2001年宇宙の旅

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 この「映画論叢(えいがろんそう)」という雑誌、一般書店ではなかなか入手が難しく、書店での注文かamazonなどのネット通販、もしくは版元である国書刊行会のサイトに頼るしかありません。判型はA5サイズ、ページ数は128ページ、広告も一切ないので1,000円(税別)という価格は仕方ないでしょう。内容もオールド映画ファン向きで、かなり専門的。一般の映画ファンが気軽に手を出すには、なかなか敷居の高い雑誌です。

 その「映画論叢」の第50号に、スタンリー・キューブリック関連の著作で有名な内山一樹氏の最強レポート「『2001年宇宙の旅』を見続けて半世紀」が16ページに渡って掲載されています。その内容はさすがリアムタイムで鑑賞されてきた方の迫真のドキュメントとして、また貴重な資料として非常に読み応えがあります。シネラマでの初公開から凱旋興行と35mm版上映、10年後のリバイバル70mm版上映と35mm版上映、その後1980年代半ばまで続くリバイバル上映、2001年に公開された新世紀版、『午前10時の映画祭』での35mm上映とDCP上映、2015年の『ライブ・シネマ・コンサート』(管理人は内山氏と同日を鑑賞)、そして昨年のアンレストア版70mmからIMAX上映まで、日本での『2001年…』興行について全て言及されています。特に1978年リバイバル時のプリントの品質の不安定さや「バレ(本来見えてはいけない映像が見えてしまっている状態)」への言及は興味深いものがありました。

 内山氏といえば、キューブリックファンにとっては「バイブル」と言えるムック本『イメージフォーラム増刊号 キューブリック』で有名ですが、実はこのムック、その7割は内山氏の執筆(執筆者の石田タク、中畑薫は実は内山氏)だったそう。また、この記事には1969年に刊行された『キネマ旬報 臨時増刊 世界SF映画大鑑』に『2001年宇宙の旅』のシナリオ採録があり、そこにはボーマンがピアノ(キーボード)を弾くシーンが掲載されているとの情報がありました。そのムックも入手しましたので、後日レポートしたいと思います。

情報提供:元・空想科学少年様


映画論叢 50(amazon)
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 以前この記事でお知らせした、イギリス・マン島郵便局が発行した『2001年宇宙の旅』50周年記念切手の開封動画がありましたのでご紹介。

 その記事の通り、マン島の郵便システムは独自なもので、マン島で発行された切手はマン島でしか使えません。ですので、こういった記念切手の発行がマン島郵便局の収入源になっているそうです。動画を見る限り、とてもしっかりとした作りで、なかなかコレクター心をくすぐりますね。紹介されているのは

・額入り記念切手シート
・初版カバー
・アルバムパック
・切手バラ(未使用)
・切手バラ(消印入)

です。現在もまだ発売中なので、興味のある方は購入してみてはいかがでしょうか。マン島郵便局公式サイトの『2001年宇宙の旅』50周年記念切手販売ページはこちら
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 スターエーストイズからラインナップされている、デフォルメ&リアルがコンセプトのシリーズ「デフォリアル」から『2001年宇宙の旅』に登場した宇宙飛行士のフィギュア4色がリリースされるそうです。赤はHALのブレインルーム、青はHALのモノアイ、黄色はスペースポッド、シルバーは月面活動シーンがそれぞれのバイザーにデザインされています。ディテールもなかなか作り込んでいるようで期待できますね。

 全高約150mm、PVC製の塗装済み完成品フィギュアです。価格は6,362円。発売予定日は2019年9月30日。現在予約受付中です。


スターエーストイズ デフォリアル ディスカバリー アストロノーツ レッドVer. (amazon)



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スターエーストイズ デフォリアル ディスカバリー アストロノーツ シルバーVer.(amazon)
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『2001年宇宙の旅』で仕事をするジョイ・カフ。

〈前略〉

 MGMスタジオでの私の契約は1966年2月に始まりました。実写(俳優)撮影はシェパートン・スタジオで完成していました。『2001年宇宙の旅』は65(70)mmフィルムで撮影されていました。私が映画制作に加わったとき、モノリスを調べるために「穴」に降りる宇宙飛行士のフィルムは缶に保管されていましたが、合成されていませんでした。

