キューブリック関連動画

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 キューブリックが『2001年宇宙の旅』の制作前に参考に観たという1963年公開のチェコ映画『Ikarie XB-1』のオープニングシーンがYouTubeにありましたのでご紹介。

 この『Ikarie XB-1』、キューブリックのパーソナルアシスタントだったアンソニー・フリューインによると

 「スタンリーはロンドンに移る前(※1965年頃)、ニューヨークで『2001年…』の調査や脚本を書いていた時に『Ikarie XB-1』を見ていました(彼は膨大な関心事があり、それをいくらでも手に入れることができた)。 確かにそれはスタンリーの発想ではありませんでしたが、それはテーマやプレゼンテーションの点で、平均的なSF映画から半歩くらいの進歩がありました。その後、彼が認めたように、当時でもそれはそれほど難しいことではありませんでした 」

 「私は、スタンリーに影響を与えた未来映画・SF映画はないと思う。そして、映画においてこれらの分野が十分提供されいていなかったという事実が、彼が『2001年…』を作った要因でした」

 「スタンリーは無類の映画好き(「良い映画からと同じように、悪い映画からも何かを学ぶことができる」)だったし、それらの映画のどれが彼の「好み」の映画のリストに載っているかどうかはわかりません。彼はユーモアと忍耐強さを持っていたので、時々冗談を言っている可能性があります。彼がかなり良いと思った傑出した映画の中には、彼のお気に入りの一つのショット、または一つのシークエンスがあったかもしれませんが、それまでお気に入りリストに含めてしまうと、あまりにも遠大な計画になってしまいます」

【関連記事】スタンリー・キューブリックが好んだ映画のマスター・リスト(2016年7月25日改訂版)


 とのことで、キューブリックが参考にと視聴したSF映画の一本でしかなかった様です。

 しかし、観ていただくとわかる様に、時代を考えればまあまあいい感じのオープニングです。通路がなんとなく『2001年…』を彷彿とさせますが、雰囲気がとってもソ連っぽいのは当時のチェコが共産主義国家だった影響も大きいでしょう。宇宙船のデザインはかなり古臭いですが、内部のセットはなかなかではないでしょうか。以下はキューブリックが観たであろう米公開版で『Voyage to the End of the Universe』と改題されたもの。サイケなビジュアルとサントラがなんともいい味を出していますね。

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 1960年代くらいまでのハリウッドは動画の説明にある通り、全体を明るく照らすキーライト、影に当てる補助光のフィルライト、輪郭を強調するために後ろから当てるバックライトの三点照明が一般的でした。しかし報道カメラマン出身のキューブリックは、いかにも「スアジオ内で撮影されました」感ありありのこのライティングを好まず、初期の頃から「自然光撮影」を好んで採用してきました。ただ、この「自然光撮影」という言葉は自然光、つまり人工照明を一切使わず、天然の自然光のみで撮影されたかのような印象を与えてしまうのであまり適切とは言えません。この動画のタイトルも「Practical Lighting(現実的照明)」となっていますので、当ブログでも今後は「現実的照明」もしくは「現実照明」という表現を採用したいと思います。

 キューブリックは屋外ロケでも屋内ロケでもスタジオ撮影でも、「現実にそこにある光源」をそのまま利用するソース・ライティングを基本に、それを補助したり、強調したりする目的で照明を使用しました。よく引き合いにだされる『バリー…』でのロウソクのシーンですが、ロウソクの光源だけで撮影したわけではなく、気付かれない程度に補助的に人工照明も使用しています。

 また、キューブリックはセットも照明の効果を最大限に引き出すことを考慮したデザインをさせ、『シャイニング』ではニコルソンの狂気の表情をより効果的にするためにバーカウンターにライトを仕込んだり、トイレのドアをノックするシーンでは、さりげなくテーブルランプを顔の下に置いたりしています。さらに『アイズ…』では照明が与える視覚的な印象を最優先に考えて、劇中の時期をクリスマスにしたのだと考えられます。クリスマスのイルミネーションや室内のクリスマスツリーの輝きが、妖しい物語全体を美しく彩っています。それはキューブリックが照明が映像に与える効果を計算の上、脚本に干渉して物語の時期を指定したのでしょう。

