キューブリック作品を考察・検証する

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謎のダイヤモンド型の物体が登場するスターゲート・シークエンスの一場面。

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シーンタイトル「マインドベンダー」と記されたサスコカード。

 スターゲート・シークエンスに登場する謎のダイヤモンド型の物体、これは「異星人」「UFO」「スターゲートの一部」など様々な解釈がされています。このシーンには「マインドベンダー」というタイトルがつけられていて、それは残されたサスコカードで確認できます。「マインドベンダー」とは「複雑で理解するのが難しいことがら、催眠術師」という意味だそうですが、その響きから当時世界中で流行していたいわゆるサイケデリック(ドラッグ)・カルチャーの影響を強く感じさせます。では、このマインドベンダーのシーンに登場する、光り輝くダイヤモンド形の正体は一体なんなのでしょう?まず、ジェローム・アジェル編『メイキング・オブ・2001年宇宙の旅』には以下の記述があります。

 キューブリックの「幻覚剤(マインドベンダー)」効果。スリット・スキャン映像は3フィートの高さの回転しているリグに取り付けられた多面スクリーンに投影し、7つのダイヤモンドが現れるまで繰り返した。(ジェローム・アジェル編『メイキング・オブ・2001年宇宙の旅』より)

 このシーンの制作に関わったダグラス・トランブルはもう少し詳しく、以下のようにコメントしています。

The most complex aspect was a shot dubbed the ‘mindbender,’ which combined seven octahedrons arranged in the top half of the frame and the slit-scan process. Trumbull said, “We had exhausted the slit-scan, shooting vertically and horizontally, so I came up with the idea of shining the light onto Plexiglas to create this kind of pulsating effect. Each [octahedron] had four visible sides, each needing 3 passes, so as you can imagine it was incredibly complex. In total, [there were] eighty-five passes, all on the same piece of film.”

 最も複雑な側面は、フレームの上半分に配置された7つの八面体とスリットスキャンプロセスを組み合わせた「マインドベンダー」と呼ばれるショットでした。トランブル氏は、「私たちは縦横に撮影してスリットスキャンを使い果たしていましたので、このような脈動効果を作り出すために光をアクリル樹脂に照射するという考えを思いつきました。各八面体には4つの視認可能な側面があり、それぞれが3つのパスを必要としていたので、想像できるように、それは信じられないほど複雑でした。合計で、同じフィルムに85回のパスが必要でした。

(全文はリンク先へ:The Film Stage:50 Years Later, Douglas Trumbull Reflects on Stanley Kubrick’s Vision and the Technological Breakthroughs of ‘2001: A Space Odyssey/2018年4月16日


 このようにトランブルは技術的側面から解説していますが、正体が何であるかは言及していません。ところがデイビッド・G・ストーク編『HAL伝説』によると、製作当時人工知能についてのアドバイザーだったマービン・ミンスキーが以下のように証言しています。

 周知の通り、キューブリックは当初、異星人の作品を透明な四面体にしようと思っていた。しかし、人に見せると異口同音に「そりゃあなんだい?」という。結局ピラミッドでも立方体でもないからね。スタンリーはひどいショックを受けて、四面体をあきらめた。もっとも、映画のスターゲイト(星の門)の場面にちらっとでてくるが。(デイビッド・G・ストーク編『HAL伝説』より)

 つまりこのダイヤモンド型の物体は、初期案モノリスの流用であるということです。そしてそれは、スターゲート・シークエンスのために数多く描かれたイメージボードの中にも登場していることで裏付けられます。

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このイメージボードでは初期モノリスの正四面体で描かれている。

 トランブルの説明だとダイヤモンド型は八面体、初期モノリスは正四面体でしたので、上下にくっつけたのだとししたら六面体であるはずです。そういった違いがあるにせよ、キューブリックはモノリスの初期型をなんとかしてスクリーンに登場させたかった意図が伺えます。

マインドベンダー正四面体と四角錐の違い。クラークはモノリスを正四面体に設定した理由を「立体図形の中で一番単純かつ基本。おおよそ様々な哲学的・科学的思索を生み出した形」と説明している。

