キューブリック関連記事

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
47669d14

Cannes Film Review: ‘Filmworker’

Leon Vitali, who left acting to be Stanley Kubrick's right-hand man, is the subject of an arresting cinemaniac documentary.

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:Variety/2017年5月19日




 今年のカンヌ映画祭でキューブリックの新作ドキュメンタリー『フィルムワーカー(Filmworker)』が上映されたようです。詳細はまだわかりませんが、記事によるとレオン・ヴィタリの証言を中心にしたドキュメンタリーで、出演者にはライアン・オニール、マシュー・モディーン、ダニー・ロイド、リー・R・アーミーなどの名前が挙がっています。現在のインタビュー出演としてはオニールとアーミーは確実で、その他はライブラリー出演か否か不明です。IMDbにも情報が上がっています・

 レオン・ヴィタリは『バリー…』以降のキューブリックを一番よく知る人物なのでその証言には興味があります。特典映像としてボックスセット等に収録されるのを期待したいですね。
[ブログランキング参加中]  にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へ      


〈PR〉
〈PR〉

〈PR〉
〈PR〉




    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote


 残虐すぎるホラーも、神の冒涜とされたコメディーも。

 公序良俗や宗教などのタブーに触れ、問題作として公開禁止や延期になった映画作品というのはこれまでいくつもあるかと思います。しかし時代が変われば常識も変わり、今ではカルト作品としてマニアックな人気を誇る映画に成長を遂げたものも多くあるのです。

 今回は、io9がまとめた公開当時は大問題になった映画10作品を見てみましょう。モノによっては閲覧注意でどうぞ。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:GIZMODE/2017年5月6日




 『時計…』をカルト映画と言われるのはとっても違和感があるんですが。しかもギズモードさん、『時計仕掛けのオレンジ』(1975年)って間違ってます。正しくは『時計じかけのオレンジ』(1971年)ですね。元記事もそうなってます。しかも貼られている予告編がオフィシャルでもなんでもないし。オフィシャルは上記をどうぞ。

 「カルト映画」というのは「熱狂的ファンによる小グループによって支持される映画のこと」とwikiにもありますが、このざっくりとした定義でさえ『時計…』は当てはまりません。『時計…』は世界中にファンのいる、世界的に超有名監督が製作した、世界的に超有名な作品です。ここに並べられている作品と同列に語るのは無理があります。そりゃハリウッドのデート映画かピクサーやディズニーアニメしか知らない人にとってはキューブリック作品はマイナーかもしれませんが、少なくとも「映画ファン」を名乗るなら絶対避けては通れない監督であり作品でしょう。「カルト映画」とは、さらにその先にある「映画マニアの一部の好事家が、他人と趣味を共有することなく密かに嗜好する映画」です。マニアがニヤニヤしながらも多くを語らず、「ほう、なるほどねぇ。そういう趣味の人かぁ」と小さくうなづくだけで会話が成立する映画のことです。

 ちなみに飲み会かなんかで「オレは『ピンク・フラミンゴ』や『キラー・コンドーム』や『キラー・トマト』、『バッドテイスト』なんかを映画館で観てたんだよね」とボソッと語ったとして、それに「『ロード・オブ・ザ・リング』はありえないよね」と応えるのが最低限のカルト映画ファンの礼儀でしょう。「こんなキモい会話なんてしたくねえ!」と思った方は正常な映画ファンです。キューブリック作品を堂々と楽しみましょう。こっち方面への深入りはオススメしないですよ。管理人はギリギリのところで踏みとどまっています。いやホントに(笑。
[ブログランキング参加中]  にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へ      

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote


 奥行き方向の線が全て消失点という一点に収束するように放射状になっている構図「一点透視図法」など、スタンリー・キューブリック作品の中にはさまざまな撮影手法が取り入れられています。その中で、あまり語られることない「プラクティカル・ライティング」についてキューブリックが残した功績を、YouTubeチャンネルのEntertain The Elkが解説しています。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:Gigazine/2017年4月29日




 この記事にある「プラクティカル・ライティング」ですが、プラクティカルとは「実用的・実践的」という意味です。ただ「実用的照明」と直訳してしまうとピンと来ないと思ったので、私判断ですが噛み砕いた表現としてこれを「現実的照明」と訳し、以前こちらで記事にしました。Gigazineの記事ではこの「プラクティカル・ライティング」の定義を「光源が映像の中に視覚的に現れている状態」と説明していますが、端的に言えば「ロケであれ、セットであれ、そこに現実にある照明(自然光を含む)をそのまま利用する撮影方法」という意味です。

