キューブリックブログ記事

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『キューブリックに愛された男』(S Is for Stanley)
2016年/イタリア/1時間22分
監督:アレックス・インファセッリ
出演:エミリオ・ダレッサンドロ
3月24日(火)10:30〜11:52 @シネマテークたかさき
3月26日(木)13:00〜14:22 @シネマテークたかさき

『キューブリックに魅せられた男』(Filmworker)
2017年/アメリカ/1時間34分
監督:トニー・ジエラ
出演:レオン・ヴィターリ/ライアン・オニール/R・リー・アーメイ/ステラン・スカルスガルド
3月24日(火)12:30〜14:04 @シネマテークたかさき
3月27日(金)19:30〜21:04 @シネマテークたかさき

(引用元:第34回高崎映画祭公式サイト




 「第34回高崎映画祭」で『キューブリックに愛された男』『キューブリックに魅せられた男』の上映が決定しました。上映スケジュールは上記の通り。平日なのが残念ですが、どちらも素晴らしいドキュメンタリーですので、近隣在住の方はぜひこの機会をお見逃しなく。管理人の鑑賞レポートはこちら


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公式サイトのプロモーション動画には「アリエス1B宇宙船」も登場。

 一体いつまで待たせるんだ・・・と待ち続けた、ロサンゼルスに開館予定の「アカデミー博物館」の開館日が2020年12月14日に決定したようです。当初は2017年、次に2019年と何度も延期になっていましたので、今回は確実・・・なんでしょうね?

 当ブログでも何回もご紹介している通り、この博物館で展示される予定の『2001年宇宙の旅』で実際の撮影に使用された現存する唯一のモデル、「アリエス1B宇宙船」もしっかりとPVに登場しています。修復は終わっているようで、窓の中もしっかり再現されていますね。

 映画ファンの聖地となり、ロサンゼルスの新たな観光スポットになるには確実でしょうから、いい施設にしたいのはよく分かるのですが、この建物、実は新築ではなく改築なんですよね。元々はメイ・カンパニーというデパートだった建物で、歴史的に価値があるとされたために改築に手間取ったのではないかと予想しています。まあそうだとしても「予定は未定」でしかないのはいかにもアメリカらしいですが。

 場所は、2013年に『スタンリー・キューブリック展』が開催されたロサンゼルスカウンティ美術館(LACMA)の隣。公式サイトはこちら。楽しみですね。

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〈前略〉

 最優秀監督のオスカーを獲得したことのない、伝説的な5人の映画監督をご覧ください。

スタンリー・キューブリック

 限界に挑み、観客と批評家を二極化させる論争から逃れられない、先見の明と影響力のある監督は、21年前の逝去以降さらに尊敬され、賞賛されています。

〈中略〉

 皮肉なことにキューブリックは最優秀監督賞でも、脚本賞でもないオスカーを獲得しました。『2001年宇宙の旅』の特殊視覚効果賞については、ダグラス・トランブルなど数多くのスタッフが視覚効果に取り組んでいましたが、キューブリックは特殊視覚効果デザイン/特殊視覚効果監督として認められました。特殊視覚効果賞のオスカーは、この傑作が受賞した唯一のアカデミー賞でした。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:GOLD DERBY/2020年1月30日




 オスカーシーズンになるとこの話題が繰り返されます。もういいかげん特別賞あたりを贈ってもいい気がしますが。その他の4人とはアルフレッド・ヒッチコック、エルンスト・ルビッチ、ハワード・ホークス、ジャン・ルノワールです。

 アカデミーがキューブリックに賞を贈らない理由は、アメリカ人であるキューブリックがハリウッドに背を向けてイギリスで映画製作をし続けたこと(製作資金はハリウッドから出ていたのに、ハリウッドの制作会社やスタッフはその恩恵に預かれなかった)だと思いますが、もうそれからずいぶんと時も経ったのだし、キューブリックの未亡人クリスティアーヌが存命のうちに賞賛の意を表明すべきだと思います。アカデミー映画博物館でキューブリック推しをするのなら尚更ですね。

