シャイニング

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
p1

 SLY(スライ)より『シャイニング』『時計じかけのオレンジ』『2001年宇宙の旅』のキューブリックコラボが発売開始になりました。全品6,000円(税別)です。アイテムは以下の通り。各社、今までの映画のビジュアルをプリントしただけのものから、デザイン性を上げてきているようですね。

『シャイニング』フォトロングTシャツ
カラー:ホワイト、ブラック、イエロー
サイズ:フリー
素材:綿100%

『時計じかけのオレンジ』クロップドトップス
カラー:ホワイト、イエロー
サイズ:フリー
素材:綿100%

『2001年宇宙の旅』ビッグTシャツ
カラー:ホワイト、ブラック、レッド
サイズ:フリー
素材:綿100%


KUBRICK.Blog.jp おすすめ記事





    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
danny_t
キューブリック版『シャイニング』でダニーを演じたダニー・ロイド(撮影時5〜6歳)。小説版の設定年齢と同じ。

Shining-mini-Danny
TV版『シャイニング』でダニーを演じたコートランド・ミード(OA時10歳)。ゆるい口元が利発さを感じさせない。

 キューブリック版『シャイニング』では、原作で中心的に活躍する「シャイニング」、つまり超能力(ESP能力)がほとんど描かれませんでした。そのため、現在に至るまで「キューブリックの『シャイニング』は『シャイニング』というタイトルながら「シャイニング」ではない」と、原作ファンを中心に批判され続けています。確かにその通りなのですが、あらゆる可能性を探り、判断して映画作りをするキューブリックが、こういった批判の可能性を考慮していなかったとは考えられません。この考察では「キューブリックは『シャイニング』における「シャイニング」の扱いを〈あえて〉矮小化した」という仮定に基づいて、なぜキューブリックがそうしたかのかを考察してみたいと思います。

 さて、いきなり結論を書いてみたいと思います。それは、キューブリックがダニー・トランスを物語の主人公から脇役へと追いやり、ジャックを中心に据えたからです。原作小説では、物語はダニー・トランスと、ダニーが持つ「シャイニング能力」を中心に物語が進行します。しかしキューブリックはダニーを〈あえて〉物語の中心人物から脇役へと追いやり、父親であるジャックをその中心に据えました。その理由は主に以下の3つが考えられます。

‐説のダニー・トランスが5歳児とは思えない問題

 原作小説のダニーは、物語の序盤では言葉の意味がわからなかったり誤解するなど、5歳児らしい言動を繰り返します。しかし、クライマックスになるとジャックさえ気づいていない「幽霊達の真の目的」を看破し、悪と対峙します。長編の小説であればその変化はゆるやかであり、また、文字として読んでいるだけなのでほとんど違和感を感じさせません。しかし2時間で映像を見せる映画では違います。そんな短い時間で急成長するダニーの姿を映像化すれば、単なる御都合主義に陥ってしまう可能性があります。

 そのため、キューブリック版『シャイニング』のダニーは終始5歳児らしさを失いません。常に幽霊や父親に怯え、その真意や意図に気づくことはないのです。唯一聡明さを感じさせるのは、終盤でジャックを迷路でまくシーンのみです。キューブリックはダニーを「リアルな5歳児」にしておきたかったのでしょう。5歳の感受性ならプレコグやテレパシー、イマジナリーフレンドを持っていてもまだリアルに見えるかもしれない・・・そんな思惑があったのかもしれません。しかしそうなると、物語後半の大人顔負けの大活躍を(5歳のダニー・ロイドでは)描けません。であれば、いっそのことストーリーをダニーの物語からジャックの物語へ改変してしまおう。そう判断したのではないでしょうか。ちなみにスティーブン・キングも同じことを思ったようですが、キューブリックとは異なった判断をしました。すなわちダニーを10歳のコートランド・ミードに演じさせたのです。

◆屮轡礇ぅ縫鵐闇塾蓮廚縫螢▲螢謄がない問題

 キューブリックは「シャイニング(ESP)能力」について

 (ESPについて)実際のところ、しなければならない調査というものはなかった。この物語は特に要求していなかったし、私はずっとその話題に興味があったから、必要な(こと)だけはわかっていたと思う。ESPとそれに関連した心理現象が、最終的に、それらの存在についての普遍的な科学上の証明を見つけられればいいと思う。(引用:ミシェル・シマン『キューブリック』)

とインタビューで応えています。つまるところキューブリックは、ESPの調査という、そのものがなかった。映画制作上必要でもなかったと言っているわけですが、この後自分の飼い猫が、自分が毛玉を取ろうと考えている時に限って逃げ出してしまうという事実を例に出し、そういった「第六感」「以心伝心」レベルの事象を興味深そうに語っています。

