2001年宇宙の旅

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 『2001年…』のディスカバリー号のプラモデルキットが、長い年月を経てメビウスモデルより公式に発売されることになりましたが、そのプロトタイプがコミコン2017に展示されているようです。そのディテールがわかる動画がアップされていましたのでご紹介。

 モデラーの方々には長い間待ち焦がれていたキット化だと思います。発売が楽しみですね。
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2001年宇宙の旅 [Blu-ray](amazon)


 20世紀から21世紀当初には優れたSF映画がたくさんあった。これらの作品は希望と夢と悪夢の未来を大スクリーンに描き出し、衝撃的だが現実離れした予言を行なった。

 そして時は流れ2017年。中にはびっくりするほど的確な未来予測もあったが、外れてしまったものもあった。

 ちょっと時間軸がずれただけで、そのあと起こりうる可能性も高いものもから、ちょっとこじつけなんじゃないの?と思うものまで、その主だった10作品が海外ランキングサイトにて特集されていたので見ていくことにしよう、そうしよう。

〈中略〉

 SF映画史上の最高傑作に挙げられる本作品。劇中で描かれたいくつもの未来の技術が、後に現実に登場している。

 本作品がリスト入りしたのは、宇宙旅行の時系列に問題があるからだ。現段階では木星はおろか、火星への有人飛行も実現しておらず、2001年にHAL 9000のようなコンピューターも開発されていない。

 制作当時、スタンリー・キューブリックらは最新の宇宙技術について綿密な調査を行なっており、映画にリアリズムを与えることに成功した。

 同時に、未来的な雰囲気を演出するために現実の科学者を追い抜く必要もあった。このために興味深い技術が映画に登場しているが、それは現在と過去の趣を持つ。

 例えば、電話付きのブリーフケースだ。これはタブレットやスマートフォンとの類似点が見られるが、いずれにせよ2001年には登場していない。

 『2001年宇宙の旅』には、現代社会を超えている技術と古い技術が混在している。時系列の点ではまったく未来の予測を間違っていたが、方向性の点では正しかった。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:カラパイア/2017年7月2日




 『2001年…』関連の資料を読んでみると、キューブリックは最初からできるだけ正確にされた未来予測に基づく映画を作ろうとしたわけではなく、割とアバウトな「未来感」を持った映画を考えていたようです。手塚治虫に美術監督のオファーをしたのもそれが理由ですし、クラークとの共同作業で作り出された物語も、当初はいわゆる「当時のSF映画のクオリティの範囲」を大きく飛び越えるようなものではありませんでした。それが「超リアリズム主義」に変わったのは、スタッフにNASAを退職したばかりのフレデリック・オードウェイハリー・ラングが参加したのかきっかけだったのではないでしょうか。

 彼らを通して当時最先端のNASAのテクノロジーやデザインがキューブリックの元に届きだすと、とたんにキューブリックの「こだわりの虫」が騒ぎ出し、それまで決定稿と思われていた脚本に次々にNGを出し始めます。また、NASAを通じて当時NASAに協力していた関連各企業(IBMやGM、ベルなど)とのコネができたことをいいことに、映画内で企業の宣伝(セットやガジェットにロゴを入れる)をするのと引き換えにデザインを担当させるという方法を採用しました。このことが素人が勝手にデザインしていたそれまでのSF映画のセットデザインをはるかに凌駕した主な理由ではないかと考えています。同年に公開された『猿の惑星』にも宇宙船や冷凍睡眠装置が登場しますが、専門家のデザインと素人のデザインの違いははっきりと見て取れます。キューブリックが一番苦労したデザインは専門家のいない「宇宙人」(結局全てボツにした)だったことを考えると、『2001年…』が公開から50年になろうとしていうのに輝きを失わないのは、キューブリックの功績は当然としても、それに陰に日向に協力した数多くの「専門家」(もちろん科学者でもあったアーサー・C・クラークを含む)の存在があったことは、もっと周知されてしかるべきだと思っています。
 
