人類が行う「最後の発明」とは一体なにか

〈中略〉

 グッドが、「知能爆発」の基本的な考え方を述べた論文を発表したのは、1965年のこと。

 将来、自分自身を繰り返し改良できるコンピュータができるのではないかとグッドは考えた。1度そのようなコンピュータができると、勝手に自分自身を改良することでその知能が成長し、やがて「爆発」的に賢くなる。この「知能爆発」により、もはや新たな技術開発の必要がなくなる。

〈中略〉

 グッドが考えた「知能爆発」の概念は、今話題の「技術的特異点」(シンギュラリティ)の背景になっている。グッドは、スタンリー・キューブリックが映画『2001年宇宙の旅』(1968年公開)を製作したときにスーパーコンピュータに関する相談役を務めた。この映画の中に出てくる、自分の意志を持ち人類に反抗するコンピュータHALの造形の中に、グッドの考え方が反映されている。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:PRESIDENT Online/2018年4月2日



 SFファンにとってこの「知能爆発(機械が知恵を得る)」という概念はよく知られていて、古今東西のSF小説や映画のネタにされています。『2001年宇宙の旅』に登場するHALが、現在のAIと決定的に違う点は「HALは知能爆発の段階にあるコンピュータである」という点です。amazonのアレクサやAppleのSiriなどは、所詮は「与えられた情報を元に、与えられた範囲内で反応をするだけの単なる機械」でしかありません。ここ数年でレベルが上がったのは音声認識や音声出力、情報処理スピードの技術であって、どちらにしても人間がプログラムした以上のことはできません。

 小説版『2001年宇宙の旅』によると、「ミンスキーとグッドが1980年代に神経ネットワークを自己複製(知能爆発)させる方法をおおやけにした」とありますが、残念ながら現実は2010年代も後半になろうかという現在でさえ、まだその段階には至っていません。ですので、アレクサやSiriとHALとを同列に語るのは無理があるのですが、一種の「ネタ」としては面白いので、それはそれで楽しんでいればいいのかとは思います(一部で本気にする人がいたとしても)。個人的な予測ですが、現状ではAI(正確には単なる自動解析応答装置)もVRも一般に普及することはなく、ごく一部の利用にとどまると考えています。商用車はともかく、一般車の自動運転が普及するためにはそれこそ「知能爆発」のレベルが必要ですし、VRはゴーグルをしなければならないという心理的・身体的ハンデを克服できません。スマートスピーカーなる代物も、数年後には粗大ゴミ扱いでしょう。

 キューブリックやクラークが予測した知能爆発、すなわち「人間と機械の区別がなくなる日」はまだほど遠いのが現状です。キューブリックが『2001年…』や『A.I.』で問いかけようとしたのは、「もし、人間と機械の区別がなくなる日が到来すれば、その時人間はいかに振舞うべきか」という人類の存在意義についての問いかけでした。キューブリックは前者では人類が、後者では機械が未来を勝ち取るというストーリーにしましたが、結局のところどちらとも「勝者より更なる上級の存在によって導かれる種でしかなかった」という結末が示唆されます。『2001年…』のキューブリックのパートナー、アーサー・C・クラークは「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」と語りましたが、クラークやスピルバーグはそれを「科学」として描き、キューブリックは「魔法」として描きました。結果、スピルバーグが製作した『A.I.』は「映像的魔術が欠けたもの」になってしまい、キューブリックファンは肩を落としたものです(まあ、スピらしいといえばそれまでですが)。

 記事は、まだ自ら学ぶことができないAIから「人間が学ぶべき(かもしれない)」という、意味のよくわからない結論ですが、人間の脳にはまだ未知な部分も多く、AIが知能爆発のレベルを迎えたとしても、果たして人間と同列と言えるのか、その日がやってこないことにはなんとも言えません。しかし、その未来はまだ遥か先でしょう。