IMG_5671『エンビジョニング2001』のエントランス。

『2001エンビジョニング』レポート[その1]
by カウボーイ

 さる2020年1月17日、ニューヨークにある『映像博物館』(Museum of the Moving Image)で行われた『エンビジョニング2001』(Envisioning 2001: Stanley Kubrick's Space Odyssey)の特別イベントに行ってきました。

 『エンビジョニング2001』は、1月18日から7月19日まで開催される、『2001年宇宙の旅』に関連した資料の展覧会であり、その開催にさきがけた1月17日にその特別イベントは行われました。博物館があるのはニューヨーク市クィーンズ区のアストリアという地域で、東京で言うならば吉祥寺、下北沢あたりでしょうか。そこは表通りに各種の店が並ぶ住宅地であり、マンハッタンへのアクセスが良いので、クィーンズ区では20代、30代の若者に人気のある地域です(ちなみに私は、そこから地下鉄で3駅のウッドサイドという地域に住んでいます)。

IMG_5518クィーンズ区アストリアにはスタインウェイ・ピアノの工場があり、クリストファー・ウォーケン、シンディ・ローパーの出身地。

 同博物館の隣には、1920年代から運営されている東海岸最大規模の映画撮影所、『コーフマン・アストリア・スタジオ』があり、アストリアのその特定の区域は「映画の街」と言えるのではないかと思います。映像博物館では、映画ファンや映画を学術として研究する人々が満足いくような、今回のような画期的な企画を定期的に行っています。

 さて午後5時に博物館に到着。今回のイベントでは翌日の正式オープン前の展示場に入ることができ、『2001年…』の関係者による30分のディスカッションへの参加、その後70mmプリントによる特別上映の『2001年宇宙の旅』を鑑賞することができました。イベントの入場料は50ドル(約5千円)。キューブリックと『2001年』のファンである私にとっては、非常にリーズナブルな料金でした。実は午後5時から30分間に渡って、「月を見るもの」を演じたダン・リクターがギャラリー・トークを行ったのですが、私が今回のイベントのチケットを購入した時には、その独立したトークショーのコーナーは既に売り切れでした。

IMG_5520会場の『映像博物館』エントランス。

 入場時に受付で、キア・デュリアとダン・リクターのサイン会が行われていると教えてもらい、その部屋に行くと、リクターはギャラリー・トークに出ているため、デュリアさんだけがいらっしゃいました。彼が座るテーブルには映画からのスチール写真が十数種類が並べられており、どれでも好きなものを選び、それにサインをしていただけるということでした。

 私がその部屋に入った時、そこにいた客は男性1人だけであり、デュリアさんがその人とやりとりをしていました。デュリアさんはかくしゃくとした紳士で、年齢の割にお若く見えます。引退した、どこか厳しそうな大学教授という雰囲気で、声がとても良い方です。デュリアさんがその客の男性に、「いいかい、こうゆう風になっているんだ。サインが30ドル、記念写真が20ドル、そして、その両方の場合は──」

 私は、「ボーマン船長が自分のサインを売っている・・・料金システムを説明している・・・」と思いながら衝撃を受けました。私はデュリアさんの映画は『2001年』しか知らず、インタビューもほとんど見たことがなく、ボーマン役のイメージが強いため、目の前の現実世界で繰り広げられているその光景が、非常にシュールに見えたのです。

デュリアさんとお客さんの会話は続きます。

「君、どうする?」
「はい、ではサインでお願いします」
「現金かい? クレジットカードかい?」
「カードで」
「カードだね。グレート」

 デュリアさんのすぐ脇には、箱に入った全長40センチほどの宇宙服を着たボーマンのフィギュアもあり、それを見て、より一層混乱した私は思わず、「僕、そのフィギュア、買います! 箱にサ、サインして下さい! カードです!」と叫びました──というのは嘘ですが、頭の中のイメージと現実のギャップにうろたえたことと、デュリアさんの圧倒的な存在感に尻込みしてしまい、私はサインはいただかず、そのままその場を去りました。支払い方法の説明などはスタッフにまかせればよいものを、ご自身でファンに丁寧に説明しているデュリアさんのことを今思い出すと、とても真面目な方なのだなと改めて思いました。

