パーフェクト・スパイ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)(amazon)



パーフェクト・スパイ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)(amazon)


 イギリスのスパイ小説家、ジョン・ル・カレが1986年に発表した『パーフェクト・スパイ』に興味を持ったキューブリックは映画化を検討するため、ジュネーブのフェルドマン博士という偽名を使ってル・カレにコンタクトを取りました。しかし当のル・カレはそれをキューブリックのオファーとは思わず断ってしまい、権利をBBCのTVドラマ制作を担当していたジョナサン・パウエルに売ってしまいました。それを知ったキューブリックは「BBCシリーズの監督なら喜んで引き受ける」と応え、ル・カレはBBCのパウエルに「監督にキューブリックはどうだろうか?」と提案したところ、パウエルは

「そして予算が数百万ポンド、オーバーするってことかい?」「おまけに完成が数年遅れる? 申し出はありがたいが、われわれはいまのままでいいよ」

と応えたそうです(笑。

 その他にもキューブリックは、『アイズ…』の原作『夢がたり』の脚本化のオファーをし、その打ち合わせにル・カレはキューブリック邸に赴いたそうです。しかしキューブリックの「最低限度の情報のみを与え、相手のアイデアを試す」という最初のハードルをル・カレは越えることができず、この話はご破算になってしまいました。

 キューブリックは『パーフェクト・スパイ』を読んですぐ映画化のオファーをしたと言っていますし、BBCのTVドラマシリーズ『パーフェクト・スパイ』は1987年にオンエアされていますので、時期的にはちょうど『フルメタル…』のポストプロダクション〜公開の頃です。つまりキューブリックは『フルメタル…』の次作としてこの『パーフェクト・スパイ』の映画化を考えていたんですね。同時進行で『アイズ…』も『A.I.』も動いていますし、1993年にはそれに『アーリアン・ペーパーズ』の企画も立ち上がります。私たちファンは『フルメタル…』の後10年以上も新作を待たされましたが、その間もキューブリックは忙しく働き続けていたことになります。

 このル・カレとキューブリックの交流の顛末は『地下道の鳩: ジョン・ル・カレ回想録』で読むことができます。各章が短編小説さながらこの回顧録、キューブリック以外にもそうそうたる顔ぶれの面々が登場しますので、興味のある方は是非どうぞ。


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