実現しなかった企画作品

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キューブリックは映画化を断念したが、それから32年後の1988年にアンドリュー・バーキンによって映画化された『ウィーンに燃えて(Burning Secret)』の予告編



Lost Stanley Kubrick screenplay, Burning Secret, is found 60 years on
Script co-written by director is so close to completion it could be developed into a feature film

(全文はリンク先へ:The Guardian/2018年7月15日




 キューブリック企画作品としては比較的知られている『燃える秘密(Burning Secret)』ですが、脚本が今になって見つかったそうです。発見したのはウェールズのバンガー大学教授でキューブリック専門家であるネイサン・アブラムス。脚本には1956年10月24日の日付があるそうです。

 この『燃える秘密』については『突撃』の映画化を断られたキューブリックが、MGMが映画化権を所有していた作品の中から本作を選び、カルダー・ウィリンガムとともに脚本化に着手、しかしその後キューブリックとハリスの後ろ盾だったドア・シャーリーがMGMを解雇され、それと同時に企画もボツった、という経緯です。これははっきりとした証言が残されているのに「契約に違反して『突撃』に携わっていたことが発覚したから」(これは企画中止の理由にされただけで、企画の同時進行はよくある話)「スタジオが脚本への可能性を感じなかった」(可能性を感じていなかったのはむしろハリスの方)というのは微妙にニュアンスが異なります。

 さらにこれに絡めて「キューブリックの他作品と比較して云々」というのは大げさな話です。この頃のキューブリックは『現金に体を張れ』を撮ったばかりの新人で、「撮れる映画はなんでも撮って、とにかく知名度を上げるしかない」と考えていたはずです。評伝の『映画監督スタンリー・キューブリック』を読めばわかりますが、海千山千のハリウッドの大人たちに囲まれたキューブリックとハリスは「ハナタレ小僧」扱い。ですので、ガーディアンというメジャーな雑誌がWEB上とはいえ、微妙な事実誤認も混ざった形で大げさに報じているのには違和感を感じます。

 ちなみに日本の映画キュレーションサイト「RIVER」も報じていますが、

なおエイブラムス教授によれば、『Burning Secret』は「完全な脚本であり、現代のフィルムメーカーによって(映画として)完成させることも可能」だという。もしかするとこの未発表脚本は、遠からず長い年月を超えて甦ることになるかもしれない。

と、こちらにも重大な事実誤認があります。なぜならこの『燃える秘密』は1988年にアンドリュー・バーキン監督により『ウィーンに燃えて』の邦題ですでに映画化されているからです。ガーディアンの記事にも

シュヴァイツの小説は、1988年にキューブリックの元アシスタント、アンドリュー・バーキンによって制作されました。

と記述があります。ですので、ここで訂正しておきます。そのアンドリュー・バーキンですが、女優ジェーン・バーキンの実兄で『2001年…』のアシスタントとして働いた経験があります。また、キューブリックが映画化を企画した『パフューム ある人殺しの物語』の脚本を担当していたりなど、なにかとキューブリックに縁のある監督です。おそらく一般の映画ファンにとってはショーン・コネリーが主演した宗教ミステリー映画『薔薇の名前』の脚本家として有名でしょう。

 キューブリックは駆け出しの頃の脚本を「もう一度復活させて映画にする気はない」と明言していますので、「あのスタンリー・キューブリックの幻の企画作品の脚本を発見!」的な見出しは大げさだし(発見した側は大げさに騒ぎたがるでしょうが)、恣意的であると「明言」しておきます。
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『アーリアン・ペーパーズ』でヒロインを演じる予定だった、ヨハンナ・テア・ステーゲの衣装合わせの写真。



 巨匠スタンリー・キューブリック監督の右腕として、完璧主義の映画を支えてきたレオン・ヴィタリが、自身が題材のドキュメンタリー作品『フィルムワーカー(原題)/ Filmworker』について、5月11日(現地時間)、ニューヨークのキーノ・ローバーのオフィスで単独インタビューに応じた。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:シネマトゥデイ/ 2018年5月18日