 展示会場が5時30分にオープン(管理人注:展示の紹介は後日別記事[その2]でいたします)。続いて7時から、同博物館内の劇場でのディスカッションです。

IMG_5691左からキューブリックの長女カタリーナ、ボーマン船長役のキア・デュリア、月を見るもの役のダン・リクター。

 350席ほどある劇場は、ほぼ満席。20代から下の世代の観客は皆無でした。両親に連れられて来た小学生が2、3人ほどいました。アジア人は全体の10%くらいで、その中で日本人を私は探してみましたが、見つけることはできませんでした。カタリーナ・キューブリックさんは、お母様のクリスティアーヌさんと同じように明るく、ほがらかな方で、はきはきとお話になられます。司会者である同博物館の学芸員に紹介されてステージに現れる時、先頭で出て来たカタリーナさんは、客席を見た瞬間、思わず舞台裏に引っ込みました。数秒後、デュリアさんにエスコートされながら、ステージ中央の椅子に座りつつ、改めて客席を見て、「ワオ!」と言ったカタリーナさんは、とても若々しかったです。

 リクターさんに対して私は、60年代のヒッピー上がりのやや斜に構えた、癖のある人というイメージを勝手に持っていたのですが、実際に拝見すると親しみやすそうなでありながら、ボヘミアンの香りが残っている気のいいアメリカ人のおじさんという感じでした。ディスカッションでは、『2001年…』ファンにはおなじみのエピソードが次々と飛び出しましたが、興味深いことに既に知っているエピソードであっても、関係者の口から直接聞くと平面的であったエピソードに立体感を感じ、よりリアルに理解できたことです。

 例えばモノリスを手で触ってしまえば、それをホコリや砂で汚してしまうので、リクターさんが触ることに躊躇したというエピソードがあります。「それで僕は汚したくないから、触るのをひかえたんだよね。するとスタンリーが言うんだ。『触って。触って』って。で、僕が『でもスタンリー、汚れちゃうよ』。『いいからいいから、触って触って、さあ』」と、当時のキューブリックの口調を自然に真似ながら語るのです。その会話を再現するリクターさんの説明を聴いていると、ニューヨークの下町のサウス・ブロンクス出身である当時30代後半のキューブリックが、ロンドンのスタジオで演出する姿がどのような感じであったのかを、ありありと実感することができて嬉しかったです。

 そして意外に思ったのが、リクターさんとデュリアさんがキューブリックとの仕事を振り返り、彼が現場では決して声を荒げず、リラックスした雰囲気を作ることを心がけていたこと。相手の地位に関係なく、現場にいる誰の提案にも耳を傾けることに驚いたことに触れ、そして二人同時に「スタンリーは、本当に仕事のしやすい人だったよねぇ」とつくづく語ったことでした。私がこれまで観て、読んで、聴いた関係者のエピソードから、監督としてのキューブリックは、役者、スタッフに対してサディステイックと言えるほど厳しかったという印象があったのですが、リクターさんとデュリアさんが、リップサービスのような感じではなく、「あんなにも楽な監督はいない」と自然に異口同音で発言した時、私は知らなかったキューブリックの一面を知ったような気になりました。でも考えてみれば、『2001年…』のドキュメンタリー・フィルムや写真には、キューブリックが笑っていたり、さわやかに微笑んでいる瞬間は結構ありますね。

 キューブリックのリテイク伝説についてカタリーナさんが、「彼は俳優が優れた演技を提供してくれれば、それは受け入れた上で、『じゃあ、今度は違ったようにやってみようか』という感じでリテイクを行なっていただけなのです」とさらりと言われた時、私はそのエピソードを知ってはいましたが、家族の口から聞くと説得力が違って感じました。キューブリックの方法論を理屈ではなく、心情的に理解できたのです。「まあ、色々、探ってみよう。時間のために製作費はあるんだから」と俳優に言い、結果よりもプロセスを徹底的に追求した先に作品を生み出すというのが、キューブリックの方法論だったのではないかと思います。

