どことなく『猿の惑星』のようにユーモラスな姿をした、没になった「猿人」



 クラークの小説版が300万年前なのに、キューブリックの映画版が400万年前になった理由は上記の写真のように「股間の処理が気になり、ズームアップに耐えられなかったため」だったようです。

 『キューブリック全書』には以下の記述があります。

 スチュワート・フリーボーンが『プレミア誌』に語っていることによると「人類の夜明け」のシークエンスは、元々はもっと現代人に近い猿人ー体に毛のない、半ばもう人間ーを登場させる予定だった。「みんな言った。“全身のフルショットをどうやって撮るつもりだ?”と。キューブリックは“ああ、そのことは考えてある。そういうショットを撮る時には腰から上にする”と答えた。実際そうやってみたが、引いた絵を撮らなければならないとき、ものすごく困った。ワン・ショット撮ったきりで、それ以上、撮れなかった。彼は言った“スチュワート、股のところを何とかできないか?ーちょっと直して目立たなくしてほしいんだ”。私はその若い男女全員を裸で横にならせて股間の型を取り、そこになにがしかのものをつけた。しかし彼はもっとキャメラを近づけたがった。もうこの猿人でいくのは無理なことは明らかだったが、猿人はこの映画全体を左右する要素だ。そのまま数週間撮影を続けた後、彼は全部NGにして言った。“駄目だーもう100万年さかのぼろう”」。

 クラークの小説版が300万年のままなのは、科学者的見地からはこちらの方が理にかなっていると判断したのでしょう。映画版との差異は他にもあって、ディスカバリー号の目的地が小説版は土星、映画版は木星という違いがあります。これは小説版に「巨大なモノリスを作るために異星人が土星の衛星を破壊し、その残骸が土星の輪になった」という設定があるため(当時木星にも輪があることは知られていなかった)でしたが、土星の輪を満足に映像化できなかったキューブリックが木星に変更した、という経緯があります。この点からも小説版はクラークの科学者的見地から書かれ、映画版はキューブリックの映像的見地から作られているということがわかります。

 まあこの姿で映画に登場したら「もうパンツっていう道具を使ってるじゃん」という突っ込みは免れません(笑。さらに100万年遡ってより猿に近い姿の猿人にしたのは好判断だったですね。