キューブリック作品を考察・検証する

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『時計じかけのオレンジ』のレコードショップのシーンで、中央上部に飾られた『マジカル・ミステリー・ツアー』のアルバム(黄色いジャケット)が目を引きます。このレコードショップは実在(現在はマクドナルドになっている)し、ロケで撮影されたのですが、たまたまそこにあったのか、それともわざとキューブリックが目立つ位置に飾ったのか・・・それは謎です



 ビートルズといえばキューブリック以上に世界中にマニアがいるアーティストですので、管理人程度の知識で云々するのはおこがましいにもほどがあるんですが、それでも「ビートルズで一番好きなメンバーは?」と聞かれると「スチュアート・サトクリフ」と応える程度にはひねくれていますので(笑、今回はキューブリックとビートルズの意外な結びつきについてまとめたいと思います。


(1)ビートルズのTV映画『マジカル・ミステリー・ツアー』の『フライング』で使用された映像は『博士の異常な愛情』の空撮のアウトテイク

ほんの一部ですが、オフィシャルにアップロードされたものです。全編は『マジカル・ミステリー・ツアー』のBD/DVDでご確認を

 これを初めて知った時には驚きました。どうやらアップルのプロデューサー、デニス・オデルがキューブリックにオファーして、アウトテイクを譲ってもらったそうです(その記事はこちら)。なんだかリドリー・スコットが『ブレードランナー』で使用するため、『シャイニング』の空撮のアウトテイクを譲ってもらった話を彷彿とさせますね。『マジカル・ミステリー・ツアー』のオンエアは1967年12月26日ですので、キューブリックは『2001年…』の制作真っ最中。当時スタッフとして参加していたアンドリュー・バーキン(ジェーン・バーキンの兄、後に映画監督になる)は、この『マジカル…』のスタッフでもあったので、両者の間にはスタッフの交流があったのでしょう。


(2)ビートルズは『ロード・オブ・ザ・リング』映画化を企画し、その監督としてキューブリックにオファーした



 この記事によると「『ロード・オブ・ザ・リング』映画化の権利が1969年にユナイトに売却された際、ビートルズはキューブリックに監督を引き受けてくれるかどうか尋ねた」とあります。1969年といえば『2001年…』の直後、ちょうど『ナポレオン』の企画に取り掛かっている頃です。当時『ナポレオン』に夢中になっていたキューブリックが、残念ながら『ロード…』の企画に興味を惹かれることはなかったでしょうね。


(3)ローリング・ストーンズ版『時計じかけのオレンジ』に、ミック・ジャガーの出演を求めるビートルズのサイン入り嘆願書が発見、競売にかけられた

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 キューブリックが映画化する前、小説『時計じかけのオレンジ』の映画化権はミック・ジャガーが持っていたというのは割と有名な話ですが、ドルーグたちにはミックをはじめ、ストーンズのメンバーがキャスティングされる予定でした。しかもそのストーンズ版『時計じかけのオレンジ』のサントラはビートルズが担当するという話があったそうです。しかしこの企画は思うような進展を見せず、当時『時計…』の脚本担当していたテリー・サザーンはアレックス役にデイヴィッド・ヘミングスを考えるようになりました。それを知ったストーンズやビートルズのメンバーがテリー宛に「以下に署名のあるわたしたち一同は、『時計じかけのオレンジ』のアレックス役にあなたがミック・ジャガーではなく、デイヴィッド・ヘミングスを推していることについて、(あなたへの)期待が砕け散った幻想となってしまった思いですし、そのことを極めて激烈に抗議します」という内容の嘆願書を送ることにしたそうです(その記事はこちら)。

 テリーはストーンズやビートルズとビジネスする難しさ(スケジュールの確保や権利関係、意味不明な取り巻き連中も含めて)に他のキャスティングを考え出していたのかも知れません。しかし結局この企画は頓挫、テリーは『博士…』で一緒に仕事をしたキューブリックに映画化権を譲渡し、そしてあの傑作が生まれるということになりました。まあ、結果オーライだとは思いますね。


(4)『2001年宇宙の旅』で猿人「月を見るもの」を演じたダン・リクターは、ジョン・レノンの取り巻きの一人だった

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ジョンの写真を撮るダン・リクター。後ろにはヨーコの姿も。