 こういった「視覚優先」の映画作りができるのも、キューブリックが映画制作の全権を掌握しているからに他なりません。分業制が確立し、それぞれの役割を果たす権利を、それぞれが強固に握っているハリウッドではセットデザイナーや脚本家の意見が優先され、いかに監督といえどもそれを簡単に覆すことはできません。キューブリックはインタビューでハリウッドに背を向けた理由を「スキャンダルや噂話など、映画制作に関係ないことで煩わされたくないから」と応えていますが、この「分業制と権利意識による弊害」を嫌ったのも大きな理由だと思います。

 『007私が愛したスパイ』で、敵基地のセットデザインをピカピカにしてしまったケン・アダムは、どう照明を当てていいのか途方に暮れた挙句にキューブリックに助けを求めたというエピソードからも、いかにキューブリックの「照明に対する知識と経験の豊富さ」が周囲に認められていたかを伺い知ることができますね。
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 幾何学的なデザインが多かった初期のフォントデザインの中で、1920年代に、今なお世界中で使われている現代的で可読性の高いフォント「Futura(フーツラ)」がドイツ人デザイナーのパウル・レナーによって発表されました。フーツラがナチス・ドイツに使用を禁じられるなどの危機を乗り越え、結婚式の招待状から芸術家・映画監督にまで愛されるフォントとして広まった経緯がムービーにまとめられています。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:Gigazine/2017年3月6日



 キューブリックが好んだフォントとして有名な「フーツラ」の歴史が動画にまとめられていましたのでご紹介。

 フーツラに関してはこのブログでも以前この記事で採り上げています。日本人的にも去年解散したSmapのロゴに使用されるなど馴染み深いフォントですが、最近はめったに見かけなくなりました。理由は、このブログでも何度か指摘していますが「j」の先がまっすぐなので「i」と誤認しやすいという欠点があるためです。特に「j」は「jp」のドメイン表記に使用されるので、この欠点は日本では致命的ですね。

 キューブリック作品に使用されたフォントを管理人が特定した記事はこちらです。まだ完全ではないので、情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら掲示板にてお知らせ下さい。
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2001年宇宙の旅 [Blu-ray](amazon)


鬼才S・キューブリック監督が、壮大なビジョンと観客を圧倒する強烈な視覚&サウンドを駆使して打ち立てた、SFの枠にとどまらない、映画史上に燦然と輝く金字塔的名作。

町山智浩の映画塾:#193 「2001年宇宙の旅」<予習編><復習編>




 映画評論家である町山智浩氏による『2001年…』の解説動画です。いくつか気になる点がありましたので、以下にそれを列挙したいと思います。

 まず、『これがシネラマだ』の動画はこちらでご紹介済みです。

 例の「ジャンプカット」の後に最初に登場する衛星はドイツ製ではなくアメリカ製です。

 モノリスの形状ですが最初はピラミッド(底面が正方形)だったと解説していますが、正確には正四面体(底面が正三角形)です。正四面体をボツにした理由が「関係ないピラミッドに見えるから」でした。

 小説版はキューブリックの執拗なチェックはあったにせよ、一語一句全てクラークが書いている筈です。動画の言い方だとキューブリックが直接小説版のテキストに手を入れたと誤解されそうです。「キューブリックとクラークが共同で作り出した物語をキューブリックは映画にし、クラークは小説にした」というのが正しい認識です。キューブリックは「同一コンセプトの物語を違う媒体で表現する試み」とインタビューで語っています。

 ディスカバリー号のアンテナ・ユニットのアニメーションはセル画だと説明していますが、正しくは文字通りアンテナ・ユニットのワイヤーフレームの模型を製作し、それを自由台座の上に乗せて少しずつ動かしながら連続して撮影したものをつなぎ合わせたものです。いわゆるストップモーション・アニメーションですね。セル画なのは「ATM」「COM」などの文字や図面です。