 キューブリックは「リアル」や「リアリティ」にこだわる監督です。ここで言う「リアル」とは、「根拠」「裏付け」「整合性」という意味です。『2001年宇宙の旅』では、異星人を「科学的に定義された神」という「根拠」を設定できました。しかし『シャイニング』では、ESPについてキューブリックが納得いくだけの根拠を探す方法さえありませんでした。根拠がないものを「ない」として描くことを嫌うキューブリックが採った方法は、ESPの描写を最低限にすることでした。ラストシーンで「シャイニング能力」が活躍する原作小説と、全く描写されない映画の違いはこうして生まれたのだと思います。

最恐の恐怖映画を作りたいキューブリックにとって「シャイニング」は不要

 キューブリックは常々「どのジャンルの映画も一度は作られている。我々がすべきことはそれよりもいい映画をつくることだ」と語っていました。当時のホラー映画ブームで評価されていたのは『エクソシスト』『オーメン』『サスペリア』などですが、キューブリックはこれらを超える「最恐の恐怖映画」を目指したのです。そこでキューブリックが考えた「恐怖の視覚描写」とは、「廊下や迷路を走り回る映像」「血のエレベーター」「双子の少女」「狂気のタイプライター」「斧を振り回すジャック」「恐怖に叫ぶウェンディ」「ホモ行為に及ぶ犬男と紳士」など、どれも原作小説に登場しないものばかりです。ですが、小説では重要な役割を果たすシャイニング能力は、キューブリックが目指す「最恐の恐怖映画」には必要ありません。キューブリックはダニーのシャイニング能力が恐怖描写に関係する部分(双子の少女や血のエレベーター、REDMUMの幻視)と、物語上必要な部分(テレパシーでハロランと通じ合う)のみを残し、あとは捨て去ってしまったのです。そうなるとダニー(ハロランも)が物語で果たす役割は少なくなり、脇役へと追いやられるのは必然と言えるでしょう。

結論:キューブリック版『シャイニング』で「シャイニング」の描写が少ないのは、ダニー・トランスを主人公から脇役へと追いやり、ジャックを物語の中心に据えたから。その理由は以上の通り。

 キングは掲示板でファンと交流した際、「自分の書いた小説のキャラで実際に会えるとなると誰に会いたいか?」という質問に対して「ダニー・トランス」と応えています。原作小説に描かれた頭が良く行動力があり、勇気を振り絞って悪と戦うダニー少年は、キングの理想の少年像なのでしょう。そう考えるとTVドラマ版『シャイニング』や続編『ドクター・スリープ』で、ダニーとシャイニング能力を物語の中心に「取り戻した」のは当然だと言えます。そのかわり両作品はキューブリックが否定した「根拠もリアリティもどこ吹く風、御都合主義のオンパレード」となってしまったのも仕方がないことでしょう。

 作り手側の意図は説明した通りですが、受け手側は結局のところキューブリックとキングの映像化に対する考え方の違いの、どちらに共感するのか? 楽しめるのか? に尽きると思います。「たとえフィクションでもリアリティ(根拠)を感じないと楽しめない」と思うならキューブリック支持、「フィクションはフィクションとしてリアリティ(根拠)無視でも楽しめる」と思うならキング支持、となるでしょう。どう感じるかは受け手の自由です。だた、作り手側の考え方を知っておとくことは、その作品を理解する上で役に立つことは間違いないでしょう。

 余談ですが、「シャイニング」でなくなってしまった映画のタイトルが『シャイニング』である理由ですが、『シャイニング』はキューブリック作品中唯一「映画会社が映画化権を持っていた小説を映画化したもの」だからです。キューブリックは通常、自分でお気に入りの小説を探し出して作者と直接交渉して映画化権を購入、それを映画会社に売り込むという方法を採っています。しかし『シャイニング』だけは違います。権利を持つワーナーがメディアミックスの観点からタイトル変更を許可するとは思えないし、キューブリックもそこまで必要ないと考えていたのかもしれません。

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

1:42の飛行機のカーペットが『シャイニング』しています。

 イギリス出身のポップスター、デュア・リパ(Dua Lipa)の新曲『ブレイク・マイ・ハート(Break My Heart )』のMVに「シャイニングカーペット」が登場しているのでご紹介。

 このデュア・リパ、日本じゃまだ無名ですが世界的には超有名なポップスターで、それはこちらの本家動画の再生回数からも伺えます。音楽的にはレディ・ガガからの流れの正統派デジタル・ダンス・ポップといった感じですが、ワーナーもわざわざ日本語字幕版のMVを作るほどプッシュしています。