 『2001年宇宙の旅』で猿人「月を見るもの」を演じたダン・リクターは、猿人のシーンの撮影終了後も異星人を演じるために撮影所に留まっていたそうですが、キューブリックがそれを断念した後は俳優仲間や音楽関係者と共に、ジョン・レノンが購入した南イングランドのアスコットにある「ティッテンハースト・パーク」に移住しました。要するにダンはジョンとヨーコの「取り巻き」の一人だったのです。そして1971年にダンは撮影監督としてドキュメンタリー『イマジン』の制作に参加。ジョンとヨーコは1971年8月までここに住み、その後ニューヨークに引っ越しました。ダンは1973年に二人と別れたそうです。


(5)小説『シャイニング』の着想源はジョン・レノンの『インスタント・カーマ』が着想源だった



 スティーブン・キングが公言しているように、この「シャイニング」という言葉はジョン・レノンの『インスタント・カーマ』の歌詞「Well we all shine on Like the moon and the stars and the sun(そうさ私たちは輝けるさ、月のように、星のように、そして太陽のように)」が着想源です (すべての歌詞とその和訳はこちら)。「カーマ」はサンスクリット語で「業」を意味しますが、業の概念が分からないキリスト教圏の人間であるキングは、このカルマという言葉を「悪の因果」と解釈しています。つまり小説『シャイニング』で語られているオーバールック・ホテルが積み重ねて行った「悪い行いの繰り返し」の事です。そのカルマ、つまり悪の因果の果てにホテルに棲み着いた悪霊・悪魔に対抗できる唯一の(キリスト教的な)聖なる光が「シャイニング(輝き・ひらめき)」だとキングは理解し、小説のアイデアの中心に据えたのです。

 しかし映画化に当たってキューブリックはこのアイデアを採用しませんでした。映画版では「シャイニング」の役割は単に「ハロランに助けを求めるテレパシー」でしかありません。またカルマの「業」は、文字通りアメリカ人の「業」(白人至上主義による侵略・搾取の上に成り立っている国・国民)に置き換わっています。全体的にもどこかしらヨーロッパ的静謐感の漂う映像(これはキューブリックの「ヨーロッパ趣味」の影響が大きい)になってしまいました。上記の動画はキューブリック版を使用していますので、オールド・ロックンロールの曲調とは合っていません。キングが制作したTVドラマ版の映像(いかにもアメリカン!なもの)を使用すれば、かなりしっくりくるのではないでしょうか。


 以上ですが、キューブリックはポピュラー・ミュージックには疎かったようですので、ここに挙げた小ネタには「単なる偶然、巡り合わせ」でしかないものもあります。しかし、キューブリック側は意識していなくてもビートルズ側は意識していたようで、ジョン・レノンの「『2001年』?毎週見てるよ!」というコメントも伝わっています。『マジカル…』に『博士…』の映像を流用しようと考えたのも、『ロード…』映画化の監督にとキューブリックに白羽の矢を立てたのも、キューブリックがこの時期「映画界のトレンド・リーダー」であったことを示しています。

 まあ、当のキューブリックはそんな巷の騒ぎには一顧だにせず、我が道を貫き通していたのは周知の事実ですし(映画を当てたいキューブリックは映画界のトレンドの動向には注視していましたが)、それはキューブリックのどうしょうもないファッションセンスが示すとおりです(笑。とはいえ、「映画でもロックでも一番熱い1960年〜70年代」に両者の間に邂逅があったというのは興味深い事実ですね。
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セリフや声優のキャスティングなど様々な意見はあるかと思いますが、管理人個人としてはリリースしてくれたことに価値があると思っていますので、評価は避けたいと思います。



 幻とされていた『フルメタル・ジャケット』の日本語吹替版BDがリリースされ、話題になっています。この吹替版はTV放映用ではなく、吹替版として劇場公開を予定していたものです。『フルメタル…』の日本公開は1988年3月ですが、ちょうどその頃のキューブリックのインタビューがありましたので、ここに一部抜粋して引用してみたいと思います。