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 『2001年…』に登場したコンピュータ、HAL9000ののPOV(主観ショット)に使われたレンズ。英語版wikiには「HALの主観ショットはフェアチャイルド・カーティス社の160度ウルトラワイドレンズ」となっていますが、どうやらこれは間違いで、ダグラス・トランブルやアンソニー・フリューインによると、ニコンの1:8 f=8mm 魚眼レンズが使用された(詳細はこちら)というのが正しいようです。

2001_sketch_sm
※HALのPOVショット

 確かにHALの主観ショットは円形にトリミングされた完全な「魚眼」(円周魚眼というそう)ですので、フェアチャイルド・カーティスの超広角レンズのように「広角」ではありません。ではこのフェアチャイルドのレンズはどのシーンで使われたのかというと、遠心機でのプールのランニングのシーンやポッドベイでの相談シーンに使われたようです。

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※遠心機のドリーショット用のカメラにマウントされたフェアチャイルドのレンズ

2001-Pod-Bay
※ポッドベイのショット。天井が歪んでいるのがわかる。

 ニコンの魚眼レンズの解説はこちらにあります。作例の写真はまさに「HALの見た目」です。キューブリックは同じレンズをHALのプロップに仕込んでいます(その記事はこちら)が、当然ですがそれはカメラにはマウントされていませんので撮影はできません。それでもキューブリックは同じレンズにこだわった・・・(笑。まあ、HALの目がアップになるシーンが何度も登場するので、レンズマニアが見れば種類がわかってしまうのかもしれませんが、細かいところまで徹底的にこだわるキューブリックの「こだわり主義者」っぷりがよくわかるエピソードですね。
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〈前略〉

音声合成で世界最初に流れたのはデイジー・ベルの歌 1961年

 映画「2001年宇宙の旅」、交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」が流れるなか、並んだ惑星の向こうから太陽が昇る荘厳なシーンから映画は始まります。モノリスと呼ばれる石から知恵を授けられた猿人が争いに勝ち、握っていた骨の武器を空中高く放り投げると、落ちてくるあいだに道具が進化し、宇宙船にかわるという印象的なシーン。また地球から月へ向かう宇宙船のバックに流れる「美しく青きドナウ」。映画とクラシックをうまくマッチさせたスタンリー・キューブリック監督の名作です。アポロ十一号が人類最初の有人月着陸を果たす前年(1968年)に封切られました。

 映画の主人公はもちろん人間ですが、準主人公が人工知能HAL9000型コンピュータです。IBMの文字を前に一文字ずつずらして命名した説が有名ですが、キューブリック監督は否定しています。

 このHAL9000がとんでもない事件を起こします。月で見つかったモノリスの秘密を探るために木星へ向かう宇宙船ディスカバリー号を管理しているHAL9000が突如暴走しはじめます。モノリス探査の任務と、その任務をディスカバリー号乗員に隠すよう矛盾された指示を与えられたことが原因でした。この原因は後編の映画「2010年宇宙の旅」で判明します。

HAL9000が歌うデイジー・ベルの歌


 HAL9000の異常に気づいた乗組員が人工知能の停止をはかりますがHAL9000が反撃を始め乗組員を次々と殺害。唯一、生き残ったボーマン船長がHAL9000を停止させるため人工知能の思考部に入ります。次々と機能停止されるなか、HAL9000がもうろうとした意識(そんなものが人工知能にあればですが)で歌うのが“デイジー・ベルの歌”です。歌っている間に、だんだんスピードが落ち、HAL9000のロレツがまわらなくなり、やがて停止してしまいます。

 “デイジー・ベルの歌”は“二人乗りの自転車”ともいい、不器用な田舎者の恋を扱った歌詞です。なぜこんな歌が映画の重要なシーンで使われたのでしょうか。答えは音声合成で世界最初に流れたのがデイジー・ベルの歌だったからです。