 キューブリックが進めていた、第二次世界大戦下のポーランドで生き延びるユダヤ人の美しい伯母と少年の話である小説『五十年間の嘘』の映画化『アーリアン・ペーパーズ』が中止になったのは、スピルバーグの『シンドラーのリスト』が先に公開になったから、というのは今までもよく語られてきた理由ですが、個人的には他にも理由があると考えています。実はこの原作小説、確かにホロコーストを扱っていはいますが、それはあくまで「時代背景」であって、小説の主題はレオンがこのインタビューで

 彼はホロコースト自体よりも、ホロコーストの中で嘘をついて生き抜く伯母と少年の心理に興味を持っていたんだ。

と語っている通り、「ユダヤ人のしたたかさ」と「その狡猾さ」を中心に語られます。その語り口も自虐と諦観と皮肉に満ちていて、『シンドラーのリスト』のようにユダヤ人が一方的な被害者とは描かれていません。

 キューブリック自身もユダヤ人であるという事実を考えると、「ユダヤ人監督がユダヤ人を貶める映画を製作する」ということになってしまい、そのことについて快く思わない「ユダヤ人団体」が何らかの圧力をかけてきたとしても不思議ではありません。更にいえば、キューブリックの妻クリスティアーヌの叔父は、ユダヤ人排斥のプロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』を監督した、ナチス御用達の映画監督ファイト・ハーランなのです。マスコミや圧力団体の餌食ならずに済んだ(キューブリック一家は『時計…』で散々な目に遭っている)クリスティアーヌは『アーリアン…』中止の報を聞き、胸をなでおろしたとの感想を漏らしています。

 『アイズ ワイド シャット』に脚本で参加したフレデリック・ラファエルは、キューブリックが原作小説『夢小説』の中に存在するユダヤ人要素を徹底的に排除しようとしている様を、著書『アイズ・ワイド・オープン』の中で書いていますが、それは『アーリアン…』製作準備中に受けた「ユダヤ人団体」からの圧力に懲りていたからではないか、というのが管理人の推察です。よっぽど苛立ちを募らせていたのか、キューブリックは「ヒトラーは正しかった」と冗談とも本気ともつかないようなことを言っていたとも、その著書には記述があります。

 『シンドラーのリスト』はオスカーを獲得しましたが、前作『フルメタル・ジャケット』で、同じベトナム戦争ものの『プラトーン』がオスカーを獲得してしまい、そのことが『フルメタル…』の評価や興行成績に影響を及ぼした事実が、キューブリックの『アーリアン…』中止という判断に影響したとも考えられます。他には家族の問題(キューブリックは家族第一主義だった)などがあり、長期間イギリスを離れられない(東欧で撮影しようとしていた)という事情もあったようです。

 いずれにしても、中止の理由はひとつではないと思われます。ヒロインのターニャにキャスティングされていたヨハンナ・テア・ステーゲは「突然風船が破裂したように感じた」とショックの大きさを語っています。個人的には「キューブリックの『A.I.』」よりも、『アーリアン・ペーパーズ』を観てみたかったと思っているのですが、小説『五十年間の嘘』の映画化が将来あるとするならば(2009年に企画はされましたが、その後の進展は不明)、監督がキューブリックじゃなくてもぜひ観てみたいですね。
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2009年に限定1,000部、29.5 x 37.3 cmの大型本に小冊子10冊が収納される仕様で全2,874ページ。3,000ドル(31万円)もした豪華版のPV



 キューブリックが映画化を切望した『ナポレオン』の資料の編纂本『Stanley Kubrick's Napoleon: The Greatest Movie Never Made』ですが、豪華版、ハードカバーの合本版ときて、今回さらなる廉価版が発売になったそうです。スペックを見る限りサイズがコンパクトになりページ数も若干減っていますね。ただ、豪華版や合本版に付属していたデジタルライブラリーのダウンロードキーが今回付属するかは不明です。


Stanley Kubrick's Napoleon: The Greatest Movie Never Made(amazon)


仕様:合本版
ハードカバー: 1112ページ
言語: 英語
ISBN-10: 3836523353
ISBN-13: 978-3836523356
発売日:2011年4月1日
商品パッケージの寸法: 22.2 x 7.6 x 35.1 cm
価格:1万円


Stanley Kubrick's "Napoleon": The Greatest Movie Never Made(amazon)


仕様:廉価版
ハードカバー: 832ページ
言語: 英語
ISBN-10: 3836568896
ISBN-13: 978-3836568890
発売日: 2018年3月20日
商品パッケージの寸法: 22.2 x 4.4 x 27.9 cm
価格:8,000円
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パーフェクト・スパイ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)(amazon)



