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2001


 この映画は、人類が人類になった瞬間から、人類が人類でなくなった瞬間までを描きつつ、「人類とはいかなる存在か?」「人類はどこから来て、どこへ行こうとしているのか?」という、人類の根源的な命題に、ひとつのビジョンを指し示した空前絶後の傑作映画であり、前代未聞の実験映画だ。

 キューブリックは、そのビジョンの実現するに当たり、当代きってのSF作家であるアーサー・C・クラークを始め、当時の最新技術や科学考証の専門家をフル動員し、優秀なスタッフによって独自開発された特撮技術も最大限に利用した。また、斬新な構成・編集・カット割、既製のクラッシック音楽の効果的な使用、ナレーションの排除、セリフを絞り込み「重要な事は全て映像で表現した」という大胆なアプローチ等よって、映画の枠を超えて一種の「映像体験」して完成させてしまった。そのあまりの斬新さに、当時の論評は的外れで否定的なものもあったというが、それも今では笑い話だろう。

 この映画を、人類の立場で観てしまうと理解できないだろう。キューブリックは、クラークの小説版があくまで人類の視点から人間と宇宙との関わりを表現しようとしたのとは対照的に、もっと高い次元からこの物語を描き出そうとしている。(それが映画版と小説版のもっとも大きな差異だろう)キューブリックは大胆にも、観客に「神」(あるいは人間以上の「ある存在」)の視点から観ることを要求したのだ。

 その「視点」を視覚的に見せる為、キューブリックは「モノリス」という謎の物体を設定した。(宇宙人を描写する事も検討されたが、「陳腐になる」との判断で却下された)黙して語らないモノリスだが、その行動は実に雄弁で、猿人同士の争いや、HALとの対決を促し、人類が「宇宙」という広大な秩序にふさわしい種かどうかを冷徹に淘汰・選別した。その結果、子宮の暗喩ともとれる白い部屋で人間は老い、死を迎え、そして転生するのだが、(クラークの小説版では、時間が逆行し赤ん坊に戻る、という表現になっている。クラークとキューブリックの差異がここにもある)何も知らずそばで漂う地球は、あまりにも脆弱に見える。その地球にしがみつく人類の、なんと幼い事か!スター・チャイルドの済んだ大きな瞳は、キューブリックが人間を冷徹に観察するあの大きく黒い瞳と完全に一致しているのだ。

 もし、現実にモノリス(もしくはそれに準ずる「何か」)が我々の眼前に姿を現した瞬間、人類は何を感じ、何を想い、何を畏れるのだろうか・・・キューブリックが現出してみせたビジョンは、確かに「一つの可能性」を示唆したものに過ぎないかも知れない。だが、そのあまりにもシンプルで、あまりにも衝撃的なメッセージを完全に理解するには、現在の人類はあまりにも幼い。この映画が正当に評価できるようになるには、「その瞬間」が実際に訪れてみなければならないのかも知れない。

 2001年が過去のものとなった現在、映画に描かれた未来のテクノロジーと、今日実現したのものとの比較や(それはそれで楽しい考察だが…)、アポロ月面着陸以前の1968年に公開されたという事実などは、この作品のほんの一部分を紹介したに過ぎない。宇宙に於ける人類の運命を、宇宙からの視点で壮大に描ききった本作は、人類が初めて地球外知的生命体に接触するその日まで、永遠に輝きを失わない、映画史上、否、ありとあらゆる芸術表現の頂点に立つ、究極至高の作品でありつづけることだろう。
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lucky-eyes-wide-shut

 『アイズ…』で、ビルが謎の紳士からの尾行に気付き、思わず売店で購入した新聞「ニューヨークポスト」一面に書かれていた見出し。本作完成直後にキューブリックが逝去してしまった事実に、特別な意味を感じずにはいられない。
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アイズ ワイド シャット [Blu-ray]


   邦題/アイズ ワイド シャット
   原題/Eyes Wide Shut
  公開日/1999年7月16日(159分、カラー、モノクロ)
 日本公開/1999年7月31日
 製作会社/ワーナー・ブラザース
製作総指揮/ヤン・ハーラン
   監督/スタンリーキューブリック
   脚本/スタンリーキューブリック
      フレデリック・ラファエル
   原作/アーサー・シュニッツラー『トローム・ノヴェル』
   撮影/ラリー・スミス
 特殊効果/ガース・インス
   美術/レス・トムキンズ
      ロイ・ウォーカー
   編集/ナイジェル・ゴルト
   出演/トム・クルーズ(ウイリアム〈ビル〉・ハーフォード)
      ニコール・キッドマン(アリス・ハーフォード)
      マディソン・エジントン(ヘレナ・ハートフォード)
      シドニー・ポラック(ヴィクター・ジーグラー)
      トッド・フィールド(ニック・ナイチンゲール)
      マリー・リチャードソン(マリオン)
      ソーマス・ギブソン(カール)
      ほか
   配給/ワーナー・ブラザース



