ロリータ

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 ナタリー・ポートマン(36)のハリウッドにおけるセクハラ経験は100回にも上るという。

 ナタリーは昨今のセクハラ騒動を受け、自らの経験を振り返ったところ、何らかの形で数えきれないほどの被害に遭っていたと気づいたそうだ。

〈中略〉

 そして過去には、ウラジーミル・ナボコフの小説をスタンリー・キューブリックが映画化した『ロリータ』に登場する小悪魔的な魅力をもつ少女のように見られたくなかったことから、意図的にセクシーなシーンのある役柄を避けていたと続けた。「キスシーンとか全ての性的なシーンをやりたくなかった時期は間違いなくあったわ。最初の頃の役柄では、私がロリータのようだという評価ばかりで、怖くなったの」「それも今の話題につながると思うの。1人の女性としてそういう風な見られ方をされた時『嫌だ』と思ったなら、自分を守るためにも何を遮断し、何を隠したらいいか?ってことよ」。

(全文はリンク先へ:VOGUE Japan/2017年11月22日

〈以下略〉




 最近アメリカ社会を騒がせているセクハラ問題ですが、キューブリック関連ではカーク・ダグラスの性豪ぶりが有名ですね。自身の控え室に駆け出しの女優を呼んで「退屈しのぎ」をさせた、というエピソードが関連書籍に登場しています。1950〜60年代の悪しき慣習はウーマンリブの1970年代を経ても変わらず、現在まで面々と受け継がれてきたということでしょう。

 人種差別にしろ、格差にしろ、セクハラにしろ、結局のところ「公平(今風でいうならダイバーシティ)」の名の下に「臭いものに蓋」をして見て見ぬ振りをしてきたのが臨界点に達し、表面化しただけですね。インターネットやSNSの発達で個人が意見や主張をしやすい環境が整った影響も大きいでしょう。「分断の時代」とよく言われますが、今も昔も所詮世の中は分断でできているんです。「分断」や「格差」や「差別」があるから人はそれを覆し、より良い生活環境を求めて力を発揮する・・・まるでキューブリックの『時計…』に関するコメント

「みんな偽善的な態度をとるけれど、みんな暴力に惹かれているというのが実情だ。何と言っても、この地球上で最も無慈悲な殺し屋は人類なのだ。」

に通じる話です。

 こういった「美名という仮面を剥ぎ取った下に現れる人間の本質」というのは全てのキューブリック作品に通底するテーマです。キューブリックが生涯をかけて「目を背けるな!」突きつけてきた「人間の本質」が露わになった現代、人類が真に「公平なる美徳心」を獲得するまで「進化」しない限り、キューブリック作品が毀損されることはないですし、このナタリー・ポートマンのコメントにキューブリック作品が引用されているのも単なる偶然ではない、と言えるでしょうね。

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George Romney - Mrs. Bryan Cooke (Frances Puleston, 1765–1818)



 『ロリータ』のラストシーンで撃ち抜かれた女性の肖像画はジョージ・ロムニー作『ブライアン・コーク夫人(フランシス・プルストン)』でした。そしてこのロムニーもまた、一人の少女「エマ」に魅せられ、狂わされた中年男性だったのです。

 wikiによると

 ロムニーは生活の糧である肖像画とは別に文学的な主題を持った作品を手掛ける事も渇望していた。1782年4月、友人のチャールズ・グレヴィル卿が肖像画を依頼するために新しい愛人をロムニーのもとに連れてきた。彼女こそ彼に多大な芸術的霊感を与えてくれる女神とも言える存在となる、エマ・ハート(後のエマ・ハミルトン)であった。当時エマ・ハートは17歳、ロムニーは47歳であった。グレヴィルは商業的思惑で依頼したのであるが、芸術家としてのロムニーにとっても得難い邂逅だった。エマは肉体的存在感とプロのモデルにも匹敵する表現力と天性の魔性を兼ね備えていた。ロムニーは肖像画家としての日常の仕事と両立させる事が困難になるほど、エマに取り憑かれた。