 キューブリックは旧来ハリウッド映画で行われてきた三点照明を否定していました。キューブリックは報道(ドキュメンタリー)カメラマン出身という特異な経歴を持つ映画監督です。報道カメラマンはスタジオ撮影が主なファッションカメラマンとは違い、報道現場が撮影現場です。当然照明は「今現在そこにあるもの」しか存在しません。フラッシュを使う方法もありますが、キューブリックはフラッシュ撮影に伴う「不自然な写真」を好まず、フラッシュを使うにしてもそれを感じさせない自然な使い方(現在はバウンスライトとして一般化している)を得意としていました。そのキューブリックが映画監督になり、不自然な照明がテカテカと当たりまくる三点照明を好まなかったのは当然と言えます。また、それを強要された『スパルタカス』(不自然な三点照明が頻出する)がいかにキューブリックの意図に反するものかもよく理解できるかと思います。

 ただ、注意して欲しいのはいくら「光源が映像の中に視覚的に現れている状態」とは言っても、それだけでは実際の撮影時には限界がきてしまいます。自然光だけを使っていれば撮影中に天候や陽の傾きによって色調が変わってしまいますし、ロウソクの光だけではフィルムが感光するだけの十分な光量を得られません。そこでキューブリックは現実そこにある光源を補う形で照明を使用しました。『バリー…』のロウソクのシーンでは気づかれない程度に人工照明を使っていますし、セットでもセットの光源以外に様々な照明をフレームの外から使っています。その一例が下記の動画『Making The Shining』のワンシーンです。14:05のシーンではカメラマンの胸に裸電球を置き、その上に光を和らげるレフ板をかざしています。これは真下から撮ると逆光になってしまい、ニコルソンの顔が暗く潰れて見えなくなってしまうのを防ぐためで、不自然さを感じさせない、ほんの僅かな光をニコルソンの顔に当て、ニコルソンの「顔芸」を撮影しています。このようにキューブリックは、現実そこにある照明をそのまま「利用」(それだけを「使用」したわけではない)した撮影方法を貫き、それは現在のハリウッドでは一般化しました。それを促進させたのがキューブリックの大きな功績の一つと言えるでしょう。




 以上のことが理解できればGigazineの言う「光源が映像の中に視覚的に現れている状態」という説明に違和感があるのが理解できるかと思います。Gigazineの説明を補足すれば「光源が映像の中に視覚的に現れている状態に見えるよう、見えない位置で補助照明を巧みに使う」というのが正しい説明です。因みに日本の現場では「光源主義」という言葉が使われているそうです(ソースはこちら)。「プラクティカル・ライティング」も「現実的照明」も「光源主義」も同じ意味です。ただ「光源が映像の中に視覚的に現れている状態」という説明が舌足らずであるのは理解していただけるかと思います。

 キューブリックは照明を巧みに操って「作品の独特の世界観」をプラクティカル・ライティングで「リアルに映し撮り」ました。そういった観点からキューブリック作品を楽しむのも一興かと思います。ぜひお試しあれ。
[ブログランキング参加中]  にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へ      

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote


〈前略〉

音声合成で世界最初に流れたのはデイジー・ベルの歌 1961年

 映画「2001年宇宙の旅」、交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」が流れるなか、並んだ惑星の向こうから太陽が昇る荘厳なシーンから映画は始まります。モノリスと呼ばれる石から知恵を授けられた猿人が争いに勝ち、握っていた骨の武器を空中高く放り投げると、落ちてくるあいだに道具が進化し、宇宙船にかわるという印象的なシーン。また地球から月へ向かう宇宙船のバックに流れる「美しく青きドナウ」。映画とクラシックをうまくマッチさせたスタンリー・キューブリック監督の名作です。アポロ十一号が人類最初の有人月着陸を果たす前年(1968年)に封切られました。

 映画の主人公はもちろん人間ですが、準主人公が人工知能HAL9000型コンピュータです。IBMの文字を前に一文字ずつずらして命名した説が有名ですが、キューブリック監督は否定しています。

 このHAL9000がとんでもない事件を起こします。月で見つかったモノリスの秘密を探るために木星へ向かう宇宙船ディスカバリー号を管理しているHAL9000が突如暴走しはじめます。モノリス探査の任務と、その任務をディスカバリー号乗員に隠すよう矛盾された指示を与えられたことが原因でした。この原因は後編の映画「2010年宇宙の旅」で判明します。

HAL9000が歌うデイジー・ベルの歌


 HAL9000の異常に気づいた乗組員が人工知能の停止をはかりますがHAL9000が反撃を始め乗組員を次々と殺害。唯一、生き残ったボーマン船長がHAL9000を停止させるため人工知能の思考部に入ります。次々と機能停止されるなか、HAL9000がもうろうとした意識(そんなものが人工知能にあればですが)で歌うのが“デイジー・ベルの歌”です。歌っている間に、だんだんスピードが落ち、HAL9000のロレツがまわらなくなり、やがて停止してしまいます。