 『アイズ ワイド シャット』でホテルのフロント係を演じたアラン・カミングが講演会で語っていましたが、キューブリックに「Good. Perfect. One more time」と言われ、「パーフェクト? もう1回? 次はもっとパーフェクトにすればいいの?」と戸惑ったそうですが、キューブリックは結果ではなく、『木星と無限のかなた』のごとく可能性の追求にとり憑かれていたのでしょうか。

 ディスカッションは続きます。デュリアさんは、管制センターからHALが故障予測を誤った可能性がある旨を伝えられるシーンを撮影している時、管制官の長セリフを知らぬ間に暗記してしまったそうです。センテンスの切れ目がほとんどない長セリフの上に、外国語を思わせるようなSFの造語が織り込まれており(残念ながら日本語字幕では、このあたりの面白さは伝わりづらいですね)、気がつけばその奇妙なセリフが頭の中に焼きついてしまい、「50年以上がたった今でも、忘れたくても忘れられない」と嘆きつつ、デュリアさんはその長セリフを立て板に水のごとく、一挙に言いました。当然のことながら我々観客は歓声を上げ、拍手を送りました。

 そして7時30分から、70mm版『2001年宇宙の旅』の上映です(管理人注:70mm版上映の感想は後日別記事[その2]でいたします)。

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各界著名人による『2001年…』へのコメントが掲載された壁。これはダン・リクターと親交のあったジョン・レノンの「2001年、毎週観てるよ」のコメント。

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その壁の前のデスクにはノートとペンが置かれ、自由にコメントを書き込むことが可能。その中の優れたコメントはフレームに入れられ、壁に飾られている。

 さて、ここでカタリーナさんによるコメントのひとつをご紹介しながら、このレポートを終了したいと思います。ディスカッションが始まった時、カタリーナさんは「本題に入る前にこのことを喋らせてください」と言い、スマホを取り出して語り始めました。

「公開当時、私の父は次のようにコメントしました。(スマホの文章を読み上げる)『「2001年…」が、あなたの感情を刺激し、潜在意識に訴えかけ、神話的なものへの興味をかき立てたのなら、この映画は成功したと言える』・・・」

彼女はこのキューブリックのコメントに続けてファンレターを読み上げ、そして、それについての話をした時、劇場内には大きな拍手が起こったのです。

「・・・昨日、私はこの会場で、あるファンレターを見つけました。『親愛なるスタンリー、あなたはこの映画において、私たちにどのように感じ、どのように考えればよいのかということについての説明をしませんでした。あなたは責任を持ってこの映画の製作を担当しました。私の担当は、責任を持ってこの映画の意味を解釈することです』──これは正に、50年以上の時を越えた今でも生まれる、フィルムメーカーと観客の完璧な組み合わせ以外の何物でもない、そう思います」

レポート・写真撮影:カウボーイさま




 ニューヨーク在住のカウボーイさまより、映像博物館で開催された『エンビジョニング2001』特別イベントのレポートが届きしたのでご紹介いたします。ボーマン船長や月を見るものが間近で見られるなんて羨ましい以外の何物でもありませんが、こうしてレポートしていただけるのはファンとしても感謝の極みです。当事者の口から語られるエピソードは興味深いものばかりですね。特にデュリア氏による「管制官の長セリフ」は、ぜひ聞いてみたかったです。また、繰り返し語られている「現場にいる誰の提案にも耳を傾ける」「じゃあ今度は違ったようにやってみようか、という感じでリテイクを行なっていた」は、キューブリックの映画制作に対するスタンスを理解する上で、欠かせないポイントです。

 サインや写真撮影が有料なのは転売対策だと思います。ご本人としても不本意かもしれませんが、時代が時代だけに仕方ないでしょう。あとは管理人が特に付け加えることはありません。読者のみなさまにも、会場の雰囲気を存分に感じ取って頂けましたら幸いです。また、展示会と70mm版上映のレポートも届いておりますので、そちらは後日別記事[その2]でアップいたします。

 カウボーイさま、素晴らしいレポートありがとうございました!