キューブリック関連記事

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 20世紀アメリカのSF小説やファンタジー小説の表紙を飾る個性的なイラストを紹介するムービーを、多くのムービーエッセイをアップするNerdwriter1が公開しています。また、ムービーではなぜSF小説やファンタジー小説の表紙を多種多様なイラストが飾るようになったのか、その歴史もあわせて解説されています。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:Gigazine/2018年5月23日




 『時計じかけのオレンジ』のグラフィック・アートで、キューブリックが依頼し、フィリップ・キャッスルが描いた一連のエアブラシによるアートワーク以外に、動画で紹介されているシンプルでグラフィカルなものがありますが、それはペンギンブックス版『時計…』のカバーためにデヴィッド・ペラムが描いたものだそうです。

 このデヴィッド・ペラムですが調べてみると、キューブリックにフィリップ・キャッスルのアートワークの使用を断られたため、仕方なく一晩で描いたいう情報などがヒットしますので、また改めて記事にしたいと思います。

 それまでは上記動画の「センス・オブ・ワンダー」をお愉しみください!
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『アーリアン・ペーパーズ』でヒロインを演じる予定だった、ヨハンナ・テア・ステーゲの衣装合わせの写真。



 巨匠スタンリー・キューブリック監督の右腕として、完璧主義の映画を支えてきたレオン・ヴィタリが、自身が題材のドキュメンタリー作品『フィルムワーカー(原題)/ Filmworker』について、5月11日(現地時間)、ニューヨークのキーノ・ローバーのオフィスで単独インタビューに応じた。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:シネマトゥデイ/ 2018年5月18日




 キューブリックが進めていた、第二次世界大戦下のポーランドで生き延びるユダヤ人の美しい伯母と少年の話である小説『五十年間の嘘』の映画化『アーリアン・ペーパーズ』が中止になったのは、スピルバーグの『シンドラーのリスト』が先に公開になったから、というのは今までもよく語られてきた理由ですが、個人的には他にも理由があると考えています。実はこの原作小説、確かにホロコーストを扱っていはいますが、それはあくまで「時代背景」であって、小説の主題はレオンがこのインタビューで

 彼はホロコースト自体よりも、ホロコーストの中で嘘をついて生き抜く伯母と少年の心理に興味を持っていたんだ。

と語っている通り、「ユダヤ人のしたたかさ」と「その狡猾さ」を中心に語られます。その語り口も自虐と諦観と皮肉に満ちていて、『シンドラーのリスト』のようにユダヤ人が一方的な被害者とは描かれていません。

 キューブリック自身もユダヤ人であるという事実を考えると、「ユダヤ人監督がユダヤ人を貶める映画を製作する」ということになってしまい、そのことについて快く思わない「ユダヤ人団体」が何らかの圧力をかけてきたとしても不思議ではありません。更にいえば、キューブリックの妻クリスティアーヌの叔父は、ユダヤ人排斥のプロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』を監督した、ナチス御用達の映画監督ファイト・ハーランなのです。マスコミや圧力団体の餌食ならずに済んだ(キューブリック一家は『時計…』で散々な目に遭っている)クリスティアーヌは『アーリアン…』中止の報を聞き、胸をなでおろしたとの感想を漏らしています。

 『アイズ ワイド シャット』に脚本で参加したフレデリック・ラファエルは、キューブリックが原作小説『夢小説』の中に存在するユダヤ人要素を徹底的に排除しようとしている様を、著書『アイズ・ワイド・オープン』の中で書いていますが、それは『アーリアン…』製作準備中に受けた「ユダヤ人団体」からの圧力に懲りていたからではないか、というのが管理人の推察です。よっぽど苛立ちを募らせていたのか、キューブリックは「ヒトラーは正しかった」と冗談とも本気ともつかないようなことを言っていたとも、その著書には記述があります。

 『シンドラーのリスト』はオスカーを獲得しましたが、前作『フルメタル・ジャケット』で、同じベトナム戦争ものの『プラトーン』がオスカーを獲得してしまい、そのことが『フルメタル…』の評価や興行成績に影響を及ぼした事実が、キューブリックの『アーリアン…』中止という判断に影響したとも考えられます。他には家族の問題(キューブリックは家族第一主義だった)などがあり、長期間イギリスを離れられない(東欧で撮影しようとしていた)という事情もあったようです。