 彼はエマの肖像画を様々なポーズで60作以上描いた。それらは現実的な肖像、寓話・神話・宗教的イメージの具現化と多岐にわたった。エマは1782年4月から1786年3月まで約180回ロムニーの前でポーズをとった。多くは文学的な主題における劇的なヒロイン、魔女キルケーに始まり、メデイア、バッカスの巫女、テティスなどに扮した。1886年にエマ・ハートはナポリに向かいウィリアム・ダグラス・ハミルトン卿の愛人となった。1891年にハミルトン卿と正式に結婚するためイングランドに帰国し、6月から9月にかけて34回ロムニーのモデルを務めた。結婚式の日にただ一度「ハミルトン夫人」としてロムニーの前に座った。その後エマはナポリに戻り、二度とロムニーと再会する事は無かった。

(引用先:wikipedia「ジョージ・ロムニー」


 と、ハンバートと瓜二つな入れ込みっぷりと失恋っぷりに驚きますが、ハミルトン夫人となったエマはその後、ハミルトンと親交のあったイギリス海軍の英雄、ネルソン提督と愛人関係に。すでに高齢だったハミルトンはこの事実を受け入れ、ネルソン提督との友情を保っていたそうです。

 数々の男を狂わす魔性の女、エマですが、ジョージ・ロムニーが描いたエマの肖像画の一つがこれです。

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George Romney - Lady Hamilton (as Nature)

 ロムニーはモデルをそのままリアルに写しとることはせず、かなり「美化」して描いていたそうですが、それでもなかなかの「ロリ」っぷり。次々と中年男性を虜にするのも理解できます。

 しかし、キューブリックが『ロリータ』で使用した肖像画は、こんなおいしい実話があるエマではなく、『ブライアン・コーク夫人』でした。モデルのフランシスは1765年もしくは1753年シチリア生まれ。亡くなったのは1818年です。ヨークシャーの議員だったブライアン・コークと1787年に結婚。映画の絵は1787〜89年に描かれたそうなので、結婚を機に描かせたのではないかと想像できます。ですので描いた当時は「ミス(未婚)」ではなく「ミセス(既婚)」になります。

 キューブリック版『ロリータ』のこのラストシーンは、完全にキューブリックの創作ですので、なにがしかの意図があるのは明白ですが、撃ち抜く肖像画ならこの『ブライアン・コーク夫人』ではなく独身(愛人)だった『レディ・ハミルトン』の方がふさわしい気がします。しかしイギリスでは偉大なる英雄、ネルソン提督の愛人でもあったということもあり、「撃ち抜く」シーンには各方面からの批判も予想できます。『ロリータ』映画化に伴い、さまざなトラブルに見舞われていたキューブリックは、これ以上の「悩みのタネ」が増えるのを好まず、同じロムニー作でもあまり有名ではない『ブライアン・コーク夫人』の肖像画を選んだのではないでしょうか。

 ただ、この頃のキューブリックは後の「こだわり主義者の権化」と化す前なので、単に「小道具係が用意した肖像画で気に入ったのがこれだった」という単純な理由も考えられます。あまり「深読み」すぎるのもキューブリック自身が「詮索好きの見当違い」と批判していますし、自重はしつつも「一つの可能性」としてここに論じておきます。

 余談ですが、このエマとネルソン提督との不倫物語は『美女ありき』として、ヴィヴィアン・リーとローレンス・オリヴィエ主演で映画化されているそうです。


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 10月22日に放送された『岡田斗司夫ゼミ』にて、"ロリコン"という言葉の語源となった映画と、その出演女優のその後の人生について触れられました。

 元々のテーマは、あくまでもリドリー・スコット監督作品である映画『ブレードランナー』の解説だったのですが、岡田斗司夫氏は、脚本にクレジットされているハンプトン・ファンチャーという人物について調べる中で、ある女優との意外な関係がわかったそうです。

(全文はリンク先へ:ニコニコニュース/2017年10月26日




 あまりにも見出しが恣意的で、『ブレードランナー2049』の公開に合わせて狙って書いたアクセス稼ぎの記事の匂いがプンプンしますが(笑。実は岡田氏の解説の後には続きがありまして、スー・リオンは1994年にキューブリック宛に感謝の手紙を書いています。文面を読む限りは具体的に何に感謝しているかは不明ですが、時期から考えて『ロリータ』のビデオソフト化がスーに莫大な利益をもたらしたのでしょう。キューブリック作品のビデオ化ですから世界中で売れまくったのは想像に難くありません。まあ人間というもの、古今東西老若男女を問わずお金には弱いものです。で、その後、スーはせっかく17年も連れ添ったラダマン氏とも離婚(詳細はこちら)。金さえあれば稼ぎの悪い旦那なんかどうでもいい、ってことなんでしょうか? 現在は独身のままカリフォルニアで隠居中。そのお姿はこちらをどうぞ。

