2006年07月

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 キューブリックが20年の歳月をかけて積み重ね、練り上げたプロットを、ワーナーに期限を切られたとはいえ、たった1年(撮影は68日)で完成させてしまったスピルバーグに、高い完成度と深い思想性を求めるのは少し酷なことかも知れない。だが、この雑な作品をどうしても高く評価できないのは紛れもない本心だ。

 物語の根幹は「愛」にあることはキャッチコピーが示唆する通りだが、物語は終始「愛すること」、「愛されること」の行為のみに終始し、「愛とは何か?」という本質的な問題はおざなりにされてしまっている。キューブリックは、人間であれ、機械であれ、かりそめの肉体に「愛すること」をインプットされている点では対した違いはないと考え、愛の行為のみに終始し、「愛の本質」を考えようとしない人間に対して疑問を投げ掛けている。それは、同じ「愛する行為」ながら全く相反する(母性愛と性愛)プログラムをインプットされたデイヴィッドとジョーに象徴されているのだが、本来なら、もっと「愛の本質」について疑問を持ち、絡まなければはらない二人の機械は、「本物の人間になりたい」や「子供にはわからない」などの簡単な台詞のやりとりに終始し、全く話が深まっていない。

 キューブリックはこのプロットの映像化に当たり、本物のロボットを欲しがったと言う。この事は、キューブリックの完全主義者ぶりを象徴するエピソードとして有名だが、この物語の主題を、「愛の本質の追求」と考えるならば、それも納得のいく話かも知れない。何故なら、映像的に完全なロボットに見えれば、「機械が愛を求める姿」に強烈な違和感を覚えるはずで、それが機械的に「愛する行為」のみを求める人間の姿を逆説的に象徴させることができるからだ。スピルバーグの失敗は、この二人の重要なキャラクターに魅力的な俳優(ハーレイとロウ)をキャスティングしてしまったがために、中途半端な感情移入を呼んでしまった点にある。

 スピルバーグの失敗はそれだけではない。雑な脚本やご都合主義なストーリー展開は、製作期間の短さを考慮して大目に見るにしても、物語の後半に頻出する説明的なセリフのオンパレードや、未来人(機械人?)の映像化は、観るものをシラけさせるのに絶大なる効果を発揮している。

 キューブリックが目指したのは、ピノキオを下敷きに、おとぎ話的ファンタジーに彩られつつも、「愛の本質」を現代人に問い正す寓話であったはず。現代人はおろか、未来人でさえも「愛の本質」の正体が分からず、氷の中から掘り出したデイヴィッドから答えを得ようとするが、おざなりにデイヴィッドの夢を叶えて終わる当たり、皮肉に充ち、救いのない終わり方だが、物語はそちら側に深く立ち入ることはせず、結局スピルバーグの『デイヴィッドの母を訊ねて2000年』に収れんしてしまったのは、とても残念でならない。
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 『フルメタル…』で、そのあまりにも洗練かつ独創的な罵詈雑言により、物語前半で強烈なインパクトを残すアメリカ海兵隊パリス・アイランド新兵訓練基地教官。

 このハートマンを演じたリー・アーメイは当初、軍事アドバイザーとしての参加だったが、実際に訓練教官だった経歴を買われ、この役に大抜擢されたのは有名な話。アーメイによると「この役が欲しかったので奪い取った」のだという。

 このハートマン先任軍曹によって繰り出された「黒豚、ユダ豚、イタ豚を、俺は見下さん。すべて平等に価値がない!」とか「アカの手先のおフェラ豚!」とか「おまえの顔を見たら嫌になる! 現代美術の醜さだ!」とか「タマ切り取ってグズの家系を絶ってやる!」とかの名言により、世界中の「両生動物のクソをかき集めた値打ちしかない」「地球上で最下等の生命体」どもから熱い支持を受け、こんなパロディリアルなアスキーアートまで作られる始末。

 まあ、それはそれで良いのだが、やはり『フルメタル…』におけるハートマンの意味をもう少し考えては欲しい。つまり「兵隊」という大量消費材の製造工場で、「パイル」という不良品ができてしまった責任を「現場責任者」だったハートマンが取らされた、という事。この数々の罵詈雑言も新兵製造工場における「製造装置」のひとつに過ぎないのだ。
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 ウィキペディアによると88年8月の発売だから、映画公開からたった半年後だったんですね。当時このCMを見た時、「元ネタわかる人、いるのかな?」と思ったものですが、(ベトナム戦争映画に食傷気味だった当時の日本で、『フルメタル…』はあまり話題になってなかった)今じゃこのCMで『フルメタル…』を知ったという方も多いそう。時代ですねぇ。
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DC1