 (外国語版は)できる限り最高のメンバーに依頼する。ダビング(吹替)版なら、最高のライター、最高の監督に、最高の俳優。スペイン語版でカルロス・サウラに頼んだこともあるよ。スーパーインポーズ(字幕)版、私はこの方が良いのだが、ダビング(吹替)版主体の国が多いのが現状だ。興行者が主張するから仕方なく作ってはいるが。スーパーインポーズ(字幕)版では、英語の話せる優秀な翻訳者に頼むのが第一。今、ドイツ語版では優秀な翻訳者がいる。ジャーナリストだが。日本ではスーパー主体だね。

〈インタビュアーの『フルメタル…』の日本語字幕の批評なので中略〉

 なにしろ日本語のシンタグム(構文法)は、我々(欧米人)には普通じゃない。

(引用先:イメージフォーラム1988年6月号/スタンリー・キューブリック・ロングインタビュー



 以上のように、キューブリックは外国語版にもチェックを怠らなかったのですが、ポイントは2つ。

(1)キューブリックは吹替版より字幕版を好んでいた

(2)字幕であれ、吹き替えであれ優秀な翻訳者にオファーする

となるでしょう。

(1)は吹替が当たり前のアメリカ生まれ、アメリカ育ちのキューブリックにしては意外な感じもしますが、それだけセリフに込めた意味を重要視していたのでしょう。

(2)は、コントロールフリーク(原田氏談)のキューブリックらしいこだわりで、自分が認めた優秀な人材であれば専門の翻訳家でなく、映画監督でもジャーナリストでも構わない、ということでしょう。つまり専門家の「誤訳の女王」はキューブリックのお眼鏡には叶わなかったんですね(笑。

 キューブリックの人材登用の特徴は、優秀であれば専門外の人材でも積極的に採用する点です。役者でさえ素人(『2001年…』の地上管制官、『シャイニング』のバスルームの美女など)を採用するくらいです。脚本も専門の脚本家に頼まず、小説家(もしくは小説家兼脚本家)にオファーするのが常でした。理由は「専門家の手慣れた仕事(手抜き)を嫌がった」「素人の新鮮なアイデアに期待した」などいろいろ考えられますが、どちらにしてもその「素人」がそれ相応の才能や技能を持っていないと相手にしなかったようです。そうやって冷徹に人を切り捨てる態度に立腹した俳優やスタッフも数多く、そのことが多数の敵と、彼らが吹聴する悪口が、誤解や偏見を生む土壌になったと言えるでしょう。

 キューブリック逝去後の『アイズ…』公開時の字幕は、『フルメタル…』でNGを出されたはずの戸田氏が担当しました。キューブリックが存命なら、かなりの高確率で再度原田氏にオファーしたのではないでしょうか。ワーナーの気の利かなさっぷりはあいかわらずですが、結局戸田氏は最後の重要なセリフ「Fuck」を「セックスよ」と単純に訳してしまいました。現在のDVDやBDはレオン・ヴィタリの監修のもと「ファックよ」に修正されています。そんな戸田氏は『アイズ…』でクルーズとキッドマンが来日した際、二人の間に割って入ってニコニコとカメラマンのフラッシュを浴びておりました(怒。

 「使えない奴に限って目立ちたがり屋」みなさんの周りにもほら、心当たりがありませんか?(笑。
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左からアレキサンダー・シンガー、ジェームズ・B・ハリス、カーク・ダグラス


 キューブリックは1928年、ニューヨークの医者の息子としてこの世に生を受け、やがで世界に名だたる超有名映画監督、すなわち「巨匠」の地位まで登りつめるのですが、それはキューブリック一人の力で成し遂げたものではなく、それに陰に日向に協力した人物は数多く存在します。ここでは、その中でも特に重要だと管理人が考える3人を採り上げて、解説してみたいと思います。



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(1)アレキサンダー・シンガー

 キューブリックのタフト高校時代の同級生。シンガーが校内誌に発表したSF小説にキューブリックが興味を持ち、シンガーに話しかけてきたことがきっかけで友人になる。キューブリックが高校を卒業し、ルックに入社後も交流を持ち続け、シンガーが当時勤めていたニュース映画制作会社『ザ・マーチ・オブ・タイムス』社から制作費などの情報を提供し、キューブリック初のドキュメンタリー映画『拳闘試合の日』を制作するきっかけを作った。その『拳闘…』ではセカンドカメラマンを担当、その後の作品にも協力し続け、劇映画第二作『非常の罠』ではスチールカメラマンを、『現金…』ではオープニング・シークエンスの撮影を担当している。