 ニューヨークに暮らす内科医ビル・ハーフォードとその妻アリス。可愛い娘にも恵まれ、何不自由なく暮らしていたビルは、患者の一人、ヴィクターからクリスマス・パーティーに招待される。そこでビルは旧友のナイチンゲールと再会し、またドラッグで意識を失ったヴィクターの愛人マンディを介抱する。

 次の日の夜、妻に前夜のパーティーで突然モデルと姿を消した事を問い詰められ、勢いで妻の浮気願望を聞かされる羽目になってしまう。ショックを受けたビルは、受け持ちの患者の容体の急変を知らせる電話に慌てて家を飛び出すが、その患者の娘マリオンに愛を告白され、また娼婦のヌエラには部屋に招かれる。だがどちらもビルは事に及ばなかった。

 夜のNYを彷徨うビルは、ナイチンゲールが演奏している店を見つけ、再び再会。そこでビルはナイチンゲールから奇妙なパーティーの話を聞かされる。興味をそそられたビルは、ナイチンゲールから入場のパスワードを聞き出し、郊外の屋敷で秘密裏に行われているパーティーに潜入する。だが、そこで彼は信じられない光景を目撃する。それは、参加者が全員全裸に仮面を付けてセックスに耽るという、いわゆる「乱交パーティー」だった。

※以下ネタバレ注意

 邸内を見て回るビルに、突然謎の女が現れ「ここは危険だからすぐ立ち去るように」と警告する。だがビルは従わない。やがて主催者に正体を見破られたビルは、衆人監視の元で服を脱ぐように強制される。それを助けたのは先の「謎の女」だった。

 辛うじて自宅に戻ったビルは、昨夜の謎を解きあかそうと邸に出かけたり、ホテルにナイチンゲールを訪ねる。そんなビルを尾行し、「これ以上詮索するな」警告する謎の老人。それでもビルは、昨夜助けてくれた女性がヴィクターの愛人マンディだと突き止める。だが、彼女はドラッグ中毒ですでに死亡した後だった。

 混乱するビルは、ヴィクターから全てを知らされる。それはビルにパーティーの秘密を口外しないよう脅すため、ヴィクターが仕組んだ「嘘」「ゲーム」だ、というものだった。納得のいかないまま自宅に戻るビル。だがアリスの眠る枕元には、ビルが例の夜につけていた仮面が置いてあった。

 全てをアリスに告白し、許しを乞うビル。打ちひしがれるビルにアリスは「それよりもっと重要な事があるわ」と告げる。「ファック」と。
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スタンリー・キューブリック―写真で見るその人生 [単行本](amazon)


 『スタンリー・キューブリック DVDコレクターズBOX』の特典映像としてリリースされた、『ア・ライフ・イン・ピクチャーズ』の書籍版と言うべき写真集。編集はもちろん未亡人のクリスティアーヌで、セレクトされている写真は、撮影現場の裏側を伺う事ができる貴重なものから、決してプライベートを明かそうとしなかったキューブリックの私生活が伺える写真も多数掲載。

 「個性的な子供時代」から「周囲にも自らにも厳しい芸術家」、そして「良き普通の父親」までセレクトされた写真やキャプションを読む限り、キューブリックに関する良からぬ噂話(隠匿者とか、パラノイアとか)を払拭したいかのようなクリスティアーヌの姿勢は理解できるが、個人的にはもっと「刺激的」な写真が見たかった気がする。また、キューブリックの前妻や前々妻にはあまり触れていなかったり、俳優やスタッフとのトラブルや対立といった否定的な部分にはほとんど立ち入っていない。全体的に綺麗にまとまりすぎだろう。まあ、身内が身内のプライベートを見せるわけなので、自ずと限界はあるだろうが。

 あと、付録とはいえ、巻末のクレジットのリストは見にく過ぎる。「これを決定版としたい」とのクリスティアーヌの意志とは裏腹に、ろくにレイアウトもせずただ単にテキストを流し込んだだけの代物で、英文に慣れない日本人には全く不親切なつくり。全体的にも、フォントの詰めが甘く、仕事が非常に雑でやっつけっぽい。多少時間がかかっても、もっと丁寧に作り込んで欲しかった。「愛育社」の名前とは裏腹に、愛が感じられないのは非常に残念だ。
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