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スタンリー・キューブリック(仮) (シリーズ 映画の巨人たち)(amaon)


いまだ話題を振りまく映画界の巨匠・キューブリックを語り尽くす一冊。

『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』『シャイニング』など映画史に残る傑作を生み出した巨匠スタンリー・キューブリックの作品世界を縦横に語り尽くす一冊。キューブリックが亡くなって、すでに20年以上経ちますが、いまだ監督作品、関連作品の上映、映像ソフトの発売などがおこなわれ、映画ファンを中心に大きな注目を集め続けています。

【予定構成案】
●巻頭アルバム
●フィルモグラフィー
●対談
●論考
●キューブリック語録

単行本(ソフトカバー): 200ページ
出版社: 辰巳出版 (2020/3/30)
言語: 日本語
ISBN-10: 4777825221
ISBN-13: 978-4777825226
発売日: 2020/3/30

編著プロフィール/ 佐野 亨(さの とおる)
編集者、ライター。1982年生まれ。出版社勤務を経てフリーランスへ。『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)『心が疲れたときに観る映画』(立東舎)『映画は千の目をもつ』(七つ森書館)『釣りバカ日誌 映画大全』(河出書房新社)などの編集のほか、文藝別冊シリーズの『ウディ・アレン』『大林宣彦』『竹中直人』『高畑勲』などの執筆・編集も担当している。キネマ旬報ベスト・テン選考委員。NFAJ客員研究員。

詳細・ご予約はこちらまで。




 洋書の邦訳本ではありませんので、一次情報を集めている管理人としては少々物足りなさを感じずにはいられませんが、どういう語られ方をされているのかはとても興味あります。良い本であることを期待したいですね。

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キューブリック少年と妹のバーバラ。キューブリックは妹を可愛がる心優しい兄だった。

「独り」

 キューブリックは幼少時代から単独行動が多かったことで知られている。仲間内で流行っているゲームやスポーツ、学校行事などに参加しようとはせず、自分の興味のあることだけに集中して臨むことを好んだ。カメラやチェス、映画鑑賞などそれは「独り」で行うことばかりで、ジャズドラマーを目指し、熱心に練習していたドラムでさえソロプレイを得意としていた。そのため協調性が必要となる学校生活になじめず、小学校時代には登校拒否をするようになる。当然ながら学業の成績は芳しいものではなく、高校は落第点ギリギリでやっと卒業できたくらい悪かったが、落第者であったことが「キューブリックを生涯の学習者(生徒)にした」と妻であるクリスティアーヌは語っている。


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ルック誌カメラマン時代のキューブリック。

「独立」

 キューブリックが単独行動を好んだのは、協調性がなかったというよりも独立志向が強かったと言うべきものだ。共感できる数少ない友人とはよく一緒に過ごしていたようで、高校時代に知り合った(後に映画監督になる)アレキサンダー・シンガーによると「自分でやらなきゃダメだ」と常に語り合っていたそうだ。その高校時代にルック社に写真を採用され、曲がりになりにも「プロカメラマン」としてデビューするのだが、それはシンガーによると「仲間からスターが出た」と、とても誇らしいことであったという。しかし当のキューブリックはそんなちっぽけな立場に満足することなく、生来の独立心から大胆な野望を内に秘めていた。すなわち「映画監督になる」という野望だ。

 その反面、キューブリックはとても「シャイ」であったことも知られている。クリスティアーヌによるとカメラはそのシャイな性格を隠す隠れ蓑だったとし、「カメラをぶら下げていれば、その場にいる理由になるから」と説明している。協調性のなさも「シャイ」で簡単に説明されてしまいがちだが、撮った写真を写真誌に売り込む大胆な行動力はとても「シャイ」の一言で片付けられるものではない。それに映画監督は(最低限の)協調性がなければ勤まらない仕事だ。キューブリックにとって「シャイ」とは「旺盛な独立心と貪欲な好奇心、そして強固な自我の裏側には意外な繊細さがある」と理解すべきものだろう。


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『恐怖と欲望』を撮影中のキューブリック。左端は当時の妻のトーバ・メッツ。