 “デイジー・ベルの歌”は“二人乗りの自転車”ともいい、不器用な田舎者の恋を扱った歌詞です。なぜこんな歌が映画の重要なシーンで使われたのでしょうか。答えは音声合成で世界最初に流れたのがデイジー・ベルの歌だったからです。

 1961年にベル研究所の技術者が史上初めてアイビーエムの大型コンピュータを使い音声合成で“デイジー・ベルの歌”を歌わせました。このエピソードを知っていたのでキューブリック監督は、映画のシーンに使ったのでしょう。もっとも技術者が、なぜこの歌を大型コンピュータに歌わせたのかは謎です。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:PC Watch/2017年4月10日




 水谷哲也氏の書籍『バグは本当に虫だった なぜか勇気が湧いてくるパソコン・ネット「100年の夢」ヒストリー91話』(発行:株式会社ペンコム、発売:株式会社インプレス)に掲載されているエピソードを抜粋した記事だそうです。他の記事はこちらで読めます。

 HALとIBMの関係は以前ここで記事にしましたね。ところでキューブリックはパーソナル・コンピュータの普及を心待ちにしていて、IBM XTを手にいれたときは誇らしげにこんな写真まで遺しています。後に1988年のこのインタビューで所有機種を「軽いラップトップ型の東芝のコンピュータで、プリンターはエプソンだ。」と応えています。このことからも相当の「パソコンヲタ」だったことがわかります。まあそれ以前にカメラやテープレコーダーが大好きな「メカヲタ」だったので、こうなるのも必然ですね。そんな「ヲタ」なキューブリックを奥さんのクリスティアーヌは半ば呆れつつ

「スタンリーはテープレコーダー8つとズボン1本さえあればそれだけで幸せ」

「パーソナル・コンピュータの登場は彼が生まれてこのかたずうっと登場を待ち望んでいたものが実現したようなもの」


と語っています。同じ「ヲタ」な方々には耳の痛い話ではないでしょうか(笑。


バグは本当に虫だった-なぜか勇気が湧いてくるパソコン・ネット「100年の夢」ヒストリー91話(amazon)
[ブログランキング参加中]  にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へ      

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote






 2017年に結成55周年を迎える、アイルランド伝統音楽・ケルト音楽の最高峰バンド、ザ・チーフタンズ(The Chieftains)の来日が決定。スタンリー・キューブリック監督の『バリー・リンドン』で音楽を担当し、1975年にグラミー賞を受賞。ローリング・ストーンズ、ポール・マッカートニー、ジョニ・ミッチェル、ライ・クーダー、エルヴィス・コステロ、ロジャー・ウォーターズ、ヴァン・モリソン、パヴァロッティ、ジャクソン・ブラウン、アート・ガーファンクル、スティング、ロジャー・ダルトリー、ジョン・ウィリアムズ、ロンドン・シンフォニー・オーケストラ、矢野顕子、忌野清志郎、林英哲(和太鼓)、古謝美佐子、遊佐三森、元ちとせ、とも共演。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:Qetic/2017年4月13日




 『バリー・リンドン』のサントラで『愛のテーマ(アイルランドの女)』『パイパーズ・マゴット・ジグ』『海の乙女』の三曲の演奏者としてクレジットされているザ・チーフタンズが来日するそうです。過去に共演しているアーティストの面々は記事の通り豪華ですが、wikiによると当初はその現代的な解釈が批判を浴びていたそう。記事には『バリー…』でグラミー賞、このwikiにはアカデミー賞を受賞とありますが、ソースを確認できませんでした。『バリー…』でアカデミー賞の編曲・歌曲賞の受賞をしたのはレナード・ローゼンマンですので、正確には英語版wikiにあるように「アカデミー賞を受賞した『バリー…』のサントラへの参加で高い評価を受けた」という認識が正しいです。『音楽CD検定公式ガイドブック(下巻)』にはこのような記述がみられますが、非常に誤解を招きやすい表現です。もらってもいないオスカーで評価されても本人たちはちっとも嬉しくないと思いますが。

 『バリー…』のサントラがらみでグラミー賞を受賞したというソースも見つけられませんでした。ただ、バンド自体は他の作品でグラミー賞を何度も受賞しているので評価に揺るぎはないですが、こういった受賞歴の表記はソースをちゃんと確認し、神経質になって欲しいものです。
[ブログランキング参加中]  にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へ      

このページのトップヘ