キューブリックブログ記事

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 私は、一流フィルムメーカーたちの作品の特性を祭り上げて、称賛することには気乗りがしない。なぜならば、そうすることで彼らの作品を否応なく単純化してしまい、その価値を下げてしまう傾向があるからだ。

 しかし、クシシュトフ・キェシロフスキと彼の共同執筆者クシシュトフ・ピエシェヴィッチによるシナリオをまとめたこの本においては、着想を語るのではなく、むしろ「ドラマタイズする(劇的に表現する)」その稀なる能力を、彼らが持っていることについて観察することは場違いではないはずである。

 物語内の劇的な動きを通して、自分たちが狙ったポイントを押さえることにより、彼らは説明することなしに、今、スクリーン上で実際は何が進行しているのかを、観客に自由に「発見させる」ための、より一層の力を獲得している。

 彼らはその驚嘆すべき技術を用いて着想を表現するが、それについてを観客であるあなたは決して気づかない。観終わってからずっとあとになり、その着想がどれだけ自分の心に深く届いていたのかをあなたは知るのである。

スタンリー・キューブリック
1991年1月

I am always reluctant to single out some particular feature of the work of a major filmmaker because it tends inevitably to simplify and reduce the work. But in this book of screenplays by Krzysztof Kieslowski and his co-author, Krzysztof Piesiewicz, it should not be out of place to observe that they have the very rare ability to dramatize their ideas rather than just talking about them. By making their points through the dramatic action of the story they gain the added power of allowing the audience to discover what's really going on rather than being told. They do this with such dazzling skill, you never see the ideas coming and don't realize until much later how profoundly they have reached your heart.

Stanley Kubrick
January 1991




 キューブリックが「自分が監督できればよかったのに」とまで言わしめたクシシュトフ・キェシロフスキ監督のTVシリーズ『デカローグ』ですが、その脚本が書籍化された際に、キューブリックが序文を寄稿しました。その訳文が上記になります。

 これだけ読んでみてもキューブリックの心酔ぶりがわかろうかというものですが、キューブリックは感激のあまり「これぞ」と思う人にはビデオを送りつけて強制的に観させるという行為に及んでいました。その中の一人、『アイズ ワイド シャット』で脚本を担当したフレデリック・ラファエルは「このように延々と続く硬い話から何を学び取ればよいのか、私にはわからない」と言われてしまうのですが、ラファエルに限らず、仕事仲間にビデオを送りつけてまで感想を聞きたがったのは、本作のどこにその魅力があるのか、明快な答えを探していたのかも知れません。

 本作は最近IVCよりHDレストアでBDが発売されました。興味のある方は少々高額ですがぜひどうぞ。管理人は現在未見ですが、観るのを楽しみにしています。

翻訳協力:カウボーイさま


デカローグ クシシュトフ・キェシロフスキ Blu-ray BOX 初期作品集収録特別盤(amazon)


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academy_m
アカデミー博物館の公式サイトには「2021年4月30日」の文字が。

Stories-of-Cinema-3_Invented-Worlds_2720px
ずいぶんとシンプルな展示に変更。これじゃ写真撮ったらに余計な人が写っちゃいそう。

 これで一体何回めの延期なんでしょう? 当初は2017年に開館とアナウンスされ、直近では2020年12月でした。これが「アメリカンクオリティ」ってやつなんでしょうか? それに、映画にまつわる数々の貴重な展示が随分とトーンダウンしてしまいました。前回のイメージボードはこんなにも気合が入っていたのに。施設に思いの外お金がかかって展示の予算を削られてしまったのかもしれません。

 開館すればハリウッド、いやロサンゼルスの一大観光スポットになるのは確実だと思います。そのためにじっくりと時間をかけて準備するのはいいのですが、いい加減待ちくたびれましたよ。

 場所は、2013年に『スタンリー・キューブリック展』が開催されたロサンゼルスカウンティ美術館(LACMA)の隣。公式サイトはこちら。今度こそ確実でおなしゃす!!