「独学」

 前出の高校時代の友人、アレキサンダー・シンガーによるとキューブリックは自らを「オートダイダクト(Autodidact:独学者)」と呼んでいた。当時のニューヨークではハリウッドとは別の流れからアンダーグランド映画が勃興していたが、キューブリックはその撮影に参加しつつも全く興味を示さなかった。キューブリックは初めから「メジャー志向」だったのだ。「メジャー」、すなわちハリウッドに乗り込む足がかりとして、キューブリックは24歳で劇映画デビュー作『恐怖と欲望』を製作するが、それは演技以外の全ての作業を自ら行ったもので(曰く「なんでも挙げたまえ、私はなんでもやったんだから」)、その経験から後に「映画監督になりたいのなら、自分で映画を作ってみることだ」「それが多くのことを教えてくれるだろう」と発言している。すなわち「独学(による実践)に勝るものなし」ということだ。

 キューブリックがアート系、アンダーグランド系の映画監督を目指していなかったことは次作でさらにはっきりとする。『恐怖と欲望』がハリウッドの興味を引かなかったと判断するや、すぐに発想を切り替え、より商業性を意識した『非情の罠』を製作したからだ。キューブリックにしては「陳腐なラブストーリー」とも言える本作だが、まずは商業的な成功を納めない限り、自身が撮りたい映画を撮ることはできないという現実的で冷静な判断があったと思われる。そのこともキューブリックは「独」りで「学」んだのだ。


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『非情の罠』を撮影中のキューブリック。写真を撮ったのは友人のアレキサンダー・シンガー。

「独善」

 間違わないでおきたいのは、キューブリックは「支配的」ではあったが「独善」ではなかった(少なくともそれを極力避けようと努力していた)ということだ。それはどんな立場で、どんな職種であるかに関わらず、周りの俳優やスタッフの意見に常に耳を傾け、良いアイデアは積極的に採用していた事実から知ることができる。また、キューブリックは既存の小説を映画化するのを好んだが、その理由を「自分で書いたストーリーだと、その良し悪しを客観的に判断するのは難しい」と応えている。つまり「メタ視点」を持つ重要性をはっきりと認識していたのだ。それは「自惚れ」(とキューブリックは後に恥じている)で作った『恐怖と欲望』の苦い経験があったからこそ。キューブリックは「監督」という立場は、ともすると「独善」で判断しまいがちになる危険性を十分に理解していたのだ。


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『非情の罠』に記録されたキューブリックにとっての「ニューヨーク」。

 義弟でプロデューサーのヤン・ハーランによると、キューブリックは「偉大な交響曲も、小説も、映画も、集団指導体制下で作られたものはひとつもない」と言うのが常だったそうだ。それは映画という一般的に「集団芸術」と呼ばれるものに対してでも、「個」を貫き通そうとしたキューブリックの強い意志が見える。そのことは映画製作に協力(というより「才能の搾取」)した周囲の俳優やスタッフたちの反感を買うことになるが(もちろん協力者としての多大なる貢献に対しては、そのたびごとに最大級の賛辞や評価を惜しみなく表明している)、キューブリックにとって「映画」とは、「音楽」や「小説」や「絵画」と同じく「個人で作る創作物である」という考えを変えなかった。一方でそのことにより「独善」に陥ることを常に警戒していた。それは同じく映画製作に協力した面々が、異口同音に証言している。

 是としての「独り・独立・独学」、そしてそれらによって陥りやすい避けるべき「独善」。これらキューブリックの映画監督としては異例で独自の志向は、変わることなく生涯に渡って貫き通された。それはキューブリック作品が、他の映画監督と互換性のない「個性」を獲得していることからも理解できるだろう。その「個性」を賛美しつつ、完全支配的な映画製作の手法を批判するのは勘違いも甚だしい。なぜならその「個性」は「完全支配」でないと生まれ得ないものだからだ。そしてキューブリックがそれらを学び、育んだのは「アメリカの中の独立国」と言われるほど個性あふれる街、ニューヨークであったのは単なる偶然ではないだろう。

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