パーフェクト・スパイ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)(amazon)


 イギリスのスパイ小説家、ジョン・ル・カレが1986年に発表した『パーフェクト・スパイ』に興味を持ったキューブリックは映画化を検討するため、ジュネーブのフェルドマン博士という偽名を使ってル・カレにコンタクトを取りました。しかし当のル・カレはそれをキューブリックのオファーとは思わず断ってしまい、権利をBBCのTVドラマ制作を担当していたジョナサン・パウエルに売ってしまいました。それを知ったキューブリックは「BBCシリーズの監督なら喜んで引き受ける」と応え、ル・カレはBBCのパウエルに「監督にキューブリックはどうだろうか?」と提案したところ、パウエルは

「そして予算が数百万ポンド、オーバーするってことかい?」「おまけに完成が数年遅れる? 申し出はありがたいが、われわれはいまのままでいいよ」

と応えたそうです(笑。

 その他にもキューブリックは、『アイズ…』の原作『夢がたり』の脚本化のオファーをし、その打ち合わせにル・カレはキューブリック邸に赴いたそうです。しかしキューブリックの「最低限度の情報のみを与え、相手のアイデアを試す」という最初のハードルをル・カレは越えることができず、この話はご破算になってしまいました。

 キューブリックは『パーフェクト・スパイ』を読んですぐ映画化のオファーをしたと言っていますし、BBCのTVドラマシリーズ『パーフェクト・スパイ』は1987年にオンエアされていますので、時期的にはちょうど『フルメタル…』のポストプロダクション〜公開の頃です。つまりキューブリックは『フルメタル…』の次作としてこの『パーフェクト・スパイ』の映画化を考えていたんですね。同時進行で『アイズ…』も『A.I.』も動いていますし、1993年にはそれに『アーリアン・ペーパーズ』の企画も立ち上がります。私たちファンは『フルメタル…』の後10年以上も新作を待たされましたが、その間もキューブリックは忙しく働き続けていたことになります。

 このル・カレとキューブリックの交流の顛末は『地下道の鳩: ジョン・ル・カレ回想録』で読むことができます。各章が短編小説さながらこの回顧録、キューブリック以外にもそうそうたる顔ぶれの面々が登場しますので、興味のある方は是非どうぞ。


地下道の鳩: ジョン・ル・カレ回想録(amazon)

 


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 キューブリックがジェーム・B・ハリスと組んで「ハリス・キューブリック・ピクチャーズ」を設立し、最初に映画化権を取得したのはライオネル・ホワイトの小説『強奪(The Snatch)』でした。しかしこの小説は幼児誘拐を題材としていて、アメリカ映画制作配給協会(Motion Picture Producers and Distributors Association)は制作を許可しませんでした。キューブリックはユナイトにホワイトの別の小説の映画化権を買うことを要求し、フランク・シナトラ主演で企画が進んでいた『見事な結末(Clean Break)』の映画化権を獲得、『現金に体を貼れ(The Killing)』として制作・公開しました。

 ちなみに『The Snatch』は1969年にキューブリックとは何かと因縁深いマーロン・ブランド主演、ヒューバート・コーンフィールド監督で『私は誘惑されたい(The Night of the Following Day)』として映画化されました。ただし、無用なレイティングを避けるためか、幼児誘拐は女性へと改変されていて、その予告編が上記になります。

 以上の経緯から、この作品は「キューブリックが映画化を企画した作品」としてリストアップされるべきですが、なぜかこの件に関してはIMDdにある『The Night of the Following Day』のトリビアの項目に紹介があるのみです。つまりハリスやキューブリックが語っていた「たまたま書店で『見事な結末』を見つけて気に入り、それを映画化した」のではなく、「『強奪』の映画化が不可能になったハリスとキューブリックは書店でライオネル・ホワイトの別の小説を探し、気に入ったのが『見事な結末』だった」ということになります。なぜ『強奪』の経緯を伏せていたのかはわかりませんが、この小説の映画化権を巡って何らかのトラブルがあったとしたら、1969年公開というフィルム・ノワールものとしては遅きに失した映画化も、なんとなく納得できますね。
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