※『アイズ…』に登場し、ポスターや予告編のモチーフにもなった「鏡」。その重要性はあまり気づかれていない。

 数々のアーティストに多大な影響を与えた、ルイス・キャロルによる摩訶不思議な夢物語『鏡の国のアリス』。ポスターに意味深に描かれ、愛撫を始めるビルとアリスの背景にも登場した「鏡」。物語全般に漂う「夢」のような雰囲気・・・となれば、『アイズ…』と『鏡の国のアリス』との関連を疑がってしまう。物語全般を覆う陰鬱な雰囲気や、気の強いアリスの性格などは、まさに『アイズ…』とそっくりだが、そんな抽象的な共通点ではなく、決定的な点が幾つもある。

 まず、『鏡の国…』には「赤の王様」が登場する。これはそのまま例のパーティーの中心で、まさに王様のように振る舞っていた「赤マント」に直結する。貸衣裳屋の娘はそのままアリスを想起させるし、二人の日本人のキテレツな化粧や言動はまるで『鏡の国…』のトゥィードルダムとトゥィードルディー兄弟だ。それに少女の言う「裏にアーミンの毛皮を張ったマントにしなさい」という台詞。「アーミンの毛皮を張ったマント」とは王侯貴族しか着る事を許されなかった衣裳で、これはビルに「王様になりなさい」という意味に取れ、そのマントを着たビルは「赤の王様」と対峙する。『鏡の国…』のエピソードになぞらえれば、「アリスが白の王様を助け歩兵となり、やがて女王となって赤の女王対峙する」となるだろう。

 そして物語の最後、鏡の国から帰還したアリスはこう言い放つのだ「つまりね、夢を見たのは、あたしか赤の王さまかのどっちかにまちがいないのよ。赤の王さまはあたしの夢の一部よね、もちろんでも、そのあたしは、赤の王さまの夢の一部でもあったのよ!」このセリフ、『アイズ…』ラスト近くのアリスのセリフ「この冒険を切り抜けられた事を感謝すすべきだと思うの。それが現実であれ、夢であれ」と酷似していないだろうか?

 では、この『アイズ…』という映画は、どこからどこまでがビルの夢で、どこからどこまでがアリスの夢なのだろうか?キューブリックは『鏡の国…』を意図的に引用することによって、物語の中だけでなく、スクリーン(鏡)を境に「中」(映画)と「外」(観客)をあいまいにし、劇場全体を「巨大な夢空間」とする効果を狙っている。それは、オープニングで流れるシェスタコーヴィッチの『ワルツ組曲2番』が、映画のBGMと思わせておきながら、ビルがコンポのスイッチを切ると突然止んでしまう、という演出からも明らかだ。また『時計…』のインタビューで映画と夢の類似性について以下のように語っている。

「仮に映画を『白日夢』ととらえるならば、この幻想のような象徴的なメッセージは、見る者を左右する協力な要因だ。夢は意識化されないもの見せるものだと考えると、映画も夢も同じような作用を持っていると言える」

 キューブリックは、性的欲望や嫉妬心、それを覗き見しようとする下世話な好奇心や妄想、現実逃避。更にはそんな低俗な代物を提供し、収益とするハリウッドの産業システムまで、ありとあらゆる「夢」の形を提示した後、最期にファック!と吐き捨てた。それはいかにも皮肉屋なキューブリックらしい、強烈な「ラストメッセージ」ではないだろうか。