 そしてシンガーは重要な人物をキューブリックに紹介している。それはジェームズ・B・ハリスで、シンガーとハリスとは従軍時代に知り合い、除隊後に共同で映画制作をしている現場にキューブリックが訪れたことをきっかけに二人は顔見知りになる。その後街で偶然再開した二人は意気投合、映画制作会社『ハリス=キューブリック・プロダクション』を設立することになる。


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(2)ジェームズ・B・ハリス


 シンガーにキューブリックを紹介されたハリスは『非常の罠』を観てその完成度の高さに才能を確信、有能な監督と組んでハリウッド進出を狙っていたハリスは、キューブリックが資金集めに苦労していることを知るとコンビを組むことを決心し、『ハリス=キューブリック・プロダクション』を設立する。ハリスは映画とTVの配給会社「フラミンゴ・フィルムズ」を経営していて、ハリウッドにはコネがあった。コネを全く持たないキューブリックは、ハリスを通じてハリウッドに進出するチャンスを得たことになる。その後キューブリックは『現金に体を張れ』でハリウッドデビューを果たすが、『突撃』から『片目のジャック』(キューブリックは降板)の頃まで監督料を手にすることができず、生活費の多くをハリスからの借金で賄っていた。こうして公私にわたってキューブリックを支援し続けたハリスが果たした役割は大きかったと言えるだろう。


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(3)カーク・ダグラス

 キューブリックのハリウッドデビュー作『現金…』の評判を知ったカークは、この若い監督に興味を示す。当時大スターで、映画制作会社「ブライナ・プロダクション」を所有していたカークは、キューブリックが送ってきた『突撃』の脚本を読んで出演を決める。キューブリックはスターの出演によってなんとか制作資金を集めることができたが、肝心の映画が監督料をもらえるだけ稼いでくれなかったので、相変わらず生活は不安定なものだった。それが一変するのがカークが持ってきた雇われ監督の仕事『スパルタカス』を引き受けてから。キューブリックは本作によって経済的な安定と、ハリウッドでの名声を確実なものにするが、それと引き換えに映画制作における数々の制約に従わざるを得ず、キューブリックにとっては屈辱的な仕事となった。その不満を口にするキューブリックを、仕事とチャンスを「与えてやった」カークが快く思うはずがなく、後に自伝で「才能あるクソッタレ(才能はあるが、恩をあだで返すクソ野郎)」とキューブリックを評することになる。キューブリックも負けじと後年になってもカークの「性豪ぶり」を揶揄し続けていた。

 キューブリックがカークに反抗的な態度に出た理由は、当時のカークは『スパルタカス』以降のキューブリック監督作の権利を有するなどキューブリックに対して支配的だった。誰の干渉も受けず映画作りをしたいキューブリックにとってはまさに「目の上のタンコブ」でしかなく、それを嫌ったキューブリックがわざと不仲になるように仕向けた可能性がある。結局、悪書と蔑まれていた『ロリータ』映画化の悪評で自分の名声に傷がつくことを恐れたカークは契約を解消、キューブリックはまんまと「映画制作の完全なる自由」を得ることになった。



 以上、特に影響の大きかった代表的な3人を採り上げてみましたが、当のキューブリックは逝去してしまったのに、ここに挙げた3人は全員ご存命。それだけキューブリックが映画制作に命を削ってまで心血を注いだという証左だといえばそれまでですが、やはり逝去時の70歳という年齢は若すぎますね。
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 キューブリックは周囲の人間によると非常にウィットに富んだ愉快な人間だったようですが、その「ウィット」は多分に皮肉やブラックな要素を含んでいたらしく、『時計…』のアレックス役、マルコム・マクダウェルによると「炭のように黒い」と評するほどです。そこで今回はキューブリック作品内におけるジョークを、蛇足と知りつつも解説したいと思います。



