『2001年宇宙の旅』にイラストレーターとして参加したロイ・カーノンですが、主に宇宙船や月面基地のイラスト化(デザインはハリー・ラング)や、ストーリーボードの作成に腕を振るいました。彼が描いた初期ストーリーボードにはアーサー・C・クラークの小説版に酷似したシーンが登場します。つまりキューブリックは当初はクラークが書き上げてきた小説の草稿を忠実に映像化しようとしていたのです。

 しかし、小説を現実に映像化するには様々な困難が予想されます。CGのない当時、特撮には膨大な予算と時間を必要とします。しかも、いくらそうしたからと言って技術レベルの低い1960年代のこと、完成度の高い素晴らしい映像が撮れるとは限らないのです。そこでキューブリックは当時の技術で映像化しても陳腐にならないシーンを取捨選択し、さらにそのシーンも美的感覚を優先させ、シンプルかつ美しいものに(多少説明不足になろうとも)置き換えてしまいました。その始まりの過程がこれらのストーリーボードから読み取れますので、それを私的判断も混ぜつつ、解説してみたいと思います。

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 地球〜月軌道上からのディスカバリー号の出発シークエンスです。小説版では過去形でボーマンが語り、映画ではこのシーンはカットになりました。宇宙ステーションは円盤型、ディスカバリー号はボウル型と呼ばれる初期バージョンなのがわかります。

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 月面近くを航行中のディスカバリー号。

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 ディスカバリー号のロケットブースターの切り離しです。当初はこうして第2宇宙速度(地球重力圏脱出速度)をかせごうと考えていたようです。

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 木星の衛星(どの衛星にするつもりだったかは不明。ちなみに『2010年』ではエウロパが選ばれている)に到達したディスカバリー号。なぜかブースターがくっついたままです。ブースター案はボツになったのでしょうか?

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 ディスカバリー号からスペースポッドが発進するシークエンスです。ディスカバリー号のデザインが変更になっています。スペースポッドはボートみたいなデザインです。複数機出動しているのを見るとコンピュータの反乱はなく、当初案のようにクルー全員で木星探査に乗り出しているようです。

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 スペースポッドがディスカバリー号に帰還するシーンです。かなり雑な印象。

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 木星の衛星の表面を飛行するスペースポッド。

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 木星の衛星にぽっかり空いた穴。縦穴モノリス?

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 縦穴モノリスに近づくスペースポッド。小説版では土星の衛星ヤペタスに屹立するモノリスの近い面と遠い面が入れ替わり、いつの間にか縦穴に変化しているという描写でした。当時それを映像で表現するのは不可能なので、単なる縦穴にしてしまったのかもしれません。

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 縦穴に降りていくスペースポッド。小説版のボーマンのセリフ「すごい!降るような星だ!」を思い出します。最終的には「木星衛星軌道上の巨大モノリスがなんらかの力場を宇宙空間に発生させ、それにスペースポッドが飲み込まれた」という描写になりましたが、「縦穴に降りていく」というシチュエーションはそれに比べるとちょっと間抜けに見えます。

 以上、これらのストーリーボードに描かれたシーンやデザインはキューブリックによって「全てボツ」にされました。『2001年…』が現代でも耐えうる完成度を誇っているのは、これら「大量のデザインとアイデアの死屍累々」の上に成り立っているのだ、とたまには思い出すのも悪くないかも知れませんね。

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 ちなみにこのロイ・カーノン、『2001年という“未来”(2001: A Space Odyssey -- A Look Behind the Future)』にご本人が登場し、その仕事ぶりが紹介されています。BDに特典映像として収録されていますので、興味のある方はぜひそちらもご覧ください。