 さて、サスコカードに書かれた、このシーンタイトルの「マインドベンダー」に戻りますが、『メイキング・オブ…』では「マインドベンダー・エフェクト(幻覚剤効果)」と記述されているので、少なくともこのダイヤモンド型の物体に施された視覚効果を「マインドベンダー」と呼んでいたことがわかります。であれば、シーンタイトルの「マインドベンダー」は「マインドベンダー・エフェクトを施すシーン」という意味でしょう。そしてこのダイヤモンド型の物体がミンスキーの証言通り「初期モノリスの流用」であるとするならば、このモノリスは透明であり、内部が光り輝いていることになります。そしてそれは、小説版『2001年宇宙の旅』で猿人の前に現れたモノリスの描写と一致するのです。

 はじめは不透明になり、青白いミルクのような冷光に満たされた。その表面や内部では、かたちの定かでないまぼろしがじらすように動いている。まぼろしは光と影の縞となってかたまり、つぎにはスポークだけの車輪がいくつもからみあったような模様をつくると、ゆっくりと回り出した(決定版『2001年宇宙の旅』より)

 つまりキューブリックは、さまざまな事情で黒い立方体にならざるを得なかったモノリスではなく、初期案である透明な四面体モノリスをこのスターゲート・シークエンスに再登場させたのです。それだけキューブリックはこの初期モノリスがお気に入りで、固執していたのだと思います。

結論:以上のことから、スターゲート・シークエンスに登場したダイヤモンド型の物体の正体は、初期モノリスの四面体案を発展させたモノリス(モノリスの亜種)である。モノリスが何であるかは人それぞれで解釈が異なるが、「モノリス=地球外知的生命体を象徴するもの」と考えればそれは「異星人」とも解釈できる。ただ、「モノリス=宇宙船」と解釈する人はほとんどいないと思われるので、「UFO説」「スターゲートの一部説」は説得力がないと言える。

 さて、この「マインドベンダー」なる言葉。ファンの間でも馴染みがなく、まったく浸透していないと思いますが、最低でもシーンタイトルがそうであることは確定しています。ですので「スターゲートに出てくる、あのひし形の物体って何?」と訊かれたら「ああ、マインドベンダーのこと?」とわざと答えてこの「マインドベンダー」という言葉を普及していただけたら、このシーンを検証した管理人も、協力していただいたShinさまも望外の喜びとなります。ぜひ、みなさまのご協力を何卒よろしくお願いいたします。

翻訳・考察協力:Shinさま


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1977年に出版されたスティーブン・キングの小説『シャイニング』のカバーイラスト。

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1997年にTVドラマ(ミニシリーズ)で映像化された『シャイニング』のキャスティング。カバーイラストと印象が非常によく似ている。

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小説『シャイニング』初版本の書影。

 小説『シャイニング』は1977年にハードカバーとして初版が発刊され、以降ペーパーバックスなどで重版がされてきました。1977年といえばキューブリックは映画化を決め、プリプロダクションをしている頃。その初版ハードカバーのカバーイラストが上記になりますが、これを見てピンと来る方も多いかと思います。そうです、後年キューブリックの『シャイニング』に不満を持ったスティーブン・キングが再映像化したTVドラマ版『シャイニング』のキャスティングにそっくりなのです。

 このカバーイラストをキングが監修したか否かは情報がありませんので不明ですが、少なくとも再映像化の際にこの印象を「引きずった」のは確実だと思われます。背景に書かれたホテルも、実際にキングが投宿し舞台のモデルにした「スタンリー・ホテル」にそっくりですし、映画版ではボツにされた生垣動物もクリケットの槌も描かれています。個人的にはこのイラストをキングが監修した可能性はかなり高いと思っています。つまり、キングの本音としては「初版カバーイラストのイメージで映画化して欲しい」ということだったのではないかと思います。

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キューブリックが映画制作時に使用したゲラに直接書き込んだメモ書き。

 キューブリックは出版前のゲラを読んで映画化を決めていますので、当然ですがその時点ではこのイラストを見ていません。その後この初版ハードカバーのイラストを見たかどうかも不明です。しかし、キューブリックはキングが書いた脚本を読みもせずに拒否したり、キャスティグの提案も一蹴したことは知られています。つまり「映像化はこちらの自由にさせてもらう」ということだと思います。もちろん見たとしてもキューブリックがこのカバーイラストに影響されることはなかったでしょう。ジャック・ニコルソンのキャスティングは早い段階からすでに決定済みでしたし、キャラクターを大きく改変されたウェンディに至っては「いじめられやすそうな人でないと」と発言しています(小説版やTVドラマ版のウェンディは夫との不和や過去のトラウマに悩まされつつも、我が子を守る自立した力強い女性として描かれている)。

