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小説版で、アレックッスたちが押し入るこの時点で作家が執筆していたのが小説『時計じかけのオレンジ』

 この「時計じかけのオレンジ(A Clockwork Orange)」という言葉ですが、古いコックニー(ロンドンの下町言葉)の言い回しで「奇妙な」という意味で、それを気に入った原作者のアンソニー・バージェスが小説のタイトルに据えました。

 その原作小説では、小説家アレクサンダーがタイプライターで書いていた本のタイトルが『時計じかけのオレンジ』で、押し入ったアレックスはそれを面白可笑しく読み上げ、ビリビリに破いて床にぶちまける、というシーンがあります。また、よく勘違いされるのですがここでいう「時計じかけ」とは「機械じかけ」の意味で、見た目は有機物(人間)でも中身は機械、つまり物語後半でルドビコ療法によって暴力を振るおうとすると吐き気を催すよう、オペラント条件付けで「機械人間」にされてしまったアレックスの置かれた状況を示しています。原作小説にはルドビコ療法の効果を実証するステージの場面で、アレックスが「まるで俺は時計じかけのオレンジみたいじゃないか!」と叫ぶ場面があります。

 つまり「時計じかけ」というのは誤訳とまでは言えませんが、かなり不親切な訳で、正確に訳すなら「機械じかけ」と訳すべきものです。タイトルを『時計じかけのオレンジ』から『機械じかけのオレンジ』に変えてみると、物語の内容を端的に表現していて違和感なく納得できます。公開当時(1971年)であれば機械じかけの時計はそこここに存在していましたので、特に説明の必要はありませんでしたが、デジタル時計が常識な現在、「時計=機械」とすぐに結びつかずに混乱を招いてしまっているようです。試しにGoogleの画像検索で「clockwork」で検索すると時計の機械部分の画像が数多くヒットします。英語圏のでの「clockwork」とはこのイメージになります。

 キューブリックが小説版にある「時計じかけのオレンジ」が登場するシーンや台詞を省いた意図は不明ですが、推察するに「説明しなくても観ればわかるでしょう」ということではないかと思います。確かにそうなのですが、「時計じかけ=機械じかけ」のニュアンスが伝わりにくい日本語訳はちょっとハンデがあるかもしれないですね。

 なお、「アンソニー・バージェンスが一時期暮らしていたマレーシアの言葉では、人間のことを「orang」(オラン)という。「A Clockwork Orang(e)」=「時計じかけの人間」とも解釈できる」などという解説もありますが、バージェスやキューブリックがそう証言しているなどのソースが不明なため、ここでは採用していません。何卒ご了承ください。

初出:2013年2月13日
加筆・修正:2019年4月20日