現金に体を張れ

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

現金(ゲンナマ)に体を張れ [DVD](amazon)


 僕は山口県の岩国市の出身なんですが、幼いころは家の隣が映画館だったので、よくタダで入れてもらいました。嵐寛寿郎の『鞍馬天狗』などを見ていた覚えがあります。

〈中略〉

 家族で見て記憶に残っているのは、スタンリー・キューブリック監督の『現金(げんなま)に体を張れ』ですね。あれは10歳のお正月だったのかな。刑務所から出てきた主人公が競馬場の売上金を強奪するという話なんですが、すごくテンポがよくておもしろかった。その後、僕にとってスタンリー・キューブリックは最も敬愛する監督になっていきます。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:プレジデント/2016年2月6日



 弘兼憲史といえば『課長島耕作』が有名ですが管理人は全く読んではなく、実はその前の『人間交差点』を好んで読んでいました。人間描写が味わい深かったのが印象に残っています。

 奥様が『東京ラブストーリー』の柴門ふみというのは有名ですが、これも代表作『東京…』は読んでなく、その前の『女ともだち』を読んでいました。作中の生々しい女性心理の描写が気に入っていて、一時期全巻揃えてたくらいです。

 ところで氏の『現金…』の感想ですが、「テンポが良い」という声は、この作品をリアルタイムで観た方から多く聞かれる評です。現在の感覚で観てしまうとなかなか「テンポの良さ」というものを強くは実感できないのですが、当時としてはかなり画期的な編集だったんでしょうね。
[ブログランキング参加中]  にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へ      


〈PR〉
〈PR〉

〈PR〉
〈PR〉




    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
HKPC
※『現金…(The Killing)』のタイトルの横に記載された『Harris-Kubrick Pictures Corporation』の表記

 キューブリックがそのキャリアをスタートさせた『恐怖と欲望』と二作目の『非情の罠』は実質的にキューブリックがプロデューサーも兼ねていた。この時代、プロデューサーの最大の仕事は資金集めで、キューブリックはその負担も強いられていたのだ。そこに高校時代の級友であるアレグサンダー・シンガーを介して知り合ったのがジェームズ・B・ハリスだ。ハリスは映画とTVの配給会社フラミンゴ・フィルムズという会社を起こし、自らも映画のプロデューサーを目指して有望な監督を探していたところだった。

 キューブリックの劇場用映画二作目である『非情…』を観たハリスはその才能に着目、キューブリックと組む事にし、その際に設立されたのが「ハリス=キューブリック・プロ」だ。そして意気揚々とハリウッドに乗り込んだ二人が製作したのが『現金に体を張れ』で、その後『突撃』『ロリータ』と製作(『スパルタカス』は実質カーク・ダグラスの個人プロダクション「ブライナ・プロ」が仕切っていたので、会社からキューブリックを監督として貸し出す形で製作された)した。

 『博士の異常な愛情』の製作に入った頃、ハリスも監督を目指す事になり「ハリス=キューブリック・プロ」は友好的に解消したが、その後も二人は交流があったそうだ。

 会社の詳細な略歴は不明だが、ハリスとキューブリックが出会ったのが1954年、コンピ解消が1962年なので、実質8年間の活動期間であった。キューブリックはその後、自身の製作会社としてホーク・フィルムズ、ペレグリン・プロダクション、ハリアー・フィルムズ(何故か猛禽類の名前を好んで使っている)を設立し、自身で監督と製作を兼任するが、実質はスタンリー・キューブリック・プロダクションで、映画製作の様々な状況によってこれらの名称を使い分けていたようだ。
[ブログランキング参加中]  にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へ      

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
595b6f94
※この広告が現存していたとは・・・。

 キューブリックとハリスが完成したばかりの最新作『現金…』と自分達の『ハリス=キューブリック・プロ』を宣伝するためにバラエティ誌に出稿した広告です。あたかもUA(ユナイテッド・アーティスツ)期待の新人であるかのような(キューブリックとハリスはユナイトの専属ではなく独立プロ)この広告は当然のようにトラブルになりました。

