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巨大なディスカバリー号の実物大アンテナセット。

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実物大アンテナセットが使用されたシークエンス。

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HALのモニタに映る映像も実物大アンテナセットでスタントマンが演じたもの。

 『2001年宇宙の旅』でAE-35を宇宙遊泳で交換するシークエンス。映像の信ぴょう性にこだわるキューブリックが、ミニチュアのアンテナ模型に人形をぶら下げるなどというセコいことをするはずもなく、しっかりと実物大でセットを作らせました。

 キューブリックは『2001年…』において、室内の照明からモニタの表示映像からプロップまで、何から何まで本物(実物大)を作らせてそこで撮影したのです。そうした理由は、できるだけ合成なしの一発撮りをし、するにしてもその回数をなるべく減らしてコピーによる画像の劣化を防ぐためだったと言われています。確かにデジタル合成のない当時では、合成を重ねれば重ねるほど画像は劣化してゆきます。それを避けたかったキューブリックは、基本的に合成は室内のショットだと窓の外の風景(宇宙空間とか月面とか)だけ、逆に宇宙船のショットでは窓に映る人影や背景の星空が合成されています。

 個人的にはもうひとつ理由があると思います。それはキューブリックの良くも悪くも「行き当たりばったり(アドリブ重視)」な部分です。キューブリックは撮影直前までセリフやアクションを決めることはせず、それどころかシナリオも未決定のまま撮影に望みます。その代わり撮影前のリハーサルにたっぷりと時間をかけ、俳優やスタッフの意見に耳を傾け、様々なアイデア(選択肢)を提出させ、その中のベストを選んでやっとカメラを回す、という実に手間のかかる撮影方法を採っています。もちろんそうすれば映画の完成度を上げることができるからですが、合成のプロセスが多ければ多いほどこういった「行き当たりばったり」に柔軟に対応できません。ですので、セットで未来の空間をそのまま現実として再現し、そこで俳優に演じてもらうことにこだわったのだと思います。

 現在のSF映画をはじめとするCGありきの映画制作では、どういう完成映像にするかあらかじめ細部まで決定しておき、俳優のセリフやアクションもそれに合わせて演じられます。つまり、俳優はそのシーンを構成する一部でしかないのです。グリーンバックで合成前提の妙ちきりんな装置がついた衣装を着て演じなければならない俳優はもちろん、現場で一番権限を持っているはずの監督でさえ、こういった「巨大な映画制作システム」の一部に成り下がってしまっています(一部の監督は効率重視のこの方法論に反旗を翻している)。それは映画監督から作家性を奪うものでした。そのことは、その真逆をやっていたキューブリックの方法論を知れば知るほど思いを強くします。寒い時代になったものですね。