 同じワーナーつながりで『シャイニング』というわけではないんでしょうけど、MVにもかなり金がかかっていますね。まあ、これだけのお金をかけられるほど「世界」というマーケットを意識してのことでしょうけど、ガラパゴス化激しい日本の音楽マーケットでも、タイアップ次第では今後人気が出るかも知れませんね。

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック


 マーティン・スコセッシ監督の1991年の作品『ケープ・フィアー』に『シャイニング』のパロディがあるのでご紹介。

 いや、あんまりにもベタすぎて、デニーロと同じくワザとらしい笑いしか出てこないのですが(笑。この劇中映画、調べてみたのですが、デニス・デューガン監督の1990年の作品『プロブレム・チャイルド/うわさの問題児』のワンシーンだそうです。でも、あえてこのシーンを使ったのは、キューブリック大好き!なスコセッシの、キューブリックに対する「目配せ」なんでしょうかね?


『プロブレム・チャイルド/うわさの問題児』の予告編。

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
TheShining_whendy
ウェンディのキャラクターは小説から大きく改変された。

〈前略〉

マカフィー:『シャイニング』について話しましょう。どうやってプロジェクトに関わることに?

ジョンソン:キューブリックが電話をかけてきて、彼が色々な本を原作にホラー映画を撮ることを考えている時に会ったのです。

マカフィー:彼は(あなたの小説)『影は知っている』の映画化に興味があったと思いますか?

ジョンソン:そうかもしれません。私の印象では彼が読んだことは確かです。彼の口からは言いませんでしたが、私から聞くこともしなかったです。ロンドンで夕食をし、6ヶ月後に電話で「スティーブン・キングの小説を買ったんだが、読んでみるかい?」と言ってきたので、読みました。それからプロジェクトが動き出してから彼が一緒に働かないか薦めてくれたのです。脚本が少し進むごとに、違う草稿ができました。ロンドンにアパートを持っていましたから、午前中はそこで過ごし、彼はセットにいるという感じです。彼は全てを同時に行なっていました。同時期にセットを組み立てていましたから、彼はそれを監督しないといけなかったのです。私は午後に出向いて、夕方から夜までフィクションの問題を話しました。彼はとても文学に詳しかったです。もちろんストーリーそのものについてです。

マカフィー:実際の脚本はその会話から進化していったのですね。

ジョンソン:そうです。時々、家でシーンを書いたりしました。彼と下書きをして、さらに下書き、そしてさらに下書き、といった具合です。それからその下書きをシーンに書き起こして彼に渡し、彼が新たに上書きするといった感じです。彼はとてもいい書き手で映画監督で、私のバージョンを何回もより良いものにしてくれました。

マカフィー:つまりあなたは基本的に粗い下書きを書いて、それから二人で最終バージョンを一緒に仕上げるということですか。

ジョンソン:そんな感じです。私が出来上がったものを持っていったら、彼が「これはうまくいかないな」とか鋭いセリフを思いついたりするんです。セリフについてはとてもいいセンスを持っていました。ジャックのパートは大なり小なり彼が書いたのです。私の小説に出てくるような女性キャラであるウェンディは私が。たくさんセリフがありましたから。

マカフィー:キングの小説を脚色するにあたって、脚本に最低限残して置かないといけないことは何でしたか?

ジョンソン:もちろんホラーです。 家庭内における恐怖がどんどん成長していくところが核だと思います。最も我々が興味を持ったのが、なぜあのシチュエーションが怖いのか、です。父親が息子を殺そうとすること、息子が父親を殺そうとすることに何か基本的なことがあるのです。それに無力感。このアーキタイプなシチュエーションが興味深かったのです。つまり、幽霊たちよりも。しかしこの魔法(訳者注:幽霊がなぜ存在するかについて)に説明を与えるための論理的根拠を作るため頑張りました。時間的制約により省かないといけないこともありました。物理的に映画でできないことにより、変更を余儀なくされたこともあります。

マカフィー:例えば小説にあった「動く生垣」などですね。

ジョンソン:我々が映画の中ではうまくいかないと決めたもののいい例ですね、それは。

マカフィー:ウェンディの変更ついてはどうでしょうか? 映画の最終版ではかなり違いがあると思いますが。

ジョンソン:特に思い出せません。なぜならシェリー・デュヴァルがセットに来てからかなりの存在感でーとてもある種の奇妙なルックスをお持ちでー、脚本の言葉よりもウェンディを乗っ取ってしまったのだと思います。

マカフィー:映画の最終版についてどう思われますか?何度もご覧になったと思いますが。

ジョンソン:実は一度しか見ていません。フランスにいた時には公開されていませんでしたから。ですのでキューブリックと共にロンドンで公開後に見ました。こちらに戻ってきた時には劇場から外されていたのでその一回のみです。見た時には主に技術、セリフを聞くこと、自分が書いたものがどうスクリーンの中の人によって話されるかに集中していました。だから何か適切な感想というのはありません。

マカフィー:キューブリックと働くのはどうでしたか?