 キングが監修したTVドラマ版『シャイニング』は、キューブリックが好き勝手に改変した映画版『シャイニング』を、自身が取り戻すための映像化だった、というのはよく語られる話です。この初版カバーイラストは、それを裏付ける非常に有力な「傍証」と言えるのではないでしょうか。ただ、それが「成功」だったかどうかはまた別の話ですね。

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 手塚治虫の代表作である『鉄腕アトム』は『アストロボーイ』と改題され、アメリカNBCのネットワークで1963年6月22日から1965年6月4日までオンエアされました。キューブリックは『博士の異常な愛情』のプロモーションのため、1964年頃にロンドンからニューヨークに居を移していましたので、ちょうどこのオンエアの時期と重なります。また、家族を同伴していたので、子供たちが観ていた『アストロボーイ』をキューブリックが観たであろうことは想像に難くありません。それについては手塚治虫本人も

 昭和三十八年の一月一日からアトムが始まり、アメリカで放映されだしたのが、同じ年の八月か九月(注:手塚治虫の記憶違いで、実際は6月から)くらいです。それで手紙が暮れ(注:実際は翌年の1964年末)にきたんです。(引用:【考察・検証】キューブリックが『2001年宇宙の旅』の美術監督を手塚治虫にオファーしたのは本当か?を検証する

と証言しています。

 キューブリックは『アストロボーイ』で描かれている未来イメージを気に入って、手塚治虫に『2001年宇宙の旅』(注:その頃はタイトルは決まっていなかったし、現在観るようなリアリズムに徹した映画になる予定ではなかった)の美術監督を依頼する手紙を出すのですが、キューブリックが『アストロボーイ』のテーマ性を感じ取るほど熱心に観ていたかは疑問です。ただでさえ多忙なキューブリックが数回のオンエアを観るだけならともかく、毎週欠かさず熱心に観る、というのはビデオのない当時ちょっと考えられません。結局この依頼は手塚治虫の「食わせなければならない家族(スタッフ)が大勢いるのでロンドンへは行けない」という理由で実現はしなかったのですが、このやりとりだけで「キューブリックは手塚治虫のファンだった」と判断するにはいささか飛躍が過ぎると思います。

 現に、昨年刊行された『2001年』制作に携わったスタッフの証言集をまとめた『2001:キューブリック クラーク』に、このエピソードは登場しません。また、キューブリックが他の手塚治虫の作品を観た(読んだ)という証言もありませんし、ましてやファンレターを手塚治虫に送った、という事実もありません。キューブリックにとって手塚治虫は「美術監督を依頼するに値する対象の一人」という認識であり(もちろんそれだけでも凄いことですが)、それ以上でもそれ以下でもなかったのではないかというのが実際ではないでしょうか。

 キューブリックがこの時欲していたのは「未来を映像化(視覚化)できる才能」であり、その中の一人が手塚治虫だったのでしょう。オファーを断られた直後、キューブリックは元NASAのフレデリック・オードウェイやハリー・ラングと知り合い、NASAの宇宙開発の現実を知ったキューブリックは急速にリアリズムの徹底へと舵を切ります。その頃には手塚治虫の存在はキューブリックの頭の中からすっかり消えていたことでしょう。

 逆に手塚治虫は

「ぼくはキューブリックの作品をいいかげんに見てた」「試写会で、画面に展開するロケットや月基地の光景を見ながら、ぼくは感慨無量であった。」

というコメントからわかるように、キューブリックへのシンパシーを増大させてゆきます。その影響はその後の手塚作品のあちこちに表出していますが、それはここで語らずとも自明でしょう。