 彼ら(※キューブリックとハリス)はできあがった広告をマックス・ヤングステイン(※ユナイトの担当者)のところへ持って行った。ハリスはヤングスタインの憤りについて話している。「『君たちは正気か。狂っているに違いない。何が、僕たちが新しいUAのチームだ。ボブ・ベンジャミン、アーサー・クリーム、宣伝担当のロジャー・リュー、そして僕。僕らが新しいUAチームだ。ここで映画を作っている他の連中が何ていうことか。みんな業者向けの広告を出したがるに違いない。君たちのせいで僕は発狂しそうだ』。僕は『分かった、じゃあ僕らだけでやろう。払ってもらわなくていいよ、マックス。大丈夫だ。僕らだけでやる』と受け答えをした。すると彼は『だめだ。許可を出さない。誰が払おうと関係ない。この広告を出すな』と言った」。

 ハリス=キューブリックは、一語一句そのままに広告を出した。彼らは『バラエティー』誌と『ハリウッド・レポーター』誌にそれぞれ1ページを使って掲載し、映画の宣伝をするために西海岸へ行った。広告が出回った。ヤングスタインは、ゴールドウィンの古いスタジオにいるハリスを突き止めた。「彼は僕に向かって叫んでいた」とハリスは思い出す。「『僕を裏切ったな。やるなと言っただろう。この広告はもう出さないだろうな』と言われた。僕らは『バラエティー』誌に出ると答えた。彼は『これ以上出したら、ユナイテッド・アーティスツは君たちの映画にまったくかかわらないで敵に回る。ここでの将来はないと思え』と言った。だから次の広告は出さなかった」

『映画監督スタンリー・キューブリック』より)

 ヤングステインの怒りはごもっともで反論の余地はないですが、この頃のキューブリックはとにかく業界内での知名度アップに躍起になっていました。こういった広告だけでなくラジオや雑誌のインタビューにも積極的に顔を出し、作品自体も興行成績を優先させるために結末を改変しようとしたり(『突撃』)、不本意な雇われ監督の座に甘んじたり(『スパルタカス』)、センセーショナルな扇情小説を映画化したり(『ロリータ』)しています。そのキューブリックが後年巨匠になると、逆に徹底的にマスコミや人目を避けるようになるのですから何とも皮肉なものです。

 出稿の日付は1956年3月21日、当時キューブリックは27歳。この年の5月20日にやっと『現金…』が陽の目を見る事になるのですが、それにこの広告が一役買ったかどうかは定かではありません。それにしても若さ故のこの「暴走」。キューブリックの事をクールで冷徹で何事も計算ずくで行動するという印象しか持ち合わせていない人にとって、この「暴走」はとても意外に映るのではないでしょうか。
[ブログランキング参加中]  にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へ      

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
mg

 『現金…』で馬を狙撃したニッキが乗っていた車。MGとはイギリスの自動社メーカー、モーリス・ガレージ社の意味で、このTDは1950年台前半に生産されたスポーツカーです。『現金…』は1956年の映画なので、当時の洒落者が乗っていたスポーツカーという認識でよさそうです。

 でも・・・オープンカーで白昼堂々と銃をぶっ放すっていうのはどうかと。まあそういった細かい事よりも犯罪映画としてのダイナミズムを優先した、と良心的に解釈しておきましょう。
[ブログランキング参加中]  にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へ      

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
uncledenny-race-500
Bay Meadows Racetrack(Wikipedia)


 『現金…』で強盗の舞台になったサンフランシスコ郊外のサンマテオにあった競馬場。1934年11月開場した歴史ある競馬場だったが、残念ながら2008年8月廃止。現在跡地では再開発が始まっているようだ。
[ブログランキング参加中]  にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へ      

このページのトップヘ