LOLITA

『ロリータ』

ヘイズ夫人:「私のクイーンを取るの?」
ハンバート:「そのつもりですが」

解説:
これはチェスのシーンでハンバードとヘイズ夫人が交わす会話ですが、ここで言う「クイーン」とはロリータの暗喩で、「私のロリータを取る(奪う)の?」とヘイズ夫人の問いかけに対し、ハンバートは「そのつもりですが」としれっと答えます。ここでロリータが登場するのは、その暗喩をわかりやすくするためです。観客はハンバートがロリータを目当てに下宿しているのを知っているので、ここで笑ってもらおう、というキューブリックの意図ですね。その後下手な手を打ったヘイズ夫人に、「それは利口じゃない」と言いながらクイーンを奪うハンバートの姿は、その後の物語の成り行きを暗示しています。因みにこのシーンは原作にはないので、チェス好きのキューブリックが創作したことになります。


STRANGE

『博士の異常な愛情』

マフリー大統領:「作戦室で戦争は困る」
 
解説:
英語圏では『博士…』を代表するジョークとして広く知れ渡っていますが、日本語訳だといまいち面白さが伝わりません。元のセリフは「Gentlemen. You can't fight in here. This is the War Room!(君たち、戦争部屋で戦争は困る!)」ですので、「戦争する部屋」で「戦争するな」という矛盾で諌める大統領が面白い、という意味なのです。現在のDVDやBDの字幕や吹き替えは、必ずしもこのジョークの意図を汲み取ったものではないので、日本で全く知られていないのは仕方ないですね。


2001

『2001年宇宙の旅』

トイレの注意書き:「無重力トイレ よく読んで使用のこと」

解説:
これは古いファンにはおなじみのジョークシーンですが、新しいファンにはいまいち知られていないので解説します。つまり「急を要する便意に対して、あんなに事細かな注意書きのあるトイレだったら間に合わないだろ!」というジョークです。クラークによるとキューブリックは最初からこのジョークのためだけにこのシーンを作ったそうです。その注意書きの全文の邦訳はこちらをどうぞ。


ACO

『時計じかけのオレンジ』

作家アレキサンダー:「今ごろ だれかな?」

解説:
作家の邸宅への訪問シーンは二度ありますが、どちらも同じ横移動のドリーショットで始まります。一度目は美しい妻が登場、二度目はキモいマッチョが登場します。二度目のシーンではなにやら荒い息遣いが聞こえていますので、観客は「あの奥さんがなにかいやらしいことをしているのでは?」と期待するのですが、結果はマッチョの筋トレ(笑。というジョークです。ドリーショットがゆっくりなのは、観客に「あらぬ期待」をさせるためです。わかりにくい? 管理人もそう思います(笑。


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『バリー・リンドン』

ナレーション:「元閣僚 ハラム卿」

解説:
ハラム卿を演じているのは前作『時計…』で内務大臣を演じていたアンソニー・シャープです。特徴のある顔なのですぐ気づくはず。ですので、ナレーションの「元閣僚」とは「前作の閣僚(内務大臣)」であることを示していて、このナレーションの裏の意味は「元閣僚(前作で内務大臣)ハラム卿(を演じているアンソニー・シャープ)」になるのです。


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『シャイニング』

酒:「ジャック・ダニエル」

解説:
ジャックが禁酒を解く酒は、原作ではジンやマティーニでしたが、映画版ではバーボンに変更になっています。バーボンになった理由はここで考察した通りですが、ジャック・ダニエルは正確には「バーボン」ではなく「テネシーウィスキー」(実質的にはほとんどバーボンと同じですが、バーボンとは名乗れない)です。バーテンダーのロイドはジャックに「バーボンをくれ」と言われているので、正確を期すなら「アーリータイムス」や「IWハーパー」や「ワイルドターキー」でもよかったはずです。なのになぜジャック・ダニエルなのかというと、「ジャック(ニコルソン)が演じるジャック(トランス)がジャック(ダニエル)を飲む」というジョークをキューブリックはやりたかったのではないか、と思っています。ここ、多分笑うところですね(笑。