 このように、直接の交流は二度にわたる手紙のやり取りのみだったのですが、キューブリックと手塚治虫の間には奇妙な共通性があります。『時計じかけのオレンジ』と『時計仕掛けのりんご』(手塚治虫はキューブリックが『時計…』の映画化を決定する前にこの作品を書いた)、『アーリアン・ペーパーズ』と『アドルフに告ぐ』(お互いホロコーストに興味があることを知らない)、『A.I.』と『鉄腕アトム』(元ネタが『ピノキオ』である偶然)・・・。西洋と東洋の二人の同い年の「天才」が興味を持ったテーマが似通っているのは、やはり二人の間に「共通する感覚」があったのだろうと思います。ですが、その「感覚」を根拠に「キューブリックは手塚治虫のファンだ」と断じるのは暴論というもの(長男である手塚眞氏がそういう分には微笑ましくも思えますが)。もしファンと言うとするならば、

「ぼくはキューブリックにどうしても会いたくて、ニューヨークに何回か行ったんだけれど、いつでもいなかったですね。いなかったのは当然で、撮影であちらこちら飛びまわっていたのでしょうね。(注:キューブリックがロンドンに居を据え、大の飛行機嫌いであることを知らなかった)」

と残念そうに語る、手塚治虫の「片思い」だったのではないでしょうか。

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バーやボウリング場などに設置してあった「ビデオ・ジュークボックス」(お金を入れて好きなMVを流す機械)に登録されていたのはこの映像でしたので、個人的に『黒くぬれ!』といえばこれになります。

 1988年に公開されたスタンリー・キューブリック監督作品『フルメタル・ジャケット』。そのエンディング曲に使用されたザ・ローリング・ストーンズの『黒くぬれ!(Paint It, Black)』ですが、公開当時、映画ファンやロックファンの間ではあまり評判が良くありませんでした。なぜなら当時流行していたベトナム戦争映画では必ずロックが使われていたし、しかもよりによって「誰でも知っている」レベルのありきたりな曲だったからです。

 この使用についてキューブリックは

「ストーリーをまとめたいと思うなら、あの曲を使うよ。また、ローリング・ストーンズはあの頃のシンボルのようなもので、あの曲はちょうどいい時期に世に出てきた。だからあの時代はローリング・ストーンズ抜きには語れないんだ」(引用元:キネマ旬報1988年3月上旬号)

と発言しています。時代の象徴のストーンズという意味はわかりますが、では他の曲ではなくなぜ『黒くぬれ!』なのかはこれではわかりません。一説によるとキューブリックはポップ・ミュージックに疎く、この曲が「有名すぎるぐらい有名な曲」だということを知らなかったのではないか?という話もあります。

 キューブリックにしてはあまりにも安易(たとえ「戦争の真実は権力によって黒く塗りつぶされる」という意図だとしても)ではないか?と考えた管理人は、他に理由があるのではないかと考え、「実はキューブリックはこの『黒くぬれ!』はファースト・チョイスではなかったのでは?」と、以下のような仮説を提唱しています。

 キューブリックは当初、行軍で『ミッキーマウス・クラブマーチ』歌うシーンに続けて、エンディングに『ミッキーマウス・マーチ』のオリジナルバージョンを使用する予定だったが、ディズニーから許可が下りず、仕方なくセカンンドチョイスとして『黒くぬれ!』を使用した。

 その根拠として、キューブリックは『ミッキーマウス・クラブマーチ』について

『ミッキーマウス・クラブ』の歌は実際に海兵隊員によって歌われたんだよ。もっとも「MICKY MOUSE」ではなく「FUCKED AGAIN」と歌ってたけどね。この『ミッキーマウス・クラブ』の歌を歌ったのは18〜19歳の少年兵で、彼らは数年前までTVで『ミッキーマウス・クラブ』を見ていたんだ。彼らがつい最近まで子供だったことを表現するために入れたんだ」(引用元:キネマ旬報1988年3月上旬号)

とコメントしていて、ベトナムに派遣された兵士の若さ象徴するものとしてこの『ミッキーマウス・クラブマーチ』を捉えていたことが伺えます。このことは原作小説ではより明確で、ジョーカーたちは兵舎に現れるネズミを叩き殺す「ラット・レース」を催し、その死に対して最大級の敬意を持ってこの歌を歌います。また、映画ではダナンの事務所にはジョーカーの背後にミッキーが飾られていました。つまり、キューブリックは「ミッキーマウス=ベトナムに派遣された若い兵士たち」というアイデアを撮影時から持っていたということになります。

