キューブリック関連書籍

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夢奇譚 (文春文庫)(amazon)


 初めてこの小説を読んだとき、あまりも映画のストーリーそのままなのにまず驚かされた。キューブリックはなんと、ストーリーラインを変えることなくほとんどそのままを映画に取り込んだのだ。だからと言って映画は、この小説の舞台と設定を、単に19世紀末のウィーンから、20世紀末のニューヨークに移し替えただけの代物、と言い切ってよいのだろうか?

 小説は、表面的な幸福の中に潜むどす黒い欲望と裏切りが、夢や現実の形となって現われる不可思議な妄想の世界を描いたものだ。主に夫婦間や男女間の問題を扱っており(現に脚本を担当したフレデリック・ラファエルは、映画版のタイトルを『女性の問題(The Female Subject)』にしよう、とキューブリックに持ちかけている)、未婚者や若年層にはピンとこない物語かもしれない。また、不倫願望や不逞、スワッピングや乱交など、この時代ならともかく現代人には全くショックを感じない。

 ところが映画はそういう表面的なモチーフは継承しつつもっと解釈を広げ、現代人にとって最も妄想を描きやすい「映画」という媒体を中心に、ありとあらゆるメディアを使って壮大な「夢の世界」を現出させよう、という大胆なものだった。その夢の世界へ、年齢、性別を問わず、あらゆる世代を呼び込みために、謎の物語を用意したり、セクシャルなトレイラーを流し続けたり、意味深なポスターで見るものを誘おうとしたのだ。

 ただ、メディアに踊らされるままに映画館に「2時間の夢物語」を堪能しに出向いた観客に、小説とも、当初の脚本とも違うラストシーンを用意したキューブリック。そこには激しい憤りと深い失意。そして決別の意志が込められている。
【ご注意】当ブログの記事は「KUBRICK.Blog.jp」の明記と該当記事へのリンク(URL表記「http://kubrick.blog.jp/」でも可)貼ることを条件に、報告不要でご自由にご活用頂けます。ただし、アポロ計画やフリーメイソンなどの陰謀論、スキャンダラスな嘘記事、ソース不明の偽情報を掲載して衆目を集め、アクセスを呼び込むことを第一の目的とするデマサイトやデマ動画チャンネルの関係者は当ブログの閲覧、ならびに利用は全面禁止とさせていただきます。






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フルメタル・ジャケット (角川文庫)(amazon)


 作者のハスフォードは、この小説の主人公と同様に、ベトナム戦争に海兵隊の報道記者として従軍している。その体験をフルに活かして書かれた処女作が本作なのだが、とにかく、全編を貫くクールでドライな感覚に、まず驚かされる。登場人物の「個性」や「人格」を全く描写せず、まるで戦争を他人事かのように扱う淡々とした描き方は独特で、戦場のあまりにも醜悪な現実に、人間としての感覚が完全にマヒしてしまっているその姿は、実体験に基づかないと、とても描ききれるものではないだろう。

 除隊する日を心待ちにしながら、目の前にある戦争という狂気の沙汰を、あたりまえの事として受け入れている海兵隊員達…。反戦・平和を標榜するでもなく、戦争や軍隊の不条理さを糾弾するでもなく、ただ、日常的にあっけなく殺し合いをする(たとえそれが味方同士であったとしても、戦略的に大きな意味を持たない作戦でも)という衝撃的な内容は、キューブリックが飛びつくのも頷ける、質の高い作品だ。
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ロリータ (新潮文庫)(amazon)

※大久保 康雄氏の旧訳版


ロリータ (新潮文庫)(amazon)

※若島 正氏による新訳版

 まず、断っておかなければならないのは、この小説が出版された当時(1955年)、「少女愛」という嗜好は全く認知されておらず、更に作者のナボコフや映画化したキューブリックでさえ、それがどういうものなのかはっきりと認識していなかった、という事だ。

 この小説がセンセーショナルな話題を呼び、少女を愛する嗜好の持ち主を「ロリータ・コンプレックス(ロリコン)」と呼ぶようになるのだが、時代を経るにつれて、その意味するところは微妙に変化し、現在では「成人した女性と正常な恋愛関係を持てない者などが、支配欲や性欲の捌け口として、自分に隷属する対象を弱者である幼い少女に求め、それを偏愛する」という傾向に陥ってきている。しかし当時、こんな現実が未来に待ち受けていようなどと、ナボコフもキューブリックも想像だにしていなかったに違いない。

 もちろんロリコンではなかったナボコフは、この小説を執筆するに当たり、自分の趣味である蝶の収集を、少女の偏愛として置き換えることによって物語を創作している。街から街へ、安モーテルに泊まりながら当てもなく愛するロリータと共に車で旅するハンバートは、蝶の採集でアメリカ中を車で旅した作者自身の姿だ。そしてロリータは、その中でもとびきり美しい(もしくは貴重な)蝶であったに違いない。

