shining-freaks

 『シャイニング』に登場する犬男とタキシード紳士のホモセクシャルなシーン。原作では犬の着ぐるみを着た男、すなわち「犬男」が廊下の真ん中に立ちはだかり、ダニーをジャックの元に行かせないように吠えたり脅かしたりして邪魔をする、というシーンに登場します。(このシーンに紳士は登場しません)つまり犬男を目撃するのはダニーなのです。でも映画でこの幽霊を目撃したのはウェンディでした。キューブリックはどうしてこんな改変を行ったのでしょう?理由は主に二つ考えられます。

 まず、ダニーでなくウェンディが目撃する理由ですが、キューブリックは撮影によってダニー役のダニー・ロイドに恐ろしい目に遭わせ、トラウマにならないように細心の注意を払っています。ダニーが直接幽霊を目撃するのは双子の少女だけですが、撮影の現場を考えれば当然生きた二人の女の子ですから怖い撮影ではなかったではずです。それに比べダニーがこの犬男を目撃するシーンを撮影するとなると、着ぐるみを着た犬男の役者が、ダニーに向かって吠えたり叫んだりしなければなりません。これはダニー・ロイドにとって恐怖の体験になったはずです。子供は異様に着ぐるみを怖がったりしますから。キューブリックは小さな子供にそんな恐ろしい目に遭わせるのは可哀想だと思い、ウェンディが目撃する事にしたのではないでしょうか。当事者のダニー・ロイドは「ホームドラマの撮影をしていると思っていた」そうです。大人には手厳しいキューブリックですが、子供には徹頭徹尾優しかったようです。

 次に何故映画では「犬男と紳士のホモシーン」に変更されたのか考察します。例えば原作通りにウェンディが廊下で犬男を目撃したとします。でも、相手は犬の着ぐるみを着た役者がワンワン吠えたり叫んだりしているだけです。小さな子供ならともかく、大の大人がそんなもの怖がるでしょうか?もし撮影したとしてもとても滑稽で、失笑もののシーンにしかならなかったでしょう。では大人が恐怖に感じる犬男のシチュエーションとはどういうものか?これは想像ですがキューブリックは原作に登場する様々な幽霊(原作には舞踏室のパーティーで、初代支配人のダーウェントがその腰巾着であるロジャーを犬扱いしてからかうシーンがある。しかもダーウェントはバイセクシャルだ)を参考に、あれこれ試したのだと思います。その中でなんだか訳は分からないけど、とにかく一番怖かったのがこの「犬男とタキシード紳士のホモシーン」だったのではないでしょうか。

 キューブリックはそれほどにもこの「犬男」が気に入っていたのでしょう。原作でも映画でもホテルは今、幽霊たちによる(仮装)パーティーの真っ最中である事が徐々に分かってきます。そんな大盛況のパーティーを抜け出してお楽しみの真っ最中だった犬男と紳士・・・。そういえば同じシチュエーションをキューブリックは『アイズ…』でも繰り返しています。そう、オープニングのクリスマスパーティーでのジーグラーとマンディの浮気のシークエンスです。パーティー嫌いだったキューブリックにとってパーティーとは「つまらないからこっそり抜け出してエッチな事をするもの」という認識があったのかも知れません。パーティーをパーティーとして楽しまない(楽しめない)キューブリックらしい発想、と言えるでしょうね。

結論:犬男とタキシードの紳士の正体は、階下の仮装パーティーを抜け出して部屋でホモ行為に及んでいた幽霊(原作のパーティーシーンに登場する犬男ロジャーと初代支配人のダーウェントを参考にした可能性あり)。原作では廊下でダニーを驚かす犬男のみだったが、このように改変された理由は上記の通り。

 このシーン、よっぽどインパクトがあるのかよく話題になりますが、どれも上手く説明できていないようです。キューブリックは文章で画を想像させる場合と、実際に画として表現する場合との違いをはっきり分けて考える監督でした。CG全盛の昨今「リアルな映像にしても、リアリティのあるシーンになるとは限らない」という事実が実感できるかと思います。それをキューブリックは1970年代のこの頃にはすでに気づいていたました。(遡れば『2001年…』の頃からすでにそうでした)『シャイニング』映像化におけるキューブリックの成功とキングの失敗の違い(TV版『シャイニング』の該当シーンはこちら)はこの認識の有無にあるのではないでしょうか。