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『フルメタル・ジャケット』

標語:FIRST TO GO LAST TO KNOW

解説:
この「FIRST TO GO LAST TO KNOW(まずは行け、知るのは後だ)」というのは当時のアメリカ海兵隊戦闘特派員の標語だったそうですが、そんな標語とは真逆に、現場に行こうともせず、事務室で記事の捏造を平然と指示するロックハート中佐の背後に常に見えていることから、そういった「事務屋」連中を皮肉ったものだと言えるでしょう。原作小説では最前線の兵士たちが、過酷な戦場に身を晒すのを巧みに避ける「事務屋」たちを毛嫌いする描写がありますが、それがベースになっているのだと思われます。


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『アイズワイド シャット』

「スピードボールだかスノーボールだか」

解説:
ジーグラーの愛人マンディーがドラッグの過剰摂取で意識不明になるシーンですが、ビルに摂取したドラッグを説明したセリフです。「スピードボール」とはコカインとヘロインの併用物というドラッグですが、「スノーボール」とは『フルメタル』でハートマン軍曹の名言「ふざけるな!本日より雪玉二等兵と呼ぶ!気に入ったか?」でおなじみのスノーボール二等兵のことですね。ジーグラーはきっと『フルメタル…』を観ていたんでしょう(笑。『アイズ…』では他にも「カミンスキー夫人」や「ミラー先生」という名前が登場しますが、この両者とも『2001年…』の登場人物です。まあこれらはキューブリックのファンに対する一種のファンサービスかも知れません。わかりにくいですが(笑。



 わりあい有名なものを中心に採り上げてみましたが、キューブリック作品にはこの他にも細かいネタが仕込んであります。特に音楽の皮肉っぽい使い方(例えば『アイズ…』の例の邸宅での素っ裸のダンスシーンでフランク・シナトラの『ストレンジャーズ・イン・ザ・ナイト(見知らぬ者同士の夜)』が流れる、といった具合)は気づいているのといないのとでは作品の面白さが違ってきますので、「もう何度も観てるよ」という方でも、こういった観点から見直してみるのも良いかと思います。もし「こんなジョークに気づいたよ!」ということがありましたら掲示板にてお知らせください。
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※スタンリー・キューブリックのオフィシャルアカウントが公表した「アテナ(アシーナ)」のスケッチ。日付は1965年7月20日となっている。

 キューブリックとクラークは『2001年…』を創作するにあたり、ロボットの登場を考えていました。理由は、木星や土星への壮大な宇宙旅行の実現にはロボットのサポートが必要になるだろうし、それに当時の『禁断の惑星』などの宇宙映画には必ずロボットが名脇役として登場していたからとも考えられます(キューブリックは制作当時の映画のトレンドをかなり意識して映画制作をしていた)。そのキューブリックのロボットへの興味が手塚治虫へのオファー(キューブリックは『鉄腕アトム』を観ていた)に繋がったのでしょう。

 そのロボットは形を変えてやがてスーパーコンピュータ「HAL9000」に行き着くのですが、その変遷を資料を元に辿ってみたいと思います。



1964年4月

 キューブリックとクラークがニューヨークで合流し、『2001年…』の製作開始される。まずは短編小説『前哨』を元に長編小説を書き起こすことから作業を始める。

1964年6月

 「ソクラテス(正式名称:自律移動型探索機5号)」というロボットが登場する。ソクラテスは「わたしはあらゆる宇宙活動用に設計されておりまして、独立した行動もとれるし、本部からでもコントロールがききます。通常の障害物にぶつかったときや、かんたんな非常事態の判定ぐらいは、内蔵された知性で楽に処理できます。いまわたしはモルフェウス計画(人工冬眠計画)の管理をまかされています」と自己紹介し、「ロボット三原則」にも言及されている。手には様々な工作機械が取り付けられ、頭は4つの方向に広角レンズが向けられ、360度の視野を確保している。このアイデアはやがて「HALの目」へと発展する。

1964年8月

 キューブリックがコンピュータの名称を「アテナ」にしよう、と提案する。この時点でロボットはコンピュータへと変化している。

1965年2月

 『星々への彼方への旅』として記者発表される。ただしスターゲート到着までで、結末は未完のままの状態。

1965年5月

 アテナはディスカバリー号の頭脳として活躍し、スペースポッドの事故やその後の対応でクルーをサポートするという(この時点ではコンピュータの反乱というアイデアではない)第一稿が書き上がる。この原稿ではボーマンがちぎり取られたアンテナを回収するためにポッドで離船しようとした際、アテナに「今の命令は第十五号指令に違反しています。取り消すか、訂正をお願いします」と拒否されている。このシーンが後に「コンピュータの反乱によるクルーの殺害」というアイデアに行き着く。