ジョンソン:非常によかったです。彼はとても知的で、一緒に働きやすかった。プロ意識が高く、粘り強くて、何でも教えてくれました。完璧主義者な面もありましたが。お互い仲のいい関係が築けました。

マカフィー:彼は『シャイニング』を書くためにあなたを選ぶのに、『影は知っている』のどこを気に入ったかあなたに伝えることがありましたか?

ジョンソン:私は彼が恐怖と不安の感情を作り出す能力を気に入ったのだと思います。

(全文はリンク先へ:SCRAPS FROM THE LOFT:TALKING ABOUT ‘THE SHINING’ WITH DIANE JOHNSON – by Larry McCaffery/2018年1月8日




 キューブリックは『シャイニング』について「正真正銘のコマーシャル・フィルム(娯楽映画)」などと語り、真意を話すことはありませんでした。しかし、このインタビューからいくつかのヒントが得られます。つまり

(1)キューブリックは初めから「ホラー映画」を撮るつもりでいた

(2)ウェンディのキャラクターを初めから大幅に改変するつもりでいた

(3)家庭内暴力(の恐怖)が物語の核

(4)幽霊たちの存在に「論理的根拠」を作った


という点です。

(1)前作『バリー・リンドン』の興行的失敗を取り戻すべく、当時流行していた「ホラー映画ブーム」に便乗したという説を裏付けます。キューブリック本人は「ある特定のジャンルにこだわって映画を作りたいとは思わない」的なことを何度もインタビューで応えていましたが、『シャイニング』に関しては「まずホラーありき」だったことが伺えます。

(2)キューブリックは最初から原作小説で描かれた「夫との不和に悩みながらも我が子を守ろうとする強い意志を持った美しい女性」ではなく、「夫の恫喝に常に怯えているひ弱で神経質な女性」に改変するつもりだったようです。脚本にジョンソンを起用したのも、シェリー・デュバルをキャスティングしたのも(キューブリック曰く「ウェンディはいじめられやすそうな人でないと」)それが理由で、原作に描かれた過去のトラウマと心理描写はカットし、「シンプルなホラー映画」を目指していたのが伺えます。

(3)キューブリックは「映像における恐怖の描写」の多くをジャックの狂気と家庭内暴力の描写に頼りました。それは他のホラー映画で常道とされた突然あらわれる死体や幽霊、動く家具なのど超常現象による恐怖描写を避けたいという意図が感じられます。キューブリックにとって「恐怖の対象」とは、その存在を信じていない悪魔や幽霊ではなく、やはり「人間」であるということでしょう。

(4)原作によるとホテルに巣食う悪霊の正体は、過去にホテルで起こった「悪しき行いの数々による因果」で増幅された「悪意の集合体=悪魔」だったのですが、それを「ネイティブ・アメリカンの怨霊」に改変しました。どうして「悪意の集合体」ではダメだったのかは真意は不明ですが、理論的根拠として弱い、ホテルが焼け落ちるという陳腐なラストにしたくなかったので他の理由を探した、アメリカ人のトラウマを刺激したい、そもそも悪魔の存在など信じていないなどの理由が考えられます。

 ジョンソンは他のインタビューで「『シャイニング』は当初人種差別も攻撃の対象にしていたのだが(オーバールック・ホテルはアメリカ先住民の墓地の上に建てられていた)、最終的にテーマから外されてしまった」と応えています。外されたもののモチーフは映画のそこここに「残ってしまった」のか、それとも暗喩として「残した」のかはわかりませんが、キューブリックの口からその意図が語られることはありませんでした。いずれにしても、このジョンソンのインタビューから伺えるのは、キューブリックは小説の『シャイニング』を「単純かつ明快な恐怖(ホラー)映画」に改変しつつも、その理由づけ(論理的根拠)も重視していたということです。幽霊を「存在する理由もなく映像化」するのではなく「存在している理由も(リアルに)映像化」したかったのです。

 ジョージ・ルーカスは『スター・ウォーズ』で「音が聞こえる宇宙空間」を創出しました。スティーブン・キングは小説『シャイニング』で「幽霊が実在するホテル」を創出しました。しかしキューブリックはこれらのように「創出(ファンタジー)だから」では納得せず、その論理的根拠を重視しました。つまり小説版で示唆された「悪しき行いの数々による因果」ではキューブリック的にはNGだったのです。その代わりに求めた「論理的根拠」が「ネイティブ・アメリカンの怨霊」だったのではないか・・・。このインタビューを読んで、その思いを強くいたしました。

翻訳協力:Shinさま

このページのトップヘ