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キングが執筆時に滞在し、原作とTV版の舞台にもなった「スタンリー・ホテル」

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キューブリックが映画化の際に外観に使用された「ティンバーライン・ロッジ」

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キューブリック版の内装のモデルになった「アワニー・ホテル」



 キューブリックが『シャイニング』を映画化するにあたり、大胆な改変を行ったのは周知の通りですが、今回はあまり語られてこなかった「オーバールック・ホテル」そのものの改変について考察してみたいと思います。

 原作者であるスティーブンキングが小説『シャイニング』を執筆した際に投宿していた「スタンリー・ホテル」はそのまま原作の舞台になっています。それはキングが映像化したTV版『スティーブン・キングのシャイニング』でもロケ地として使われています。一方、キューブリックは原作とはずいぶんと趣の違うホテル「ティンバーライン・ロッジ」をロケ地に選び、内装は「アワニー・ホテル」を参考にセットを組んでいます。

 まず、原作小説でホテルはどういう描写になっているか確認しておきたいと思います。小説では上流階級が宿泊する高級リゾートホテルとして描かれていて、豪華なプレデンシャル・スイートには歴代の大統領や有名人が宿泊したと支配人のアルマンは自慢げに語ります。でも実はそれは表の顔で、ギャングなどの裏社会の人間の定宿になり、血なまぐさい虐殺事件が起こったり、男を連れ込んで不倫していた金持ちの有名弁護士の妻が薬をやりすぎて死んでしまったり(これが237号室の女の幽霊の正体)、そしてある時期は売春宿として営業していたという事実がジャックによって暴かれます。一方映画ではそういった描写はなく、山小屋のロッジ風な質素で素朴な佇まいのホテルとして描かれています。

 この両者の描写の違いは何を意味するのか。それは「どうしてオーバールック・ホテルは呪われたホテルになってしまったのか」その原因の違いだと思います。小説ではそういった権力欲と金にまみれた連中がホテルで惨劇を繰り返し、その結果悪霊が棲み付くようになったという描写になっています。ジャックは「ここ(ホテル)には、第二次世界大戦後のアメリカ人ってものを示す、あらゆる指標がそろっていると思うんだ」と話しています。

 しかしキューブリックはこのアイデアを採用しませんでした。その理由は、こういったプロットに関わっていたら2時間の映画に収まらない、という現実的な判断もあったかと思いますが、最大の理由は「ホテルを主役にし、幽霊たちは脇役にする」と判断したと考えられます。小説ではホテルは物語の舞台であって、主役はあくまでそこに巣食う悪霊達です。しかしこれをそのまま映像化したTV版がどうなったかはここを見れば一目瞭然、幽霊屋敷で脅かし役をしているアルバイトの幽霊並みの陳腐な描写になってしまっています。とは言え、幽霊を描写しない事には映画として成立しません。そこでキューブリックが採用したのは「幽霊たちを脇役し、ホテル自体に霊力が宿っているかのような、神秘的で霊的な存在として描く」という方法です。そうなると原作の「豪華リゾートホテル」では画的に霊的な存在には見えません。だからキューブリックは白亜の洋風ホテルではなく、山小屋のロッジ風なホテルを採用したのだと思います。

 ではなぜ山小屋風なのでしょう。それは原作でも少し語られたドナー隊の話をヒントにしたのではないかと思います。ドナー隊の悲劇を簡単に言えば、アメリカ西海岸を目指した開拓民(ネイティブ・アメリカンにとっては侵略・強奪の民)のドナー一家が無理に冬期のロッキー山脈を超えようとして遭難、死人の肉を食いながらも一部が生還したという有名な実話です。キューブリックはこの話を車中で語らせ、またアルマンには「ここはネイティブ・アメリカンの聖地で、ホテルは彼らの墓地の上に立っている」と説明させ、ホテルの内装にはネイティブ・アメリカンの意匠を飾り、ジャックには「白人の呪い」と語らせ、更にウェンディの衣装までネイティブ・アメリカン風にしてしまいました。つまり言外に「このホテルには白人に迫害されたネイティブ・アメリカンの怨霊が巣食っている」と説明しているのです。そうなると「白亜の豪華なリゾートホテル」ではイメージに合いません。だから「山小屋ロッジ風の素朴なホテル」に改変したのだと思います。

結論:キューブリックがオーバールックホテルの外観や内装を改変したのは、映像に霊的な力と霊が存在すると感じさせるリアリティを求め、主役を悪霊たちではなくホテルにしたため。その悪霊の正体はネイティブ・アメリカンの怨霊とし、ホテルの外観や内装を山小屋風とした。

 日本ではこの「ホテルに巣食う悪霊の正体がネイティブ・アメリカンの怨霊」いう物語の根幹に関わる部分が何故か軽視され続けています。この件について検証した記事を書きましたので、ぜひご覧ください。