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Barry_Light
2時間16分頃のシーン。お手元のDVDやBDでご確認を。

 『バリー・リンドン』で、物語後半のレストランのシーンで一瞬だけ窓の外に設置した照明が映り込んでいるというミスが見つかりました。

 キューブリックは自然光照明を使用したことはよく知られていますが、この「自然光照明」という言葉は誤解を受けやすい表現です。ここで言う「自然光照明」とは「自然光しか使っていない照明」という意味ではなく、「自然光を模倣(シミュレート)した照明」という意味で、キューブリックはこの『バリー・リンドン』でも人工照明を多用しています。もちろん有名な蝋燭のシーンでも補助的に照明を使用しています。

 YouTuberなど映像を撮る人が増えてきている現在、いくらカメラの性能がアップしても、照明なしにはまともな映像が撮れないことは周知の事実かと思います。それはキューブリックも同様で、撮影時セッティングに一番時間をかけるのは照明でした。何もこれは秘密にされていたことではなく、照明についてもインタビューなどでたびたび説明していますし、数多くあるドキュメンタリーでも照明を使って撮影するキューブリックの姿が残っています。しかし、どういうわけか「キューブリック=自然光撮影」というワードが一人歩きし、キューブリックや映画に関して無知であるにも関わらず(しかもそれを自覚していないので始末に悪い)、下手に拡散力だけはある泡沫ライターや自称評論家、迷惑系YouTuberなどによって「『バリー・リンドン』は一切の人工照明を使わず撮影した」という現実無視のデタラメ論が拡散され続けています。

 キューブリックの照明に関する考え方は、不満いっぱいでも監督するしかなかった『スパルタカス』と、この『バリー・リンドン』を比較すれば一目瞭然です。

照明1

 『スパルタカス』でのテント内シーンです。篝火は単なる飾りで、強烈な照明が3人の俳優と背景の地図を照らしています。キューブリックはこういったやり方を「ウソくさい」と批判しましたが、当時駆け出しで若造のキューブリックに、ハリウッドのやり方を変えるだけの力は残念ながらありませんでした。

照明2

 『バリー・リンドン』の蝋燭のシーンです。テーブルの蝋燭が3人の俳優の顔を照らし、室内は吊り下げられた蝋燭のシャンデリアで照らされていることになっていますが、おそらく何らかの補助照明は使っていると思われます。ですが、上記の『スパルタカス』よりはるかに「自然」な照明です。

 「バレ」の該当シーンは、午後〜夕暮れを表現するために窓の外に午後の太陽光を模したライトを設置していたのだと思いますが、このバレにキューブリック本人は気づいていたでしょうか? それはわかりませんが、高画質でデジタルリマスターされたメディアで、繰り返し再生される未来を知らず逝去したキューブリックが現在も存命なら、こういった「ミス」はデジタル処理で消させていたと思います(『アイズ…』では映り込んだカメラマンをデジタル処理で消しているが、それがキューブリックの指示であったかどうかは不明)。高精細デジタル化により『バリー…』の美しさ、壮麗さが再評価され、キューブリックの意図した素晴らしい映像を堪能できるようになりましたが、同時にこういった「ミス」も発見しやすくなってしまうという「痛し痒し」な結果に、キューブリックも墓の中で頭をかいているかもしれませんね。

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Kubrick By Kubrick

 このドキュメンタリー『キューブリックが語るキューブリック(Kubrick By Kubrick)』は、キューブリックと懇意だったフランスの映画評論家、ミシェル・シマンのインタビューテープを中心に構成されたもので、そのインタビューの多くはシマンの著書『キューブリック』に掲載されています。ですので、こちらはそのダイジェスト版的な位置付けになりますが、『キューブリック』に掲載されていないコメントもあり、ファンにとってはとても興味深いドキュメンタリーでした。

 意外に思われるかもしれませんが、キューブリックは自作に関しては割と雄弁に語る監督です。その最たるものは『メイキング・オブ・2001年宇宙の旅』に掲載されたプレイボーイ誌のインタビューで、例のラストシーンについても「説明」しています。そしてもちろんシマンの『キューブリック』にもある程度の「説明」はされていて(意図の解説や解釈は語りたがらなかった)、それらはキューブリック作品を読み解くヒントになり得るものです。それに加えて自身の思想や思考、スタンス、認識、政治、人生観まで幅広く語っています(これらは他のインタビューでもそう)。

 ですので、このドキュメンタリーに期待していたのですが、構成が時系列や作品別ではなく、インタビューで飛び出したキーワードをつなぎ合わせていくというものだったので、キューブリック本人や作品にある程度触れている中級者以上の内容だと感じました。それに加えてNHKの放映枠の関係からかオリジナルの70分から50分にカットされてしまっていたのが残念です。

 NHKさんのことですからいつかはノーカットでのOAがあることを信じておりますし、また、ソフト化の可能性もあると考えています。ですので現時点では不完全で、なんとなく消化不良なモヤモヤ感はありますが、とりあえずこのドキュメンタリー内で管理人が個人的に気になったキューブリックのコメントをピックアップし、解説してみたいと思います。

(1)私が考える映像美学について語る意味があるとは思えないし、それが可能だとも思わない。それに映画を作った理由を問われ、気の利いたことを言わなければと思うことも面倒なんだ。

