1960年代くらいまでのハリウッドは動画の説明にある通り、全体を明るく照らすキーライト、影に当てる補助光のフィルライト、輪郭を強調するために後ろから当てるバックライトの三点照明が一般的でした。しかし報道カメラマン出身のキューブリックは、いかにも「スアジオ内で撮影されました」感ありありのこのライティングを好まず、初期の頃から「自然光撮影」を好んで採用してきました。ただ、この「自然光撮影」という言葉は自然光、つまり人工照明を一切使わず、天然の自然光のみで撮影されたかのような印象を与えてしまうのであまり適切とは言えません。この動画のタイトルも「Practical Lighting(現実的照明)」となっていますので、当ブログでも今後は「現実的照明」もしくは「現実照明」という表現を採用したいと思います。

 キューブリックは屋外ロケでも屋内ロケでもスタジオ撮影でも、「現実にそこにある光源」をそのまま利用するソース・ライティングを基本に、それを補助したり、強調したりする目的で照明を使用しました。よく引き合いにだされる『バリー…』でのロウソクのシーンですが、ロウソクの光源だけで撮影したわけではなく、気付かれない程度に補助的に人工照明も使用しています。

 また、キューブリックはセットも照明の効果を最大限に引き出すことを考慮したデザインをさせ、『シャイニング』ではニコルソンの狂気の表情をより効果的にするためにバーカウンターにライトを仕込んだり、トイレのドアをノックするシーンでは、さりげなくテーブルランプを顔の下に置いたりしています。さらに『アイズ…』では照明が与える視覚的な印象を最優先に考えて、劇中の時期をクリスマスにしたのだと考えられます。クリスマスのイルミネーションや室内のクリスマスツリーの輝きが、妖しい物語全体を美しく彩っています。それはキューブリックが照明が映像に与える効果を計算の上、脚本に干渉して物語の時期を指定したのでしょう。

 こういった「視覚優先」の映画作りができるのも、キューブリックが映画制作の全権を掌握しているからに他なりません。分業制が確立し、それぞれの役割を果たす権利を、それぞれが強固に握っているハリウッドではセットデザイナーや脚本家の意見が優先され、いかに監督といえどもそれを簡単に覆すことはできません。キューブリックはインタビューでハリウッドに背を向けた理由を「スキャンダルや噂話など、映画制作に関係ないことで煩わされたくないから」と応えていますが、この「分業制と権利意識による弊害」を嫌ったのも大きな理由だと思います。

 『007私が愛したスパイ』で、敵基地のセットデザインをピカピカにしてしまったケン・アダムは、どう照明を当てていいのか途方に暮れた挙句にキューブリックに助けを求めたというエピソードからも、いかにキューブリックの「照明に対する知識と経験の豊富さ」が周囲に認められていたかを伺い知ることができますね。