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※ブロードウェイにあったリアルト劇場でほぼポルノとして公開中の『恐怖と欲望』。

 キューブリックの劇場用映画処女作『恐怖と欲望』。キューブリックはこれを「アマチュアの仕事」とし、できるだけ多くのプリントを自費で購入し封印してしまった。作品の出来に満足できなかったから、というのが理由だ。しかしこれは本当にそうなのだろうか?また、それだけの理由だったのだろうか?今回はそれを検証してみたい。

 現在、DVDやBDなどで簡単に観る事ができる『恐怖…』だが、観ていただけたらわかるように、キューブリックが忌み嫌うほど悪い出来とは思えない。人間の陰と陽をそれぞれ対照的な二人のキャラクターに投影するというアイデアや、フィルム全体を覆う鬱屈した雰囲気、紅一点の口をきけない少女が醸し出すエロスと死という末路は十分キューブリック的で、次作『非情…』よりも完成度は遥かに高い。

 実際批評は悪くなく、いくつかの批評を抜き出してみてもバラエティー誌は「洗練された戦争ドラマで、新鮮なカメラ使いと詩的な会話がすばらしい」と高評価。ニューリーダー誌はキューブリックを「細かいクローズアップを通して、暗い森の中の植物の葉や太陽の輝きを写実的に描写する。非常に才能溢れる新人」と好意的だ。

 また、ギルド劇場での初公開翌日の1953年3月31日のニューヨークタイムスに掲載された広告を見ても、性的な匂いはありつつも、兵士の写真をビジュアルに使い、戦争映画である事は伝わるようにはしてある。(ただ、引用先のサイトの作者は批判的だ)

 しかし、何度か新聞広告を打ってみるも、単館で、しかも名もなき新人監督の「芸術映画」に人が集まるはずはなく、ギルド劇場での上映は約1ヶ月という短い期間で終了する。すると直後の5月11日、ライフ誌が『恐怖…』に出演していた女優、ヴァージニア・リースを取り上げ「沈黙のヴァージニアを発掘、小さな映画は大きな発見を生み出した」との記事を掲載する(1953年5月11日号P122P125)。

 この記事に目をつけた興行主、ジョゼフ・バースティンは他に恣意的にライフの記事を引用、ポルノまがいに宣伝し、『The Male Brute』(1951年公開の仏映画でポルノではない。詳細はここで)との二本立てとして仕切り直し、6月12日からロキシーシアターで上映を開始、やがて小規模ながら全米で公開される。

 キューブリックが自費と借金をつぎ込み、映画に対する熱い情熱を傾け完成させた『恐怖と欲望』。しかしキューブリックの熱意とは裏腹に映画業界や一般の観客の反応は一部を除いて冷ややかなものだった。結局二番館、三番館やドライブインシアターなど、そのフィルムは場末の映画館へと流れ、ほとんどポルノ映画として二本立ての内の一本として上映されるという屈辱を味わう事になったのだ。

 そういう経緯からか、キューブリックはこの作品を『非情の罠』以上に忌み嫌い、封印してきた。映画としての芸術性やキューブリックの目指した映像表現など、遥かに『非情…』より完成度が高いのにそうした理由は、自作の末路を屈辱的に感じていたからなのだろうか。

結論:キューブリックが『恐怖と欲望』を封印した主な理由は、初公開のギルドシアター以降、ポルノとして公開されたという過去を知られたくなかったためだと推察される。自作の未熟さも理由のひとつではあるが、その未熟さはたびたびインタビュー等でコメントしていたのに対し、ポルノとして公開された事実に一切触れていないという事実からも、このトラウマの根の深さが伺える。

 キューブリックは巨匠となってから『ブルー・ムービー』や『夢小説(アイズ ワイド シャット)』などポルノ的な映画を撮りたがっていた。それは自身が意気込んで大まじめに創った処女作をポルノにされてしまった遺恨を晴らすための、キューブリックなりのリベンジだったのかも知れない。

【『恐怖と欲望』上映記録】
都市        劇場        上映     上映期間
マンハッタンNY  ギルド       アート系   1953年3月26日(試写)
マンハッタンNY  ギルド       アート系   1953年3月30日〜4月28日
???       ロキシー      一番館    1953年6月12日〜?
ペンシルバニアPA メーカー      アート系   1953年7月25日〜?
マンハッタンNY  リアルト      三番館    1953年8月7日〜?
ブルックリンNY  ボーグ       アート系   1953年9月2日〜16日
アストリアNY   カメオ       三番館    1953年12月16日〜?
マディソンWI   マディソン     一番館    1953年12月15日〜18日
レッドバンクNJ  イートン      ドライブイン 1953年12月30日
ウォータールーIA RKOオーフィウム 一番館    1954年1月6日〜9日
ブルックリンNY  ボーグ       アート系   1954年1月24日〜26日※
サンアントニオTX アート       アート系   1954年2月5日〜11日
マディソンWI   マジェスティック  二番館    1954年2月22日〜25日
ヒューストンTX  アバロン      アート系   1954年3月26日〜?
ウィスコンシンラピッズWI プレイス      一番館    1954年7月6日〜7日
エルパソTX    ヤンデル      三番館    1955年4月1日〜2日
ロサンゼルスCA  ステート      一番館    1955年7月13日〜26日
エルムズNY    エルムズ      ドライブイン 1955年10月19日〜25日

※リバイバル上映

▼この記事の執筆に当たり、以下のサイトを参考にいたしました。
Fear and Desire
※尚、上記のサイトは『恐怖…』には72分版も存在すると主張している。(DVD/BDは61分)これについては改めて検証したい。