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ダナンの基地に置かれたミッキーマウスの人形。

 そして、このエンディングでのオリジナル版『ミッキーマウス・クラブマーチ』の使用というアイデアは、『時計…』の「劇中で登場人物が歌った曲のオリジナルバージョンをエンディングで流す」と同じですし、『博士…』の「バッドエンドをより際だたせるためにあえて逆の印象を与える曲を使用する」と同じです。つまり「キューブリックお気に入りの手法」ということです。ですが、ディズニーの使用許可が下りず(降りるはずもないですが)、仕方なくセカンドチョイスの『黒くぬれ!』を選択したのではないか?という推論(あくまで)です。

 この推論は随分と前から管理人は提唱し続けているのですが、なかなか関係者の証言に行き当たりません。もちろん全くの的外れである可能性もあるので、何か情報を得次第、追記するか改めて記事にしたいと思います。

 ところで『黒くぬれ!』はサントラには未収録です。よく考えるとストーンズはデッカのアーティスト。キューブリックとデッカで思い出されるのは『2001年宇宙の旅』で使用したカラヤンの『ツァラトゥストラはかく語りき』がデッカ側のNGで、サントラではベーム版に差し替えられた一件です。キューブリックとデッカの関係はこの時もあまり良くなかったのかもしれません。

 なお、『ミッキーマウス・クラブマーチ』は原作にも登場しています。前述した通りネズミの埋葬シーンと、フエの街に突入するシーンで歌われています。これをキューブリックのオリジナルアイデアとして論じる方を度々見受けられますが、原作準拠であることをここに明記しておきます。

『フルメタル・ジャケット』のエンディングシーン。

エンドロールでこの音源が使われている様を想像してみてください。

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『薔薇の葬列』も『時計じかけのオレンジ』も同時期に勃興したサイケデリック・カルチャーの影響下にある作品だ。表層的な類似点だけで「影響した・された」と断定して良いものだろうか?

前記事でも紹介した『薔薇の葬列』と『時計じかけのオレンジ』の類似点を比較した動画。

 2013年に書いたこの記事において、

 実際はどうであれ、現状の推論にもなり得ない憶測レベルで影響云々を喧伝するのは著しく論拠に乏しい。『薔薇…』は『薔薇…』として論評すべきで、そこに『時計…』を絡めて論じるのは歴史の検証に神話を持ち出すくらい意味のない行為だ。もっと情報が出そろってからでも遅くはない。『薔薇…』論者は少し頭を冷やした方が良いだろう。ただ可能性はゼロではないので今後も成り行きは注視していきたいと思う。

と書きましたが、そろそろ情報も出尽くしてきたようなので、結論を記事にしたいと思います。

 まず、前回記事でソースとした、日本版Wikipedia『時計じかけのオレンジ』にあった記述、

 1970年にロンドンで上映された 『薔薇の葬列』 を観たスタンリー・キューブリックが、次回作 『時計じかけのオレンジ』 の「早回しのセックスシーン」等、同作のビジュアルの参考としたと云われる。(ハーバード大学ウェブサイトより)

は現在削除されています。

 そしてそのソースとされた、ハーバード大学のJulie Buck氏が「キューブリックは一瞬のカット割り、若者のギャングイメージ、早回しのモンタージュシークエンスの影響を受けた」という指摘の記事を載せたサイトは、現在はそれ自体が存在しません。

 また、英語版Wikipedia『Funeral Parade of Roses』にはその記述はなく、同じく『A Clockwork Orange (film)』も「『薔薇の葬列』と似た方法」とトーンダウンしています。IMDbの『Bara no soretsu』のトリビアの項目に「スタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』に視覚的および聴覚的なインスピレーションを与えました」とあり、同じく『Tokei Jikake no Orenji』のトリビアの項目にも「この映画は『薔薇の葬列』から大きなインスピレーションを得ました」とあります。しかし、これらIMDbのトリビアは前記事を書いた時にはすでに存在していたもので、単に「修正されていない」と判断しても良さそうです(そもそもこの項目はユーザーが書きっぱなしな場合が多い)。

 指摘されたシーンについては前回記事で検証した通りで

 早回しのセックス・シーンについては、キューブリック自身が

「この種のシーン(ラブシーン)をおごそかにするために、ごくありふれた用法のスローモーションがふさわしいとする考えを風刺するためには、よい方法だと私には思えた」(『ミシェル・シマン キューブリック』より)