1965年7月

 上記のスケッチが描かれる。このスケッチを見る限り、中央のメインコンソールが胎児に見えるなど、女性の胎内を模しているように感じられる。HALのブレインルームへの侵入が下部(すなわち膣)であったり、内部が赤い照明であったりするのは、この頃のデザインの名残である可能性がある。キューブリックがコンピュータの性別を女性にした理由は明確ではないが、映画の後半には女性は登場しなくなるので、バランスを取った結果なのかもしれない。また、アテナはギリシャ神話の知恵の神の名であることから、様々な推測をすることができるが、キューブリックは明確な説明をしていないので全ては想像の域を出ない。

1965年8月

 クラークが一旦セイロンの自宅に戻り、8月にロンドンに到着した際にはセットの建造は始まっていた。

1965年12月

 月面シーンから撮影開始。

1966年1月

 この頃クラークはHALが狂い始めるシーンを書いている。

1966年3月

 キューブリックからクラークへHALの神経衰弱について「三分間のポエティックなクラーク風ナレーションを」というオファーが届く。この段階では名称はHALに決定しており、HALのシーンの撮影中だったのではないかと推測。

(出典:『失われた宇宙の旅2001』



 若干推測も含んでいますが、おおまかにはこういった流れになります。意外なのは「アテナ」だった期間が長かったこと。約一年以上にわたってこのアイデアのままでした。キューブリックとクラークがいつベル研究所で行われたIBM7090による音声合成のデモを聴いたのかは定かではありませんが、その体験ががアテナ(女性)からHAL9000(男性)への変更を促したであろうことはほぼ確実だろうと思われます。

 さて今日本作を観返してみて、『2001年…』内の未来予測の中で真逆の進化を遂げたのが「コンピュータの大きさ」です。キューブリックとクラークはコンピュータが高機能化すればするほど大型化すると考え、HALの本体を人が入れる金庫室のようなデザインにしました。しかし現実は宇宙船に搭載するには小型化するしかなく、現在『2001年…』を観るとHALのブレインルームは大げさに見えるかも知れません。しかし、HALのアイデアの元ネタがIBM7090だとすればそれも仕方ないのかも知れません。このIBM7090がHAL9000やディスカバリー号の内装デザインに与えた影響は明白です(型番のIBM7090→HAL9000も)。

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※IBM7094の制御卓

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※HAL9000の制御卓

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※IBM7040の制御パネル

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※HAL9000の制御パネルやディスカバリー号の内装

「HALはIBMのアルファベット一文字ずらし」という噂をクラークは否定していましたが(後に「否定するのを辞めた」と書いていますが、噂が真実かどうかは慎重に言及を避けている)、以上の経緯から個人的にはこの噂は真実だと判断しています。

 また、HALの声を担当した声優にも言及したいと思います。まだHALがアテナだった頃、キューブリックは声をステファニー・パワーズに担当させようと考えたようです。それがHALになった時も最初にリハーサルしたのはパワーズだったそうです。しかしすぐにイギリス人の俳優ナイジェル・ダベンポートに変更され、結局マーティン・バルサムにいったん決定しました。しかしいざ録音してみると「あまりにもアメリカ口語に聞こえた」ため、当初ナレーターにキャスティングしていたダグラス・レインに急遽変更、レインの当たり障りのない中部大西洋風アクセントがHALにふさわしいと判断したキューブリックは、1日半を使ってHALのセリフを録音したそうです。

 余談ですが、ステファニー・パワーズはフランク・プールを演じたゲイリー・ロックウッドと1966年に結婚(後に離婚)していますが、そのきっかけが『2001年…』での共演未遂だったとしたら、ちょっと興味深いですね。1966年といえば上記の年表にある通り、『2001年…』の制作真っ盛りですので可能性はかなり高いと言えるでしょう。
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