 いずれにしても、中止の理由はひとつではないと思われます。ヒロインのターニャにキャスティングされていたヨハンナ・テア・ステーゲは「突然風船が破裂したように感じた」とショックの大きさを語っています。個人的には「キューブリックの『A.I.』」よりも、『アーリアン・ペーパーズ』を観てみたかったと思っているのですが、小説『五十年間の嘘』の映画化が将来あるとするならば(2009年に企画はされましたが、その後の進展は不明)、監督がキューブリックじゃなくてもぜひ観てみたいですね。
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動画の4:11から『アイズ ワイド シャット』吹き替え時の苦労話をされています。



〈前略〉

 森川智之さんは、トム・クルーズの吹替えでも有名なのですが、そのきっかけになったのが、スタンリー・キューブリック監督の『アイズ ワイド シャット』という映画でした。キューブリック監督は、生前、日本語吹替え版の製作を認めていなかったそうです。

 亡くなられたあと、世界中でキューブリック作品をソフト化して売る際に、遺族の許可が出たことによって、はじめて日本語吹替え版が作られることになり、主演のトム・クルーズに声をあてるオーディションに合格したのが森川さんでした。

 この現場が、ものすごく厳しいものだったことを森川さんは振り返っています。

 2時間から2時間半の映画の吹替えを収録するとき、僕らは10時に集まり、お昼休憩をはさんで20時から21時くらいには終わることが多い。遅くなる場合があっても、せいぜい一日がかりです。

 しかし、『アイズ ワイド シャット』は僕だけで1週間かかりました。もちろん1週間といっても、丸々一日収録した日もあれば、他の仕事の都合で5時間しか収録できない日もありました。ただ、5時間かけて台本1頁しか進まなかったり、前回の収録が気に入らないからといって同じ時間をかけて撮り直したりということもありました。

 レオンはアクターズスタジオで学んだ役者でもあります。だからか、僕に対しても同じ役者として接していました。そして、要求もとても高度なものでした。

 一般的にはスタジオの中にマイクが三本ほど立てられていて、三、四人で同時に収録するんですが、『アイズ ワイド シャット』では一人ずつ、しかも動きを交えての収録でした。吹替えの声優は声だけを演じればいいのがふつうですが、ここではそうじゃないんです。ベッドシーンだとスタジオにベッドが置いてあり、トムと同じような格好をしてセリフを話すんです。ベッドに横たわり、映像を見て、マイクに向って話す。いくつものことを同時にやらなくてはいけなくて。僕はしまいにセリフをすべて覚えてしまいました。覚えないとできなかったからです。

 セリフをしゃべると、レオンが言うんです。

「おまえ、今何を考えてしゃべったんだ」


〈以下略〉

(全文はリンク先へ:BLOGOS/2018年5月12日




 ここに登場する「レオン」とは、キューブリックのアシスタントを長年務めたレオン・ヴィタリのことですが、何もここまで・・・(笑。という感じですね。森川氏はこの経験がよっぽど堪えたのか、ことあるたびにこの経験をインタビューなどで応えていますが、「ちょっとレオン張り切りすぎじゃないの?」という気がしないでもないですね。

 レオンがこのアフレコに参加したことによる最大の功績は、ラストシーンのキッドマンのセリフの変更で、上映時は「セックスよ」だった訳が現在のDVD/BDでは「ファック」に変更になっています。管理人個人の解釈ですが、これはダブルミーニングだと思っているので、この変更はそれを裏付けるものだと重要視しているのですが、一般的にはあまりそう思われていないようです。ちなみに上映時の字幕を担当したのは戸田ナントカとかいうよく知らないおばさんです(笑。

 記事は「声優には国語力が必要」とまとめられていますが、「教科者」って何でしょうね?おそらく「教科書」の間違いなんでしょうけど、子供たちの国語力云々以前に、現在の大人たちが書くネット記事の「校正不足」「リサーチ不足」「考察・検証能力不足」の方がよっぽど問題です。少なくとも記事を書いてお金をもらっているライターや編集者さんには、素人ブロガーに突っ込まれないレベルの、正鵠を射た、責任ある記事を書いてほしいものです。


声優 声の職人 (岩波新書)(amazon)
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 フィルム撮影にこだわることで知られるクリストファー・ノーラン監督(「ダンケルク」)が、SF映画の金字塔「2001年宇宙の旅」(スタンリー・キューブリック監督)のリバイバル上映版を監修したことが明らかになった。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:映画.com/2018年5月7日




 以前からお伝えしているクリストファー・ノーラン監修による『2001年宇宙の旅』アン・レストア70mm版公開のニュースですが、映画.comさんが記事にしていましたのでご紹介。