 キューブリックは以前は(自身を売り込む目的もあって)自分や自作についてよく語る監督でした。それが一転するのは『時計じかけのオレンジ』でマスコミに暴力主義者と批判され、脅迫されるようになってからです。インタビュアーのミシェル・シマンがキューブリックに初めてインタビューしたのは、キューブリックがそうなる直前の『時計…』公開時でした。(1)のコメントはキューブリックの本音でもありますが、マスコミを避けるようになってからも(1)の理由をたびたび持ち出しています。

(2)自分以外の誰かが書いたストーリーだからこそ初読の喜びがある。物語への期待感や心を動かされるような感覚は、自分が書いたものからは得られない。

 キューブリックは自分でストーリーを書く(ストーリーメーカー)ことはせず、小説を映像化する「ストーリーテラー」でした。その理由が(2)なのですが、本人は「そんな才能はない」「小説家じゃないので(ストーリーメイク)は手伝えない」と度々語っています。

(3)確かに私は探偵のように細かな調査でヒントを探す。『バリー・リンドン』では何千ものスケッチや絵画を集めた。書店で美術書を買い集め、バラバラにして分類した。映画の衣装はデザインではなく当時の絵画から忠実にコピーしたんだ。

 キューブリックはいわゆる「ソース主義者」で、どんな細かいことでも「ソース」を求めました。過去の物語なら歴史書などの資料、未来の物語なら予測の根拠、まったくのでっちあげである『アイズ…』の儀式でさえソースを欲しがりました。それは「デザイナーに〈18世紀風〉の服を作らせるのは愚かなことだ」のコメントにも表れています。そしてその理由は(4)になります。

(4)すべての作品が直面するのは見る側に映像は本物だと思わせることだ。時代設定が現代でない場合は、特にリアルな雰囲気を作るのが出発点だ。

 キューブリックは「リアルな雰囲気」にこだわりました。それは「昔から歴史物の映画の照明はウソくさいと思っていた」と語るように、ウソくささが見えると観客をストーリーに引き込む力を弱めてしまうと考えていたからでしょう。現在は撮影技術の向上によりキューブリックの時代よりはるかに簡単にリアルな映像が手に入るようになりました。ただ、CG臭さ全開のような映像をキューブリックがどう思ったかはわかりません。

(5)映画に何かしら意図を盛り込む点では、(『恐怖と欲望』は)その後の作品にも通じている。中身のない単なる娯楽映画にはしたくなかった。

 これはもう解説の必要はないですね。これがあるからこそ、キューブリック作品は多くの人を惹きつけるのでしょう。

以降、各作品に対するキューブリックのコメントが続きますが、それは番組でお楽しみください。

(6)人類が存続できるかは機械の「超知性」次第とも言える。知性というのは良いものだと私には思えるからだ。超知性の機械が人間よりタチが悪いはずがない。

 ここで言う「超知性」は、スピルバーグが監督した『A.I.』のラストシーンを思い起こさせます。クラークも機械については「申し分なく進歩すれば実質人間と変わらない」という考えの持ち主でした。

(7)20世紀のあらゆる芸術で失敗を招いた原因の1つは独創性に固執しすぎたことだ。「革新」は前進を意味するが、古典的な形式や現行の手法を捨て去るわけじゃない。だが、真の意味での芸術の爆発は物語の構造から解放されたときに訪れるだろう。

 至言ですね。

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FMJD
貴重なオフショットやプライベートショットが満載です。オーディオコメンタリーも収録。

 『フルメタル・ジャケット』でジョーカーを演じたマシュー・モディーンが本作全米公開日である6月26日を記念して、自身が『フルメタル…』撮影現場の舞台裏を撮影した写真集『フルメタル・ジャケット・ダイアリー』のiPad版を今週末まで無料配布しています。このリンクか、App Storeで「Full Metal Jacket Diary」と検索してください。マシューのツイートによると無料配布は「今週末」とあるだけで、アメリカ時間なのかグリニッジ標準時なのか詳細はわかりません。ですので、お早めのダウンロードをおすすめします。ちなみに管理人は以前240円でセールだった時に購入しました。それ以前の2012年のリリース当初は1,300円でした。書籍版の発売は2002年です。

 その書籍版ですが、こちらは現在も1万円超と少々お高いので未入手です。邦訳版が出れば買いたいと思っていたので、まだ手を出せずにいます。というか、iPod版で満足しています。どうしても書籍(洋書)で欲しいという方はぜひご検討ください。


Full Metal Jacket Diary (英語) ハードカバー – 2005/10/25

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