キューブリックブログ記事

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 脚本が残っていたんですね。日付がないので時期は不明ですが、少なくとも脚本時には仮題として『バイオレンスの日(Day of Violence)』というタイトルが与えられていた時期があった、ということがこれでわかります。クレジットは伝えられている通り「脚本:スタンリー・キューブリック、追加台詞:ジム・トンプソン」となっています。

 よくキューブリックは脚本のクレジットで揉めますが、それはキューブリックにとって脚本は叩き台でしかないからです。脚本が完成しストーリーラインが決定すると、それをベースに俳優のキャスティング、セットやロケの手配をしますが、キューブリックの場合「撮影も創造の場」ですので、台本は撮影現場でどんどん変更になります。その影響で元の脚本から違った作品になってしまうのが常で(キューブリックは「脚本が完成するのは撮影が終わった時」と語っています)、その変更の判断ができるのはキューブリックだけであり、その結果、最終的な脚本のクレジットでキューブリックの占める割合が大きくなってしまうのです。

 もちろん叩き台としての当初の脚本や、その制作に協力してくれた小説家の役割を軽視しているわけではありません。ですが、キューブリック独自の撮影現場の方法論を知らなければ、脚本協力者からクレーム付くのも仕方ないといえば仕方ないですね。


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──キューブリックが死去してからの『アイズ ワイズ シャット』の編集の経験を教えてください。

 幸運なことに、彼が編集したカットが残っていたんだ。ニューヨークにいるテリー・セメル、ボブ・デイリー、そしてトム・クルーズとニコール・キッドマンに見せるために送ったものがね。音楽なども追加したもの全て入っていた。なのでいつも通りの作業だったんだ。私が何か加えたり、削ったりする余地はなかった。ただアメリカでの検閲を除いてね。皮肉なことさ。イギリスでも他のどの国でも問題なかったのに、いきなり「検閲」だからね。確かに難しかった。しかしそれはキューブリックが生きていた時もそうだったからね。彼はいつもより良いものを作るために闘っていたから。だから彼が亡くなってからも彼のように僕たちは働いたんだ。より良い作品にするために。まさに 「試練」だったよ。彼がなにをあの映画に望んでいるか、ということを理解するというためにね。

──キューブリックが好きだった映画は何だったのでしょうか?彼が『ハード・プレイ』が好きだったというのは本当ですか?

 本当ですよ。スクリューボール・コメディ系の映画がお気に入りだった。あとはマックス・オフリュス監督の『たそがれの女心』も。私も好きな映画だ。美しい技術と、俳優が自由になっているところが素晴らしい。キューブリックは映画のそういう(イングマール)ベルイマン監督的なものが気に入っていたんだ。セリフや意識下のものをとても重要に考えていた。

──『バリー・リンドン』で役をゲットした経緯は?

 『2001年…』と『時計…』を見て、彼と仕事がしたい!と思ったんだ。丁度その時に彼は『バリー・リンドン』の準備中だった。彼が『バリー…』を作ろうと思ったのはロッド・スタイガーがナポレオン(『ワーテルロー』のこと)をやってしまって、同じことをやりたくなかったから。そのおかげで、彼と会えて、一緒に働くことになったんだ。『A.I.』もそう。その時には彼の欲しい特撮の技術がなかったから諦めたんだ。それから時が経って、『シンドラーのリスト』が公開されて大評判になった。彼は気づいたんだ、これはまずいって。なぜならハリウッドでは「もうこっちにはホロコースト映画がある。何でまた同じものを作らなきゃいけない?」って言われるからね。でも考えて欲しい。一千もの恋愛映画があるからって、新たな恋愛映画を作るのをやめるかい?全くおかしな話だよ。まあ、そういう訳でスタンリーはいつも自分の映画を保留にしてたんだ。準備ができたら作ろうという映画がね。『A.I.』のことで言えば、『アイズ…』の撮影が終わった時にスタンリーは言ってくれたんだ、「レオン、どうだい?新しい映画のために数年また働かないか?」って。とても興奮したよ。これはすごいことになる、って思った。待ち遠しかったよ。残念なことに叶うことはなかったけどね・・・。

──現在の映画で、キューブリックが気にいると思う映画はありますか?

 もちろん。『ファントム・スレッド』は気にいると思う。『ROME』、『パンズ・ラビリンス』もね。多くの映画を愛すると思う。もし彼が今も生きていたら、僕たち二人は一緒に毎週末集まって映画を観ただろうね、音がうるさいプロジェクターを使ってね。昔のように。




 今年のカンヌ映画祭に4K版『シャイニング』が上映されましたが、その際にゲストとして招かれたレオン・ヴィタリへの質問をスタンリー・キューブリック公式アカウントで募集していました。そのアンサー動画の訳になります。

 ここでレオンが語っている『アイズ…』のアメリカの検閲のことですが、これは『アイズ…』の乱交シーンに対して、アメリカではR指定(オリジナルのままだとNC-17(X)指定になる可能性があった)を得るために、デジタル修正が加えられてしまった件です。日本ではオリジナルのまま公開されましたが、これについては当時、ファンの間からかなりの批判の声が挙がりました。詳細はこちらでご確認ください。

 また、キューブリックが何らかの形で支持を表明した映画のリストは『スタンリー・キューブリックが好んだ映画のマスター・リスト(2016年7月25日改訂版)』にまとめてありますので、興味のある方はぜひご覧ください。

翻訳協力:Shinさま

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映画ポスター

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映画の発明から2010年代まで
世界の映画ポスターを芸術的、商業的な観点から探求する