 MGMでは月面の模型を「マットショット」として制作することになっていました。石膏で作られた「穴」の中央フレームには、シェパートンで撮影されたライブアクションの映像を使うことになっていました。そしてそれはカメラで撮影され、合成されました。この手法は映画制作の初期の頃には完成していましたが、複製されたフィルムの品質が向上するにつれて、静止画像に実写を挿入する方法はあまり使われなくなりました。キューブリックは細心の注意を払い、主に高品質で再生することによってこの方法を使うことにしました。カメラマンのジョン・マッキーとマット・アーティストのボブ・カフは、月面セットの制作と撮影の両方の開発に携わった重要な技術者でした。

 私はミックスメディアのアーティスト兼彫刻家として働いていた時と同じく、月の模型を制作する際に石膏を使用し、順調に作業していましたが、私は映画制作のSFX分野、特にマットショット (個々のショットを合成して1つの完全なショットを作ること)については経験がありませんでした。私はこの分野のエキスパートであるボブ・カフと一緒に仕事をし、マットアーティストの技を学びました。『2001年宇宙の旅』の最も象徴的なショットの1つを制作する一方で、私はこの芸術形式を学ぶことに恵まれたのです。

 このショットとそれに続く月面バスのフィルム上のショット、そして宇宙船の窓からの風景は、実際には3フィート×6フィートの大きさで、約25フィートのトラッキング・ショットのために、10フィート四方のエリア内で相互動作する長いセットでした。私はスタンリー・キューブリック・アーカイブにあるサムネイルのスケッチから作業しました。私が作成したのは、スタンリーが描いたいくつかの簡単な図面(表面の平野とクレーターの縁を示す単なる図)で、全てのセット上で非常に慎重に構成されていました。ボブ・カフとジョン・マッキーがアバカス社を結成し、映画制作を始めた後(私は後にボブと仕事をするために彼らに加わることになりました)、私は一人で月面模型を制作し、後の段階でモデルメーカーのロジャー・ディキンが加わりました。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:HISTORY PROJECT/Blogs/Anonymous's blog/The Stanley Kubrick Archives/2016年2月11日




 『2001年宇宙の旅』月面の模型を制作したジョイ・カフの書き込みがありましたのでご紹介。キューブリックが『2001年…』で行った特撮の方法は「原始的だがおそろしく手間がかかるもの」だということは知られていましたが、具体的な証言があるとイメージしやすいですね。いわゆる「マットペイント」と呼ばれる方法ですが、『2001年…』の場合、背景は絵(通常はリアルな背景絵を描く)ではなく石膏などで制作した模型を撮影し、それを背景素材として使ったようです。ムーンバス飛行中の窓の外を流れる風景は、模型をトラッキング・ショットで撮影したものが使用されたそうです。

 それにしても「人類の夜明け」の猿人たちが住む岩場だけでなく、月面のデザインまでキューブリックが指示していたとは。キューブリックが『2001年…』でアカデミー視覚効果賞を独占したことに異論を唱える向きもありますが、ここまで事細かに関わっていたとなると、それを単純に批判はできないでしょう。

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ムーンバスが月面を飛行するシーンの背景。

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モノリス発掘現場の背景と思われるが、映画とは月面の形状が違うのでボツになったか、修正を加える前のものかもしれない。

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ムーンバス着陸シークエンスのポラロイド。

 以下はIMDbのジョイ・カフのバイオグラフィ。「サンダーバード組」だったんですね。

 アートスクールを卒業した彼女の最初の仕事は、デレク・メディングスの彫刻家として『サンダーバード』(1965)に取り組んでいました。 彼女はAPフィルムの彫刻班で人形のための頭部を制作していました。 ジョイがAPフィルムに参加したときには、すでに作られていた主役ではなく、さまざまなエピソードに登場する悪役などの仕事をしました。

 1967年(1966年の間違い?)、ジョイはスタンリー・キューブリックの『2001年…』のために月の模型を作りました。 彼女はその時はまだミス・ジョイ・セドンでした。 ジョイは1964年にブライアン・ジョンソン(当時、デレク・メディングスと共に『サンダーバード』に取り組んでいたブライアン・ジョンコック)によってボブ・カフに紹介されました。ジョイは1969年にボブ・カフの息子(ポール・カフ)と結婚しました。


