映像と音楽とセリフのコラージュで構成されたリプセットの短編『21-87』。こういった「前衛的映像表現」はやがて1960年代後半の「サイケデリック・ムーブメント」に行き着く。



 アカデミー短編アニメーション賞ノミネート作「頭山」の山村浩二監督のスタジオに併設されたギャラリーAu Praxinoscope(東京・奥沢)で、「テオドル・ウシェフ『リプセットの日記』」原画展が開催される。

 ドローイングアニメーション「リプセットの日記」は、49歳で自らの命を絶ったカナダの伝説的映像作家アーサー・リプセットの失われた日記の再現を試みた作品で、破壊へと向う作家の内面を激しい筆致と冷静な視線で描いた作品。リプセットの前衛的な作風はスタンリー・キューブリックやジョージ・ルーカスに影響を与えたと言われており、リプセットの短編「21-87」にインスパイアされたルーカスが、「スター・ウォーズ」でのレイアの独房の番号にそのタイトルを用いたとされる。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:映画.com/2017年12月27日



 アーサー・リプセットについては以前こちらで記事にした通りなのですが、キューブリックはリプセットに『博士の異常な愛情』の予告編の制作を依頼するも断られ、代わりにパブロ・フェロが制作を担当、完成した予告編はリプセットの影響を強く伺わせるものでした。


キューブリックが感銘を受け、『博士…』の予告編をリプセットに依頼するきっかけになった『ベリーナイス・ベリーナイス』。

リプセットに断られたためパブロ・フェロが制作した、多分にリプセットに影響された『博士…』の予告編。

 このように、リプセットに代表される当時の「前衛映画」は、既存の価値観に異を唱える「反体制」や、映像でドラッグ摂取の感覚を再現する「トリップ」と結びつき、やがて強大なうねり「サイケデリック・ムーブメント」として60年代後半を席巻することなります。こういった時代背景を知っていれば「『時計じかけのオレンジ』は『薔薇の葬列』に影響された」という論にいかに根拠がないかすぐ理解できるのですが、そういった「基礎的知識」に欠けたまま確たる根拠もなく、表層的な類似点のみを指摘し、ネットで拡散している現状を非常に危惧しています。『薔薇の葬列』も『時計じかけのオレンジ』も同じサイケデリック・ムーブメントの影響下にある作品です。当時は映画だけでなく音楽、ファッション、ライフスタイルから広告まで、当時のありとあらゆる「表現」がサイケに毒されていました。映画史を語るなら外せないムーブメント「ヌーベルバーグ」や「アメリカン・ニューシネマ」もやはり「前衛」「反体制」「ドラッグ」といった当時の時代背景から生まれてきたものです。しかし、こういった革新的なムーブメントは1970年代に入ると急速に下火になり、1970年代後半から1980年代になると「商業主義」が映画界を席巻、それは現在まで、より強固になって継続されています。

 現在の「映画好き」と自称する人のほとんどがこの「商業主義」映画しか観ていないというのは、「歴史好き」が「戦国時代を知らずに語る」くらい底の浅い行為です。ここに採り上げられているアーサー・リプセットはかなりマニアックな例だとしても、映画好きを公言するならヌーベルバーグやアメリカン・ニューシネマの代表作くらいは押さえておくべきでしょう(『2001年…』は公開当時アメリカン・ニューシネマと呼ばれていました)。キューブリックは取っ掛かりとしてその入り口にいる代表的な監督の一人でしかありません。そのキューブリックでさえマイナー扱いという現在の状況は、嘆かわしいと言うほかないと言えるでしょう。