 『2001年…』に登場した、 アメリカの惑星探査宇宙船。地球軌道建造され、軌道〜月軌道間の処女飛行でテスト、それから木星を経由し、最終的に土星へと向かう探査の旅に出発した(小説版 『2001年…』による。映画版では目的地は木星)。推進力は熱核反応炉を利用したプラズマ推進で、先端の球形の部分が居住区とポッド・ベイ、 HALを設置しているロジック・メモリー・センターがあり、居住区は遠心力を利用して人工的に重力を作り出す仕組みになっている。コードネームは「XD-1(エックスレイ・デルタ・ワン)」で、交信時に管制官がディスカバリー号をそう呼んでいる。全長ついては700フィート(213m)、400フィート(122m)、140mと諸説ある。

 何かと物議を呼んでいるディスカバリー号の形状だが、気密室は球形が理想的だし、放射線の悪影響を考えると、そこからなるべく離れた場所に原子炉を置くのは理にかなっている。本当はその原子炉の熱を拡散させるための放射翼がつく予定だったが、キューブリックが「(飛行機の)翼にしか見えない」との理由で却下した。「精子を模した」とか、「恐竜の背骨に見える」というのは、科学的リアリティを追及した結果、そうなっただけなのかもしれない。

 NASAがこの名前をスペースシャトルに採用した時、誰もが不吉なものを予感したが、全5機体の内、2機体喪失しつつもこの機体は生き残っているので、逆に運が良い名前かも知れない。もしくは、搭載コンピュータに何も名前をつけなかったのが功を奏したのかも。

 映画用に制作された模型は全長50フィート(約15.2m、54フィートという情報も)と15フィート(約4.6m)の二種類あったそうで、 素材はファイバーグラスが使用された。
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突撃 [DVD](amazon)


 カーク・ダグラスという大物俳優をキャスティングした意欲作。第一次世界対戦中、フランス軍で実際にあった事件を基にして書かれた反戦小説『栄光の小径』の映画化で、昇進をほのめかされたフランス軍の将軍が、成功不可能な「蟻塚作戦」を無理矢理遂行したが、作戦は見事失敗し、さらには臆病者だとして、見せしめに3人の無実の兵士を、簡単な軍法会議を経ただけで処刑してしまうという物語。

 難しい題材である反戦小説であるがゆえに製作会社も尻込みしてしまい、なかなか製作に漕ぎ着けなかったが、前作『現金に…』を好意的に観ていたカークが脚本を気に入ったため、プロジェクトは実現に向けて一気に動き出した。

 その題材ゆえ、フランス国内でのロケを断念したり、映画を当てたいキューブリックが勝手にハッピーエンドに脚本を書き換え、カークを激怒させるなどのトラブルもあったが、様々なプレッシャーの中、大物俳優を使いこなし、自らの主張を堂々とフィルムに焼きつけている点では、初期キューブリックの完成形として考えて間違いないだろう。

 ここでのキューブリックは、所謂「映画」としての枠組みの中で、最大限その個性を発揮している。原作が反戦小説とされていただけに、この作品も反戦映画と評されることが多いが、むしろ戦争そのものよりも、戦争を遂行する権力システムの中に潜む矛盾や独善、そのツケを末端の兵士の命に払わせようとするエゴや傲慢さを糾弾していて、それは『博士…』や『フルメタル…』にも通底しているものだ。まるでスティディカムのように滑らかに塹壕の中をすり抜けていくカメラや、突撃シーンに見られる、その後の『フルメタル…』での市街地突入シーンを彷彿とさせる平行同時移動ショットなど、キューブリックにしか出せないカメラワークを駆使した演出・撮影・編集は、すでに「巨匠」の風格を感じさせるものにさえなっている。

 「映画」としての魅力に溢れる本作は、一般的な映画ファンにもとっつきやすいのか、公開当時から今日に至っても極めて評価が高い。メジャー2作目(劇場用映画としては4作目)にしてすでに「映画監督」としてピークを迎えたキューブリック。凡庸な監督ならこの時点で自己模倣に入るのだが、そんなちっぽけな地位にキューブリックが満足する筈もなく、自分にしかできない個性的で野心的な「映像表現」を目指して、更なる挑戦を続けていく事になる。

 因に、キューブリックにとって3度目の、そして生涯の伴侶となる女性、スザンヌ・クリスティアーヌ・ハーランが。最後のシークエンスに登場する捕虜のドイツ人少女の役で出演している。
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