 こちらはジョイの最近のインタビュー動画です。

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あらすじ

 コンピュータが診察し、コンピュータが手術をする。そんな巨大ハイテク病院を制御するメイン・コンピュータ《ブレイン》がある日突然、入院患者を人質にとって反乱を起こした。「ワタシハビョウキデス」というコンピュータに呼ばれて駆け付けたB・Jは、コンピュータの手術をはじめる。

(引用元:手塚治虫ブラック・ジャック40周年記念ページ『【107】U-18は知っていた』




 手塚治虫の漫画作品の中でも、常に人気上位にランキングされる『ブラック・ジャック』。その中に明らかに『2001年宇宙の旅』に登場したコンピュータ、HAL9000に影響されたと思われるエピソードがあります。それが『U-18は知っていた』です。

 人間の外科医であるブラック・ジャックがコンピュータを手術するという荒唐無稽な話ですが、そこには「機械であれ人間であれ、命あるものは平等に扱うべき」という手塚の思想が見え隠れします。手塚は戦中派で空襲も経験していることから「命の尊さ」に対して特別な思い入れがあり、それを生涯のテーマにしていた・・・というのはよく語られる話ですが、個人的にはそんな単純な人ではなかったのではないかと思っています。というのも、その「命」を時には残酷に、時には杜撰に扱った作品も数多く存在するからで、そこには手塚の「まずはストーリーありき」「そのためなら命に限らず、あらゆる要素を劇的な効果を求めて躊躇なく利用する」というストーリーメーカーとしての「本性」が見え隠れしているからです。

 キューブリックはストーリーメーカーとしての自分の才能には懐疑的でしたが、ストーリーテラーとしての才能にはある程度自信を持っていたでしょう。それは手塚と同じく「ストーリーのためなら、あらゆる要素を劇的な効果を求めて躊躇なく利用する」という映画制作の姿勢に現れています。キューブリックの場合、それは斬新な撮影技術や映像効果、絶え間ないアドリブ(テイク)の要求であったりしました。

 キューブリックが『2001年宇宙の旅』の制作にあたり、手塚治虫に美術監督のオファーの手紙を出したのはよく知られた話ですが、この時点ではキューブリックは手塚の「未来デザイン力」に期待を寄せていたのでしょう。しかし、手塚の本分は美術デザインでも画力でもなく「キャラの魅力」と「ストーリー」にありました。よく「手塚治虫が『2001年…』に参加していればどうなったか?」という仮定が話題にのぼりますが、『2001:キューブリック、クラーク』を読めばわかるように、そこに美術監督としての手塚の居場所はありません。おそらく圧倒的支配力でダメ出しを出しまくるキューブリックに嫌気がさして、数ヶ月で喧嘩別れしていたことでしょう。

 手塚がキューブリックのオファーを忙しすぎて仕方なく断ったのは、両者にとって幸運だったと思っています。そのおかげで手塚はキューブリックに対して生涯好意的でいられたのですから。それはこの『U-18は知っていた』に限らず、キューブリックネタをいくつか作品内に登場させている事実からも類推できます(注:『時計仕掛けのりんご』は手塚の漫画が映画より先なので、単なる偶然)。手塚はロスに滞在中、同行していた永井豪に「絶対いい映画だから行こう」と『シャイニング』を観に誘ったというエピソードもそれを裏付けています。

 「手塚の本分はストーリーにある」と前述しましたが、手塚が晩年の大作『アドルフに告ぐ』で描き出したシオニズムの正体は、キューブリックが映画化を進めていた『五十年間の嘘』(『アーリアン・ペーパーズ』)でも触れられていました。『2001年…』制作時の美術監督へのオファー、『時計…』で同じ原作に触手を伸ばすなどを考えると、キューブリックと手塚は「相寄る魂」「類は友を呼ぶ」関係であったのは間違いないでしょう。同じくワーカーホリック、同じくクラッシック好き、同じくフィルム好き、同じく生涯を自己表現に捧げた人生、同じく1928年生まれ・・・。手塚はキューブリックに会いたくてアメリカに行くたびに会おうとしていたらしいですが、当のキューブリックはイギリスに本拠を移してしまいました。そして二人とも故人となった現在、天国で「神様」は「巨匠」に会えたでしょうか? そして何を語り合っているでしょうか? くれぐれも「共同作業」だけはしないでいて欲しいですね(笑。

情報提供:U-813さま
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