 映画が生まれたのは1895年。リュミエール兄弟が撮影・映写の複合機「シネマトグラフ」を発明したことから始まる。一方、ポスターという宣伝媒体が生まれたのはそのわずか10年前のこと。本書では、現在でもいまだなお作り続けられる『映画ポスター』にスポットを当て、時代の変遷とともにその歴史を振り返える。ポスターデザインを手がけたアーティストやスタイル、映画的なムーヴメント、政治、イデオロギーなどの影響によって、映画ポスターにどんな変化がもたらされたのか? 当時の時代背景とともに紐解いていく。

 チャールズ・チャップリンの演じた放浪者チャーリーは、どのようにしてお馴染みのキャラクターになったのか? あるいは、グレタ・ガルボの神秘的な雰囲気はどのように宣伝されたのか? さらにはブロックバスター映画の歴史、年代ごとのグラフィックデザインの変遷、デジタル時代におけるポスターの役割まで、幅広い観点で映画史に迫っていく。映画、芸術、そして観客を惹きつけるための映画ビジネスを巡る、楽しく興味の尽きない旅に出てみよう。

【本書のポイント】
・1910年代から2010年代までの10年ごとに世界各国で作られた映画ポスターを紹介
・全450点の映画ポスターを掲載
・監督、俳優、デザイナーについて綴るコラムも

【掲載している監督・デザイナー】
D・W・グリフィス/チャールズ・チャップリン/フリッツ・ラング/ステンベルク兄弟/ジョセフ・フォン・スタンバーグ/エリック・ローマン/ビル・ゴールド/マイケル・パウエル/エメリック・プレスバーガー/ジャン・コクトー/ソール・バス/レイノルド・ブラウン/スティーヴン・フランクファート/イングマール・ベルイマン/ヴィクトル・ゴルカ/ロバート・アルトマン/リチャード・アムゼル/スタンリー・キューブリック/ルネ・フェラッチ/ボブ・ピーク/ジョン・アルヴィン/スパイク・リー/ペドロ・アルモドバル/フアン・ガッティ/スティーヴン・スピルバーグ/クリストファー・ノーラン他




 デジタル写真合成が一般化した2000年代以降、映画ポスターはその作品のワンシーンの俳優たちをコラージュしたものばかりになってしまいましたが、映画のポスターはその時代の「トレンド」を写す鏡でもありました。キューブリックはその他大勢の監督とは違い、配給会社の広報に自作の宣伝を任せっきりにするのではなく、全ての広告に細かくチェックを入れていたと言います(全世界の広告全てチェックできていたかといえば、それは不可能だったとは思いますが)。特にポスターは重視していたようで、キューブリックの監修なしに作られることはありませんでした(初期作以外)。それについての考察は以前こちらの記事にまとめております。

 この書籍『時代と作品で読み解く 映画ポスターの歴史』にもキューブリック作品が採り上げられているそうなので、どういう紹介のされ方をしているのか興味深いですが、4,536円と少々お高いのが難点。出版元の玄光社といえばアートやデザイン、イラストレーションで有名な版元ですが、映画目線ではなくアート目線の切り口になるのかもしれません。9月1日にはTSUTAYA TOKYO ROPPONGIにて先行発売イベントを開催するそうですので、興味のある方は参加してみてはいかがでしょうか。


時代と作品で読み解く 映画ポスターの歴史(amazon)

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AISARE
公式サイトはこちら

 以前、この記事で試写会のレポートをしました『キューブリックに愛された男』『キューブリックに魅せられた男』の公式サイトがオープンしました。

 今のところ概要とストーリー、キャストだけですが、大まかな内容はこれで把握できると思います。大雑把ですが、下知識として

・キューブリックがアメリカからイギリスに移住し、ロンドン北部のアボッツミードに腰を落ち着けてからの話

・作品で言えば『時計じかけのオレンジ』から『バリー・リンドン』『シャイニング』『フルメタル・ジャケット』『アイズ ワイド シャット』まで

・1979年頃にハートフォードシャーのチルドウィックベリーという邸宅に転居

・1999年に逝去。墓所はその敷地内

ぐらい知っておけば良いかと思います。

 影響ない範囲でネタバレしますと、『キューブリックに愛された男』はエミリオ・ダレッサンドロのインタビュー(語り)がほとんどですが、いかにもキューブリック「らしい」エピソードが満載で、「冷徹な完全主義者」というレッテルを剥がすに充分な人間味あふれるお話が楽しめます。

 『キューブリックに魅せられた男』は、当時レオン・ヴィタリが背負わされていた役割の多さ、重要さを改めて認識させられますが、レア映像(おそらくレオンが個人的に所有していたもの)も見逃せませんので、そこにも注目です。

 公開は2019年11月1日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかで、カップリング上映になります。楽しみですね。

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POG
引用元:Official Harris Kubrick Film Profile Information

 (『突撃』の)脚本ができ上がると、キューブリックはそのプロジェクトを売る方法を思いついた。彼はハリスと一緒に何人かの男友だちを集め、レンタルした第一次世界大戦時のフランス軍服を彼らに着せ、森の中で写真を撮った。ハリスとキューブリックは、写真のリサーチを行った際に第一次世界大戦のもので気に入ったものを見つけていた。キューブリックはフォトジャーナリストの技術を活かして演出して、実際の第一次世界大戦の雰囲気やリアリティを再現した。

 「ウェイターの主任や、ユニバーサルと契約しているヴァイオリニストの友だちが、フランス兵の格好をしているのは可笑しかった」

(引用元:『映画監督スタンリー・キューブリック』




 評伝『映画監督スタンリー・キューブリック』に記述があったこのエピソードの写真らしきものがありましたのでご紹介。おそらく横を向いて捕虜(?)に水筒の水を与えているのがいるのがハリスで、撮影したのがキューブリックでしょう。撮影場所はカリフォルニア州カラバスで、煙幕を焚いて撮影したそうです。撮影時期はおそらく1956年頃だと思われます。

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