 せっかく調べた(ネットで。笑)のだから、岡田氏にはここまで言及して欲しかったですね。
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『ロリータ』を撮影中の1961年頃のキューブリック。左側で天を仰ぐのはキューブリックとことあるたびに対立した撮影監督のオズワルド・モリス

Stanley Kubrick Almost Moved to Australia Before Dr. Strangelove Because He Was Worried About Nukes

Perth, Australia is the most remote major city on the planet. Which is apparently why it appealed to legendary director Stanley Kubrick. New research reveals that Kubrick was so concerned with the possibility of nuclear war that he actually planned to move to Perth in 1962.

 オーストラリアのパースは地球上で最も遠い主要都市です。その事実がなぜ伝説的監督であるスタンリー・キューブリックにアピールしたのでしょう。新しい研究はキューブリックが核戦争の可能性に関心を持ち、1962年に実際にパースに移ろうと計画していたことを明らかにします。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:GIZMODO/2017年5月17日




 キューブリックが核戦争の危機から自身と家族を守るため、オーストラリアに移住することを考えていたのはよく知られた話ですが、具体的には『ロリータ』のポストプロダクション時、1962年だったそうです。モロに「キューバ危機」の年ですね。

 記事によると、船内で『ロリータ』の編集作業をしながらパースに移動しようと考えたらしいですが、当時の客船だと航海中の6週間もの間、他の客とバスルームを共用しなければならないことを知って断念したそう(笑。核戦争の恐怖よりバスルームの共用の方が嫌だというのは、プライベートを重んじるいかにもキューブリックらしい判断ですが、この「船内で編集作業をしながら移動」というアイデアは後の『2001年…』で実現させるので、執念深いといえば執念深いですね。結局移住は諦めて引き続きロンドンで映画製作を継続し、そこに骨を埋めることになるのですが、たとえ一時期はパースへ移住したとしても、核危機はその後収斂していくので、事態が落ち着く頃には、キューブリックはロンドンに戻ったように思います。オーストラリアという国が持つイメージと、キューブリック作品のイメージがあまりにもかけ離れているので、そのままオーストラリアに住み続けたとはちょっと思えないですね。

 核戦争の脅威から移住まで考えたキューブリックの恐怖心は、逆説的な「黒い笑い」となって傑作『博士の異常な愛情』として結実しますが、『私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』なんて長ったらしい副題に、この「パース移住計画」の影響が現れているのだとしたら、やっぱりこの「私」ってキューブリック自身のことなんでしょうね(笑。
 
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※『ロリータ』のオープニングで配給会社のMGMの次にクレジットされている『セブン・アーツ・プロダクションズ』

 『ロリータ』の製作資金100万ドルを提供した映画制作会社。1957年にレイ・スタークとエリオット・ハイマンが創業した。

 創業者エリオット・ハイマンとキューブリックのパートナー、ジェームズ・B・ハリスは子供の頃の同級生の父親という間柄で、旧知の仲だった。『ロリータ』の製作資金捻出に苦労していたキューブリックとハリスはエリオットを頼り、エリオットは「それだけでいいのか。100万で。決まりだ」と言ってあっという間に出資が決定した。その後、予算を175万ドルに増額している。

 その後セブン・アーツは1967年にワーナー・ブラザースを買収。「ワーナー・ブラザース=セヴン・アーツ」となるが、1969年にはキニー・ナショナル・カンパニーに買収され「ワーナー・ブラザース」に名称を戻して復活した。エリオット・ハイマンはこの年に退社、個人投資家へと転身した。『ロリータ』に『フランケンシュタインの逆襲』が登場したのは、ハマー・フィルム・プロダクションに『フランケン…』の製作資金を提供したのがセブン・アーツだったためだと思われる。

 因みにここによると『ロリータ』の総製作費は200万ドル(別ソースでは190万から225万)なので、残りの約25万ドルはキューブリックとハリスでかき集めたことになる。その中には『現金…』の権利(7万5千ドル)も含まれていた。尚、同社は次作『博士…』にも資金提供している。
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