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 『フルメタル・ジャケット』の日本公開に合わせ、イメージフォーラム1988年6月号に掲載されたキューブリックのインタビューをピックアップして掲載いたします。インタビュアーはキューブリックファンにはおなじみの河原畑寧氏。氏はロンドンに赴き、キューブリック本人に直接会ってのインタビューを行いました。その意味でも貴重なインタビューなので本当は全文を掲載したいのですが、さすがにそれは著作権的に問題がありますので、ごく一部のみのご紹介にとどめさせていただきます。



人間は映画のもつ素晴らしい潜在力を完全には解き放ってはいない
スタンリー・キューブリック・ロングインタビュー
インタビュアー=河原畑寧

ストーリーの第一印象は大切だ

 自分で(ストーリーを)作ろうと思ったことはある。しかし、他人の書いたストーリーだと、客観的にその善し悪しを判断できるが、自分で書いたらその判断は難しい。ストーリーの第一印象はとても大切だ。一般の観客が初めて映画を見て感じるフレッシュな印象、それと共通するものがあるから大切にしなければならない。

重要なのはシュート(撮影)する前の段階だ

 (脚本は)リハーサルでも状況に応じて変える。撮影現場で重点の置き方が変わることもあるから、シナリオ(脚本)の最終決定稿が完成するのは、撮影現場で最後のショットが終わった時だ。

 監督にとって、どう撮るかは、むしろ簡単な決定で、楽な仕事だ。重要なのはシュート(撮影)する前の段階で、それは撮影するに足る何事かを起こしえるかへの挑戦なのだ、撮る内容をいかに充実したものにするかだ。

愚作の方に影響を受けた

 (1950年頃の)偉大な監督の映画は、ほとんど見た。しかし、実際に私が映画を作って行こうと決心するきっかけを与えてくれたのは、優れた作品ではなく、毎週見に行った二本立ての映画だった。私なら、これほどひどい映画は作らない。自分は映画は大好きだから、これなら自分が作れば良い線まで行くんじゃないか、そう自信を持った。だから、私は愚作の方に影響を受けたということになる。

 私はマックス・オルフェスの崇拝者だよ。フランス映画が席巻していた時代だ。『第三の男』なんかも見たな。マイケル・パウエルとエメリック・プレスバーガーかい?とてもユニークな映画だった。今ときたま彼らに言及する人はいるけれど、彼らの価値はまだ十分に認められたとはいえない。あの当時驚異的だった。それから『羅生門』には、とても魅せられた。あれも五十年代だったな。原作も読んだ。五・六ページの短編でとても面白かった。作者の名は忘れたけど。

外国語版は最高のメンバーに依頼する

 忘れられない例がある。ドイツで『八月十五夜の茶屋(The Teahouse of the August Moon)』(1956年、ダニエル・マン監督)を見たときのことだ。マーロン・ブランドがいう幕切れの台詞が「Pain makes man think, wisdom makes life endurable(痛みは人を思考に導き、英知によって人生は耐えられるものとなる)」というのだが、この「endurable」を「glucklich」と訳してあった。これでは「耐えられるものになる」が「幸せなものになる」と全然違った意味になってしまう。一つのストーリーの最後を締め括る大切な台詞なのに。これは余程注意しないといけない。翻訳台詞の端々までおろそかに扱ってはいけない。そう決心した。

 あれ(F0.7レンズ)はNASAの開発したレンズだが、私のミッチェルにしか付けられない。あのレンズを付けるためにはカメラを改造し、幾つか部品を取り外さなければならなかった。なにしろレンズとフィルムの膜面との距離は2、3ミリしかなく、シャッターの羽根がやっと入ったのだから。いろいろと制約の多いレンズだった。ピントを送るのも大変だった。私のカメラマンは、閉回路テレビを使ってピント合わせをした。撮影カメラが狙っている俳優の真横にテレビカメラがあって、その映像がカメラマンの手元にあるモニターに映し出される。彼はモニターのブラウン管に縦の平行線を何本かグリースペイントでかきこんだ。俳優が何インチ動いたか、その線から読み取ろうというわけだ。こうして緻密なピント送りであの映像が写された。

全ての映画を見たいと思っている

 ーシナリオはワープロで作るのか?

 イエス。文章を挿入するのと、保存するのに便利だからね。軽いラップトップ型の東芝のコンピュータで、プリンターはエプソンだ。

 ー今は良い映画が少なくなったという気がするが?

 これまでにないひどい状態じゃないかな。三十年代や四十年代にもひどい映画はあるけど、ライターはプロフェッショナルで、一定の構成法を守り、丁寧にシナリオを作ってある。今のひどい映画はただひどいだけ。重要な映画を作ろうという意欲はあるのかもしれないが、書き方を知らないのだ。それに優れた作家が映画に興味を示さなくなっているのも問題だ。充実したシナリオを書く監督もベルイマン、ウッディー・アレン、トリュフォーぐらいまでで、数少なくなりつつある。

 ー最近、日本でもある雑誌の企画で映画史上の名作の選出が行われたが、一位はジャック・プレベール脚本の『天井桟敷の人々』だった。

 うん、素晴らしい映画だが、あれは本質的に舞台が基本になっていると思う。映画はサイレント時代に獲得した独特のストーリーテリング構造を、トーキーになって演劇的なものに戻してしまった。今の映画は、字幕一枚で説明出来ることを長々やっているのではないだろうか。




 ここで語られている内容はキューブリックが折に触れて繰り返し語ってきたことです。ストーリーを重視し、その新鮮な印象が映画制作の最後まで保たれていなければならないこと。アドリブを重視し、撮影の段階でシナリオを発展させること(脚本の完成が撮影が終わった段階というのがいかにもキューブリックらしい)。若い頃に映画を観まくって、愚作に映画監督になる勇気をもらったこと(これを曲解してデマを撒き散らした方もいましたが)。ストーリーの意味が変わってしまうので、翻訳をおろそかに扱ってはいけないこと(戸田奈津子さん、聞いてます?)。演劇的映画を好まず、映像でストーリーを語りたがっていたことなどです。

 そんな中、興味深かったのが黒澤明の『羅生門』を気に入り、原作まで読んだ話。PCは東芝(1986年発売のT-3100、もしくは1987年発売のT-5100あたりか)でプリンタはエプソンを使っていた話。これはメーカーの関係者は嬉しいのではないでしょうか。あと、『バリー…』のF0.7レンズの話。ビデオカメラでモニタリングしながらピントを合わせていたとは。それぐらい被写界深度が浅かったんでしょうね。

 以上のようにとても充実した内容のインタビューになっていますので、版元のダゲレオ出版さんには名著として名高い『イメージフォーラム増刊 キューブリック』に『アイズ…』の情報とこの貴重なインタビューを含めた完全版の復刻を切に希望いたします。