 それにロリータも決して従順で大人しい、薄幸の美少女などではなく、現在なら渋谷の繁華街でたむろするような、すれっからしの性悪な少女として描かれていて、決してハンバートの意のままになることはない(人間の意向を無視し、気ままに野山を飛び回る蝶のように)。知性も教養も社会的地位もあり、時折フランス語を交えながら文学的に語るハンバートが、他人には理解不能な「ニンフェット」の定義をくどくど説明したり、単なる変態的妄想を雄弁に力説したり、その割には簡単な罠に引っ掛かって地団駄を踏み続ける姿は、なんとも可笑しく、馬鹿馬鹿しく、そして哀れだ。

 そんなロリータをやっとのことで捕まえたハンバートだが、すでに美少女の面影はなく、だらしない妊婦になっていて、 あれだけ忌み嫌った母親のシャーロットにそっくりなのにも気付いてしまう。だがハンバートは失望するどころか、自分はロリータを「一人の女性」として本当に愛していたことに初めて気が付くのだ。この皮肉なまでに遅きに失した愛の自覚…。キューブリックはこの点の脚色が甘かった事を後に自ら認め、「もし撮り直す事ができるなら、ロリータとハンバートのエロティックな関係を強調するだろう」と語っている。

 文学的で高尚な文体で、妄想の激しい馬鹿で哀れな中年男の生涯を綴るという、この『ロリータ』という皮肉に満ちた物語。タイトルだけで嫌悪せず、是非の一読をお薦めしたい。

※注:上記の書評は大久保 康雄氏の旧訳版のものです。
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EYES WIDE OPEN―スタンリー・キューブリックと「アイズワイドシャット」(amazon)


 『アイズ ワイド シャット』の脚本を担当した小説家フレデリック・ラファエルが、『アイズ ワイド シャット』の製作に関わる経緯と、製作の裏側を克明に綴ったドキュメント。

 いわゆる暴露本としてクリスティアーヌは批判しているが、個人的にはキューブリックの実像がよくわかる書として好意的にこれを読んだ。この本によると、いかにキューブリックがストーリーメーカーとしての小説家を高く評価しながらも、小説家の頭の中にあるシーンの画を排除したがってたかよく分かる。つまりキューブリックは「すぐれたストーリーは欲しい」が、「小説家が頭の中で描いた画は不要」なのだ。この本によるとキューブリックは、ラファエルにさんざんストーリーをふくらまさせた揚げ句、その骨子だけ残して全部捨て去ってしまうプロセスが詳しく語られている。

 ストーリーやコンセプトを言葉に頼らざるを得ない小説家と、言葉はもちろん、画や音楽、編集や色彩でさえ駆使できる映画監督とではそのアプローチの方法が異なって当然。ただ、そんな使い捨てのように扱われる脚本の仕事が小説家にとって満足のゆくものであるはずが無く、不満たらたらなのも理解できる。

 この本でのラファエルの恨み節と、自分寄りの描写の部分を除けばけっこう貴重な証言だと思うのだが。
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スタンリー・キューブリック―写真で見るその人生 [単行本](amazon)


 『スタンリー・キューブリック DVDコレクターズBOX』の特典映像としてリリースされた、『ア・ライフ・イン・ピクチャーズ』の書籍版と言うべき写真集。編集はもちろん未亡人のクリスティアーヌで、セレクトされている写真は、撮影現場の裏側を伺う事ができる貴重なものから、決してプライベートを明かそうとしなかったキューブリックの私生活が伺える写真も多数掲載。

 「個性的な子供時代」から「周囲にも自らにも厳しい芸術家」、そして「良き普通の父親」までセレクトされた写真やキャプションを読む限り、キューブリックに関する良からぬ噂話(隠匿者とか、パラノイアとか)を払拭したいかのようなクリスティアーヌの姿勢は理解できるが、個人的にはもっと「刺激的」な写真が見たかった気がする。また、キューブリックの前妻や前々妻にはあまり触れていなかったり、俳優やスタッフとのトラブルや対立といった否定的な部分にはほとんど立ち入っていない。全体的に綺麗にまとまりすぎだろう。まあ、身内が身内のプライベートを見せるわけなので、自ずと限界はあるだろうが。

 あと、付録とはいえ、巻末のクレジットのリストは見にく過ぎる。「これを決定版としたい」とのクリスティアーヌの意志とは裏腹に、ろくにレイアウトもせずただ単にテキストを流し込んだだけの代物で、英文に慣れない日本人には全く不親切なつくり。全体的にも、フォントの詰めが甘く、仕事が非常に雑でやっつけっぽい。多少時間がかかっても、もっと丁寧に作り込んで欲しかった。「愛育社」の名前とは裏腹に、愛が感じられないのは非常に残念だ。
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