と語っていて、つまり通俗的なラブシーンの演出を逆手に取りたかった意図を説明している。原作でのアレックスはこのシーンに第九をかけているが、音楽を担当したウェンディ・カルロスの証言によると当初はオーケストラ版『ウイリアム・テル序曲』が使用されていた。それについては

「(ラブシーンに)標準的なバッハの演奏に対して、(『ウイリアム・テル序曲』を使うのは)うまい音楽ジョークだと思えた」(『ミシェル・シマン キューブリック』より)


と、『薔薇…』やその影響を感じせる部分は全くありません。

 ピーターのつけまつげメイクについては、マルコム・マクダウェルが

「ケンジントン・チャーチ・ストリート沿いにある店に1ヤードのつけまつげが売っていて、『面白い!』と思ってスタンリーにひとつ買って行った。そうしたら『いいじゃないか。つけてみろ!』と言って、片目だけに付けた写真と、両目に付けた写真を撮り、翌日彼から電話があって『すごくいいよ。片目だけに付けた君の写真が特にいい。顔を見たときに何かおかしいと思うんだけど、それが何なのかはっきりとはわからないんだ』ってね」(CUT 2011年7月号)

と証言しているので、キューブリックのアイデアではなかったことが判明しています。また、『時計…』制作時のプロデュサーであるヤン・ハーランも、アシスタントであるアンソニー・フリューインも

「(キューブリックが『薔薇』を観た)記憶はない」(『【関連記事】スタンリー・キューブリックが好んだ映画のマスター・リスト(2016年7月25日改訂版)』より)

と証言しています。

 これらの事実から、シーンやメイクなどの表面的な類似性を「影響」と断定したハーバード大学のJulie Buck氏の記事が一人歩きした結果であり、実際は単なる時代の映像トレンド(サイケデリック・カルチャー)による偶然の類似と考えられ、両者にはなんの関連性もないというのが結論になります。

 以上ですが、この結論は大いなる示唆を含んでいると思います。それは「それなりに権威や知名度を持った人の発言は、その正確性などを検証することもなく拡散され、間違いのまま事実と認定されやすい」という事象です。

 例えば、ある映画評論家が「『スパルタカス』でキューブリックが撮影監督に『黒い罠』のワンショットで有名なラッセル・メティを抜擢したのは慧眼」と評したとします。確かに『スパルタカス』には「監督:スタンリー・キューブリック、撮影監督:ラッセル・メティ」とクレジットされています。これだけを見れば、その映画評論家の言うことに説得力があると感じられますが、事実は違います。『スパルタカス』においてキューブリックはアンソニー・マンの代わりに抜擢された監督で、キューブリックが監督に就いた時点でメティはすでに撮影監督でした。そのメティとキューブリックの仲は散々だったことは以前ここで記事にしています。こういった「正しい情報」を知っているファンからすれば、この映画評論家の論は事実誤認どころか「デタラメを拡散する害悪」にしか映りません。

 一応、映画評論家の立場を擁護すると、誰もが大量の情報に気軽にアクセスでき、誰もが自由に論評できるネット時代が到来し、クチコミサイトやファンサイトが映画評論家の仕事を奪ってしまったという状況があります。そんな時代において映画評論家が存在するためには「ファンレベルでは語れない持論を(無理矢理にでも)展開しないと注目されないし、生き残れない」ということになります。その結果、「根拠薄弱や事実誤認だが刺激的な暴論」を「さも事実であるかのように公表する」という行為に走ります(YouTubeの再生数も稼ぎたいですからね)。具体的な名前は差し控えますが、(YouTubeに動画を上げている)O氏やM氏にはその傾向が強いので、注意する必要があります。

 正直言いまして、いちファンであり単なる一般人である管理人が「どうしてここまでしなければならないのか」という思いはあります。それにそんな「暴論」を否定しているヒマがあるのなら、読者の皆様の役に立つ、面白くて興味深い「事実」や「情報」を記事にしたいのです。ですので、それら映画評論家の「暴論」をいちいち相手にはしませんが、読者さまには前述したように映画評論家を取り巻く状況をご理解した上で、「ソースや裏取りのない論はチラシの裏」というリテラシーを持っていただいて、ネット上の評論や情報を鵜呑みにしないように心がけていただきますよう、宜しくお願いいたします。

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