 ニュースパッドの画面はブラウン管ではなく、裏からのスクリーン投影です。当時のブラウン管は精度が悪く、あんなに映像が鮮明ではありません。それに画面が曲面ではないので、あからかにブラウン管ではありません。『2001年…』に登場するモニター画面のほとんどすべては裏側からのスクリーン投影(リア・プロジェクション)によるものです。

 ダグラス・トランブルについてはこちら、ジョン・ホイットニー・シニアについてはこちらで紹介済みです。ちなみにジョン・ホイットニーがキューブリックに呼ばれていたという話は管理人は知りません。

 スターゲート・シークエンスについてはこちら。「人類の夜明け」のシークエンスが「白い部屋」の前にあったという話は知りませんが、検討されていた可能性はあるでしょう。

 「白い部屋」は異星人がボーマンの記憶を実体化したものと説明していますが、これは明らかに間違いで、小説版ではっきりと「月に残したモノリスが地球のTV番組をモニターしていて、そのTVドラマに出てきたホテルを実体化した」と説明しています。

 こういった細かい点はまあさておいて、一番の問題はこの動画で町山氏が終始言及する「キラー・エイプ理論」についてです。町山氏はこれを「同族殺し」と定義し、猿人が人類に進化するキーになったと解釈しているようですが、それでは解釈が狭過ぎます。クラークやキューブリックは、猿人から人類への進化のキーは「(武器も含む)道具を(高度に)を使いこなせること」と考えていたんです。それを「殺人(同族殺戮本能)」とだけ解釈してしまうのはかなり恣意的で偏狭な解釈です。小説版では透明モノリスが猿人に道具の使い方をレクチャーしているシーンがでてきますし、それによって狩りを覚え、肉食によって飢餓による絶滅から抜け出し、やがて人類として地球の支配者となったとの描写があります。それと同時にその道具は武器にもなり得て、同族殺しにも使用されるのですが、それは道具使用の一例に過ぎず、全体としては「猿人はモノリスから高度に道具を操る知恵を授かり、人類への進化の階段を上がった」という説明になっています。映画版でも当初猿人はバクには無関心でしたが、モノリス後はバクを殺し、骨を片手に肉を食っているシーンがあることから、それは同じでしょう。

 町山氏は何故かそれを「モノリスから同族殺しの方法を教わった」部分だけを抽出し、他の部分を無視。なおかつ「それは間違ってます」とドヤ顔で語っていますが、間違っているのは残念ながらあなたです。しかも『博士…』『2001年…』『時計…』をキラー・エイプ理論でひとくくりにして三部作と説明していますが、もともと『2001年…』の後は『ナポレオン』のプロジェクトを進めていたわけで、それも事実と異なります。そもそも『博士…』『2001年…』『時計…』で(SF)三部作とする考え方は現在では否定されています。キューブリックも「原作のチョイスは単なる偶然で意図はない」と明言しています(とはいいつつ、その当時の映画のトレンドは意識していたでしょうけど)。

 独自理論・独自研究のお披露目はおおいに結構なのですが、事実誤認のまま自信満々に語る姿は痛々しい限り。まあ痛々しいだけならともかく、ここまで自信満々だと鵜呑みにする方もいらっしゃるでしょうから、ちょっと問題です。そういう意味では動画のタイトルは『町山智浩の映画塾』ではなく『町山智浩の単なる私見的映画論』とでもしておいてくれれば良かったのに、とは思いますね。
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 パリで活動するクリエーターのZaven Najjar氏による、1分間にまとめられた『2001年宇宙の旅』のダイジェスト動画『Short Cut - 2001: A Space Odyssey』です。こちらには他にも『ゴッドファーザー』や『めまい』などの名作映画のアニメーションがあります。アールデコ調のレトロでポップな作風のようですね。氏のサイトはこちら
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