴曲(BGM)のように映画から聴こえてきますが、実は劇中でバンドが演奏している曲いう使われたかをしています。『アイズ…』でも劇伴曲と思わせておいて実は劇中の曲(コンポから流れる曲)でした。偶然かも知れませんが、ロシア映画好きのキューブリックがこの作品を観ていて、影響もしくはオマージュを捧げたとしても不思議ではないでしょう。

 また、この映画の監督ミハイル・カラトーゾフの『怒りのキューバ』が1990年代になってアメリカで再評価されたという事実は『アイズ…』の製作時期とぴったりと重なります。だとすると、反ユダヤ主義に反旗を翻した監督に敬意を表するためにこの曲を『アイズ…』で取り上げたのかも知れません。

 いずれにしてもこういった数多くの事実は、キューブリックの幅広い選曲眼を改めて感じさせてくれますね。

▼この記事の執筆に当たり、以下のサイトを参考にいたしました。
N響:ワン・フレーズ・クラッシック「第25回 ショスタコーヴィチ《ジャズ・ワルツ第2番》
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