 映画.comさんは過去記事を削除しないので、情報の蓄積に非常に貢献してくれています。当ブログで採り上げた最も古い記事は、2002年2月19日の「スタンリー・キューブリックの義弟が来日」です。キューブリック作品のプロデューサーで義弟のヤン・ハーランが来日したことがある事実をご存知の方は少ないのではないでしょうか。

 映画.comさんには、ぜひともこの姿勢を貫いてほしいものです・・・・が、いいかげん上記記事にある通路を歩くボーマンの画像を差し替えていただきたいですね。この画像は『2001年宇宙の旅』ではなく『2010年』のワンシーンですので!(画像を提供しているアフロが間違っているんですけどね)
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人類が行う「最後の発明」とは一体なにか

〈中略〉

 グッドが、「知能爆発」の基本的な考え方を述べた論文を発表したのは、1965年のこと。

 将来、自分自身を繰り返し改良できるコンピュータができるのではないかとグッドは考えた。1度そのようなコンピュータができると、勝手に自分自身を改良することでその知能が成長し、やがて「爆発」的に賢くなる。この「知能爆発」により、もはや新たな技術開発の必要がなくなる。

〈中略〉

 グッドが考えた「知能爆発」の概念は、今話題の「技術的特異点」(シンギュラリティ)の背景になっている。グッドは、スタンリー・キューブリックが映画『2001年宇宙の旅』(1968年公開)を製作したときにスーパーコンピュータに関する相談役を務めた。この映画の中に出てくる、自分の意志を持ち人類に反抗するコンピュータHALの造形の中に、グッドの考え方が反映されている。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:PRESIDENT Online/2018年4月2日



 SFファンにとってこの「知能爆発(機械が知恵を得る)」という概念はよく知られていて、古今東西のSF小説や映画のネタにされています。『2001年宇宙の旅』に登場するHALが、現在のAIと決定的に違う点は「HALは知能爆発の段階にあるコンピュータである」という点です。amazonのアレクサやAppleのSiriなどは、所詮は「与えられた情報を元に、与えられた範囲内で反応をするだけの単なる機械」でしかありません。ここ数年でレベルが上がったのは音声認識や音声出力、情報処理スピードの技術であって、どちらにしても人間がプログラムした以上のことはできません。

 小説版『2001年宇宙の旅』によると、「ミンスキーとグッドが1980年代に神経ネットワークを自己複製(知能爆発)させる方法をおおやけにした」とありますが、残念ながら現実は2010年代も後半になろうかという現在でさえ、まだその段階には至っていません。ですので、アレクサやSiriとHALとを同列に語るのは無理があるのですが、一種の「ネタ」としては面白いので、それはそれで楽しんでいればいいのかとは思います(一部で本気にする人がいたとしても)。個人的な予測ですが、現状ではAI(正確には単なる自動解析応答装置)もVRも一般に普及することはなく、ごく一部の利用にとどまると考えています。商用車はともかく、一般車の自動運転が普及するためにはそれこそ「知能爆発」のレベルが必要ですし、VRはゴーグルをしなければならないという心理的・身体的ハンデを克服できません。スマートスピーカーなる代物も、数年後には粗大ゴミ扱いでしょう。

 キューブリックやクラークが予測した知能爆発、すなわち「人間と機械の区別がなくなる日」はまだほど遠いのが現状です。キューブリックが『2001年…』や『A.I.』で問いかけようとしたのは、「もし、人間と機械の区別がなくなる日が到来すれば、その時人間はいかに振舞うべきか」という人類の存在意義についての問いかけでした。キューブリックは前者では人類が、後者では機械が未来を勝ち取るというストーリーにしましたが、結局のところどちらとも「勝者より更なる上級の存在によって導かれる種でしかなかった」という結末が示唆されます。『2001年…』のキューブリックのパートナー、アーサー・C・クラークは「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」と語りましたが、クラークやスピルバーグはそれを「科学」として描き、キューブリックは「魔法」として描きました。結果、スピルバーグが製作した『A.I.』は「映像的魔術が欠けたもの」になってしまい、キューブリックファンは肩を落としたものです(まあ、スピらしいといえばそれまでですが)。

 記事は、まだ自ら学ぶことができないAIから「人間が学ぶべき(かもしれない)」という、意味のよくわからない結論ですが、人間の脳にはまだ未知な部分も多く、AIが知能爆発のレベルを迎えたとしても、果たして人間と同列と言えるのか、その日がやってこないことにはなんとも言えません。しかし、その未来はまだ遥か先でしょう。
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