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フルメタル・ジャケット(書籍)
フルメタル・ジャケット (角川文庫)(amazon)

※原作も非常に面白いのでおすすめ。

 まず、原作『フルメタル・ジャケット(ザ・ショートタイマーズ)』第2章の『殺害戦果』と、映画の後半のベトナム・パートのあらすじを整理したいと思う。



【原作小説】

(1)ダナンでラフターマンと映画館へ行き、そこでカウボーイと再会する。

(2)ラフターマンに「前線に行きたい」と相談される。(ベトナム人の売春婦が少しだけ登場)

(3)宿舎に戻り休憩中、テト攻勢を受ける。

(4)リンチ少佐からピースバッチをとがめられる。そしてラフターマンと共にフバイ行きを命令される。

(5)フバイの広報部に着任、ジャニュアリー大尉から軍曹昇進の報を受けるがジョーカーはこれを固辞。

(6)宿舎で休息。ペイバックが「千里眼」の話をする。

(7)暇つぶしにネズミ退治を始める。退治したネズミを埋葬し『ミッキーマウス・マーチ』を全員で歌う。

(8)明け方にベトコンの奇襲を受け、ラフターマンは初めての実戦を経験する。

(9)ヘリでフエに移動。途中銃撃手が眼下の農夫を銃撃する。

(10)フエに到着。戦車に同乗させれもらい、司令部に向かうが途中でベトナム人の少女をひき殺してしまう。

(11)司令部に到着。翌日そこでCBSテレビの撮影チームを目撃。

(12)最前線に取材に向かうが、そこにはカウボーイの所属する部隊「ワン・ファイブ」がいる事を知る。

(13)カウボーイと再び再会。クレイジー・アールがベトコン兵の死体を紹介する。

(14)王城での作戦開始。ジョーカーとラフターマンも作戦に同行する。誰かがミッキーマウス・マーチを歌い始める。

(15)ロケット弾を受けジョーカーは気絶するが、意識を回復。しかしミスター・ショートラウンド、クレイジー・アールが戦死。

(16)ジョーカーは気絶している間に狙撃兵がひとりひとり嬲り殺しにした事実を知り、その狙撃兵を探す事にする。

(17)カウボーイが部隊を指揮し、狙撃兵を探す。ラフターマンが狙撃兵を仕留め、ジョーカーがとどめを刺す。そしてアニマル・マザーが首をはねる。(カウボーイは戦死しない)

(18)部隊は休みを言い渡され、ジョーカーとラフターマンは虐殺現場の取材をする。

(19)ジョーカーとラフターマンは部隊を離れ、フバイへ向けて歩き出す。しかしラフターマンは戦車に轢かれ死亡する。

(20)ジョーカーはひとり歩き出す。途中で中佐からピースバッチについて詰問される。

(21)トラックに拾われたジョーカーはフバイに戻る。そして報道部から歩兵への転属を命じられる。


【映画版】

(1)ジョーカーとラフターマンが売春婦に声をかけられる。

(2)ラフターマンに「前線に行きたい」と相談される。

(3)ロックハート大尉から露骨にプロパガンダを指示される。

(4)宿舎に戻り休憩中、テト攻勢を受ける。(ペイバックが「千里眼」の話をする。)