 1961年にベル研究所の技術者が史上初めてアイビーエムの大型コンピュータを使い音声合成で“デイジー・ベルの歌”を歌わせました。このエピソードを知っていたのでキューブリック監督は、映画のシーンに使ったのでしょう。もっとも技術者が、なぜこの歌を大型コンピュータに歌わせたのかは謎です。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:PC Watch/2017年4月10日




 水谷哲也氏の書籍『バグは本当に虫だった なぜか勇気が湧いてくるパソコン・ネット「100年の夢」ヒストリー91話』(発行:株式会社ペンコム、発売:株式会社インプレス)に掲載されているエピソードを抜粋した記事だそうです。他の記事はこちらで読めます。

 HALとIBMの関係は以前ここで記事にしましたね。ところでキューブリックはパーソナル・コンピュータの普及を心待ちにしていて、IBM XTを手にいれたときは誇らしげにこんな写真まで遺しています。後に1988年のこのインタビューで所有機種を「軽いラップトップ型の東芝のコンピュータで、プリンターはエプソンだ。」と応えています。このことからも相当の「パソコンヲタ」だったことがわかります。まあそれ以前にカメラやテープレコーダーが大好きな「メカヲタ」だったので、こうなるのも必然ですね。そんな「ヲタ」なキューブリックを奥さんのクリスティアーヌは半ば呆れつつ

「スタンリーはテープレコーダー8つとズボン1本さえあればそれだけで幸せ」

「パーソナル・コンピュータの登場は彼が生まれてこのかたずうっと登場を待ち望んでいたものが実現したようなもの」


と語っています。同じ「ヲタ」な方々には耳の痛い話ではないでしょうか(笑。


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 キューブリックが『2001年宇宙の旅』の制作前に参考に観たという1963年公開のチェコ映画『Ikarie XB-1』のオープニングシーンがYouTubeにありましたのでご紹介。

 この『Ikarie XB-1』、キューブリックのパーソナルアシスタントだったアンソニー・フリューインによると

 「スタンリーはロンドンに移る前(※1965年頃)、ニューヨークで『2001年…』の調査や脚本を書いていた時に『Ikarie XB-1』を見ていました(彼は膨大な関心事があり、それをいくらでも手に入れることができた)。 確かにそれはスタンリーの発想ではありませんでしたが、それはテーマやプレゼンテーションの点で、平均的なSF映画から半歩くらいの進歩がありました。その後、彼が認めたように、当時でもそれはそれほど難しいことではありませんでした 」

 「私は、スタンリーに影響を与えた未来映画・SF映画はないと思う。そして、映画においてこれらの分野が十分提供されいていなかったという事実が、彼が『2001年…』を作った要因でした」

 「スタンリーは無類の映画好き(「良い映画からと同じように、悪い映画からも何かを学ぶことができる」)だったし、それらの映画のどれが彼の「好み」の映画のリストに載っているかどうかはわかりません。彼はユーモアと忍耐強さを持っていたので、時々冗談を言っている可能性があります。彼がかなり良いと思った傑出した映画の中には、彼のお気に入りの一つのショット、または一つのシークエンスがあったかもしれませんが、それまでお気に入りリストに含めてしまうと、あまりにも遠大な計画になってしまいます」

【関連記事】スタンリー・キューブリックが好んだ映画のマスター・リスト(2016年7月25日改訂版)


 とのことで、キューブリックが参考にと視聴したSF映画の一本でしかなかった様です。

 しかし、観ていただくとわかる様に、時代を考えればまあまあいい感じのオープニングです。通路がなんとなく『2001年…』を彷彿とさせますが、雰囲気がとってもソ連っぽいのは当時のチェコが共産主義国家だった影響も大きいでしょう。宇宙船のデザインはかなり古臭いですが、内部のセットはなかなかではないでしょうか。以下はキューブリックが観たであろう米公開版で『Voyage to the End of the Universe』と改題されたもの。サイケなビジュアルとサントラがなんともいい味を出していますね。

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