(5)ロックハート大尉からピースバッチをとがめられる。そしてラフターマンと共にフバイ行きを命令される。

(6)ヘリでフバイ(原作はフエ)に移動。途中銃撃手が眼下の農夫を銃撃する。

(7)フバイに到着。虐殺現場の取材と、ピースバッチについて詰問される。

(8)カウボーイと再会。クレイジー・アールがベトコン兵の死体を紹介する。

(9)フエでの作戦開始。ジョーカーとラフターマンも作戦に同行する。

(10)作戦をTVクルーが撮影する。

(11)タッチダウンとハンドジョブ(原作ではミスター・ショートラウンドとクレイジー・アール)が戦死。

(12)アニマル・マザー、カウボーイ、ラフターマン、クレイジー・アール、ダンロン、エイトボール、ジョーカーがTVインタビューを受ける。

(13)売春婦がエイトボールともめ、アニマルマザーが割って入る。


(14)ブービートラップでクレイジー・アールが戦死。代わりにカウボーイが指揮をとる。

(15)エイトボール、ドクジェイ、カウボーイが戦死する。

(16)ラフターマンが狙撃兵を仕留め、ジョーカーがとどめを刺す。

(17)ミッキーマウス・マーチを歌いながら行軍する。




 かなりキューブリックによって整理、入れ替え、改変が行われ、また原作にはないシーンが追加になっているのがよく分かる。

 まず、原作では2度ある宿舎への攻撃が1回に、虐殺現場の取材とピースバッチを詰問されるシーンもひとつにまとめられ市街戦の前に移動になっている。宿舎でのネズミ退治の話はカットされ、ミッキーマウス・マーチを歌うシーンもラストシーンで行軍しながらに変更された。他にはキャラクターが入れ替わったり、戦死する順番が変更になっている。また市街戦のシーンでは、原作の第3部『歩兵たち』の要素も追加になっていて、この辺りは映画サイズにストーリーをまとめたと見ていいだろう。

 問題は太字で表した原作になかったシーンの追加で、原作では売春婦がチラっと胸を見せるだけだったが、何故が売春婦とやりとりをするシーンが2ヶ所も追加になっている。理由はいくらでもごじつけできそうだが、明快な説明は難しいだろう。

 最大の追加はプロパガンダの部分だ。このくどいまでのマスメディア批判。最初に軍の、次に民間の報道姿勢を描写し、「一般市民にとって戦争とは紙がブラウン管に描かれたものでしかない」と言わんばかりだ。これについてキューブリックはインタビューで、

 「ベトナム戦争は、広告代理店が指揮していたのかも知れないのに行われた ─ ケネディ時代には間違いなく ─ 恐らく最初の戦争かもしれない。費用効果が良いという見積もり、いんちきの統計資料と殺傷率、トンネルを出る時には如何に勝利が確実かということをについての自己欺瞞的な予想、そういったもので処理された戦争なんだ。ベトナムにいたアメリカ人たちは嘘をつくべく鼓舞されていた。もし哨戒中に弾を二発くらったら、東洋人を二人殺したというのが好ましく、そしてもし君が二人と言ったら、今度は誰かがそれを八人にしてしまっただろう」

『キューブリック全書』より)


と答えていて、意図的にこれらのシークエンスを追加した事を示唆している。いかにも報道(写真誌)カメラマン出身のキューブリックらしい発想で、マスコミの欺瞞を告発し、また自らも映画というメディアを使って戦争の欺瞞に加担する事を毅然と拒否しているのだ。

 ピースバッチは原作と同じだが、どちらともジョーカーはその意味を明確には答えていない。またヘルメットの「Born to Kill」は映画オリジナルだ。個人的な解釈だが、キューブリックはこの作品が「好戦的」もしくは「反戦的」と短絡的に評価されるであろうと予想して、それに先手を打って機先を制しようとしたのではないか、と考えている。ポスターのビジュアルに使用しているのも「この映画は戦争賛美でもなければ反戦でもない」と宣言するためではないだろうか。

 また、『突撃』の頃のインタビューでキューブリックは「偉大な戦争映画などは、おそらく永遠に存在し得ないだろう。もし、存在するとしたら、戦争以外のなにものでもないはずだ」と答えている。それから30年後、脚本を共同で執筆したマイケル・ハーに「この映画では戦争そのものを描きたい」とその野心を告げている。

結論:キューブリックは刺激的な戦闘シーンや情緒的な台詞を使って観客に取り入り、自身の思想を観客に滑り込ませるという手段を一切拒否し、戦争とは「マクロ的には権力者(マスコミ・一般大衆を含む」)の欺瞞であり、ミクロ的には銃弾のごとく浪費される人命である(この考察はこちら)」とシンプルに、冷徹に言い放っている。これこそがキューブリックが描きたかった「戦争そのものの姿」ではないだろうか。